2020年7月から7カ月連続で東京都からの転出超過が続くなど、東京一極集中の傾向に変化が現れている。都外へ移住する人たちを引きつけるため、地域はどのようなまちづくりを進めるべきか?ネット企業でありながら、東京を避けて鎌倉市に本社を構え、地域創生やまちづくり支援を事業の柱の一つとして展開してきたカヤックの柳澤大輔氏(代表取締役 CEO)は、「地域には東京にない魅力が一段と問われるようになります」と語る。

カヤック 代表取締役 CEO 柳澤大輔氏(写真:皆木優子)
カヤック 代表取締役 CEO 柳澤大輔氏(写真:皆木優子)

――著書『リビング・シフト』(2020年3月、KADOKAWA)で、住む場所・働く場所の制約から解放される人が増え、住まいに対する意識が変化していると指摘されました。

 『リビング・シフト』を書いた背景には、インターネットをはじめとするテクノロジーの進化によって、「どこでも仕事ができる時代になった」という確信が生まれたことがあります。パソコンとスマホさえあれば、自分の価値観に合う場所で働いたり、生活したりできる仕事がどんどん増えています。

 ITベンチャーの経営者はこれまで六本木に住むイメージがありましたが、これからは都外の地域に住むようになると思います。『リビング・シフト』に書いたように、都市近郊と地域の2拠点で生活したり、定住しないで移動しながら生活したりする人たちが現れました。そうした住まいに対する意識の変化が「リビング・シフト」であり、経営者だけでなく、若いビジネスパーソンにも見られるようになっています。これまでも「Uターン」や「Iターン」など、都市から地域へ移住する動きはありましたが、コロナ禍で一気に進んでいるという感覚があります。

――コロナ禍が、人々の働き方や生活に与えた影響は想像以上でした。

 押印の廃止が進んでオンラインの取引が盛んに行われるようになりました。オンライン会議も急速に普及しています。これまで習慣的に対面で行っていた多くの仕事が見直され、オンライン化すべきものがよりはっきりしたと思います。

 また、在宅勤務によって、東京一極集中の弊害がより意識されるようになりました。東京は特にひどいのですが、満員電車による通勤には本当に意味がありません。子育てや憩いの場である住まいは、自然が豊かな場所にあるほうがよいことを改めて実感した人も多いでしょう。

 多くのネット企業が都心を拠点にするなか、我々が2002年に本社を鎌倉に置いたのは、そうした東京一極集中の弊害に気がつき、「満員電車での通勤はイヤだ」という思いを愚直に実行したためです。一時期は組織拡大に伴って手狭になったので主要拠点を横浜へ移していましたが、2018年11月には鎌倉の新しいオフィスへ社員を戻しました。職住近接の環境が実現したことで、満員電車による通勤が不要になり、自然の豊かな街で仕事と生活の両方が楽しめるようになりました。

 どこでも仕事ができるようになり、どこでも自由に住めるようになっても、東京以外の地域ならどこでもよいことにはならないでしょう。仕事をする場所の制約がなくなれば、どの地域を移住先としてフラットに選んでもよさそうですが、実際には、移住先として人気を集める街と、そうでない街の濃淡が出ると思います。

 例えば、今回のコロナ禍では、鎌倉や湘南エリアに移住する人以上に、もっと遠くへ移住する人が増えているという印象があります。

 鎌倉や湘南エリアは、東京へ1時間弱で通勤できますので、都心のオフィスで仕事をしながら都外に住みたい人が、アクセスも考慮して選んでいた面があります。しかし、都心のオフィスへほとんど通勤しなくてよくなった人に、住宅地の不動産価格が東京と同じぐらい高い鎌倉や湘南エリアを選んでもらうには、一段と強い魅力が必要になります。

地域の課題をジブンゴト(自分ごと)化する仕組み「カマコン」

――地域は移住者を引きつけるため、どのような要素を魅力として訴えていくべきでしょうか?

