ふるさと納税サイト「ふるさとチョイス」を活用して自治体の課題解決を支援してきたトラストバンクは、近年、自治体業務のデジタル化を支援するパブリテック事業にも力を入れている。自治体職員が電話・紙ベースの定型業務に時間を奪われ、課題解決のために必要な時間を十分に確保できていないからだ。同社会長兼ファウンダーの須永珠代氏は、「能力のある職員たちが単純作業に煩わされる状況を払しょくし、変革時代に必要な新たな取り組みや住民のためになる本来業務に時間を費やしてほしい」と話す。

(写真:柳生貴也)

――ふるさと納税サイト「ふるさとチョイス」を立ち上げた2012年から現在まで、トラストバンクはどのような方針のもとで自治体向けのソリューションに取り組まれてきたのでしょうか。

 当社の創業当時から一貫しているのは、まず自治体の皆さんから課題を聞くことです。対面で自治体の方とお会いしているのであれば、「今、まちの課題は何ですか、あなたが担当している産業では何が課題ですか」と尋ね、その課題に対して「ふるさと納税を活用する意義があれば、活用しましょう」と提案したり、新たにソリューションをつくったりする取り組みをずっと続けてきました。起点は、常に「自治体が一番やりたいことや課題」です(関連記事)。

 今、トラストバンクが提供しているサービスは、基本的にこの形でつくり上げてきました。結果として、ふるさとチョイスは全国1788自治体のうち、1600自治体に利用してもらっています。

 最近では、ふるさとチョイスの物流に関する新サービスをつくりました。ふるさと納税が始まった当初は数件の返礼品を手作業で配送すればよかったのですが、最近は返礼品が全国で年間数千万個も流通するようになり、例えば受領証の封入作業だけでも月に数万通に上るなど、自治体職員の作業負荷が増えすぎて大きな課題となっています。この課題を解消するために、新たに物流のソリューションをつくったわけです。

「電話、紙、ハンコ、現金」を扱う業務が多すぎる

――2019年から、トラストバンクは自治体業務のデジタル化を支援する「パブリテック事業」を始めました。そのきっかけとなる「自治体の課題」は何だったのでしょうか?

 課題と感じることは多岐にわたるのですが、特に注目しているのは「電話、紙、ハンコ、現金」という4つの現物を扱う業務が多すぎるという点です。

 笑い話のような実例があります。もう何年も前の話ですが、ある自治体からデータを送ってもらうことになり、「明日送ります」と言われたのでメールを待っていました。しかし、待てど暮らせど連絡が来ない。おかしいなと思っていたら、1週間後、郵便ポストにCD-ROMが届いていました。それが自治体からのデータだったので、本当にびっくりしたことを覚えています。

 今はさすがにデータをCD-ROMで郵送するようなことはほとんどなくなったと思いますが、世の中と比べて時間が何年も止まっているのではないかと感じることは今でもあります。とにかく紙を扱うことが多く、それが作業効率の低下を招いています。

 また、自治体というのは、大学生が就職したい企業・業種のランキングで地方公務員が1位になるなど、いわば「地方の大手企業」だと思います。そこには優秀な方たちが非常に多いわけです。

 それなのに、その方たちがハンコを押して、紙を折りたたんで、封入する、といった作業を1日中やっていたりするのは、すごくおかしいと感じています。その実力をもってして、誰でもできる作業をしているのですから。

 本来、自治体は、地域のために役立つための存在なので、能力のある職員たちが単純作業に煩わされる状況を払しょくしたい。この課題は、ふるさとチョイスを始めたころから感じてきたことです。そして、自治体業務のデジタル化を支援する「パブリテック事業」を立ち上げた最も大きなきっかけといえます。

――パブリテック事業のサービスの一つとして、自治体専用ビジネスチャットツールの「LoGoチャット」が多くの自治体に導入されています。LGWAN対応であるのが一般的なチャットとは全く違う大きな特徴です。

 LINEやSlackのようなビジネスチャットツールは、業務の生産性をものすごく高めてくれます。メールと比べて即時性があり、複数人で議論や相談をするのに向いています。当社の日常業務でも、チャットなしで仕事を進めるのは、もはや不可能でしょう。

 しかし、LINEやSlackはインターネット上のクラウドサービスなので、自治体職員のパソコンから直接使えないようになっています。なぜなら、自治体の庁内ネットワークと自治体間をつなぐLGWAN(総合行政ネットワーク)は、機密情報を守るためにインターネットから切り離されているからです。

