多くの地方自治体が抱える人口減少問題。茨城県境町では多様な移住・定住政策でその進行を防いでいる。柱の一つであるPFI住宅は、町の財政負担なしで建設。この住宅を通じて、これまでに町外から82人の移住を実現した。

 茨城県の西南部に位置し、江戸時代は利根川水運の拠点として栄えた境町。町役場のある市の中心部から徒歩10分ほどの町有地で、2020年3月の完成をめざして、2棟のマンションの建設が進む。定住促進を目的に町が取り組むPFI住宅の第3弾「アイレットハウス さくら館」だ。

アイレットハウス さくら館(資料:境町)
▼名称:アイレットハウス さくら館▼所在地:茨城県猿島郡境町2228-1ほか(地番)▼面積:土地4433m2、延べ床2260m2(2棟合計)▼構造、階数:RC造、3/0▼戸数、間取り:27(2棟合計)、3LDK(69.60m2)▼事業主(SPC):サクラタウン・境▼代表企業:篠原工務店▼構成企業:ユーミー設計、ユーミーコーポレーション:▼レンダー:筑波銀行▼事業費:8億1572万3631円(町がSPCに支払う負担金の総額):▼完成予定:2020年3月▼住宅の特徴:バリアフリー、宅配ボックス、エレベーター、オートロック、避難場所(水害時)、児童遊園、駐車場1台無料など

 地上3階建てで、総戸数は27。間取りは3LDKで、宅配ボックスやオートロック、児童遊園などの設備を有する。主なターゲットは町外から転入する新婚・子育て世代。エレベータの設置や段差のないバリアフリー設計、水回りを中心部に集約した家事動線など、子育てがしやすいように様々な配慮がされている。

 居室面積は約70m2と広めながら、所得基準(月額15万8000円~48万7000円)をクリアすれば、近隣相場より2割ほど安い月額5万2000円の家賃で入居できる。建設費用の45%を地域優良賃貸住宅制度による国からの交付金(社会資本整備総合交付金)で賄うことなどで、このような家賃設定を可能にした。2019年11月から入居者の募集を開始し、20年1月末時点で14組が応募。このほかにも多数の問い合わせが寄せられているという。

82人が町外からの移住

橋本正裕(はしもと・まさひろ)1975年境町生まれ。芝浦工業大学卒。明治大学大学院修士課程修了。1999年4月境町役場に入庁。2003年3月に退職し、同年6月、境町議会議員選挙で初当選。35歳で全国最年少議長となる。町議4期を経て、2014年2月境町長選挙で初当選。現在2期目(写真:坂井敦)

 境町が、移住や定住の促進を目的にPFI住宅建設の検討を開始したのは、2015年ごろのこと。きっかけは関東町村会が主催したセミナーだった。出席した橋本正裕町長が、たまたま隣に座った神奈川県山北町の町長からPFI住宅の話を聞いた。山北町は、PFI手法で地域優良賃貸住宅を整備した全国初の自治体である。

 興味を持った橋本町長は、山北町やPFI住宅で豊富な実績を持つ佐賀県みやき町を視察。その後も、地元事業者を含めた勉強会などを開催し、2018年3月に北関東で初となるPFI住宅「アイレットハウス モクセイ館」を、2019年7月には第2弾の「アイレットハウス カンナ館」を完成した。「アイレット」は英語で「小さな島」という意味。「もくせい」と「カンナ」は、それぞれ町の木、花に指定されている。

アイレットハウス モクセイ館とカンナ館の移住者(資料:境町)

 総戸数はモクセイ館が35戸、カンナ館が20戸。どちらも3LDK・約70m2の間取りで、家賃はさくら館と同じく5万2000円(所得制限あり)だ。両館とも入居開始以来、ほぼ満室稼働が続いている。入居にあたっては、町外から転入する子育て・新婚世帯を優先。モクセイ館は48人、カンナ館は34人が町外から移り住んできた。古河市や坂東市など近隣自治体からの移住が目立つが、なかには、福島県や大阪府など遠方から移り住んでくる人もいる。

