2020年3月、大分県日田市のJR日田駅に、カフェとゲストハウス、コワーキングスペースを組み合わせた「STAY+CAFE ENTO(エント)」が開業した。日田市が駅舎2階をJR九州から借り上げ、公募型プロポーザルで選んだ民間事業者ENTOに転貸。ENTOは駅前広場の活性化にも取り組む。コロナ禍でなかなか計画通りの営業ができない中、開業4カ月間で延べ3000人の集客を記録した。

JR日田駅外観。2019年4月にリニューアル・オープンした駅前広場は「賑わいと憩いの場」としての役割を担う(写真:萩原詩子)
[画像のクリックで拡大表示]

空き家状態の駅舎2階と駅前広場の改修活用を目指す

右:日田市企画振興部地方創生推進課創生推進係の佐藤健二主幹(統括)(左)と相良克也主査(右)(写真:萩原詩子)
[画像のクリックで拡大表示]

 JR日田駅は、九州北部を横断して福岡・久留米と大分を結ぶ、久大本線の中間駅に当たる。開業は1934年。現在の鉄筋コンクリート造2階建て駅舎は1972年に建て替えたものだ。2015年にはJR九州の周遊型寝台列車「ななつ星 in 九州」などを手掛けた水戸岡鋭治氏のデザインでリニューアルしている。ただ、駅舎の2階では、当初日田の土産物販売などを行っていたが、使われなくなって30年ほど経過していた。日田市企画振興部地方創生推進課創生推進係主幹の佐藤健二氏は「駅舎は日田市の要望で2階建てにしてもらったと聞いている」という。空いたままのスペースの活用は、市にとって長年の課題だった。

 人口約6万4000人の日田市では、住民の主な足は自家用車で、駅周辺の人通りは必ずしも多くない。日田駅の1日当たりの乗車人員は、コロナ禍前の2019年度でも651人だ。一方で、日田駅は市の観光拠点である国の重要伝統的建造物群保存地区・豆田町と、三隈川沿いに旅館が立ち並ぶ日田温泉との中間に位置する。毎年7月に開催される日田祗園祭では、駅前広場のタクシー駐車場が山鉾の顔見世に使われるなど、貴重な屋外イベントの場としても機能していた。

 日田駅前広場は市が1984年に整備したもので、「噴水や時計塔などがあったが、老朽化が課題になっていた」と佐藤氏は振り返る。大きな噴水池が広場の中央を占めていたため、イベント開催には適さず、また、その周りに設置したベンチはあまり利用されていなかった。JR九州による駅舎リニューアルの翌年、市は駅前広場もリニューアルすべく地元関係者と検討を始め、2016年11月に改修の基本計画をまとめた。その中で、デザインコンセプトの一つに「まちのにぎわいづくり」を掲げている。駅舎から直接出られる位置に、イベントなどに使える自由広場を設けることとした。市は総事業費約5億1000万円をかけてリニューアル、2019年4月に完成を見た。

改修後の日田駅前広場平面図。自由広場は日田石を敷いた部分とアスファルト舗装の部分がある。電源10カ所と給排水6カ所を設けた。面積は広場全体で4910m2(資料:日田市)
[画像のクリックで拡大表示]
駅前広場でのヨガ教室の様子(写真提供:ENTO)
[画像のクリックで拡大表示]

公民連携実現のため、市が人材育成講座を開催

NINAU代表理事で、駅舎と広場活用を受託したENTO代表取締役の岡野涼子氏(写真:萩原詩子)
[画像のクリックで拡大表示]
岡野氏が市内で運営する「しごとcafe FLAG」(写真:萩原詩子)
[画像のクリックで拡大表示]

 駅前広場の改修計画が進む2017年度、日田市地方創生推進課は「公民連携によるまちづくり」実現のため「ひたReデザインプログラム」を立ち上げる。民間と市職員、双方の人材育成が目的だ。「リノベーションまちづくり」の提唱者である清水義次氏を招聘して講演会を開催。次いで、岩手県紫波町のPPP事業、オガールプロジェクトを主導した岡崎正信氏らを講師として、民間・市職員それぞれが受講する年4回の講座を行い、さらに民間と市のそれぞれの受講者がユニットを組む「官民集合研修」を実施した。