 移住者を引きつける要素として、交通の利便性はやはり重要です。どこでも仕事ができるといっても、多くの人は完全に引きこもることはできません。東京や政令指定都市といったハブとなる場所に出かけやすい地域である必要があります。家族で過ごす街ですから、子育てや教育のしやすさも重要な要素です。

選ばれるためのポイントは「住んで楽しい、面白い街かどうか」だと語る柳澤氏(写真:皆木優子)
選ばれるためのポイントは「住んで楽しい、面白い街かどうか」だと語る柳澤氏(写真:皆木優子)

 しかし、それらに加えて今は「住んで楽しい、面白い街かどうか」を重視する傾向が強まっているように思います。例えば、自分が知っている人が住んでいることや、楽しく面白い店や物産があることなどが重視されると感じています。海や山などの自然が豊富であること、鎌倉の寺社仏閣のような文化財があることも移住者を引きつけているようです。

 また、僕が鎌倉で「カマコン」という地域活動を2013年から行ってきて感じたのは、移住者が「楽しい、面白い」と感じる地域には、移住者を含めた新しいことを受け入れる地域の文化があるということです。

* 鎌倉市のIT企業を中心に、鎌倉でいろいろな活動をしている人や団体によるボランティア・コミュニティー。柳澤氏ら、鎌倉の経営者たちが設立した。ブレインストーミング(ブレスト)という手法を生かして地域活動を行う。運営はNPO法人カマコン。これまでに、鎌倉市限定のクラウドファンディング「iikuni」、防災意識を啓発する「津波が来たら高いところへ逃げるプロジェクト」など、さまざまな活動を行っている。ウェブサイトのURLはhttps://kamacon.com/

 移住者との交流を避ける閉鎖的な地域を、移住者は楽しい、面白いと感じにくいでしょう。観光地として旅行者を受け入れている地域にはある程度オープンな地域文化がありますが、そういった地域以外は、移住者と住民が自然に交流できるように地域の文化を変える必要があります。

 カマコンは、地域の文化をフラットかつオープンにするとともに、地域課題へ主体性に取り組む住民を増やす施策、あるいはワークショップだと考えて続けてきました。まちづくりをテーマにしたワークショップの一種ですが、「ブレスト(ブレインストーミング)」を重視するのが特徴で、参加者が地域の課題を「ジブンゴト(自分ごと)化」して自ら取り組もうとする機運をつくることができたと考えています。

 鎌倉でこのカマコンを続けるうち、どの地域でも同じことが実現できると思うようになりました。また、他の地域から自分たちも実施したいという要望が出てきました。そこで、さまざまな地域で「○○コン」といったカマコン的なワークショップのお手伝いをしたところ、予想以上に多くの地域に広がりました。

 定義は難しいのですが、カマコンのように「ブレスト」を重視するワークショップを1回でも開催した地域は50を超えていると思います。定期的に続いているものも10を超えているでしょう。

カマコンの定例会(2018年2月)(写真提供:カヤック)
カマコンの定例会(2018年2月)(写真提供:カヤック)
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――カマコンのどういうところが受け入れられているのでしょうか?

 一つは、住民がまちづくりに参加する際の「型」として汎用性があるとともに、参加すると「楽しい、面白い」という点だと思います。誰でも気軽に参加できるようにしていますし、お金もそんなにかかりません。実際に参加して、ジブンゴト化を実感した人たちが広げてくれたと考えています。

 もう一つは、地域が新しい活動を始める際によくある「住民の拒否反応」を減らすことができる点です。カマコンだけで地域の課題が解決するわけではありませんが、解決の担い手になろうとする人が増え、新しい活動を短期間でスタートできます。

 カマコン的な活動を行う地域は、移住者の増加にも積極的だと感じますし、カマコンが移住者を引き寄せることもあります。鎌倉のカマコンは市外からも参加できるようにしていますが、市外の人がカマコンでプレゼンして、みんなで応援しているうちに鎌倉へ移住してきたこともありました。

「経済資本」「社会資本」「環境資本」をバランスよく増やす

――カヤックは、まちづくりや地域創生に関連した事業も手掛けられています。そうした事業と、カマコンは連携しているのでしょうか?

 事業とカマコンには、相関関係のようなものはありますが、リンクはしていません。

 まちづくりや地域創生に関連した事業を当社は「ちいき資本主義事業部」という部署が中心になって手掛けていますが、大きく分けて、「地域横断的なプラットフォームサービス」と「地域へ深く入り込む個別サービス」の二つがあります。

 地域横断的なプラットフォームサービスでは、全国約1700自治体に共通の課題に対して共通するITサービスを提供します。第1弾として、地域への移住を促進する「SMOUT(スマウト)」を提供しました。また第2弾として、使えば使うほど住民が仲良くなるデジタル地域コミュニティー通貨を提供する「まちのコイン」を展開中です。

 地域へ深く入り込む個別サービスでは、地域ごとの課題解決を個別に支援する事業を行っています。鎌倉市をはじめとする幅広い地域のお手伝いをさせていただいています。観光資源の発見、シティプロモーションによる移住の促進、関係人口の創出のほか、地場企業と協調した事業展開を行っています。

 それに対して、カマコンは無償のボランティア活動です。地域横断的なプラットフォームの一つと言えますし、プロジェクトごとに協業することも多くありますが、会社の事業とは別です。カマコン的な新しいことを積極的に行う地域のほうが、まちづくりや地域の課題解決に向けた事業についても前向きですので、相関関係はありますが、カマコンと事業はリンクしなくてよいと考えています。

――カヤックのまちづくり支援事業の特徴を教えてください。柳澤CEOが提言されてきた「地域資本主義」の考え方をどのように取り入れていますか?

