九州大学名誉教授の尾形裕也氏(写真:日経BP)
九州大学名誉教授の尾形裕也氏(写真:日経BP)
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新型コロナウイルスの感染拡大は、日本の医療・介護提供体制の隠れた課題を浮き彫りにした。集中治療室の不足、後回しにされてきた感染症対策、調整役としての保健所のレベルアップ……。オーバーシュート(感染爆発)や医療崩壊の危機に直面したからこそ、表面化したものだ。そこで厚生労働省OBで医療・介護政策に詳しい九州大学名誉教授の尾形裕也氏に、コロナが明らかにした日本の医療・介護の問題点と、withコロナで目指すべき方向性を聞いた。

――新型コロナウイルスの感染拡大という危機への対応をみて、日本の医療システムをどう評価しますか。

 ケタ違いに少ない感染者数や、1000人に達するかどうかの死亡者数(取材時)を米国など諸外国と比較してみると、健闘したといえると思います。外出自粛といった、国民への比較的緩い規制でオーバーシュートに至らずに持ちこたえているからです。日本人の生活習慣、とりわけ手洗いなどの衛生習慣や、現場の医療スタッフの頑張りが大きいと考えています。

 日本は組織として素早く的確な決断を下すのは苦手な国で、代わりに現場が頑張ってそれを補っている――と言われています。今回のコロナ禍にもそれが発揮されたのではないでしょうか。

――この間、集中治療室(ICU)や人工呼吸器といった、重症患者の診療に欠かせない医療設備や機器の不足が喧伝されました。確かに診療報酬上の集中治療室のベッドは、約5200床で、救命救急センターのベッドを合わせても1万2000床弱にとどまっています。

 新生児など対象患者を限定して、集中治療を行うベッドが別にあることを踏まえても、人口当たりのICUの病床数が少ないのは事実で、これは改善の余地がありますね。病院の一般病床約117万床のうち半分近くは急性期機能を持つベッドですが、軽症の患者を受け入れているベッドが多すぎるかなという印象はあります。

※2018年7月時点。厚生労働省資料より
※2018年7月時点。厚生労働省資料より
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政策の柱から外れた感染症

――2018年「医療施設調査」によれば、結核を除いた感染症患者用の病床は1882床となっています。

 医療法には感染症病床が規定されていますが、確かに数が少なく手厚い体制とはいえません。今回はここを不意打ちされた形ですね。30年以上前から、国は「医療計画」という仕組みを作って、重点的に整備を進める医療分野を示し、都道府県はそれに沿って地域ごとに医療資源の充実を図ってきています。

 現在はがんなど5つの疾病と救急医療など5つの事業および在宅医療が対象となっています。近年の疾病構造や医療ニーズの変化を踏まえてのことですが、感染症対策はこれら10項目には入っていません。台風や地震といった災害医療の一分野として対策に取り組んでいても、決して十分だったとはいえないでしょう。

医療計画上の5疾病と5事業
医療計画上の5疾病と5事業
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――厚生労働省の担当部局が違う影響はありませんか。

 厚生労働省の中で、医療計画は医政局の管轄なのに対し、感染症対策は健康局が担当しています。疾病構造が感染症から生活習慣病中心へと変遷する中で、感染症に対する認識にギャップが生じているかもしれません。今回のコロナ禍を受けて、医政局が立案する医療政策に感染症をきちんと位置付けていくべきですね。

――そうなった時に、地方自治体はどのような影響を受けそうですか。

 災害医療は、国、都道府県の防災担当部局、自治体消防、災害拠点病院、一般の医療機関、といった具合に関係機関の機能分担と連携が体系的にできあがっているので、感染症対策もそういった形で組み立てていけばいいのではないでしょうか。

保健所は「介護も含めた調整役」としての機能拡充を

――保健所の役割についてはどうお考えですか。PCR検査の実施や入院先の手配などで、その役割が改めて注目されましたが、保健所は、特に都市部では一般の人にはなじみが薄いのではありませんか。

 「地域包括ケア」という時代の要請に応えられる体制づくりが必要になります。保健所は、届け出や検査などで医療機関とは密接なつながりがありますが、これまで介護サービス事業者とは直接の接点はありませんでした。ですが、感染症の場合には介護施設でクラスター(感染者集団)の可能性があります。保健所はコーディネーターとして、医療も介護もみていく必要があるはずです。

 そのほか、2018年度には医療と介護・生活サービス両方を提供する、介護医療院という新しい施設も登場しています。2025年に向けて地域包括ケアの構築が急がれるなか、国は医療と介護の連携を積極的に進めています。これらも、保健所に介護分野への積極的な関与を促す要因と言っていいでしょう。

 ただし、多岐にわたる機能を果たしていくには、単に予算をつぎ込み人を増やせばいいというわけではありません。管轄地域の医療・介護の提供体制の現状を常に把握し、発生する課題解決のアプローチができる高レベルの人材を養成していく必要があります。

――地域包括ケアといえば、在宅で最期まで過ごして看取られるというのが理想形ということになっています。ただ、家族にも看取られず病院で亡くなった新型コロナウイルス肺炎の患者さんのことを考えると、「withコロナ」時代には、実現はより難しくなるのではないでしょうか。