 自治体職員がインターネットにアクセスするときは、別の席にあるインターネット専用端末を使わなければなりませんし、その端末から庁内の情報にはアクセスできない、といった不便な状況がいまだにあります。自治体としては安全のための壁としてLGWANを設けているわけですが、庁内からクラウドサービスを使いたいときにも越えがたい大きな壁になっています。

 ならば、LGWANに対応した自治体専用のビジネスチャットツールをつくろうと考えました。それがLoGoチャットです。

 LGWANには、全国の自治体に向けて各種行政事務サービスを提供するLGWAN-ASPという仕組みがあり、電子申請サービスや証明書コンビニ交付サービスなど多様な行政事務サービスが提供されています。LoGoチャットも、セキュリティーや品質の審査を経てLGWAN-ASPサービスの一つとして提供しているので、LGWANや庁内ネットワークの中にある自治体の情報を自治体内・自治体間で共有できるようになります。

 ふるさとチョイスもLGWAN-ASPサービスの一つです。ふるさとチョイスを全国の自治体に展開する中で、「なぜLGWANに対応していないのか」「ウチはLGWANとつながっていない会社とは契約できません」と自治体からよく言われました。そのようなわけで、ふるさとチョイスをLGWANに対応させた経緯があります。

一般のSNSにはない「安心感」、自治体間のコミュニケーションも

LoGoチャットの利用イメージ(出所:トラストバンク)
[画像のクリックで拡大表示]

――LoGoチャットの導入自治体数はどのくらいでしょうか。

 LoGoチャットは、2019年11月に正式リリースしてから約1年半で、全国自治体の3分の1に当たる約650自治体(無料トライアルを含む。有償契約の自治体数は約330)に利用していただいています。

 LGWAN対応のほかのツールを見ると、導入自治体数はだいたい10~20くらい。大手ITベンダーだと、住民基本台帳のサービスで400自治体に入れた例はありますが、LoGoチャットは広く利用されているサービスだといえるでしょう。

 当初はチャット自体があまり理解されていなかったため、「電話でいいではないか」「メールと何が違うのか?」といった意見も少なくありませんでした。しかし、実際に使ってみて、チャットツールのよさを理解してもらえたようです。最近は「使い慣れると手放せない」という声をよく聞くようになりました。

 埼玉県深谷市で、LoGoチャットの導入効果を検証したことがあります。約1000人いる職員のほぼ全員がLoGoチャットを使っており、1人当たり年間44時間の効率化、全職員で年間2億円の人件費削減効果に相当する、という結果でした(関連記事)。

――一般のSNSツールでは、あて先を間違えて情報が流出する「誤爆」がときどき起こっており、ネットで拡散されて「炎上」につながってしまうこともあります。

 誤爆を起こしかねないリスクは一部にあると思います。例えば、チャットツールのよさを知っている自治体職員の間では、スマートフォンでLINEやFacebookを使って業務連絡をしていることが結構あります。その方が楽に仕事が進むからです。

 しかし、プライベートのチャットとビジネスチャットは明確に使い分ける、というのが一般的です。両者を一緒にしていると、プライベートで送ったメッセージが職員全員に流れたり、その逆もあったりで、常に誤爆のリスクが付きまといます。もし個人情報を含むメッセージがインターネットに流出してしまったら、大問題になってしまうでしょう。

 業務には、やはりビジネス専用のチャットツールを使うべきです。機密情報を守るためにつくられたLGWAN内でチャットをするからセキュアだといえます。

――全国の自治体同士で情報交換することもできるのですね。

 LoGoチャット上には、全国のふるさと納税担当者だけのコミュニティや新型コロナウイルス対策担当者だけのコミュニティ(ユーザーグループ)など、テーマ別に100以上のコミュニティがあり、担当者同士が「こういうトラブルが起こった場合、皆さん、どう対応されていますか?」といった相談事や情報共有を活発に行っています。インターネットのSNSでは話しづらいような自治体同士の内容であっても、LGWAN内のチャットだから安心して情報交換できるのだと思います。チャットの相手が〇〇市の△△さんと分かる点でも安心感があります。

 ふるさと納税やコロナ対策以外にも、コロナ対応の休業支援金・給付金、広報、テレワーク、行政改革、デジタルトランスフォーメーション(DX)などのコミュニティがあり、自治体から要望があればすぐに新しいコミュニティを設定しています。

 コミュニティに参加しているユーザーは5500人以上いて、例えば新型コロナウイルス対策のコミュニティには400人以上の自治体職員が参加しています。「国からこんな通知が来たけど、どうすればいいの?」という相談に対して、「〇〇省からは、こう聞いていますよ」「ウチもそうすればいいんですね」といった助け合いが生まれています。