 「地域資本主義」では、経済的な資本や売り上げに対応する「経済資本」、人のつながりに対応する「社会資本」、自然や文化に対応する「環境資本」の三つを定義して、それぞれをバランス良く総合的に増やすことが、個人の幸福につながると考えます。

 テクノロジーがこれからも進歩して、どこでも住める人たちが増えていくと、地域には東京にない魅力が一段と問われるようになります。住民1人当たりの収入といった経済資本の指標では東京が圧倒的に大きく地域はかないません。しかし、社会資本と環境資本は東京に勝っている地域も多く、まちづくりにおいても強みになります。

 「地域資本主義」という言葉をつくった背景には、経済資本と同様に、社会資本や環境資本を数値化して、客観的に追求できるようにしたいという思いもありました。

 「人のつながり」である社会資本について、東京をしのぐ地域が多いことは、みなさんが感覚で分かっていますが、この地域にはどれくらいの人のつながりがあるのかを数値で示したいと考えてきました。

 そこから生まれたのが、前述した「まちのコイン」というデジタル地域コミュニティー通貨のサービスです。利用者は、「他人と知り合いになる」「まちづくりのプロジェクトに参加する」など地域ごとに協賛企業や団体が作成したチケットに基づいて、デジタル地域コミュニティー通貨を取得するとともに、買い物に使うことができます。地域商品券のように地産地消を増やすだけでなく、人のつながりを増やすのが狙いです。

柳澤氏が“地域資本主義”という言葉をつくった背景には、「経済資本と同様に、社会資本や環境資本を数値化したい」という思いがあったという(写真:皆木優子)。右は、「まちのコイン」アプリの画面例(資料提供:カヤック)
柳澤氏が“地域資本主義”という言葉をつくった背景には、「経済資本と同様に、社会資本や環境資本を数値化したい」という思いがあったという(写真:皆木優子)。右は、「まちのコイン」アプリの画面例(資料提供:カヤック)
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 人のつながりをもとにデジタル地域コミュニティー通貨の取得や支払いができるため、まちのコインの1人当たりの流通総額が多い地域は人のつながりが濃く、社会資本が充実している街だと言える――そういう思いもあって開発しています。

 環境資本の数値化についても実現すれば、「この地域の良さは海と山があるからです」といったあいまいな表現ではなく、「この地域には環境資本がこれだけあります」と数字で示すことができます。また、地域の住民や自治体が魅力的なまちづくりを行う際の指標として活用できるようになります。

 まちのコインでは、SDGs(持続可能な開発目標)とデジタル地域コミュニティー通貨のチケットを紐付けることができるようにしました。例えば、海をきれいにする活動はSDGsの何番の目標達成に該当するかを示して、その活動を実行すると、デジタル地域コミュニティー通貨を取得するチケットが作成可能です。

 利用者は自分の行動がSDGsの何番の目標の達成に貢献しているのか、自治体は街全体でSDGsの達成に貢献する行動をしている人がどれぐらいいるのかがまちのコインで可視化されるため、SDGsの推進を促すことができます。

 もちろん、経済資本、社会資本、環境資本はそれぞれリンクしていて、経済資本が増えないと人が集まりませんし、人が増えないと社会資本も増えないという関係もありますから、経済資本を高めるために、どの地域も必ず何らかの産業を戦略的に集積させる必要はあります。しかし、産業振興だけでは、どこもショッピングセンターや工場がある、似たような地域になってしまうのではないでしょうか?

柳澤 大輔(やなさわ・だいすけ)
カヤック 代表取締役CEO
柳澤 大輔(やなさわ・だいすけ) 1974年香港生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業後、ソニー・ミュージックエンタテインメントに入社。1998年、学生時代の友人とともに面白法人カヤックを設立。サイコロで給与を決めるユニークな人事制度や、全国を移動しながら勤務するワークスタイルを実践。「面白法人」というキャッチコピーで新しい会社づくりに挑戦している。

この記事のURL https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/PPP/434148/030200093/