「メガソーラービジネス」2020年12月29日付の記事より

温暖化で漁獲量が激減

 九州の北西約80kmの玄界灘に浮かぶ壱岐は、南北約17km、東西15kmでやや南北に伸びている。島の大部分は溶岩台地で、高低差が少ない。高い山がないため雲の滞留が少なく、日照時間や日射量は宮崎県に匹敵し、太陽光発電に向いている。

 とはいえ、同島は、九州本土の電力系統と海底ケーブルでつながっておらず、島の小さな電力系統では、天候により出力の変動する太陽光と風力発電の導入には限界がある。出力39MWのディーゼルエンジン発電機が島の電力供給を担っているが、再生可能エネルギーの出力変動を吸収する余力は乏しい。

 2020年12月現在、島内に稼働済みの太陽光発電は約8MW、風力は2MWとなっている。九州電力では、壱岐における再エネの接続可能量(30日等出力制御枠)を太陽光5.9MW、風力1.5MWと算定しており、それを大きく超えている。そのため、九州本土に先駆けて2017年3月から、出力抑制(出力制御)が頻繁に実施されている。

 こうしたなかでも、壱岐市は、気候変動対策に熱心だ。2015年に策定した第2次総合計画で「低炭素の街づくり」を掲げ、2018年には「SDGs未来都市」に選定された。2019年9月には、国内の自治体で初めて「気候非常事態宣言」を表明し、再エネの大量導入により、2050年に温室効果ガス・ゼロの達成を目指している(図1)。

図1●壱岐市は国内自治体で初めて「気候非常事態宣言」を公表した
図1●壱岐市は国内自治体で初めて「気候非常事態宣言」を公表した
(出所:日経BP)
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 壱岐市が、気候変動に危機感を持つのは、同市の主要産業の1つである漁業への影響が深刻になっていることも背景にある。島での漁獲量は、ここ30年で半分以下に減っており、イカやウニは数分の1と極端な不振が続いている。海水温の上昇で、藻場が急減しているのに伴い、島の周辺に魚が来なくなっていることが影響しているという。

「蓄電池・水素」で再エネ導入増やす

 こうしたなか、市では2018年に再エネのさらなる導入を実現するビジョンを策定した。その方策として、島内に蓄電池の設置を増やして需給バランスを維持したり、再エネの余剰電力で水素を製造して貯めておき、燃料電池で発電することで需要を平準化するシステムなどにより、さらに再エネを増やす構想を掲げた。

 このビジョンに沿う形で、2016年7月から2017年2月にかけ、ソフトバンクグループで再エネ事業を手掛けるSBエナジー(東京都港区)が、島内で蓄電池による「バーチャルパワープラント(VPP=仮想発電所)」を構築・運用する実証事業を実施した。

 また、壱岐市と東京大学先端科学技術研究センターは2020年2月、再エネの導入拡大・活用、脱炭素・水素社会の実現、持続可能なまちづくりなどを目的とした連携協定を締結した。両者は今後、水素貯蔵を活用したエネルギーマネジメント実証実験に取り組む(図2)。

図2●壱岐市と東京大学先端科学技術研究センターは再エネの導入拡大、脱炭素・水素社会の実現などで連携協定を締結
図2●壱岐市と東京大学先端科学技術研究センターは再エネの導入拡大、脱炭素・水素社会の実現などで連携協定を締結
(出所:東京大学先端科学技術研究センター)
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 具体的には、島内の電力需要施設に大規模な太陽光発電システムを併設して自家消費しつつ、余剰電力で水を電気分解して水素としてタンクに貯蔵しておき、必要な時に燃料電池で発電して、需給バランスを維持する、という仕組みを実証する。

 プロジェクトは、東京大学の杉山正和教授が全体を取りまとめる。同教授は、次世代型太陽電池や再エネ大量導入を実現するエネルギー貯蔵システムなどを研究している。また、太陽光発電や水素製造などのシステム構築では、IT関連・再エネ管理システムなどを手掛けるエーディエス(千葉県柏市)、燃料電池や水電解など水素関連装置ではエノア(愛知県豊田市)が担っている。

地元企業が太陽光と風力を開発

 また、こうした壱岐における再エネ関連の実証プロジェクトに関し、島内で重要な役割を担っているのが、長崎県や福岡県などで建設工事を営む、なかはら(長崎県壱岐市)だ。なかはらグループは、建設工事のほか、建設資材の製造・販売、ホテルやガソリンスタンドの経営なども島内で手掛け、壱岐を代表する有力企業の1社となっている。

 再エネにも積極的に取り組んでおり、太陽光は、本社ビルの屋上に50kW、イオンに貸しているビル屋上に250kW、自社所有地に490kWの設備を設置すると同時に、元採石場跡地を購入し、2013年に島内最大級の太陽光となる約2MWのメガソーラー(大規模太陽光発電所)「壱岐ソーラーパーク」を建設・運営している(図3)。