 それでも地域包括ケアは推進していくべきと思います。ただし、今回の教訓から、感染症の発生リスクと対処法を、地域包括ケアを構成する、医療機関、高齢者施設、訪問看護、通所介護といった様々なサービスに織り込んで、構築を進めなければなりません。

 医療についていえば、重症度に応じて体外式膜型人工肺や人工呼吸器のある施設、酸素吸入が受けられる施設というように、機能に合った病院に患者を振り分けるほか、軽症・無症状の患者はホテル等での療養へと、医療機関もそれ以外の施設も官民総出の役割分担と連携で、限りある医療資源をできるだけ効率的に活用する必要があります。今回実施されたホテル等のような宿泊施設での医療提供の可否は、老人ホームなどでの場合と違って法令に明記されてはいませんが、現行法令上「その他」として容認されていると見て取れます。創意工夫で療養場所を確保していくことができるわけです。

医療提供の場所に関する法的構成
医療提供の場所に関する法的構成
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 ただ容体の変化しやすい高齢者に医療機関以外で療養してもらうとなると、連携先の医療機関のスタッフが交代で常駐・訪問するなど、外部の医療サービスを受けられる体制を確保する必要があるでしょう。なお、米国海軍のような病院船を建造して流行地に派遣、患者を隔離して感染拡大を防ぎつつ治療するという構想は以前から日本にもありましたが、経費面で難しいとの判断からこれまで実現しなかったという経緯があります。

――先生は、日本人の年間受診回数がOECD加盟国の中で一、二を争って多いことを挙げ、医療機関へのアクセスの良さがコロナによる被害を抑制できた一因とみていますね。

 日本の医療機関の受診回数は韓国に次いで多く、ドイツも5位に入っています。コロナ対策で成果を上げたとされるこれらの国々が上位にいることをみると、保険証1枚でどの医療機関も受診できる日本のように、外来受診が容易なことが貢献していると思えます。肺炎の徴候の発見や適切な対症療法を受けるのにつながりますから。

――一方で、当初は「37.5度以上の熱が4日以上続く」などの条件を満たしたうえで、保健所を通さなければ、診断の決め手となるPCR検査が受けられませんでした。

 「フリーアクセス」には一長一短があり、今回のように一時的に制限することはあっていいと思います。ただ厳格なアクセス制限を設けるのではなく、現状のように医療機関への経済的インセンティブの付与や患者の啓蒙・啓発によって病状に合った機能を持つ医療機関への振り分けを行うべきでしょう。

 入院医療に比べて、外来診療は機能の明確化・分化と連携が進んでいません。しかし、2019年12月の政府の全世代型社会保障検討会議の中間報告を受けて、厚生労働省は、複数の審議会で外来医療のあり方についての検討を始めています。コロナ禍も、外来の機能分化・連携推進に影響する可能性があります。

医師の教育・研修にオンライン診療を

――非接触型の診療スタイルとして、「オンライン診療」に注目が集まっています。国も、相次ぎ推進策を打ち出しています。

 コロナの件がなかったとしても、技術進歩を医療現場に取り入れていくのは当然の流れです。高齢化が進めば外来に来られない患者も増えますし、医師による訪問診療には限界がありますから。5Gや8Kが実用化されれば、対面でない医師の診断も精度向上が期待できるはずです。

 ただ日本のように医療機関へのアクセスがいい国では、一気に普及を図ろうとしても難しいでしょう。医学部での教育や若手医師の臨床研修に早く取り入れて、「臨床でやっても大丈夫だな」と医師に納得してもらいながら、オンライン診療を普及させていくべきでしょうね。

――コロナと共存しなければならない時代を迎え、医療や介護の提供体制にどのような見直しが求められるようになるのでしょうか。

 政府の言う「新しい生活様式」はあらゆる制度や政策に織り込まれるべきですが、とりわけ医療・介護ではその必要性は高いと思います。まだエビデンスがあるわけではありませんが、2つポイントを指摘したいと思います。

 まず、医療機関の機能分化と連携をさらに推進すること。高度急性期機能の病院は集中治療室の整備などでパワーアップを図り、急性期と称しつつ中途半端な機能の病院は、診療機能を再検討してもらう必要があります。もう一つは、緊急事態に備えてある程度の空きベッドを確保しておくなど、ゆとりを持った医療提供体制にしておくことが必要だと思います。

 最初に話したように、アクセスのよい日本の医療システムと国民の積極的な予防・受診が奏功して、コロナ感染拡大の第一波はそれほどの大事に至らなかったと考えられます。さらに弾力的で復元力を持つレジリエンスのあるシステムにしていくことが、これからの課題でしょう。

尾形裕也(おがた・ひろや)
九州大学名誉教授
尾形裕也(おがた・ひろや) 1952年生まれ。東京大学工学部、経済学部を卒業後、1978年厚生省(当時)に入省。健康政策局(現医政局)、国立社会保障・人口問題研究所などを経て、2001年九州大学大学院医学研究院医療経営・管理学講座教授。2013年東京大学政策ビジョン研究センター特任教授。厚生労働省医政局「医療計画の見直し等に関する検討会」などの委員を務める。

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