イベント性が小さくなった分「思い」が強まった

――さて、コロナの状況下で行われた各地の取り組みを改めて振り返って、「水辺で乾杯」にコロナが与えた影響をどのようにみていますか。

 昨年までに比べて、「思い」がより強い取り組みが多いことを感じました。ウェブサイトに寄せられた各地からのメッセージを読むと、「3人で乾杯」とか「今年は難しいけど来年は頑張る」とか、「どんな形でもとにかくやりたかった」という医療従事者の人たちとか、何とかして実施したいという気持ちが伝わってきました。写真がなかったので字だけを読んだわけですが、かえってその人たちの気持ちや水辺への感情がよく表れていたと感じます。

――確かに、良くも悪くも昨年までは「水辺で乾杯=イベント」だったんですよね。それが、イベント的な要素が薄れた結果、取り組みの意味を考えるようになったと。

 待っていればチャンスが来るとか、誰かが教えてくれるとかそういうことではなく、自らが考え、アイデアをもって切り開いていく。そういう行動をする人たちが、はっきりとしてきたという感じはあります。

 今年はコロナの問題があるので、「現場ではどうしたらいいですか」「何人が集まっていいのですか」「何人までならいいのですか」と、戸惑いの電話やメールが多いのではないかと思っていました。そうした問い合わせに対して、基本的に事務局は「工夫することも含めて、自分たちで決めてください」と投げかけています。冷たい感じもしますが、自分たちで考えることが大事なんです。ただ、そのような問い合わせは、実際にはすごく少なかった。

 企画は各地の主催者が行っているので、何か不測の事態が起こったら、集まってくださいと声をかけている人の責任になります。自分が主催者になるということの責任と喜び、苦しみを同時に味わわないといけないから、迷いもある。でも、そうした迷いに直面したことがすごく良かったと思います。

 こういう機会を大事にしたいと思ってくださっている人がたくさんいたことが、私たちを勇気づけてくれました。事務局として、「今年はやりません」と決めてしまうという選択肢もあったわけですが、日程をずらしてやったことで、関係が切れなかったのはとても良かったと思います。

――今年の取り組みを踏まえて、今後の活動についてどのように考えていますか。

 今年の「水辺で乾杯」を終えて気付いたことがあります。大雨が降って災害が起こっても、コロナで人との接触ができなくなっても。水辺で乾杯のコミュニティは前向きさを失わない。自分たちでできることを明るくやり通す。このことを各地のアクションに教わり、逆に私たち事務局メンバーが勇気づけられました。「縮んでないで一緒にやろう。ミズベリングはもっと地域や社会を元気にできる大胆さがあるじゃないか」。そう言われている気がしました。

 そのことを強く感じて、事務局では新しいアイデアが次々に生まれ始めています。この秋からは、領域を超え連携する力を養うウェブセミナー「愛と勇気の公共越境力養成塾」が始まりました。もう1つは、ミズベリングらしい、ユニークな防災プログラムを作ろうと動き始めています。

――前回のインタビューでは、「『ニューノーマルの水辺の乾杯』をつくり上げて世界に発信し、日本の水辺から世界を変えたい」という主旨のお話がありました。今年の取り組みで、何か手応えがありましたか。

 今のところ、海外からの反響はあまり聞こえてきていません。ですが、これからも引き続き発信し続けていきたいと思っています。今回もまったく反応がなかったわけではなく、我々の活動を知って米国ニューヨークから「水辺に乾杯」をしてくれた人がいたんですよ。うれしかったですね。

山名 清隆(やまな・きよたか)
ミズベリング・プロジェクト事務局 プロデューサー
山名 清隆(やまな・きよたか) 1960年静岡県生まれ。国際博覧会ディレクター、情報誌編集長、テレビキャスターなどを経て、広報企画を手掛ける会社、スコップを起業し、代表取締役社長に就任。首都圏外郭放水路を地下神殿として世に広めて注目を集め、国土交通省などとともに「ミズベリング・プロジェクト」のプロデューサーとして全国の水辺を活性化・つなげる活動に取り組んでいる