身体的・精神的な健康維持のためには、外を歩いたり人と会ったりすることが重要だ。そのためには、街の中のあらゆる機器、サービスを障害の有無にかかわらず利用しやすいデザイン(=共用品・共用サービス)にしていく必要がある。そんなまちづくりに「気づき」をもたらすのが、公益財団法人共用品推進機構が提唱・実践する「良かったこと調査」だ。自治体での取り組みも広がり始めている。同機構の立ち上げから参画している専務理事・事務局長の星川安之氏に聞いた。

(写真:北山宏一)
(写真:北山宏一)

――「共用品」「共用サービス」とはどのようなものですか。改めて教えてください。

星川 共用品の定義は「身体的な特性や障害にかかわりなく、より多くの人々が共に利用しやすい製品・施設・サービス」としています。日本が国際標準化機構(ISO)に提案して2001年に制定された高齢者・障害者のニーズに配慮するための規格を作成する際の基本指針「ISO/IECガイド71」は、「共用品」の考え方が基になっています。そのガイドでは、共用品は「アクセシブルデザイン」と訳されています。

共用品=「身体的な特性や障害にかかわりなく、より多くの人々が共に利用しやすい製品・施設・サービス」の範囲(資料:共用品推進機構)
共用品=「身体的な特性や障害にかかわりなく、より多くの人々が共に利用しやすい製品・施設・サービス」の範囲(資料:共用品推進機構)

 共用品の分かりやすい例としては、ノンステップバスや長い靴ベラなどがあります。ノンステップバスは障害者だけでなく多くの人にとっても乗りやすいバスですし、しゃがまなくても使える長い靴ベラも、多くの人にとって使いやすいデザインですよね。

 よく、ユニバーサルデザインやバリアフリーデザインなどとの違いについて聞かれますが、私自身は、それぞれ言葉の違いはそんなにないと思っています。もちろん、それぞれ定義はあるのですが、共通して目指しているのは「みんなが使いやすい製品やサービスが一般的に普及した社会になればいい」ということなんだと思います。

――街の様々な場所で共用品や共用サービスが普及していけば、障害のある人でも街に出やすくなります。共用品推進機構が自治体と進めている「良かったこと調査」は、地域の中の「良かった場所やサービス」を様々な視点で掘り起こすことで、誰もが出掛けやすいまちづくりに役立ちそうですね。

星川 最初は、旅行、コンビニエンスストア、医療機関、家電製品、公共トイレといった、製品や施設、サービス単位で調査を行っていました。2013年にスタートした取り組みです。これを地域でもやってみたらどうかということで、2019年に杉並区(東京都)で実施しました。交通機関、商店街など、街で「良かったこと」をいろいろな障害当事者団体の人たちが寄せてくれました。

 そして、集まった「良かったこと」の内容をイラストにしてみんなで共有したところ、これを杉並区がイベントなどいろんなところで活用してくれたんです。すると「これはいいね」と評判になり、他の地域にも広がっていきました。これまでに、沖縄県、岡山市、練馬区(東京都)で調査を実施しています。今年度は千代田区(東京都)が本格的な調査を行う予定です。

「良かったこと」を共有することで、さらに良い街になっていく

――「不便なこと」ではなく「良かったこと」を調べるのはどうしてですか。

星川 もともと「不便さ調査」はずっとやっていました。これをやるとマイナスからゼロまでは行くんですね。でも、悪いところを指摘していても「ゼロからプラスに」というのが難しい。北風と太陽みたいな感じでしょうか。そこで、良いところをみんなで共有して伸ばしていけるような調査ができないか、ということで始めたのが「良かったこと調査」です。

――調査結果は、どのように理解し、活用していったらよいでしょうか。

星川 ご存じのように、障害者差別解消法では、社会生活をする上でのバリアについて、障害者から対応を求められた場合、過度の負担でない限り合理的配慮の提供を拒んではならないことになっています。

 国や自治体は法的義務、民間事業者は努力義務ということになっていますが、社会的な潮流としては、民間も努力から義務として対応すべきだという方向に変わってきています。一方で、そもそも合理的配慮(Reasonable accommodationの訳語)とはどういうことなのか、みんなよく分からない。分からないがゆえにあまり手を付けてこなかったという面もあります。

 そして、調査して見えてきた「良かったこと」というのは、ほとんどイコール合理的配慮なんです。例えば、「店員さんがこんなふうに話し掛けてくれて良かった」といったこともそうです。このように、お金を掛けなくてもできることはすごくたくさんあるんです。