図3●「壱岐ソーラーパーク」
図3●「壱岐ソーラーパーク」
(出所:日経BP)
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 「壱岐ソーラーパーク」の建設では、土木造成をなかはらグループ、電気設備は九電工が担当した。太陽光パネルは、韓国のハンファQセルズ製(290W/枚)、パワーコンディショナー(PCS)は、東芝三菱電機産業システム(TMEIC)製を導入した。

 また、太陽光に先駆け、2000年3月に「壱岐芦辺風力発電所」を建設した。海外製(旧オランダ・ラガウェイ社)の750kW機・2基を設置したが、老朽化したため、2019年4月にリプレース工事を行い、出力2MWの日立製作所製風車に建て替えた。このリプレース工事でも、建設は、なかはらと九電工のほか、日立、アチハ、西日本技術開発が担った(図4)。

図4●「壱岐芦辺風力発電所」
図4●「壱岐芦辺風力発電所」
(出所:日経BP)
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メガソーラーと蓄電池を遠隔制御

 SBエナジーによるVPPプロジェクトでは、九電から配信される「壱岐ソーラーパーク」に対する出力制御スケジュールを受け、SBエナジーが、対象となった時間帯に、島内に点在する蓄電設備に充電することで電力系統の需給バランスを維持しつつ、メガソーラーの出力抑制量を減らす、という制御を実証した。

 「壱岐ソーラーパーク」のPCSを収納した筐体内にTMEICが遠隔制御装置を設置し、SBエナジーが東京からでも、PCSを遠隔制御できるようにした(図5)。

図5●「壱岐ソーラーパーク」にTMEICが設置した遠隔制御装置
図5●「壱岐ソーラーパーク」にTMEICが設置した遠隔制御装置
(出所:日経BP)
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 一方、充電する蓄電池は、実証のため、島内の一般の住宅や企業の事業所に新たに設置した。企業の事業所に設置した産業用の定置型蓄電池システム(出力5kW、容量16.8kWh)、一般住宅に設置した家庭用蓄電池(出力2.2kW、容量6.4kWh)、加えて市庁舎にもともと設置してあった電気自動車(EV)2台(搭載蓄電池24kWh×2)とV2Hシステム(出力6kW)などだ(図6)。

図6●実証に参加したV2Hシステム
図6●実証に参加したV2Hシステム
(出所:日経BP)
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フグの陸上養殖を事業化

 また、東京大学先端科学技術研究センターと壱岐市が連携して実施する、太陽光と水素貯蔵を活用したエネルギーマネジメント実証では、なかはらが運営しているフグの陸上養殖場がプロジェクトの舞台となる。

 なかはらでは、以前からトラフグを海の生け簀で育てる「海面養殖」を手掛けてきたが、2011年から陸上に設置した水槽で育てる「陸上養殖」の事業化に取り組み、2019年には数千匹を出荷するまでにこぎつけた。場内には、16の水槽に成魚と稚魚を合わせて約5万匹が養殖されている(図7)。

図7●水槽を泳ぐトラフグ
図7●水槽を泳ぐトラフグ
(出所:日経BP)
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 なかはらの陸上養殖では、通常の海水より、低い塩分濃度で育てていることが大きな特徴になっている。海水の塩分濃度が3.5%なのに対して、0.9%にしている。この濃度は、一般的な哺乳類や魚類の体液(生理食塩水)とほぼ同じで、生態環境水と呼ばれる。

 海に棲む魚は、3.5%の塩分濃度をエラで排出するが、その際、体液との浸透圧調整のためにエネルギーを消費している。生態環境水の中で育てることで魚のストレスが減り、その分、成長が早くなる。こうした作用は、2011年に東京大学の金子豊二教授が見出して論文として公表したものという。なかはらは、この理論をもとに世界で初めて、「低塩分陸上養殖」の事業化に成功したという。

 壱岐では深い地下水は真水、浅い地下水は塩水になっている。なかはらの陸上養殖場では、地下から汲み上げた塩水と淡水を適切に混ぜることで、0.9%の塩分濃度にしている。場内には、微生物分解によるろ過施設があり、水槽の水は8割を循環利用しつつ、2割をろ過後に排水することで周辺環境にも配慮しているという。

 地下水を活用することで、年間を通じて20℃前後に維持される利点もある。魚に適した温度は18~24℃なので、これによっても生育が早まるという(図8)。試食会を通じて、海面養殖フグに比べても、歯ごたえのある食味が好評という。

図8●陸上養殖のフグは成長が早く食味も良くなる
図8●陸上養殖のフグは成長が早く食味も良くなる
(出所:日経BP)
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水槽への曝気が不可欠

 一方で、陸上養殖の課題は、水槽内の水に含む酸素量を増やすために、常に水中に空気や酸素を送り込む「曝気」が必須になることがある。酸素量を効率的に高めるには、空気より酸素の曝気が有利だが、その場合、酸素の製造にコストがかかってしまう。なかはらの陸上養殖場では、空気を主体に一部に酸素を使っている(図9)。