アイレットハウス モクセイ館(写真:境町)
▼名称:アイレットハウス モクセイ館▼所在地:茨城県猿島郡境町888(住居表示)▼面積:土地5191m2、延べ床2818m2(2棟合計)▼構造、階数:RC造、3/0▼戸数、間取り:35(2棟合計)、3LDK(70.52m2)▼事業主(SPC):SAKAIスペシャルタウンワークス▼代表企業:新井建設工業▼構成企業:ユーミー設計、ユーミー不動産センター▼レンダー:筑波銀行▼事業費:8億9998万3359円(町がSPCに支払う負担金の総額)▼完成:2018年3月(入居開始4月)▼住宅の特徴:バリアフリー、宅配ボックス、エレベーター、オートロック、太陽光パネル、避難場所(水害時)、コミュニティールーム、駐車場1台無料など。水害時には屋上に300人が避難できる
アイレットハウス カンナ館(写真:境町)
▼名称:アイレットハウス カンナ館▼所在地:茨城県猿島郡境町700(住居表示)▼面積: 土地3120m2、延べ床1538m2▼構造、階数:RC造、3/0▼戸数、間取り:20、3LDK(68.25m2)▼事業主(SPC):CYUWAまちづくり▼代表企業:中和建設▼構成企業:ユーミー設計、ユーミーコーポレーション▼レンダー:筑波銀行▼事業費: 5億9002万2546円(町がSPCに支払う負担金の総額)▼完成: 2019年7月(入居開始8月)▼住宅の特徴:バリアフリー、宅配ボックス、エレベーター、オートロック、太陽光パネル、児童遊園、駐車場1台無料など

FMラジオでPFI住宅をアピール

 建設にあたっては、BTO方式によるPFI手法を採用した。公募型プロポーサルにより選ばれた企業グループがSPCを組成し、自ら資金調達してマンションを建設する。その際、企業グループの代表は、地元企業とすることを応募の条件とした。完成後は所有権を町へと移し、SPCが30年間にわたって維持管理や運営を手がける。
 
 一方の町側は、入居者から家賃収入を得て、そこから建築費や維持管理・運営費を事業者に払う。余剰分は町の収益になる。万一入居率が大きく低下し、家賃収入が減っても、それに連動して維持管理・運営費が減額されるため、土地の取得費を除けば基本的に一般財源からの持ち出しはゼロですむ。

「当町では、46年間にわたって増え続けた借金を、現在は5年連続で減少させている。このような厳しい財政状況のもとでも、PFIを上手く活用すれば、継続的に住宅を建設することができる」と橋本正裕町長はそのメリットを指摘する。

 民間が持つ様々なノウハウを活用できることも、PFIの大きなメリットだ。境町のPFI住宅では、入居者募集にあたって、埼玉県ほか関東圏に配信するFM放送「FM NACK FIVE」(エフエムナックファイブ)でPRを行った。「町の住宅をラジオでPRするという発想は、行政内部からはなかなか出てこない。町の人にも『何かすごいことをやっているな』という印象を持っていただけた」(橋本町長)。

境町PFI住宅のスキーム図(さくら館)
(編集部で作成)

20年間住み続ければ無償で戸建て住宅を譲渡

 2019年からは、移住・定住者向けの戸建住宅整備事業もスタートした。こちらはPFI方式ではなく町の単独事業で、公募により選定した事業者による設計・施工一括(DB)方式を採用した。町に寄付された空き家を新築の戸建住宅に建て替え、町外から移住する子育て世帯に、相場より低い家賃で賃貸する。さらに20年間住み続ければ、無償で譲渡するという特典も設け、入居者の定住促進を狙った。

 第1期(1棟)は、木造2階建て、3LDK+ロフト、駐車場1台付きで、家賃5万円。2020年春に入居を開始する。建設中の第2期(2棟)は4LDK、駐車場2台付きで、家賃5万2000円。こちらもすでに募集を締め切った。

