企業・行政・地域のNPO(非営利団体)で構成する30人が、未来のまちづくりについて対話を重ねる「つなげる30人」の開催地域が広がっている。今年も7月に東京・町田市で、10月に横浜市でそれぞれスタートし、東京・渋谷区、京都市、名古屋市、宮城・気仙沼市と合わせて6カ所になった。仕掛け人であるSlow Innovation(スローイノベーション)の野村恭彦氏(代表取締役)は、参加者の信頼関係の構築に重点を置くことで、主体的な活動を促すことが「つなげる30人」の特徴という。

「つなげる30人」を各地に展開するSlow Innovation(スローイノベーション)代表取締役の野村恭彦氏(写真:柳生貴也)
「つなげる30人」を各地に展開するSlow Innovation(スローイノベーション)代表取締役の野村恭彦氏(写真:柳生貴也)

――自ら創業されたフューチャーセッションズから「つなげる30人」の事業を分割して、新会社「Slow Innovation(スローイノベーション)」を2019年8月5日に設立して、独立されました。どのような思いがあったのでしょうか?

 私は富士ゼロックスに勤めていたころ、企業、行政、地域の人たちが対話を重ねてイノベーションを起こす「フューチャーセンター」という施設を設立する事業に携わっていました。さらに、2011年の東日本大震災では、地域の人たちが力強く復興へ取り組む様子に震えるほどの感動を覚え、フューチャーセッションズを2012年に創業しています。

 同社では、企業・行政・NPOの3セクターが一堂に会して「地域の未来」をテーマに対話を行い、企業が地域の課題解決に役立つ新事業を開発することを支援しましたが、多くはアイデア出しや社会実験の段階にとどまり、その先の社会実装になかなか進むことができませんでした。

 その限界を超えたのが、2016年10月に始めた「渋谷をつなげる30人」です。企業・行政・NPOの3セクターから30人を集め、半年から9カ月にわたる対話を通じて渋谷の未来について考えるという内容です。我々は参加者を集めるとともに、集まった人たちにファシリテーションの技術を伝授しました。

 すると、参加者は自ら地域の課題を見つけ、その解決に向けてチームを作り、必要なリソース(資金やツール)を持つステークホルダーに協力を依頼するなど、自発的に動いてくれました。それまでの苦労を思うと、まるで奇跡のようなことでした。

「スローイノベーション」は企業・行政・NPOの信頼関係から

――なぜ、こうしたことが起きたのでしょうか?

 調べてみると、参加者がファシリテーションを学ぶプロセスを通じて、学校の同級生のような強い信頼関係を築いていたことが分かりました。

 「つなげる30人」の参加者はファシリテーションの技術を学ぶ際に、参加者が持つ地域への思いについて互いに質問を行います。そうして明らかになった他人の思いに共感することで信頼関係が築かれていました。その信頼関係は「つなげる30人」が終わったあとも交流が続くほど強いものでした。

 「渋谷をつなげる30人」は、参加者を入れ替えて、翌年以降も行いましたが、同じようなことが起きました。おかげさまで今年は5期目を迎えるとともに、渋谷を含めて全国6地域に展開するまでになっています。

 我々は、「つなげる30人」が構築する人の信頼関係のネットワークに注目しています。これは企業・行政・NPOがクロスセクターで地域課題を解決するため新たなプラットフォームになると考えており、「市民協働イノベーションエコシステム」と呼んでいます。

 Slow Innovationは、「つなげる30人」を通じて、信頼関係のネットワークを日本全国、さらには世界へ広げるために、創業しました。社名にある「スロー」は「大切なことにじっくり時間をかけて取り組む」という意味で、イノベーションに、じっくり時間をかけたいという思いを社名にこめています。

――多くの企業がこれまで取り組んできたイノベーションを「ファストイノベーション」と捉え、それに対応する「スローイノベーション」を進めているのですね。イノベーションが「スロー」になることで、どのような利点がありますか?