杉並区の「良かったこと調査」より。食堂やレストランでは、「ステッキを立てる場所がある」といったハード面の工夫から、「手話でありがとうと言ってくれるだけでうれしい」といったソフト面まで、いろいろな「良かったこと」が集められている。調査報告書では、「駅」「乗り物」「食堂・レストラン」「商店街・道・イベント」など、街の中の空間ごとに、ぞれぞれの「良かったこと」についての個別の声をまとめている(資料:共用品推進機構「共生社会を目指した地域の取組みに関する調査報告書 ~ 東京・杉並区の良かったこと調査を通して ~(ウェブ版)」)
杉並区の「良かったこと調査」より。食堂やレストランでは、「ステッキを立てる場所がある」といったハード面の工夫から、「手話でありがとうと言ってくれるだけでうれしい」といったソフト面まで、いろいろな「良かったこと」が集められている。調査報告書では、「駅」「乗り物」「食堂・レストラン」「商店街・道・イベント」など、街の中の空間ごとに、ぞれぞれの「良かったこと」についての個別の声をまとめている(資料:共用品推進機構「共生社会を目指した地域の取組みに関する調査報告書 ~ 東京・杉並区の良かったこと調査を通して ~(ウェブ版)」)

 そんな「良かったこと」を、ある市の中で、町の中で、村の中で、みんなで共有することによって、地域全体に「良かったこと」が広がります。さらに、「それなら、こういうことだってできるよね」という気づきにつながります。こうしてより良い地域になっていくわけです。

――そんな街であれば、多くの人が出歩きたくなって、結果として健康増進にもつながりそうです。こうした地域での「良かったこと」調査は、自治体が調査主体となるのでしょうか。

星川 地域によってそれぞれです。自治体が予算を付ける場合もあれば、地域のNPOなどが中心となる場合もあります。

 ただ、自治体で新しい調査をやるとなると、新たに予算を取らなくてはならず、なかなか難しい面もあるようです。各市町村では、障害者・高齢者のニーズ調査をやっているはずなので、その中に、不便なことや要望だけでなく「良かったこと」という項目を増やしてもらえれば普及が進むと考え、そのための方策を練っているところです。同じような調査が全国各地でできれば、さらには国際的にも共通の調査ができればと思っています。

コロナ禍で新たな課題、まずは現状の洗い出しから

――コロナ禍によって、ソーシャルディスタンスやマスク着用など、これまでにない不自由さを社会全体が強いられています。障害のある人たちには、どのような影響が出ていますか。

星川 いろいなルールに対応できないという状況が生じています。ソーシャルディスタンスについて言えば、目の見えない人は前の人との距離が分かりませんよね。耳の聞こえない人は「距離をとってください」と言われても分からない。ルールを守りたい守りたいけど守れないんです。

 また、店の前に「消毒しましょう」といったポスターが張ってあっても、見えない人には分かりません。感染拡大を防ぐために「物には触らないで」「触ったものは戻さないでください」といった状況も増えています。一方で、街なかの点字の案内板などは、触れることによる感染リスクもあります。そうなると、そもそも触ることでいろいろなことを確認していた人たちにとっては、生活のリズムが崩れてしまうことになる。そして家に閉じこもってしまう――。そういったことも起こっています。

 マスク着用の影響もあります。相手がマスクをしていると口の形が分からないので、コミュニケーションが難しくなる人もいる。ちょっとした聞き間違いで済むこともありますが、それが命に関わる場合だってあり得るわけです。

感染防止のためのルールを「守りたくても守れない人たちもいる」と問題提起する星川氏(写真:北山宏一)
感染防止のためのルールを「守りたくても守れない人たちもいる」と問題提起する星川氏(写真:北山宏一)

――かなり幅広く影響が出ていますね。どのような対策が考えられますか。

星川 すぐに解決はできませんが、コロナ禍における不便さやいろいろな工夫について、まずは言葉として記録する作業を進めています。これも杉並区と一緒になって、コロナ禍での困ったことや工夫したこと、要望をまとめているところです。

 これから先、たとえコロナ禍が収束しても、また同じような状況にならないとも限りません。そのときになってまたゼロからやり直しということにならないように、まず今の状況を洗い出し、対策を考え、「障害のある人たちも、高齢の人たちも、ちゃんと感染を防げるようにするにはどうしたらいいのか」についてまとめた文書を残しておく必要があると思っています。

星川安之(ほしかわ・やすゆき)
公益財団法人 共用品推進機構 専務理事兼事務局長
1980年玩具メーカーのトミー工業(株)に入社、新設の「H・T(ハンディキャップトイ)研究室」に配属される。1999年(財)共用品推進機構設立時より専務理事・事務局長を務める。年齢の高低、障害の有無に関わらず、より多くの人が使える製品・サービスを、「共用品・共用サービス」と名付け、その普及活動を、玩具からはじめ、多くの業界並びに海外にも普及活動を行っている。2014年度工業標準化事業 経済産業大臣表彰受賞、2018年に第15回本間一夫文化賞受賞。著書に「共用品という思想」、「アクセシブルデザインの発想」共に岩波書店 など (公財)共用品推進機構HP:http://www.kyoyohin.org/ja/index.php

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