 事業者はプロポーザル方式で公募し、1期・2期ともに飯田ホールディングスグループのアーネストワン(本社:西東京市)が選ばれた。1棟あたりの総工費は1期が1200万円、2期が1300万円。この金額なら20年間の家賃収入だけで、町は事業費用をほぼ回収できる見込みだ。

先進的な英語教育で移住を後押し

 境町が移住・定住型の住宅整備を促進する背景には、多くの地方自治体が抱えている人口減少の問題がある。1994年の2万7619人をピークに町の人口(常住人口ベース)は減少に転じ、2020年1月時点では2万4123人となった。このため、いかにして移住者や定住者を増やし、地域の活力を維持するかが、大きな課題となっている。

 同町では、隣接する古河市に日野自動車が工場を移転したとき、同社の独身寮が建設され、単身者の移住増につながった。しかし、子育て世代の移住はなかなか進まなかった。理由の一つとして、「子育て世代が違和感なく転入できるような、間取りや設備グレードの住宅が、そもそも町にはなかった」と橋本町長は語る。前出のPFI住宅や戸建住宅は、こうした層の新たな受け皿となっている。

 もっとも住宅を整備したからといって、それだけで人が移住してくるわけではないと橋本町長は考える。「町内に鉄道駅がなく、交通の便が悪い境町には、それを上回る魅力が求められる。必要なのは住宅も含めた総合的な移住政策だ」(同)。

 移住政策の柱と位置づけたのが子育て支援だ。なかでも先進的な英語教育をウリにした「英語移住」に力を入れている。17人のフィリピン人のALT(Assistant Language Teacher、外国指導助手)を町内の小中学校に配置。小学校1年生から日常のなかで英語に触れる機会を増やし、英語力を高める。2017年9月にモデル校で先行実施し、2018年度から町内の全小中学校で行っている。

市内小学校の英語教育の様子(写真:境町)
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子育て支援などをまとめた移住促進のチラシ。クラウドソーシング(ランサーズ)を利用してネット経由で発注・制作した(資料:境町)
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 町では、小学校卒業時に実用英語検定3級、中学校卒業時に2級に合格できる英語力をつけることを目標にする。検定料はふるさと納税を活用し、全額補助が受けられる。2020年4月からはALTをさらに10人増やすとともに、保育園でも英語教育を実施する予定だ。

 このほか出産祝い品のプレゼント、20歳までの学生の医療費助成、子育て・新婚世帯への奨励金や家賃補助など、様々な子育て支援のメニューを用意。公私連携型保育所「コビープリスクールさかい」や子育て世帯向けのコワーキングスペース「S-work+kids(仮称)」などの施設整備も進めている。

2016年度からは転入超過基調に

 こうした施策の効果は、具体的な数字となって現れている。2004年度から続いていた人口転出が、2016年度には13年ぶりに転入超過となった。その後、2018年度にはわずかに転出が上回ったものの、直近の2019年11月時点では再び転入が上回っている。

境町人口の社会増減
(転入・転出の人口の推移。境町の資料を基に編集部で作成。2019年度は11月15日時点)

 今後はPFIによる企業の社員寮建設などにも取り組んでいく方針だ。日野自動車子会社の社員寮をPFI手法で建設する計画が、すでに検討されているという。

「PFIを上手に活用すれば、自治体はお金を使わずに、人口を増やせるし、町も活性化できる。ただ非常に良い制度なので、近隣市が取り組み出したら競争になりかねない。そんななかでも成果を上げるためには、単にハコモノとして住宅を作るだけでは難しい。その住宅に住めば無料で英語レッスンが受けられるとか、自動運転の車がついてくるとか、何らかの付加価値をつけることが、これからのPFI住宅では重要になってくるだろう」と橋本町長は語る。

境町(さかいまち)
利根川と江戸川の分岐点に位置する茨城県西南部の町。人口2万4123人(2019年1月1日現在)、面積46.59km2。江戸時代には水運を活かした河岸の町として栄えた。茶(さしま茶)、レタス、ネギ、トマトの産地として知られる

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