新型コロナウイルス感染症の拡大から1年以上が経過し、企業は働き方改革やメンタルケアの面から、各自治体は観光需要回復の面から、ワーケーションの普及が注目されている。観光庁でも休暇の取得の分散化と「新たな旅のスタイル」(ワーケーション等)の推進を急務と明言。同庁では2021年度(令和3年度)、「新たな旅のスタイル」促進事業(新規・予算5億400万円)において、「ワーケーション、ブレジャー、サテライトオフィス」支援するという。では自治体や企業は、どう取り組めばいいのか。山梨大学大学院の田中敦教授に聞いた。

(写真:稲垣純也)

――Work(仕事)とVacation(休暇)を組み合わせるワーケーションは、コロナ禍によるテレワーク拡大や観光庁の支援によって、拡大を期待する旅行関係事業者や自治体が増加してきました。一口にワーケーションといっても、いろいろな形態があるようですね。

 欧米型のワーケーションは、レジャーとビジネスの両方を行うハイブリッドタイプの旅行と定義されていますが、日本の場合、必ずしもこの定義に当てはまるものだけではありません。まず、ワーケーションを定義しておきたいのですが、私は4つに分類できると考えています。仕事と休暇を重ねて織り込んだ「日常埋め込み型」、休暇の中に仕事を織り込んだ「休暇活用型」、出張後にレジャーを付け足す「ブレジャー(Business+Leisure)」、そしてオフサイトでの会議や団体での研修を行う「オフサイトミーティング」。このうちの休暇活用型とオフサイトミーティングが“日本型ワーケーション”といえます。

 ただし、オフサイトミーティングを「ワーケーション」と呼ぶことには、異論もあります。チームでどこかに出かけて行う会議や研修は以前からあり、そこには「バケーション」の要素が入っていません。勤務上も「出勤」で経費も会社から出るし、行きたい場所も本人が選べるわけではありません。

――ワーケーションには様々な立場の人が関わってきます。それぞれの立ち位置によって、期待することや温度差の違いもあるようですね。

 ワーケーションのステークホルダーは大きく分けて「行政・地域」「関連事業者」「制度導入企業」「従業員・働き手」の4つがあります。ステークホルダーによって期待すること、熱量はそれぞれ違います。

ステークホルダーごとに異なるワーケーションへの期待と温度差(背景の色が濃いほど熱量が高い)(資料:田中敦)
[画像のクリックで拡大表示]

 このうち「行政・地域」つまり自治体は熱量が高いですね。ワーケーション推進を、交流人口や関係人口を増やし、多拠点居住から移住への導線を作りたいという思いが強く、また、地域観光事業者の活性化や地域住民との交流促進につなげたいと考えているからです。デベロッパーやICT企業なども、各地域でのワーケーション用の設備整備や、サテライトオフィスの設置に伴う整備などのビジネスが見込めるため、やはり熱量が高いと言えます。

 一方で、ワーケーションの導入を検討する企業や、従業員・働き手は、そこまで盛り上がってはいません。これは、コロナ禍の影響で人の移動が大きく制限されていることが大きな要因ではありますが、多くの企業でワーケーションに関する制度の整備が追いついていないことも関係しています。

テレワークから一歩踏み込んだ制度設計が必要

――例えばテレワークの制度が充実してきたことは、ワーケーションの普及によい影響を与えそうでしょうか。

 それだけでは不十分です。コロナ禍の影響で自宅でのテレワークが急速に普及していますが、「どこで仕事をしてもよい」ということにはなっていません。

 もう一歩踏み込んで、例えば若い共働きカップルが狭い1LDKでテレワークをしていると行き詰まるので、郊外の少し広いところに移住してテレワークをするといった働き方を認める企業も出てきています。その延長線上で、実家でのテレワークを認める企業もあります。こうした制度は従来と比べて画期的ではありますが、働く場所のフレキシビリティが与えられただけで、バケーションの要素が欠けています。

――ワーケーションが普及していくためには、どのような制度が必要ですか。

  ワーケーションを普及させるためのポイントは、非常にシンプルにいうと、働く場所の自由度を高めることにあります。ワーケーションに限らず、働く場所の自由度を高める「フレックス・プレイス制度」や「WFA(Work From Anywhere)」などの導入を目指すのも1つの方法です。

