“背水の陣”で長期の指定管理に

 地域の公立病院再編への参加は、隆仁会にとってもメリットがあった。当座の経営に大きな問題はなかったものの、築後40年以上経過した建物もあり、建て替えを検討する時期に来ていた。しかし、地域の人口減少や診療報酬の伸び悩みなど経営環境は厳しく、施設を更新して病院を続けていけるほどの余裕はなかった。

さくらがわ地域医療センター事務長の富田恵一氏。「桜川市の財政再建に寄与できることも、再編統合への参加を決めた理由の一つ」と話す(写真:井上俊明)
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 「先代の院長が産科として開業してから、50年以上に続いた病院を閉じることにはじくじたる思いがあった。でも、再編統合に加わればそれ以上の効果が得られる」(富田氏)と判断し、再編への参加に踏み切ったという。市の負担で新病院が建築できるし、医療機器も調達できる。さらに、病床数や救急などの医療機能に応じた国の普通交付税算入相当額を、“指定管理料”として隆仁会が受け取る協定を結んだことで、収支トントンで経営しても利益の計上が可能だ。

 そして元の病院を閉じてこのプロジェクトに臨むこと、県西総合病院の職員は西部メディカルセンターに移るため以前の倍近い職員を確保しなければならないこと、経営を安定させるのに時間がかかると見込まれることなどから、長期にわたる指定管理協定を要望したという。結果として20年に及ぶ協定を結ぶことになった。

病院を核にしたまちづくりを目指す

 一方、桜川市保健福祉部の長島氏は、「一部事務組合に加わってはいたが、職員を派遣したくらいで病院を経営できる人材もいなければノウハウもなかった。市が直営するのは現実的ではなかった」と、指定管理者制度の導入は必然だったと話す。規模や医療機能が違う点を踏まえても、市の負担で建物を建築し指定管理料を払ってなお、病院事業に対する財政負担が軽減できるとみる。県西総合病院時代には、普通交付税算入相当額分を含め年に6億円を超える一般会計からの繰り入れをしていたからだ。なお、開院5年目からは、建物の賃借料として病床分の普通交付税算入相当額の10%を、隆仁会が桜川市に払う協定になってもいる。

筑西市の茨城県西部メディカルセンター。再編した2病院では管理者や実務担当者のレベルで頻繁に接触する機会を設けている(写真:井上俊明)
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 筑西市の茨城県西部メディカルセンターとの連携推進策としては、2カ月に1度、双方の経営トップらによる管理者会議を持ち回りで開催。連携を担当する部署間でもこまめに情報交換を行い、実務担当者同士もつながりを深めている。地域の病医院やさくらがわ地域医療センターにいる医師のほか、メディカルセンターの医師をもう1人の主治医として、ネットワークで診療する「2人主治医制」への理解と協力を、筑西市とともにそれぞれの市の住民に呼びかけているのも連携推進の一環だ。

 長島氏は、「病院再編の枠組み通り、初期救急をしっかり担って、メディカルセンターと強固な連携関係を築き、地域で2次救急を完結させてほしい」と、市としての病院運営への要望を述べた。旧山王病院の1.5倍の規模ということもあり、今しばらく運営状況を見守っていく考えだが、果たすべき役割が住民に理解されつつあると見ている。

 さくらがわ地域医療センターは、先にも触れたように交通の便がいい場所にある。ただ、周囲には何もないといっていい。ここは2005年に2町1村が合併して桜川市が誕生する前は、旧大和村の一部だった。市の中心部からは離れている。そのため桜川市は、近隣に商業施設や住宅、公園などを整備していく開発計画を立てている。「病院づくりは地域医療づくりでもあり、まちづくりにもつながる」との考え方に立ち、新病院の開院を地域活性化の引き金にしていく方針だ。

桜川市(さくらがわし)
首都圏から70㎞、茨城県西部に位置する市。2005年10月1日に旧岩瀬町・真壁町・大和村の3町村が合併して誕生。市名は旧3町村の中央を流れる「桜川」にちなむ。人口は3万9598人(2020年2月1日時点)。
筑西市 (ちくせいし)
2005年3月1日に下館市、関城町、明野町、協和町が合併して誕生。農業が盛んな一方で広い平地と首都圏に近いアクセスを生かし、複数の工業団地が造成されている。人口は10万4009人(2020年2月1日時点)。
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