2011年に『朽ちるインフラ』を著し日本の公共施設や土木インフラのサステナビリティに警鐘を鳴らした根本祐二氏(東洋大学教授、同PPP研究センター長)。日本のPPP/PFIの進展に大きく寄与した根本氏が今、着目しているのが「合意形成」だ。だが、「合意形成なら、これまでもずっとやってきた」と思う自治体担当者も多いのではないだろうか。今なぜ合意形成なのか。根本氏に話を聞いた。

(写真:北山 宏一)
(写真:北山 宏一)

--今、「合意形成」に着目するのはなぜですか。例えば、道路、トンネル、ダムといった土木インフラなどにおいて、合意形成は以前から当然のごとく行われていると思うのですが。

 理由は2つあります。まず、日本の多くの自治体において、地域経営全体の中で、トータルな経営判断を市民にゆだねるような本質的な取り組みが見られないことです。1つの事業に投資をすると、他の事業には投資ができないといった「トレードオフ」にある局面での合意形成は、「説明会」の実施と、とそれにプラスアルファで質疑応答をその場で行う程度の情報提供にとどまっています。

 もう1つは、各自治体は、策定した「公共施設等総合管理計画」を実行していく段階にありますが、市民の反対、また市民の意向を受けた議員の反対により計画が進まない状況が多々あることです。これを打開したいと思っています。

 我々(東洋大学PPPセンター)は、これまで学術機関として実行の前段階に適用するツールの提供を行ってきました。しかし、実際にそれを活用するかどうかは行政の責任だということで、我々は実行段階でどうするかについては切り離して考えていたところがありました。私自身、これまで前段階においては学校の統廃合シミュレーションをはじめ、様々な研究を行ってきましたが、(実行段階における)合意形成そのものについては研究してこなかった反省があります。

根本氏の論文では、小学校の統廃合シミュレーションを行った結果、現状の1/3に統廃合を行う必要性について言及されている(資料:根本祐二氏、東洋大学)
根本氏の論文では、小学校の統廃合シミュレーションを行った結果、現状の1/3に統廃合を行う必要性について言及されている(資料:根本祐二氏、東洋大学)
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 大学として実行段階においても何かできることがあるのではないかと考え直し、合意形成について、いくつかの取り組みを始めました。ただし、研究の結果、これがいいと結論づけたことが現場で実現できないのであれば意味がありません。これからは、研究成果をしっかりと地域にインストールしていくことが重要だと考えています。

米国の合意形成手法を参考にした新たな取り組み

--スマートフォンを活用した合意形成の実験を行っていますね。

 米国流に言えば「Deliberative polling(以下、デリバレイティブ・ポリング、討論型世論調査)」と呼ばれる手法です。市民の合意形成を促す手法の一つで、「質問⇒説明・討議⇒再質問」によって認識の変容を促します。

デリバレイティブポリングの手法は、東洋大学の自治体職員へ向けた公民連携のワークショップ等でも活用されている(資料:根本祐二、東洋大学)
デリバレイティブポリングの手法は、東洋大学の自治体職員へ向けた公民連携のワークショップ等でも活用されている(資料:根本祐二、東洋大学)
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 例えば迷惑施設配置の賛否について、説明をする前にまず一度、参加者の賛否を投票する機会を設けるのです。その後にファシリテーターから説明を行い、2回目の投票を行うと賛成の比率が高まります。

 これは、参加者自身の中に明確な賛否がある状態で説明を聞くと、考えのポイントがしっかりして頭に入りやすくなる効果があるためです。ファシリテーターの説明がある程度肯定的な方向に誘導するものであってもバランスの取れた客観的な情報であれば、参加者の反発を招くことは少なく、賛成に変化することを確認できました。

 迷惑施設配置の賛否について尋ねたアンケートの結果。説明前よりも説明後の方が「賛成する(青)」「どちらでもない(オレンジ)」の割合が高まることがわかる(資料:根本祐二、第14回国際PPPフォーラム資料より抜粋)
迷惑施設配置の賛否について尋ねたアンケートの結果。説明前よりも説明後の方が「賛成する(青)」「どちらでもない(オレンジ)」の割合が高まることがわかる(資料:根本祐二、第14回国際PPPフォーラム資料より抜粋)
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 東洋大学では講義において「respon(レスポン)」というインターネット投票の仕組みを使用していますが、これが素晴らしい点は、場所を固定しない投票ができることです。「この時間にネットワーク上で、このテーマのポリングをやりますから準備しておいてください」と通知しておけば、自分の好きな場所で気楽に参加することができます。

 また、匿名的な投票を行うことで「ポジショニング効果」と「プライオリティ効果」を発揮します。

 ポジショニング効果とは、集団の中での自分の立ち位置を確認できることです。誰もが声をあげるときには、集団を代表して声をあげているつもりになるものですが、実際は少数派だったりする。客観的な自分のポジションに気づくことができます。