  こうした制度は、ワーケーションの導入を実施しやすくするだけでなく、育児、介護、フィットネス、ボランティアや社外での自主的な学習活動を行うことに資するなど、労働者にとってメリットが大きく、多様な働き方を促進していく上でも、非常に有効です。

  野村不動産のHUMAN FIRST研究所が実施した「新しいオフィスの在り方や価値に係る調査研究」第2回「『個人のパフォーマンス向上因子』に関する協働調査研究」(2021年3月)によれば、働く場所の多様性を持っている社員とパフォーマンスの⾼い社員とは強い相関がある、との結果も出ています。旅⾏先も含めて働く場所を⾃由に選ぶことができ、⾃律的に働くことが社員のエンゲージメントにも影響していることも明らかになっています。こうした働く場所の柔軟性と、その先にあるワーケーションのさまざまな効果について理解を拡げていくことが必要です。

「働き方」の中でのワーケーションの位置付け(資料:田中敦)
[画像のクリックで拡大表示]

――ワーケーション導入側の熱量はさほど高くないとのことでしたが、実際の企業の導入状況はどうなっているのでしょうか。

 市場調査会社、クロス・マーケティングが全国47都道府県に在住する20歳~69歳の就業者(指定職業・職種を除く)を対象に行った「ワーケーションに関する調査」(2020年9月)によれば、ワーケーションの前段ともいえるテレワークは9割以上が認知、ワーケーションも7割以上が認知しています。これに対して、企業のテレワークの導入状況が34%、ワーケーションは7.6%です。認知状況から考えると導入率は低いですよね。

 ただ、BIGLOBEがリモートワークが可能な企業に勤める会社員900人と同経営者100人に行った「ワーケーションに関する調査」(2021年3月)では、経営者の約7割がチームで行うワーケーションを実施してみたいと回答しています。もともと総務省では「関係人口創出・拡大事業」の施策として、ワーケーションをチームビルディングのために活用しましょう、地域に行ってみんなで貢献事業をしましょうという働きかけをしていました。それがコロナ禍でいったんブレーキが踏まれている状態です。状況が許せば、こうした日本型の「オフサイトミーティング」タイプのワーケーションが増える可能性はあります。

管轄省庁、担当部署によって目指す方向が違う

――総務省のほか、内閣府、環境省、国交省や観光庁など国もワーケーションを後押ししています。ただ、それぞれ目指す方向は少しずつ違っているように見えます。

 管轄省庁でいえば、総務省が進める「交流⼈⼝、関係⼈⼝の増⼤」「地域住⺠との交流促進」、国⼟交通省が進める「多拠点居住→移住への導線」「空き家・空きオフィス対策」、国⼟交通省と環境省が進める「地域観光事業者の活性化」など、⽬的が重なるようで微妙に異なります。

(写真:稲垣純也)

――自治体側の思惑も様々なものがありそうです。

  ⽂脈として多いのは、コロナ禍以降、インバウンドの減少で国内の観光需要を⾼めようという動きがあり、それとワーケーションは馴染みがいいといった⾒⽅で動き始めた地域でしょう。観光地域づくり法⼈(DMO)に登録されるような団体や、観光協会などが関わって推進しています。

  ただ、現状で実績を残してきているのは、関係⼈⼝を増やす、地域課題を解決するという視点で動いてきた⾃治体です。例えば静岡県下⽥市役所は産業振興課、⿃取県はふるさと人口政策課関係人口推進室、和歌⼭県は情報政策課、⻑野県は産業労働部産業立地・経営支援課 創業・サービス産業振興室など、観光プロパーではない部署が担当しています。

地域交流においては、行政がオーバーコミットしないことが大事

――どのようなワーケーションを誘致するのかによって、地域で整備すべきことも変わってきそうですね。

 例えば行政主導で言えば、環境省では国立・国定公園でのワーケーションを推進しています。小泉進次郎環境大臣は「ワーケーションEXPO@信州」で環境省が令和2(2020)年度の補正予算で盛り込んだ、国立公園などでのワーケーションの実施や受け入れ環境の整備に対する補助制度に申請が多数あったことを話しています。これは国立・国定公園の保全の意味もあったわけですが、この場合、Wi-Fiの整備などワークスペースの整備から入らなければなりません。