図9●水槽には空気か酸素を曝気する
図9●水槽には空気か酸素を曝気する
(出所:日経BP)
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 今回の水素プロジェクトでは、この陸上養殖場に太陽光発電システム、水電解装置、燃料電池などを併設する。特徴的なのは、太陽光発電の余剰電力で水素を製造する際に出てくる「酸素」を、フグの水槽で必要な曝気に活用するとともに、水電解や燃料電池の運用によって排出される熱を水槽の加温に使うことだ。

 水槽の水温は地下水のため年間を通じて約20度に保たれているが、さらに数度、上げられれば、フグの生育はさらによくなる。

 東大の杉山教授は、「太陽光の出力変動を平準化する手法として、水素による貯蔵システムは有望だが、現時点では水電解や燃料電池などの装置が高く事業性を確保するのは難しい。水素製造時の副生物である酸素と熱を活用することで、経済性が向上する」と見ている。

隣接地に160kWの太陽光を設置

 具体的には、陸上養殖場の隣接地に約160kWの太陽光発電システムを設置するとともに、敷地内に水電解装置(10Nm3/h)、燃料電池(16kW)、蓄電池(20kWh)のほか、水素貯蔵供給装置(15m3)と酸素貯蔵供給装置(10m3)、熱水貯蔵供給装置を設置する。2億4000万円の設備費は、政府による補助金で賄った。

 陸上養殖場では、ポンプなどに常時90kW程度の電力を消費しているが、今回の実証では、場内負荷のうち水槽1つ分(約10kW)を対象に太陽光から電力を供給する。晴天下では、かなりの余剰電力が発生するため、それを水電解に利用して水素と酸素、そして排熱を発生させて、場内で活用する仕組みを構築する。

 陸上養殖場の管理を担う、なかはらの濵中修身場長は、「陸上養殖の課題である水槽の曝気では、酸素の製造コストが高いため、現状ではほとんど空気を使っている。実証事業によって再エネ由来の酸素を得られるのは本当に助かる」と話す(図10)。

図10●場内に設置した曝気中の水槽
図10●場内に設置した曝気中の水槽
(出所:日経BP)
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「壱岐 七ふく神」としてブランド化

 変動性再エネの蓄エネルギー技術としては、蓄電池と「水素+燃料電池」などがあり、短期間の充放電では蓄電池の方がシステム効率に優れ、コストも安い。だが、杉山教授によると、「水素は製造してしまえばタンクに貯められるため、貯蔵のためのコストが安い。1週間程度以上、長期のエネルギー貯蔵になると水素に優位性が出てくる」と見ている。

 壱岐での実証事業は、2021年春に着工し、夏ごろには稼働する計画になっている。杉山教授は、プロジェクトに先駆け、エーディエス、エノアなどと共同で、千葉県柏市の東葛テクノプラザにある研究室で、太陽光の電気で水素を製造する装置を設置し、検証を始めている。

 東葛テクノプラザの屋上に設置した1.5kWの太陽光パネルで発電した電気を使い、固体高分子型の水電解装置で、水から水素と酸素を製造し、水素は水素吸蔵合金による蓄える仕組みだ。貯めた水素は、燃料電池で電気に変換してLED照明に使っている(図11)。

図11●柏市のラボに設置した水電解装置
図11●柏市のラボに設置した水電解装置
(出所:日経BP)
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 杉山教授は、「電力コストの高い離島では、再エネの水素貯蔵システムを現時点でも経済性を持って導入できる可能性がある。壱岐のシステムは、酸素を使う水浄化や有機肥料の無臭化などの施設にも適用でき、水電解以外にも応用範囲は広い」と見ている。ただ、設備コストの高い当面の間、水素貯蔵による電気はコストが高くなるので、離島でのプロジェクトのほか、生産品の付加価値を高めるなどの工夫が必要と言う。例えば、「再エネの地産地消による農水産品を地域のブランドにするなど、再エネマネジメントと地域マネジメントをうまく組み合わせることが重要になる」(杉山教授)と見ている。

 壱岐のなかはらでは、島内で事業化に成功した低塩分陸上養殖によるトラフグを「壱岐 七ふく神」と名付け、新ブランド魚として売り出している。古事記にも登場する壱岐には150以上の神社があり、「神々の宿る島」と呼ばれている。「七」には、独自の養殖技術の7つの特徴を込めた。それは、(1)世界初の技術、(2)成長に適したストレスフリーな環境、(3)ノンケミカルで安心・安全、(4)淡白で歯ごたえのある肉質、(5)輝くような白さ、(6)味上げによるうまみ成分向上、(7)自然に優しい循環ろ過方式ーーという。さらに太陽光発電と水素貯蔵によるシステムが継続的に活用できるようになれば、これに「壱岐の太陽で育まれたカーボンフリーの生産システム」という特徴が加わり、いっそうブランドが高まりそうだ(図12)。

図12●壱岐市の陸上養殖場で出荷を待つトラフグ「壱岐 七ふく神」
図12●壱岐市の陸上養殖場で出荷を待つトラフグ「壱岐 七ふく神」
(出所:日経BP)
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