 プライオリティ効果とは、複数のテーマを投げかけたときに、参加者自身の中で優先順位が存在していると気付けるようになることです。例えば、迷惑施設の設置について、「この施設は許容できるが、これはどうしても嫌」といった具合に、相対的な優先度が自分の中にあることに気づくことができる。こうした“位置関係”を参加者に見せることで、参加者自身に気付きを提供できることは大きいと考えます。

 現在、東洋大学では、デリバレイティブ・ポリングの他にも米国で有効だった手法を実際に活用していくことを目標として取り組んでいます。地域の様々な資源や負債の地図を作って重ねてみることで何らかの気付きを得る「アセットマッピング」、特定の社会問題の解決を目的にした「シリアスゲーム」などのツール開発を行い、これらの手法を合意形成に取り入れることで、市民の行政に対する理解を促すことができると考えます。現在特定自治体の特定地区を対象に、標準化したデリバレイティブポリングとシリアスゲームのプログラムを提供する予定です。

--こうした手法は、今後、日本でも広まっていくでしょうか?

 米国の有識者たちは、「普通にやってもダメ」と言っていました。楽しくするとか怖くする、人間の感情に訴えたり、メンタルを揺さぶったりするような設えをすると、みんなが本気で考えてくれる、と言うのです。

 日本の場合、「市民よりも行政が上」という意識が、市民・行政どちらにも根強いので、米国と全く同じにはならないかもしれませんが、方向性としては同じになっていくのでは、と考えています。

 その理由の1つが、団塊世代がリタイヤしたときにその人たちが培ったノウハウが眠ってしまうのはもったいない、有効活用していこうという動きが生じることです。リタイヤ層がファシリテーターとして活躍する舞台を準備しておくことで、市民参加や合意形成にバランスが取れて行くのではないかと考えます。行政にとっても彼らが反対派のリーダーになって息巻く体制になるより、ずっと都合がいいはずです。

合意形成には、提供される情報の「中身」が重要

--昨年10月に「コミュニティと合意形成」をテーマに開催された「国際PPPフォーラム」を聴講しました。特に、バージニア州アーリントン郡公共エンゲージメント部門代表ロジャー・ムンター氏の講演が印象に残っています。アーリントン郡では「道路を作らないということも含めて議論する」というムンター氏の話には、日本と大きな違いを感じました。

 日本では行政側から市民に提示される情報は限られた選択肢で、それ以外の選択肢がなく、「どれを選んでも行政の手の内」ということになってしまいがちです。一方、米国では「情報提供そのものが善である」という考え方に基づいています。さらに、「公務員が正しいわけではない」という前提があります。行政自体がそう考えているので、市民の意見の中で良いものがあれば取り入れようという姿勢があります。

 アーリントン郡では、合意形成のプロセスを研究し、パターン化して捉え、わかりやすく可視化しています。私が質問すると、ラミネート加工されたわかりやすい資料を即座に取り出して、説明してくれました。日頃から、こうした資料を常に携行して、市民にも説明しているのでしょう。手慣れているなと感じました。それだけでなく、アーリントン郡には、「市民協働部」という専門部署があり、合意形成に関わる団体の支援なども行っています。

ムンター氏が根本氏にラミネートで提示した資料の一例(資料:ロジャー・ムンター氏、第14回国際PPPフォーラム資料より抜粋)
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ムンター氏が根本氏にラミネートで提示した資料の一例(資料:ロジャー・ムンター氏、第14回国際PPPフォーラム資料より抜粋)
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ムンター氏が根本氏にラミネートで提示した資料の一例(資料:ロジャー・ムンター氏、第14回国際PPPフォーラム資料より抜粋)

--「情報提供そのものが善である」という姿勢が、浸透していますね。

 日米では一口に「情報(information)」と言っても、情報として提供する中身に違いがある――。そう言わざるを得ません。フォーラムでも「市民参加のスペクトラム」として提示した中に「balanced and objective information(バランスの取れた客観的な情報)」という言葉がありましたが、これが重要です。

 全ての情報が「information」には違いないのですが、「balanced information」とは不都合な情報も開示することを前提に、両面の情報をバランスよく提供していくことです。また「objective information」とは、客観的な情報、つまり「できるだけ数字で示す」ことです。