 コロナ禍の影響を受けて増えそうなのが、3密回避重視の従業員主導によるワーケーションです。感染予防をしつつ人気の観光地に長期滞在して、途中で仕事を入れるというスタイルです。地域の人との交流は求めず、離れて休む目的があります。こういった人たちを呼び込もうとする場合は、ワーケーションを行える環境があればハード面・ソフト面での大きな追加投資は必要ないでしょう。

 一方、地域の人たちと交流することや、CSRの文脈で地域に貢献することを期待するワーケーションもあります。地域の人たちとのセレンディピティ(偶然の出会いやひらめき)が生まれることへの期待から、コミュニティをつくるタイプです。彼らは交流を望んでいるので、地域の行政側が受け入れ体制を用意しておく必要があります。「場所」ではなく「人」が目的になるような、コト消費のプログラムに力を入れている地域とワーケーションは親和性が高いと思います。

 ただし、(地域交流の現場では)行政はオーバーコミットせず、上手に見守ることが大事です。これまでの観光誘致などでは、受け入れ側が準備して短い滞在期間を目一杯満喫してもらおう、という意識が強かったと思います。ワーケーションは、ある程度の期間、仕事も地元の生活も余暇も、ありのままを感じてもらいながら地域のファンになってもらうものなので、むしろ地域の人たちや民間の事業者が主体となって自然体で進めないと、持続させていくことが難しくなります。

これから整備すべきは、滞在者の子どものケア

――すでにワーケーションを推進し、成功事例として紹介される自治体としては、どのようなところがありますか。

 2019年11月に、ワーケーション受け入れ側の自治体による「ワーケーション全国自治体協議会(WAJ)」が設立されました。その中心となった和歌山県、長野県は、まさに成功例と言えると思います。

ワーケーション全国自治体協議会のフェイスブックページ。179自治体(1道21県157市町村、2021年4月2日時点)が会員として参加している

 例えば和歌山県の田辺市や白浜町は、2014年度より総務省のふるさとテレワーク事業実施や、ワーケーションの推進などを通じて都会と地域との交流の促進を実施してきました。自治体が受け入れ施設を整備したり、都市部の企業がサテライトオフィスをつくったりもしています。地域雇用にもつながり、Iターンで地域に定着する人も出てきています。

 長く継続するために重要なのは受け入れ態勢です。特にコロナ禍の最中である現在は、都心から人が来ると、「なぜ(感染対策を考えずに)来たのか」という拒否反応があったとも聞きます。地域とワーケーションを利用する人の間に入る人員が必要です。

――今後は、家族でのワーケーション(ファミリーワーケーション)のニーズも高まりそうですね。

 ファミリーワーケーションの場合、子どものケアが大きな課題となるでしょう。特に、仕事をする間に子どもが過ごす場所をどうするかという問題です。テレワークでも課題になりますが、特に幼い子どもが家にいる状態で仕事をするのはなかなか大変なことです。さらにワーケーション先では、児童館など子どもを預けられる場所が少ないのが現状です。

――二地域居住や移住、企業移転の促進を考えるうえでも、重要な論点です。

 ワーケーションに限らず、働き方が多様化していく中で、子どものケアは避けて通れない課題だといえます。

 子どもが小学校以上となると、デュアルスクールの仕組みそのものはあっても、積極的に活用できているかというと、受け入れ先側の体制が整っていません。ワーケーションで地域を訪れた子どもが地元の子どもと仲良くなって、「(ワーケーション先で友達になった子と)また遊びたい」「今度は野菜の収穫を一緒にやろうと約束した」など、地域での子ども同士の交流は、リピートの強い動機になります。

 あるいは子どもが少なくなった地域であれば、英語教育に力を入れて、都心の子と田舎の子が一緒に習うといった特徴ある学校をつくるということも考えられます。発想を変えるとまだまだできることがあるので、自治体や地域にはこうした受け入れ体制を整えることを視野に入れてもらえればと思います。

田中 敦(たなか・あつし)
山梨大学 大学院総合研究部 生命環境学域 社会科学系長/生命環境学部 地域社会システム学科 学科長/教授(観光政策科学特別コース)
田中 敦(たなか・あつし) 横浜国立大学卒業後、JTBに入社。教育旅行、営業・企画や米国本社・欧州支配人室での人事担当などを経験した後、JTBモチベーションズ(経営企画局長)、JTB総合研究所(主席研究員)を経て、2016年に山梨大学に着任(写真:稲垣純也)

この記事のURL https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/PPP/434148/041500094/