茨城県の桜川市と筑西市に、2018年10月、それぞれ新しい公立病院が開院した。自治体病院2施設に民間病院1施設を加えた再編統合の結果で、さらに桜川市は、新設病院を医療法人を指定管理者とする公設民営で運営している。国が進める公立病院の再編・ネットワーク化を、重層的な公民連携で成し遂げた桜川市のケースを紹介する。

 茨城県南西部にある人口約4万人の桜川市。ここには2018年9月まで299床の県西総合病院があった。桜川市と隣接する筑西市で構成する一部事務組合、県西総合病院組合(再編に伴い解散)の経営で、費用負担は桜川市が8割、筑西市が2割。急性期医療に力を入れつつ、長期療養患者向けの病棟も運営し、地域医療の中核を担っていた。

 さらに筑西市は、173床の筑西市民病院も経営。人口約10万人ながら2つの自治体病院を経営していた。その背景には、県西総合病院組合を構成していた明野町や協和町を含む1市3町が合併して、筑西市が誕生したことから、市内にも病院が求められていたといういきさつがある。

 この2病院に、桜川市にあった民間の医療法人隆仁会山王病院を加えた3病院で再編統合が行われた。そして桜川市にさくらがわ地域医療センター(128床)が、筑西市に茨城県西部メディカルセンター(250床)がそれぞれオープン。山王病院は廃止された。単純に病床数を比べれば再編前より170床以上減ったことになるが、東日本大震災やスタッフ不足で休眠している病床の一部が復活するため、稼働する病床の数は、逆に約50床増える見通しだ。

◆筑西・桜川地域の病院再編とネットワーク化
<再編統合前>
病院名 山王病院
(桜川市)
県西総合病院
(桜川市)
筑西市民病院
(筑西市)
開設・運営 医療法人隆仁会 県西総合病院組合
(桜川市・筑西市)
筑西市
病床数 79床
(一般43、療養36:稼働79)
299床
(⼀般253、療養46:稼働192)
173床
(⼀般173:稼働50)

<2018年10月~>
病院名 さくらがわ地域医療センター
(桜川市)
茨城県西部メディカルセンター
(筑西市)
開設・運営 桜川市
(隆仁会が指定管理)
地方独立行政法人茨城県西部医療機構
(筑西市が設立)
病床数 128床(⼀般80、療養48) 250床(⼀般250)
機能 回復期・慢性期医療が中心 急性期医療が中心

役割分担と連携で地域医療の向上図る

さくらがわ地域医療センター。JR水戸線の大和駅から徒歩数分で、高速道路のインターチェンジにも近い利便性の高い場所に建つ(写真:井上俊明)
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 表に示すように、2つの新病院は経営形態や医療機能の面で大きな違いがある。さくらがわ地域医療センターは、市有地に桜川市が建設し、山王病院を経営していた医療法人隆仁会が指定管理者として運営する公設民営型の病院だ。本体工事費43.7億円など総事業費は67.8億円は桜川市が負担する。指定管理は利用料金制を採用。患者の診療報酬などを当該指定管理者が収入として収受し、自ら費用を支出する一方、桜川市は指定管理料を指定管理者に支払う。その額は2018年度は半年で約6800万円(実績)、19年度・20年度は1億3700万円を見込む(さくらがわ地域医療センター改革プランより)。指定期間は約20年間(2018年10月1日~2038年3月31日)。比較的軽症の初期救急患者の診療を行うほか、長期療養患者向けや地域包括ケアのための病床も設け、回復期・維持期を中心に入院診療を行う。

 事務長の富田恵一氏(医療法人隆仁会事務局長)は、「常勤医がいる消化器外科、整形外科、眼科は、当院で治療を完結させるが、それ以外は主に県西部メディカルセンターに積極的に紹介していく。先方にも回復期の機能があるうえ当院には脳神経外科がないので、運動器のリハビリテーションを中心に回復期の医療を手掛けていきたい」と、機能分化・連携重視で診療すると話す。