 最近、多くの企業が、地域の課題解決に、オープンなプラットフォームに基づくビジネスモデルを適用することで、イノベーションを起こそうとしていますが、期待したような成果が出ない場合が多いようです。

 オープンなプラットフォームに基づくビジネスは、プレーヤーがそのプラットフォームを活用してビジネスを立ち上げることで初めて機能します。しかし、プラットフォームをつくる企業と、プレーヤーとの間に信頼関係がなければ、誰もビジネスを立ち上げようと考えないでしょう。「つなげる30人」のようなスローイノベーションでは、その信頼関係を構築することができます。

 ファストイノベーションは、市場で困っている人を見つけ、その人に役立つ製品やサービスを企業がダイレクトに開発・生産し、困っている人がユーザーとなって購入することを前提にしています。

 一方、地域の課題解決は、生産者とユーザーのような1対1の関係では捉えきれません。多様な住民の要望に対して、多様なステークホルダーの協力が必要になるため、ステークホルダー全員にアプローチして解決を目指さなければなりません。

 それが「つなげる30人」のような企業・行政・NPOが集まるスローイノベーションを採用すれば、多様なステークホルダーが最初から協力して、地域の課題設定の段階から対話を行うことができます。例えると、顧客とメーカーがいっしょに製品・サービスの開発をしているような状態です。

  ファストイノベーション スローイノベーション
イノベーションの始まり 顧客ニーズの発見 社会課題の発見
アプローチ 解決策の適用 関係性の構築
ターゲット 市場(マーケット) 地域(ローカル)
ステークホルダー 意思決定者に絞る すべての関係者に広げる
ビジネスモデル クローズド・バリューチェーン オープン・サービス・プラットフォーム
成功要因 競合との差別化 価値への共感
成功の定義 市場での成功(短期的成功) 地域の課題解決(長期的成功)
表 ファストイノベーションとスローイノベーションの違い(出所:Slow Innovation)

参加者集めの段階では、明確な議題やゴールは打ち出さない

――「つなげる30人」の参加者はどのように集めるのでしょうか?

 「つなげる30人」の参加者は基本的に企業から20人、NPOから8人、行政から2人で構成します。構成は地域に応じて変更していますが、前述のように、参加者が「主体性」を発揮することが特徴であるため、我々は三つのセクターから「この街が好き、あるいは思いがある」といった人たちを集めるだけで、アジェンダのように明確な議題やゴールのあるものは、打ち出さないようにしています。

「我々は三つのセクターから『この街が好き、あるいは思いがある』といった人たちを集めます」(写真:柳生貴也)
「我々は三つのセクターから『この街が好き、あるいは思いがある』といった人たちを集めます」(写真:柳生貴也)

 「つなげる30人」の会合で参加者が対話する際も、我々主催者は、参加者の思いにひたすら耳を傾け、スキルとしてファシリテーションを学んでもらうことに徹します。そのようにすることで、参加者が主体的に動く状態を作ることに「つなげる30人」は特化しています。

 「つなげる30人」では、まちづくりのどの領域に重点を置くのかについては、地域・会期ごとに変えていますが、その場合も、参加者の属性を変える程度にとどめています。例えば、「観光」に重点を置いたまちづくりについて対話したい場合は、行政からの参加者として観光局の人を、企業からの参加者として観光関連産業の人を選びますが、それ以上は踏み込みません。

 また、これまでのまちづくりのワークショップと「つなげる30人」が違うのは、対話を通じて出てくる「アイデア」を成果とするのではなく、参加者が信頼関係を築き、一人ひとりが輝くことを成果とすることです。

 よく「“つなげる30人”では、どのような地域課題が解決できるのでしょうか」と尋ねられるのですが、「我々が実現したいのは、“つなげる30人”が終わったあとも参加者が付き合いを続けたいと感じる信頼関係」だと答えています。

地域の中から新たなビジネスや価値を見つける

――「つなげる30人」では、多様なステークホルダーが協力する社会実験が実現することが特徴とのことですが、例を教えていただけますか?

「第1回渋谷サステナブル・アワード2019」のウェブサイト。「渋谷をつなげる30人」から生まれた落書き消しのプロジェクトが大賞を受賞した
「第1回渋谷サステナブル・アワード2019」のウェブサイト。「渋谷をつなげる30人」から生まれた落書き消しのプロジェクトが大賞を受賞した

 例えば、「渋谷をつなげる30人」の第3期で生まれた落書き消しのプロジェクト(落書きの除去活動及び啓発活動に関連する事業)があります。「第1回渋谷サステナブル・アワード2019」を受賞するなどでメディアにも取り上げられました。

 渋谷では壁画アートが名物のようになっていますが、アートと落書きの境界が曖昧なまま増加を続け、地域の問題になっていました。そこで当時の「渋谷をつなげる30人」の参加者がこれを取り上げ、壁画アーティスト、衣料品や雑貨を販売するビームス、工作機械で知られるボッシュ、東急不動産などの各社員で構成する6人のチームを作り、新しく楽しい解決方法を模索しました。