IAP2(国際市民参画協会、市民参加の実践を推進・促進することを目的として設立されたNPO法人)の明示する「市民参加のスペクトラム」東洋大学仮訳。スペクトラムの初期段階「information(情報提供)」においては「balanced and objective information(バランスの取れた客観的な情報)を提供」することが到達目標として記載されている(資料:根本祐二氏、第14回国際PPPフォーラム資料より抜粋)
IAP2(国際市民参画協会、市民参加の実践を推進・促進することを目的として設立されたNPO法人)の明示する「市民参加のスペクトラム」東洋大学仮訳。スペクトラムの初期段階「information(情報提供)」においては「balanced and objective information(バランスの取れた客観的な情報)を提供」することが到達目標として記載されている(資料:根本祐二氏、第14回国際PPPフォーラム資料より抜粋)
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 日本では、この提供される情報の中身のバランスが取れてない印象です。例えば、7、8年前にある自治体の住民投票で「耐震性に問題のある市役所を建て替えるか、耐震補強するか」を問われることがありました。建て替えの予算が50億円、耐震補強では2億円という情報のみが提示され、結果、耐震補強を行う方に賛成票が集まりました。ところが耐震補強では建物の長寿命化効果がなく、その後10年程度しか保持できません。一方、建て替えれば60年は保つ、という今では当たり前の情報や考え方が共有されなかったのです。行政側が市民にどのような情報を提供すべきか、という知識や知恵が圧倒的に不足しているように感じます。

 この自治体では、最終的には建て替えの方向に変更されました。けれども、それでは住民投票を行う意味がありませんよね。

--住民投票になってしまうと、行政コストもかさみます。

 住民投票自体は悪くありません。それが行える制度がある方がいい。ただ、先ほどから申している通り、適切な情報提供をせずに実施しても意味がないと言えます。「バランスの取れた客観的な情報」が提供されているかどうかが大切です。その意味では日本全体の合意形成のレベルはまだまだ低い状況です。


* 「第14回国際PPPフォーラム」(主催:東洋大学 開催日:2019年10月28日 会場:大手町サンケイプラザ)のこと。テーマは「コミュニティと合意形成」。米国オールドドミニオン大学のロン・カーリー氏、バージニア州アーリントン郡公共エンゲージメント部門代表ロジャー・ムンター氏、日本からは富山市の森雅志市長と埼玉県宮代町の新井康之町長がゲストとして登壇した。
フォーラムの様子(写真:東洋大学)
フォーラムの様子(写真:東洋大学)

成功のポイントは、明確なビジョンと「長期的」「全体的」な視点

--特に学校となると、身近な施設であり、様々な立場の人が意見を言えるので、合意形成に至ることは難しそうです。

 多くの人が学校の統廃合に反対をすると思われていますが、実は学校に通う子どもの両親は反対していないことが多いのです。親は子どもにそれなりの規模の大きいところで、良い環境で教育を受けさせたいと考えるものです。ところが親がその考えを呈しようとすると、地域の年長者が事前に根回しをして抑えようとするケースさえ見受けられます。

 学校は地域の拠点なので、短期的にどうするかを問われると、その学校に関係する人々しか議論に積極的に関わりません。ところが、長期的なビジョンで地域全体をどのようにマネジメントしていくか、という視点であれば多くの人が関係してきます。例えば12校を2校に減らさなければ立ち行かないと話をすると、特定の学校の周辺だけでなく、地域の全員が関係することになり、合意を得やすくなります。

 「公共施設を減らす」と言うと暗く捉えられがちですが、学校統廃合をきっちりやって必要な機能きちんと備える、それ以外は全部やめるということにすると、学校が拠点になって、いろいろな機能が付いてきます。民間も投資できるようになり、保育所や幼稚園、郵便局、クリーニング屋、ガソリンスタンドなど、便利な施設・エリアとして集約されていくのです。

--説得力のある集約後の将来像の提示が求められます。

魚津市学校規模適正化推進計画のウェブサイト
魚津市学校規模適正化推進計画のウェブサイト

 うまく行っていないところは、地域の中に核がないことが問題です。一点一点を見ると利用者が少ない地域も、機能が集約されて1〜1.5万人のマーケットが形成できればエリアとしての需要が上がり、損益分岐点が下がって民間投資がしやすくなります。民間資金で持続可能なところまで持ち上げていくことが重要です。市民ワークショップを開催しても、圏域の設定を失敗するとうまくいきません。細かなところで議論をするのではなく、概ね学校が残せるであろう1〜1.5万人規模で考えればいろんな知恵が出てくるものです。

 例えば現在、富山県魚津市で実際に学校の統廃合に向けた合意形成の取り組みが行われていますが、将来的なビジョンを示して地域全体の状況を分かりやすく提示しています。すると、市民側も善良な市民として反対しにくくなってくるわけです。一方、統廃合がうまくいっていない自治体は検討の視点が短期的だったり、局地的だったりするケースが多いのです。できる限り巻き込む市民、関係者を増やすことがポイントです。

根本祐二(ねもと・ゆうじ)
東洋大学院経済学研究科公民連携専攻長、東洋大学PPP研究センター長
根本祐二(ねもと・ゆうじ) 1954年鹿児島生。1978年東京大学経済学部卒業後、日本開発銀行(現日本政策投資銀行)入行。2006年同行地域企画部長を経て、東洋大学経済学部教授に就任。現在、同大学院経済学研究科公民連携専攻長、同PPP研究センター長を兼務。内閣府民間資金等活用推進委員会委員等公職を多数歴任。

この記事のURL https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/PPP/434148/031200066/