大阪府は、住民のQoL(Quality of Life:生活の質)をICT(情報通信技術)などの先端技術を活用して向上させる「大阪スマートシティ戦略Ver.1.0」を2020年3月31日に策定している。しかし、公募によってスマートシティ戦略部の部長職に就任した日本IBM出身の坪田知巳氏は、新型コロナウイルス対策を通じて、同戦略に新たな要素を追加する必要性を感じているという。

第2回では、大阪府のスマートシティ戦略に追加される新たな要素「都市免疫力」について話をうかがった。これは「リモートエコノミーへの対応」「東京一極集中からの脱却」「公民共同」で構成されるもので、公民共同については、民間と共同で持続的に社会課題の解決を目指すために、エコシステム(経済的な連携体系)をプラットフォーム(基盤)として構築していく。

坪田 知巳氏。スマートシティ戦略部の入り口にある看板の前で(写真:行友 重治)
坪田 知巳氏。スマートシティ戦略部の入り口にある看板の前で(写真:行友 重治)

――就任早々、新型コロナウイルス感染症対策で多忙な日々を過ごされましたが、コロナ禍は、大阪府のスマートシティ戦略にどのような影響を与えますか?

 最初は、「コロナ対策戦略部」と呼んだほうがよい状況でした。4月にコロナ対策を行う専門チーム「コロナSWATチーム」を数人で始めたのですが、それでは追いつかないほどの仕事量になり、部の全員がコロナ対策に携わるようになりました。いつになったら、本業のスマートシティ戦略の仕事ができるのかと思ったほどです。

 しかし今は、その考えがだいぶ変わりました。コロナ対策も本業の一つであり、アフターコロナ時代のスマートシティにおける重要な要素になると考え、その要素を「都市免疫力」と名付けました。大阪府スマートシティ戦略Ver.1.0に、この「都市免疫力」を追加した「Ver.2」を近く発表したいと考えています。

 スマートシティ戦略Ver.1.0は2月に府のホームページで素案を発表し、3月31日に正式策定したものです。私は策定には関わっていませんが大変よい計画です。とはいえ、新型コロナ感染拡大の影響は、おそらく一過性のものではなく、社会、並びに、まちづくりの前提を大きく変えていくでしょう。大阪府のスマートシティ戦略は、この新たな前提を踏まえて、第2章に入る必要があります。

――「都市免疫力」とはどのようなものでしょうか?

 感染拡大を抑制する不可逆的な行動変容を促すために必要になる要素の総称です。「都市免疫力」には3つの要素があります。

 まず、ICT(情報通信技術)を活用した「リモートエコノミーへの対応」です。日本はハイテク分野で先進国にあると思っている人が多いかもしれませんが、それは一部の領域に過ぎず、全般的にはかなり遅れていると感じています。

 テレワークの実施一つにしても大騒ぎになりました。オンライン診療もすぐには拡大できませんでした。マイナンバーを活用したオンライン給付ではシステム的な問題が発生しました。

 特に、ICTの領域における個人情報の活用については、深い議論がないまま、コロナ禍に見舞われたと感じています。これが、日本企業がコロナ対策におけるICTの活用で、後手に回ってきた最大の原因の一つでしょう。

 大阪府のコロナ追跡システムは、「短期間でよく開発できましたね」と言われるのですが、開発期間の大半は「どこまで個人情報を取得するか」という議論に費やしました。つまり、公共の利益と個人情報活用のバランスについて国民的議論が成熟していれば、もっと短期間で開発できました。

ICT活用で生産性が向上、もう昔には戻らない

 ハイテク分野で日本が後れをとる原因には規制もありますが、新しいことへ前向きに取り組もうというマインドが日本人は欧米人に比べて弱いからだとも思います。しかし、今回のコロナ禍でその日本人も変わるでしょう。

 オンライン会議の活用を拒んでいた企業・業界の多くが今回のコロナ禍を契機に取り組まざるを得なくなりました。そして、やってみたら、思ったより便利だと評価しています。1時間の会議のために、東京から大阪へ出張していた会社員はオンライン会議のほうが、圧倒的に効率が高いことに気がついたでしょう。

 オンライン会議で営業するのはお客様に失礼だと思っていたかもしれません。しかし、それを許す社会になれば、ものすごく生産性が上がります。そしてもう昔には戻れないと思います。

地方分権を評価する流れが改めて活発に

 二つめが、「東京一極集中からの脱却」です。新型コロナの影響で東京一極集中についての議論が再燃しています。経済が一極に集中することは必ずしも効率的ではなく、危機に対して脆弱(ぜいじゃく)であることが再認識されました。これからは、地方分権が改めて評価されるようになるでしょう。

 これまでも地方分権は声高に叫ばれてきました。しかし、地方分権を本気で進めようとすれば、地方への権限委譲に伴って自治体の責任が大きくなります。その責任を果たそうとすると、さらなる財源と人材が必要になるので、一筋縄ではいきません。