 自治体の中には、たった1人で新型コロナウイルス対策を担当しているところがたくさんあり、担当者は人の命に関わる重責を抱えています。しかも、初めての経験で分からないことだらけ。従来なら「周辺の自治体に電話で聞いてみよう」という話になるのでしょうが、隣の自治体の方も「実はウチも分からないんです」と悩んでいたりします。

 そんな状況のなか、新型コロナウイルス対策担当者のコミュニティがある意味は大きいと思います。一瞬で全国の担当者の知恵を借りられるからです。皆が悩んでいるせいか、答える方もすごく親切に対応していて、皆、仲よくなっています。

 一般企業だったら自社のノウハウを競合他社には教えたがらないと思いますが、自治体の間に競争関係はないので、お互いに教え合った方が絶対に得をします。こうした相談や情報共有とチャットツールは非常に親和性が高いといえます。この互助による業務効率化や心の負担の軽減効果は計り知れません。

自治体職員コミュニティをつくり「地域課題解決のパッションを育む」

――コミュニティという点では、2020年5月に自治体職員向けのコミュニティ「トラストバンクアカデミア」を開講しました。狙いは何ですか?

 地域課題の解決手法を学びながら、熱意を持つ自治体職員の方々がお互いにモチベーションを高め合ってもらいたい、というのがトラストバンクアカデミアの目的です。

トラストバンクアカデミアのウェブサイト(出所:トラストバンク)

 ふるさと納税に携わった自治体職員の中には、「地域課題を解決したい」という熱意を持って仕事に取り組まれている方が多いと思います。地域の魅力を外に発信したり、事業を運営したりするなかでノウハウやセンスを磨き、地域課題の解決に貢献していると実感できるからでしょう。

 しかし、3年ほどたって、そうした経験やノウハウを全く生かせない部署に異動してしまうと、大きな落差を感じ、以前のようにはモチベーションを保てなくなってしまうケースが少なくありません。これは当事者にとって、とても深刻な問題です。ふるさと納税でがんばっていた職員ほどモチベーションは下がり、一部に自治体を辞めて民間企業に転職する方も出てきます。実際、当社にもここ1年間で5、6人の元自治体職員が入社しています。

 そこで、「熱意ある職員同士がつながることで、熱意を保ち続けてほしい」という思いから、トラストバンクアカデミアという全国コミュニティを立ち上げました。2020年4月から一部受講者に向けてアカデミアを先行スタートさせ、翌5月に正式開講しています。

 トラストバンクアカデミアは無料の会員登録をすれば参加できますが、パッションを持った、モチベーションの高い人々で質の高いコミュニティをつくっていきたいと考えています。ですから、会員を広く募集しているわけではなく、パッションを持った自治体職員同士の口コミで会員が増えているという状況です。

――口コミで会員が集まるようなコミュニティが既にあったのでしょうか?

 もともと当社は、ふるさと納税の担当者向けに「全国アツい職員会議」というリアルイベントを開催しています。ふるさと納税がまだ認知されていなかった2014年に、前身となる「先進自治体会議」を開き、ふるさと納税に先行して取り組んでいる自治体と、ふるさと納税に関心を持っている自治体が集まって情報交換や議論をしました。それを発展させた形で、熱い思いを持った自治体職員が一堂に集まる「全国アツい職員会議」を毎年開き、リアルに全国の自治体職員同士が横につながる場をつくりました。

 アツい職員会議では、参加者が自分の地域に対して、こういう課題を感じ、こう動いているという取り組みをシェアする形で運営してきました。アツい職員は自治体の中で孤軍奮闘していることが多く、周囲の職員との温度差に孤独感を感じたりしているのですが、ほかの自治体職員がここまでやっている、という話を聞くと熱意は伝播するものです。語り合うことで、「ほかの地域に仲間がいる」という連帯感が生まれ、LoGoチャットなどのSNSでもコミュニティを超えて個別にアツい職員同士でやり取りしています。お互いの地域を後押ししていこう、という熱意をお互いに保ちあっているようなケースもあります。

 今はコロナ禍でリアルイベントを開催できませんが、当社が間に入らなくても、職員同士で交流が進んでいます。トラストバンクアカデミアは、こうした口コミを通して会員の輪が広がっています。

――アカデミア設立時の発表資料を見ると、「講義によるインプットだけでなく、実践まで行うコミュニティ」とあります。この「講義」と「実践」とは何をするのですか?