 具体的には、渋谷区に本社を置くアパレル販売などのビームスが落書き消しのためのおしゃれなユニフォームをつくり、それを販売することで、買った人が落書き消しに参加する。併せて、落書き消しに利用する最先端の機器を、やはり渋谷区に本社を置く自動車部品・カー用品のボッシュが提供してカッコよく落書き消しができるようにするといったことが実現しています。

 この活動によってビームスは、新たなユニフォームビジネスの可能性を実験できました。ボッシュはドイツに本拠を置くグローバル企業でありながら、地域との関係性を構築してCSR(社会的責任)活動に取り組むことができました。また、渋谷区も一連の対話を通して落書きと壁画アートを区別し、壁画アートについてはポジティブに捉えるようになりました。

 「つなげる30人」によって構築されたネットワークを使って社会実験を行った例もあります。ある自動車メーカーが渋谷で、「スローモビリティ」という、電気自動車をゆっくり走らせる移動サービスの社会実験に際して、渋谷をつなげる30人の参加者だった地域の商店街の人たちなどと協働を行いました。

 その結果、スローモビリティの社会実験は、電気自動車がゆっくり走るだけのものでなく、地域の再生を担うサービスの一つとして位置づけることができ、自動車メーカーにとっても、地域にとってもより有意義になったと思います。

行政職員に求められる、縦割りの組織を超えたアジェンダ設定

――アジェンダがなくても、企業が「つなげる30人」に協力するのはなぜでしょうか?

 企業には1社ごとに「つなげる30人」が目指している世界観について話をして理解を求めています。地域にどのような貢献をしたいのか、ファストイノベーションにどんな限界を感じているのかについてうかがい、「つなげる30人」のようなスローイノベーションの手段がその対策として近道になることを説明します。

――自治体は何を求めていますか?

各地の「つなげる30人」の情報を発信するウェブサイト「つなげる30人新聞」
各地の「つなげる30人」の情報を発信するウェブサイト「つなげる30人新聞」

 自治体が求めているものは二つあります。

 一つは、外部の人たちとの協働を通じて、職員の視野を広げることです。行政組織は部署ごとに縦割りで住民とつながる傾向があります。その壁を破り、部署横断的な連携を強めるために「つなげる30人」を活用したいと考えています。

 京都市はその例でしょう。京都市は都市経営戦略室を4月に設置して、経済と地域を統合的に考えるなど、部署横断的な取り組みによるイノベーションを求めています。そこで我々が、「京都をつなげる30人」の運営も含め、イノベーション創出につながる職員の意識改革などを支援しているところです。「つなげる30人」では、解決すべき課題に対するコンセンサスを市民といっしょにつくり上げていくため、行政の職員に縦割りの組織を超えたアジェンダ設定が求められるのです。

 また、相模原市(神奈川県)とは3~4年にわたり、様々な事業を進めてきました。まだ「つなげる30人」という形にはなっていませんが、ここでも課題は職員の部署横断的な取り組みの強化です。我々は研修を通して、微力ながらその支援をしています。

 もう一つは、行政と企業が本気で協力する体制をつくることです。

 企業は地域の課題を解決する新製品や新サービスを開発するため、実証実験や社会実験に意欲的な自治体を探しています。自治体も、地域が抱える課題の解決に向けて、本気で協力してくれる企業を探しています。しかし、現状では両者はうまくマッチしていません。

 その状態を抜け出すため、自治体は、「つなげる30人」によって信頼関係を構築し、地域の課題を先進的でユニークなものに設定して、企業と地域がイノベーションによりともに発展する状態をつくりたいと考えているのです。

野村 恭彦(のむら たかひこ)
Slow Innovation代表取締役
野村 恭彦(のむら たかひこ) 1992年、富士ゼロックス入社、同社総合研究所にてCSCW(Computer Supported Cooperative Work)を研究、コーポレート戦略部では2000年に新規ナレッジサービス事業KDI(Knowledge Dynamics Initiative)を自ら立ち上げ、シニアマネジャーとして12年にわたりリード。2012年6月、企業・行政・NPOを横断する社会イノベーションをけん引するプラットフォームとして、フューチャーセッションズを創業。2013年、金沢工業大学 虎ノ門大学院 教授を兼任。2019年10月から現職。

この記事のURL https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/PPP/434148/111600088/