 ところが今回のコロナ禍で、地方分権にそれほど関心がない、多くの国民は見てしまったのです――。国民の命に関わる、あるいは経済の崩壊につながりかねないほどの危機に直面したとき、政府が重大な政治判断を地方にゆだねたことが何回かありました。そのとき、地方は政府より速く正しく、住民の肌感覚や痛みを理解して決断を下すことができました。

 大阪府が5月に策定した、府独自の基準である「大阪モデル」はその例だと思います。中央政府より地方政府が決定するほうがふさわしい事柄は多くある――。それが国民に見えたことは、ものすごく大きなことです。

 大阪府・大阪市は、日本の東西二極の一つとして、日本の未来を支え、けん引するための「副首都ビジョン」を掲げています。それと相まって、地方分権の大きな流れは、アフターコロナ時代の大阪のスマートシティ戦略における重要な要素になっていくと思います。

あらゆる企業が社会課題の解決に取り組む

 三つめは「公民共同」です。企業がCSR(企業の社会的責任)に取り組むようになって久しいとはいえ、民間企業の奉仕活動による社会課題の解決は、資金力も人材も潤沢にある大手企業にしかできないと思われがちでした。しかし、これからは、あらゆる企業がビジネスとして、社会課題の解決へ自然に取り組むようになると思います。

 大阪府の「コロナ追跡システム」も、スタートアップが社会課題の解決をビジネスにしていこうという動きの一つとしてとらえることができるでしょう。

 ほかにも、電機メーカーのシャープがマスクを製造したり、トヨタ自動車が人工呼吸器を製造したりしています。それぞれ製造ラインを構築しているので、中長期的に採算をとるように取り組んでいるはずです。

 このように、コロナ禍をきっかけに、社会課題の解決と、企業の経済価値の追求を両立させようとするビジネスモデルが多数出てきています。そこで、スマートシティ戦略を推進する我々行政側は、社会課題の解決を経済価値に変えようという信念や哲学を持った企業と積極的に協働したいと思います。

 社会課題は、そのような信念や哲学を持つ企業にとってマーケットのようなものです。我々行政の仕事は、そのマーケットを見える化することで、企業を積極的に呼び込むことであるとも言えます。

「我々行政側は、社会課題の解決を経済価値に変えようという信念や哲学を持った企業と積極的に協働したいと思います」と語る坪田氏(写真:行友 重治)
「我々行政側は、社会課題の解決を経済価値に変えようという信念や哲学を持った企業と積極的に協働したいと思います」と語る坪田氏(写真:行友 重治)

スタートアップの育成をさらに強化

 これは、成長の原動力としてスタートアップを育てるという観点からも重要です。私は、前職でスタートアップを育成する仕事もしていましたが、日本のスタートアップにはアメリカに比べて大きなハンデキャップがあると感じていました。資金面とビジネスモデル面、それぞれのサポートが不足していることです。

 資金面のサポートについては、ベンチャー投資が日本で改めて盛んになったことで状況が変化しました。現在は昔ほど、資金的な理由でスタートアップが育たないということはなくなっています。

 ところが、ビジネスモデル面のサポートは依然として大きな課題です。アメリカにはビジネスモデルの作成をサポートする仕組みがありますが、日本のスタートアップにその仕組みはありません。

 日本企業はとても良い技術を持っていますが、それをビジネスに適用する力が不足しています。技術が宝の持ち腐れのようになり、フェードアウトしてしまうスタートアップを前職で多数見てきました。

 大阪府は「大阪府スタートアップ発展支援プロジェクト『RISING!』」などで、スタートアップを育てていますが、それをより強化するには、ビジネスモデル作成を含めたサポートを幅広く強化することが必要だと思います。

行政が持つデータをビジネスでより活用可能に

 また、現在、多くのスタートアップの技術は、ビッグデータの活用を前提にしています。しかし、スタートアップにビッグデータの活用技術はあってもデータそのものがありません。日本のスタートアップにとっては大きなハンデキャップです。

 そこで、行政が持つデータをビジネスでより活用できるよう、スタートアップにはフルオープンにしていきたいと考えています。

 米国は「オープンガバメント」に基づいて、2013年に米オバマ大統領が政府情報のオープンデータ化を義務付ける大統領令にサインし、そこから行政関係のデータをオープンにしていきました。日本ではその米国のような取り組みはまだ十分にできていないと思います。行政のデータを公開するだけでなく、行政が中心になってデータを集め、それを民間に対してフィードバックしていく施策についても検討します。

――新型コロナに対応した社会が変わっていくには、公民連携にさらなる深まりが必要なのですね。

 これまでも、単発で、行政が提示した社会課題と、技術を持つ民間企業のマッチングをする公民連携は行ってきました。その結果、便利なスマホのアプリが開発されるなどの実績もあります。しかし、私は民間にいましたので実感していますが、自治体の仕事は一般に儲かりません。そして、儲からなくなり、ビジネスから撤退したらスマートシティづくりもまちづくりもサステナブルにすることができません。