 アカデミアでは、地域課題の解決に必要な地域(自治体)経営のスキルや知識に関する講義を動画で配信し、それをベースにアカデミアの会員コミュニティで議論を深めていこうと考えています。スキルや知識というのは、具体的にはマーケティングやマネジメント、デザイン思考などです。

 講義については、これまでに12の動画を配信しました。例えば、当社のビジョンでもある「自立した持続可能な地域をつくる」の考え方につながる地域経済循環を提唱した枝廣淳子さんの講義「コロナの先の社会へ『地元経済を創りなおす』」を2020年7月に配信し、地域経済に関する根本的な考え方を解説していただきました。

 同じ講義で、埼玉県深谷市のふるさと納税の担当者だった福嶋隆宏さんにも登壇していただきました。深谷市は農業地域として公民連携を進め、地元経済を活性化させているモデル的な自治体です。その経験を基に地域経営の実際を話してくださいました。

 これらの講義で得たスキルや知識を自分たちの地域の課題に当てはめ、地域(自治体)経営でどう解決していくか、実例ベースで議論するのがアカデミアでの「実践」です。アツい職員会議のように、お互いの熱意が伝搬していくような議論をして、地域経営への理解を深めつつ、課題解決へのモチベーションを高めてもらいたいと考えています。

 ただ残念ながら、アカデミアの活動もコロナ禍によってオンライン講義のみにとどまっています。本当はパッションを持つ職員の皆さんがリアルに集まって議論できるようにしたいのですが、そのような機会は時期を待たなければなりません。

エネルギー事業や地域通貨事業なども

――2018年にトラストバンクは、ITコンサルティング会社のチェンジの子会社になりました。その経緯と狙いは何だったのでしょうか?

 数年前から、当社はパブリテック事業の必要性を感じていました。前述した通り、自治体職員がどれだけ熱い思いでふるさと納税に取り組んでいても、紙ベースの業務や定型業務に追われて十分な時間をつくれず、なかなか地域課題の解決が進まないという状況を目の当たりにしていました。そうした自治体内の課題を解決するために、自治体業務をデジタル化する事業をやりたいと考えていました。

 ITコンサルティング会社のチェンジとは、ふるさと納税の経済効果に関する調査を依頼したことをきっかけに付き合いがありました。その中で、チェンジが大手企業や官公庁を中心にITコンサルティング事業で豊富な実績があることを知り、チェンジと一緒に事業を進められれば、パブリテック事業を実現できると考えるようになりました。当社がチェンジの子会社になった理由は、パブリテック事業を最も効率的に推進するためです。

 両社の役割分担は、全国自治体の9割とネットワークを持つトラストバンクが信頼関係のもとで自治体の課題を把握し、チェンジが技術力を生かして自治体向けソリューションを開発する、という形です。つまり、「自治体のネットワーク×テクノロジー」でパブリテック事業を展開していこうと考えています。

 最近は、パブリテック事業に限らず、チェンジと連携する領域が増えてきました。エネルギー事業や地域通貨事業などです。また、チェンジは大手企業との強いネットワークを持っているので、企業版ふるさと納税でも連携しています。

――チェンジとの連携のもとで、トラストバンクは今後、どのような事業展開を考えていますか?

 チェンジと連携することで「自立した持続可能な地域をつくる」という当社のビジョンに、よりパワフルに取り組むことができるようになりました。やはり、チェンジが持っているノウハウは当社にはないものなので、一緒に取り組むことで、より自治体の課題解決や地域経済の発展に寄与するソリューションを提供していけると考えています。

 今年はデジタル庁が創設されることもあって、行政のデジタル化に対する機運はより高まるでしょう。これに合わせ、パブリテック事業をさらに推進していく考えです。ビジネスチャットの「LoGoチャット」は既に全国自治体の3分の1に導入されていますが、LoGoチャット上のコミュニティに参加する自治体が多いほど情報共有や助け合いのメリットが大きくなるので、もっと多くの自治体に活用してもらいたい。行政手続きフォーム作成ツールの「LoGoフォーム」も、今、ワクチン接種のウェブ手続きフォームを簡単に作成できるツールとしてよく利用されていて、アドホックな行政サービスを素早く立ち上げたいと考えている自治体に展開していきたいと考えています。

 自治体の声をよく聞いて機能改善を繰り返し、より使いやすく生産性が上がるようにサービスをどんどん進化させていくつもりです。

須永珠代(すなが・たまよ)
トラストバンク 会長兼ファウンダー
須永珠代(すなが・たまよ) 1973年群馬県出身。大学卒業後、ITベンチャー、ウェブデザイナーなどの仕事を経て、2012年4月にトラストバンクを設立。同年9月、全国初のふるさと納税サイト「ふるさとチョイス」を開設した。2020年1月から現職(写真:柳生貴也)

この記事のURL https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/PPP/434148/060300096/