 官民集合研修は、日田駅周辺にある実際の3つの遊休不動産を題材に、その活用策を練るというものだった。取り上げた物件は、駅前商店街の空き店舗と、その近くにある元旅館、もう一つが駅前広場と駅舎の2階だ。うち、元旅館については、講座参加者によって実際にリノベーションが行われ、2018年5月にオフィス兼貸しスペース「日田駅前みんなの居処 WAKATAKE」としてオープンしている。

 もう一つの空き店舗はその後、日田で若者のキャリア支援などを行う一般社団法人NINAUが借り、オフィスと中学生・高校生のためのフリースペース「しごとcafe FLAG」にリノベーションした。このNINAU代表理事の岡野涼子氏こそ、日田駅前広場と駅舎2階の活用に手を挙げ、そのための株式会社、ENTOを立ち上げた「民間事業者」だ。

駅前広場完成を前に、広場と駅舎の活用事業者を公募

 「ひたReデザインプログラム」実施翌年の2019年4月、駅前広場リニューアル工事の完成を目前に、日田市は官民集合研修の提案を踏まえて、駅前広場と駅舎2階活用事業の公募型プロポーザルに乗り出す。募集の内容は「年間を通して広場の一部を使用して行う事業」「年に複数回、広場の全面を使用して実施するイベント」、そして「駅舎2階を活用した簡易宿泊所機能を持つ事業」の企画提案だ。

 広場でのイベント開催には条例に基づいた使用料を徴収し、駅舎2階は日田市がJR九州から借りて事業者に転貸する。市と事業者は2024年3月末までの定期建物転貸借契約を締結。家賃は事業者から日田市、日田市からJR九州に同額を支払い、金額は公租公課相当の年間31万6800円(税込み、事業運営時)。駅舎の改修にあたっては、日田市が電気設備と給排水の引き込み工事を実施するが、施設内の配管・配線・改修は事業者が自ら負担するという条件だ。

 公募説明会と現地見学には複数の事業者が参加したというが、実際にプレゼンテーションまで進んだのは前出の岡野涼子氏のチームだけだった。岡野氏は新会社の設立を前提に事業提案を行った。

 岡野氏の提案は、宿泊機能に加え、泊まらない人も使えるカフェとコワーキング機能を設け、多様な人が集まる公共空間にするというもの。日田杉や小鹿田焼などの地元産品を使用し、販売も行う「日田のショールーム」を掲げた。「駅をまちの“フロント”と捉え、まち全体を宿に見立てる“アルベルゴ・ディフーゾ(分散した宿)”の考え方を提案した」と岡野氏。運営会社の名称「ENTO」は、日田出身で日銀総裁を務めた井上準之助の座右の銘「遠図(遠大なはかりごとの意)」が由来というが、まちの「エントランス」のエントでもあるそうだ。

駅舎2階で運営する「STAY+CAFE ENTO」のカフェ部分。配管のため、一部の床を上げている。テーブルには日田杉、ペンダント照明のシェードには小鹿田焼を用いた(写真:萩原詩子)
[画像のクリックで拡大表示]
「STAY+CAFE ENTO」2階ホール。奥がゲストハウス(ラウンジはコワーキングスペースとしても活用)、右手がカフェの入り口。正面のガラスブロック壁はじめ、間仕切りは改修前のままだ(写真:萩原詩子)
[画像のクリックで拡大表示]

 「学生時代からまちづくりに関心があった」と語る岡野氏は、日田生まれ日田育ち。東京の大学に進学、卒業後は大分のテレビ局でリポーターを務め、その後キャリアコンサルタントに転身した。「まちづくりはまず、人を育てることから」と考えたことによるという。2017年11月に前述の一般社団法人NINAUを設立。それ以前から3年間、日田市との協働事業で高校生と地元企業とのマッチングに努めてきた実績がある。

施設開業前から駅前広場でイベントを開催

 2019年6月、岡野氏が設立したENTOは市と駅前広場・駅舎活用の協定を締結する。2カ月後の19年8月11日には、最初の大規模イベントを開催した。地元製氷会社・九州コクボの氷を使って飲食店が様々なかき氷を提供する「ロックアイスフェス」だ。この中で、高校生たちもチャレンジショップやイベントに取り組んだ。日田市も広報に協力し、小中学校にもチラシを配布した結果、約3500人の集客を記録した。

