大手広告会社の東急エージェンシーは近年、地方の産業振興支援事業に力を入れ、新しいビジネスを積極的に推進している。その担当部署である戦略事業本部エリアプロジェクト局は、東急株式会社(以下、東急)が運営するふるさと納税のポータルサイト「ふるさとパレット」(2019年10月に運用開始)でのオリジナル返礼品の開発などを展開している。同局の長谷川光・地域プロジェクト部長にこれまでの経緯や今後の展望について聞いた。

東急エージェンシー戦略事業本部エリアプロジェクト局の長谷川光氏(写真:川田雅弘)

――「ふるさとパレット」でのオリジナル返礼品「下田海中水族館 イルカトレーナー弟子入り体験」などの企画・開発や、地域振興のコンサルティングなど、長谷川さんは下田市と連携した取り組みを続けています。そもそも下田市と関わるきっかけは何だったのですか?

 私は2012年から5年間東急電鉄(現・東急)に出向していましたが、その間、東日本大震災後の伊豆地域の復興・再活性化に取り組んでいました。出向期間終了後は地域のビジネス開発支援が新しいミッションになったので、お世話になった伊豆地域の複数自治体に挨拶に伺いました。その時、協業のお誘いをいただいたのが下田市だったのです。2017年に下田市と契約し、同市のプロモーション企画、広告戦略を担う「シティプロモーションアドバイザー」に任命されました。

――地域振興に関して、その当時の下田市の課題はどこにありましたか?

 一般論として、地域の産業の中で観光のウエイトが大きい自治体ほど産業をアップデートしにくいものです。「売り物」や「売るスタイル」が出来上がっているケースが多く、時代の変化に適応しにくい。例えば名物料理があり、それを作る職人の板前さんがいて、それを提供する旅館では一泊二食のメニューが固定化しているという具合です。社会や旅行の形態が変化し、日帰り観光やロングステイなど多様なニーズが出てきても「うちは泊まって朝夕二食べてもらわないと困る。そうでないと職人さんの給料が払えないから…」などという硬直化が起きます。

 下田市もそうした傾向があって、変化への対応が遅れた結果、産業がしぼんで少子高齢化が加速していました。おいしい魚や豊かな自然といった「材料」があるが故、「守るべき要素以外は変えていかないと衰退する」ということがなかなか理解されませんでした。逆に、メーン産業と呼べるものがない自治体であったら、もっと大胆に変えられていたかもしれません。なぜなら変えることへの反対意見が少ないからです。しかし下田市の観光産業のように、一定数の関係者が成功体験を持っているケースではそれが難しい。その意識を変えるのに一年半ぐらいは苦闘の日々でした。

よそ者の加入で起きた化学変化

――そこでどういうアクションをとったのですか?

 一言で言えば「よそ者を入れてみよう」と考えたのです。それによって強固な基盤に亀裂を入れ、そこから“化学反応”を起こす。そのための施策が、首都圏からのワ—ケーションとそれを支える下田のファンづくりの積極的な推進でした。ワーケーションとは「ワーク(仕事)」と「バケーション(休暇)」を合わせた造語で、個人の自由な働き方や生き方を実現する新しいライフスタイルです。また下田のファンづくりは、移住・定住よりもハードルが低い関係性づくりとしてまず地域のファンになってもらい、そこから頻繁な来訪や移住・定住へと発展する可能性を期待したものです。

 地域に人を呼ぶためには普通、関係者が首都圏に出向いてPRをし、そのエリアに大きな魅力を感じた人だけがやってくるということになります。私はもう少し踏み込んで「下田市民と友達になりましょう」というコンセプトを掲げ、市民と集うための場である下田市のファンサークルをつくりました。いわゆる「関係人口」を増やすための取り組みです。

 例えば「下田マニア」という企画では、六本木などで飲食店を借り切って、年に一度、パーティを開きました。下田好きの人、下田に関心のある人を集め、下田の海産物に舌鼓を打ちながらわいわいと盛り上がってもらおうという企画です。下田市には既存の移住・定住のプログラムがありましたが、そこまでの覚悟はないけれど、同市に一定の関心を持っている人を歓迎したのです。そこで出会った人がさらに友達を連れてくるなどして、次は下田市でパーティを開催する「下田ナイト」に発展。おいしい干物と日本酒でもてなす会などを定期的に開きました。

多くの若者を集めて行われた「下田ナイト」(写真:長谷川光)
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 ワーケーション推進の一環として、フリーランスのネットワークを活用し、写真撮影やデザインなどの技能を持った人を巻き込んで、下田市の事業者に商品開発の協力をするワークセッションも開催しました。下田市役所は当初、市民との共同プロジェクトにそれほど積極的ではありませんでしたが、これをきっかけに官民一体となったネットワークが確立しました。

  観光に携わる人たちの反発はありませんでした。最初は「よそ者を傍観」という感じだったのですが、多くの下田好きの若者が訪れて、自然や街を楽しみ、お金を使ってくれるのですから悪い気はしません。大切なことは、やってくる人達が下田市を愛してくれることです。古くからの魅力を無視した開発を行い、地元の人と交わろうともせず、都会の広告会社の論理で事業を推進するコンセプトではなかったことがポイントです。