 ではどうするか。それには、単発の「連携」を超え、持続的な「共同」の仕組みを作らなければならないと考えます。ここでいう「共同」は、行政と一つの企業との単発のマッチングではなく、行政と業界がいっしょに「エコシステム」(経済的な連携体系)を作るようなイメージです。事業体にする場合があるかもしれません。

 我々は民間がより儲かるように、マーケットやデータを提供します。そして、民間が儲けたお金については、大阪のスマートシティへ再投資してもらう――そうして経済がこれまで以上に強く循環するエコシステムの構築を目指します。

 もちろん、我々行政は、高齢者が多い過疎地に自動運転車を走行させるといった公共のための施策を行わなければなりません。これまでは、自治体の予算だけで実現しようとしていましたが、大阪府が独力で、その仕組みをゼロから作ることは困難でしょう。そこで、さきほど説明した新たなエコシステムで、民間が出した利益を行政が再配分するなか、過疎地にも自動運転車を走行させるようにするのが、サステナブルなスマートシティの実現方法だと考えます。

――エコシステムを構築・運営する知恵がスマートシティ戦略部に問われそうです。

 エコシステムの受け皿として「大阪スマートシティパートナーズフォーラム」を立ち上げる予定で参画企業・団体を募集しており、総会・設立式を8月25日に開催します。これはよくある勉強会ではありません。今、申し上げた新たな戦略を実行するため、大阪府のスマートシティに本気で投資してくださる企業・団体とパートナーシップを構築しようとするもので、総会・設立式には知事も参加し、パートナーとなる民間トップの方へ直接、この戦略を説明します。民間が、ビジネスモデルを確立できるぐらいの市場の見える化を行い、持続的なビジネスプラットフォームを構築する――という意気込みで取り組みます。

大阪府のスマートシティ戦略が目指す変革(大阪府のスマートシティ戦略 Ver.1.0)より
大阪府のスマートシティ戦略が目指す変革(大阪府のスマートシティ戦略 Ver.1.0)より
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 この民間との「共同」は、そのために私がスマートシティ戦略部長に選ばれたというぐらい重要だと考えています。ICT企業の経験を生かすだけではなく、行政の中に民間のやり方・手法・ビジネスモデルなどを含めてノウハウを持ち込むために、私のような民間の人材を採用したのでしょう。

 ですから私も就任にあたり、民間からの出向者をスマートシティ戦略部に入れましたし、民間と共同する組織にしなければならないと言ってきました。大阪スマートシティパートナーズフォーラムもその一環で、最大200社ぐらいからの参加を目指しています。

――スマートシティ戦略Ver.1.0に盛り込まれた要素については、粛々と実行されていくのでしょうか?

 戦略を実現するためのマスタースケジュールを作るとわかりますが、2025年の大阪・関西万博には確実に成果が出るように、優先順位をつけて取り組んでいきます。一番はやはり「住民の生活の質(QoL)の向上」です。また、最新の技術を先取りしながら、万博のテーマである「いのち輝く未来社会のデザイン(Designing Future Society for Our Lives)」に取り組みます。

 さらに「健康」の領域については達成すべき目標を数値にして取り組みます。大阪府のスマートシティ戦略Ver.1.0ではダッシュボード(複数の情報源からデータを集めて、概要をまとめて一覧表示する機能や画面)を作ることが示されています。指標を府民に目に見える形で示して責任感を持って施策を進めます。

 特に「健康寿命」については、チャレンジング(困難だが挑戦しがいのある)なことですが、2025年までの5年間で1歳延ばします。大阪は健康寿命が全国平均より低いなどの課題がありますが、スマート・ヘルス・シティとして世界一を目指します。

――スマートシティに加えて最近では、スーパーシティ構想に対する取り組みも重要になっています。スーパーシティ構想を実現する改正国家戦略特区法が成立しましたが、大阪府のスーパーシティ戦略にはどのような変化がありますか?

 これについては今までどおり、大阪市に協力し、積極的に取り組んでいきます。スーパーシティの導入を目指している「うめきた」や「夢洲(ゆめしま)」は、新規開発型であるグリーンフィールドを活かしたまちづくりを展開する計画ですが、スマートシティ戦略は、住民の方々がすでに生活している府全体が対象です。長期的には、スーパーシティ特区に適用した規制緩和や新技術を、大阪府全体に適用するなどで、スーパーシティ構想がスマートシティ戦略にプラスの効果を与えるようになると期待できます。

訂正履歴
初出時、3ページ目の最後の問いで、冒頭「スマートシティ」とすべきところを「スーパーシティ」にしていました。記事は修正済みです。 [2020/8/3 17:30]
坪田 知巳(つぼた・ともおき)
大阪府スマートシティ戦略部長/CIO
坪田 知巳(つぼた・ともおき) 1984年4月、日本IBMに入社。2001年7月、第一事業部顧客事業推進部担当部長などを経て、2009年1月、日本IBM 執行役員。2014年1月、常務執行役員 兼 大阪事業所長。2020年4月から大阪府スマートシティ戦略部長/CIO(最高情報統括責任者)。(写真:行友 重治)

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