 これに対し、茨城県西部メディカルセンターは、筑西市が設立した地方独立行政法人の運営。入院治療や手術が必要な2次救急患者を受け入れる入院重視の病院で、外来はさくらがわ地域医療センターをはじめ、周辺の病院や診療所からの紹介患者を中心に診る。治療が終われば紹介元の医療機関に返し、長期間患者を抱え込んだりしない方針だ。

 例えば脳梗塞でカテーテルによる治療が必要な場合や、急性心筋梗塞など生命に危険がある重篤な疾患の患者は、屋上にあるヘリポートも活用し、近隣の大学病院などへ患者を搬送する。そこまで重症でない患者は、さくらがわ地域医療センターとの役割分担と連携により、筑西・桜川地域で治療を完結させることを目指していく。

公立2病院の再編に国が「待った」

 この地域の医療体制が、現在の姿に落ち着くまでには紆余曲折があった。2004年に始まった新医師臨床研修制度をきっかけに、大学による医師引き揚げに遭い診療体制の縮小を余儀なくされた、それが経営状態の悪化に拍車をかけた、病院の建物が老朽化した、国がガイドラインを策定し公立病院の改革を求めた――など、多くの自治体病院が直面したのと同じ状況に、県西総合病院も筑西市民病院も置かれたことが一つ。

 さらに2病院独自の事情として、東日本大震災の影響がある。筑西市民病院は病棟が使えなくなり50床で暫定的な診療を余儀なくされるという大きな被害を受けた。県西総合病院でも、耐震補強の必要性や設備の老朽化対策が、喫緊の課題としてクローズアップされたのだ。

桜川市の資料をもとに筆者が作成
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 震災前、既に茨城県は地域医療再生や公立病院の再編・ネットワーク化の計画を策定し、両病院の再編統合により「新中核病院」を整備する方針を打ち出していた。それを受け、桜川・筑西両市も調整のための会議を設け、2013年12月には新中核病院建設に関する基本的な事項で合意。筑西市民病院を新中核病院として筑西市が整備・運営し、桜川市は県西総合病院を整備・運営することで、各市に一つずつ病院が残るという内容だった。

 ところが2014年、両市はこの計画の断念に追い込まれる。2病院をどちらも残す形では、公立病院の再編・ネットワーク化とみなさないという姿勢を国が示したためだ。そうなると国からの交付金、病院事業債の活用、交付税措置などの財政支援が受けられなくなる。

「地元に病院を残す」という思いを受けて、病院再編に取り組んだ桜川市保健福祉部健康推進課の長島幸男氏(写真:井上俊明)
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 そこで桜川市が選んだのは、民間病院を加えた3病院の再編統合という道だった。これなら国の財政支援も受けられるし、桜川市にも公立病院を残せる。大塚秀喜市長が医療法人隆仁会に、地域医療の確保や財政再建への協力などを訴えて再編統合への参加を呼びかけ、2014年12月、民間を含めた3病院による再編の協議が始まった。

 2015年1月には桜川・筑西の両市長が記者会見を行い、当初予定の新中核病院に加え、その機能の一部と山王病院の機能と併せ持つ「桜川市立病院」も新設する方針を公表。筑西・桜川地域の病院再編の枠組みが固まった。

 「2病院を統合して新中核病院のみを建設することになると、桜川市に急性期機能を持つ病院が残らない。県西総合病院は救急対応のほか、市内に診療所が決して多くはない中、外来診療でも大きな役割を果たしていた。なんとかして桜川市に公立病院を残したいという市長や議会の強い思いがあった。桜川市保健福祉部健康推進課の長島幸男氏は、当時を振り返って語る。

“背水の陣”で長期の指定管理に

 地域の公立病院再編への参加は、隆仁会にとってもメリットがあった。当座の経営に大きな問題はなかったものの、築後40年以上経過した建物もあり、建て替えを検討する時期に来ていた。しかし、地域の人口減少や診療報酬の伸び悩みなど経営環境は厳しく、施設を更新して病院を続けていけるほどの余裕はなかった。

さくらがわ地域医療センター事務長の富田恵一氏。「桜川市の財政再建に寄与できることも、再編統合への参加を決めた理由の一つ」と話す(写真:井上俊明)
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 「先代の院長が産科として開業してから、50年以上に続いた病院を閉じることにはじくじたる思いがあった。でも、再編統合に加わればそれ以上の効果が得られる」(富田氏)と判断し、再編への参加に踏み切ったという。市の負担で新病院が建築できるし、医療機器も調達できる。さらに、病床数や救急などの医療機能に応じた国の普通交付税算入相当額を、“指定管理料”として隆仁会が受け取る協定を結んだことで、収支トントンで経営しても利益の計上が可能だ。

 そして元の病院を閉じてこのプロジェクトに臨むこと、県西総合病院の職員は西部メディカルセンターに移るため以前の倍近い職員を確保しなければならないこと、経営を安定させるのに時間がかかると見込まれることなどから、長期にわたる指定管理協定を要望したという。結果として20年に及ぶ協定を結ぶことになった。

病院を核にしたまちづくりを目指す

 一方、桜川市保健福祉部の長島氏は、「一部事務組合に加わってはいたが、職員を派遣したくらいで病院を経営できる人材もいなければノウハウもなかった。市が直営するのは現実的ではなかった」と、指定管理者制度の導入は必然だったと話す。規模や医療機能が違う点を踏まえても、市の負担で建物を建築し指定管理料を払ってなお、病院事業に対する財政負担が軽減できるとみる。県西総合病院時代には、普通交付税算入相当額分を含め年に6億円を超える一般会計からの繰り入れをしていたからだ。なお、開院5年目からは、建物の賃借料として病床分の普通交付税算入相当額の10%を、隆仁会が桜川市に払う協定になってもいる。

筑西市の茨城県西部メディカルセンター。再編した2病院では管理者や実務担当者のレベルで頻繁に接触する機会を設けている(写真:井上俊明)
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 筑西市の茨城県西部メディカルセンターとの連携推進策としては、2カ月に1度、双方の経営トップらによる管理者会議を持ち回りで開催。連携を担当する部署間でもこまめに情報交換を行い、実務担当者同士もつながりを深めている。地域の病医院やさくらがわ地域医療センターにいる医師のほか、メディカルセンターの医師をもう1人の主治医として、ネットワークで診療する「2人主治医制」への理解と協力を、筑西市とともにそれぞれの市の住民に呼びかけているのも連携推進の一環だ。

 長島氏は、「病院再編の枠組み通り、初期救急をしっかり担って、メディカルセンターと強固な連携関係を築き、地域で2次救急を完結させてほしい」と、市としての病院運営への要望を述べた。旧山王病院の1.5倍の規模ということもあり、今しばらく運営状況を見守っていく考えだが、果たすべき役割が住民に理解されつつあると見ている。

 さくらがわ地域医療センターは、先にも触れたように交通の便がいい場所にある。ただ、周囲には何もないといっていい。ここは2005年に2町1村が合併して桜川市が誕生する前は、旧大和村の一部だった。市の中心部からは離れている。そのため桜川市は、近隣に商業施設や住宅、公園などを整備していく開発計画を立てている。「病院づくりは地域医療づくりでもあり、まちづくりにもつながる」との考え方に立ち、新病院の開院を地域活性化の引き金にしていく方針だ。

桜川市(さくらがわし)
首都圏から70㎞、茨城県西部に位置する市。2005年10月1日に旧岩瀬町・真壁町・大和村の3町村が合併して誕生。市名は旧3町村の中央を流れる「桜川」にちなむ。人口は3万9598人(2020年2月1日時点)。
筑西市 (ちくせいし)
2005年3月1日に下館市、関城町、明野町、協和町が合併して誕生。農業が盛んな一方で広い平地と首都圏に近いアクセスを生かし、複数の工業団地が造成されている。人口は10万4009人(2020年2月1日時点)。
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