 「ロックアイスフェス」開催の半月後からは、毎週木曜日に「駅前夜市」を開催。週末には「駅前マルシェ」や「駅前ヨガ」などを行い、19年12月には地元商店街と連携してクリスマスマーケットも開いた。この時も約1000人を集客、商品は完売だったという。

[画像のクリックで拡大表示]
2019年8月11日に広場で開催された「ロックアイスフェス」の様子。日田の資源である「水」でつくられた氷を活用して暑い夏を楽しむイベントだ(写真提供:2点ともENTO)
[画像のクリックで拡大表示]
2019年12月の週末に開催したクリスマスマーケットの様子(写真提供:ENTO)
[画像のクリックで拡大表示]

 駅前広場の活用が進む一方で、駅舎2階の改修は難航した。公募の際、市は「原則として2019年度中、できれば9月開催のラグビーワールドカップ前の開業を期待する」としていたが、着工は19年12月までずれこんだ。その原因を、岡野氏は次のように振り返る。「提案段階で想定していた配管・配線は、実際には老朽化で使えなかった。また、線路に面した駅舎という特殊性による避難経路の課題、さらには安全性確保のため、どの程度まで建物に手を加えてよいか、JR九州との協議にも予想以上の時間がかかった」

 キッチンの配置や避難経路など設計変更はあったが「壁などは位置もそのままに、できるだけ既存のものを利用した」と岡野氏。前述のNINAUでの活動を通じて地元企業と関係を深めていたこともあり、工務店や家具組合が積極的に協力してくれたという。協同組合日田家具工業会の若手で構成する「日田家具衆(ひたかぐら)」が一部の家具を無償貸与、またJR九州も内装費用の一部を提供した。最終的に、ENTOが改修に投じた資金は1500万円だった。

[画像のクリックで拡大表示]
[画像のクリックで拡大表示]
ゲストハウス部分。左上写真の左手前は、2段ベッドで定員4人のドミトリー。その奥に右上写真のツインルームがある。エキストラベッドも入れて通常の定員は7人。「大学生のフィールドワークなどで、ラウンジでの雑魚寝も含め、10人ぐらいで貸し切るような用途も想定した」と岡野氏。左上写真中央と下写真はゲストハウスのラウンジ。宿泊客のチェックアウト後の時間帯は、コワーキングスペースとして使用する。宿泊はサブスクリプションのADDressと連携、コワーキングスペースは予約・決済アプリを提供する九州アイランドワークと提携している(写真:3点とも萩原詩子)
[画像のクリックで拡大表示]

コロナ禍が直撃する中、想定外だった地元高齢者も利用

 2020年3月7日、ENTOは日田市、JR九州と合同で記者会見を開催、20日に「STAY+CAFE ENTO」をオープンした。しかしオープン直後の4月9日には新型コロナウイルス感染拡大防止のため政府が緊急事態宣言を発出、カフェも宿泊も早々に休業を余儀なくされた。

 宣言解除後の6月5日、「STAY+CAFE ENTO」はカフェの営業時間をランチタイムに限定して営業を再開。しかし、市外から多くの観光客が集まる大きな祭りは、次々と中止になった。「事業計画で見込んだ集客は得られず、カフェも夜営業は諦めた。イベントも予定通りには行えず、想定した事業の3割ぐらいしか実現できていない」と岡野氏は言う。

 一方で、開業4カ月後に市と振り返りを行ったところ、コロナ禍の最中でも、延べ3000人以上の集客実績があった。前出の日田市・佐藤氏は「大勢の人を集めるのが難しい情勢のなか、臨機応変な対応でお客さんを呼び込んでいて、民間ならではの柔軟性に感心している」と評価する。

 「遊休物件を活用することによる地域への波及効果については、冷静に検証できたと思う」と岡野氏。開業前、カフェや宿泊の主な利用者には、近傍の大都市である福岡市の20~30歳代の女性を想定していたが、実際には地元の高齢者がよく来てくれたそうだ。7月に市内で豪雨災害が発生したこともあり、宿泊には「地元割」も実施。気分転換のための“一時避難”として利用した客もいた。こうした分析は今後の集客に役立ちそうだ。

空き店舗やイベント開催など「新たな担い手」も

 駅舎2階の開業によって、市が「ひたReデザインプログラム」で取り上げた3つの遊休物件はすべて活用されたことになる。さらに、他の空き店舗でも活用の動きがあるようだ。岡野氏によると、地元の商店会が「しごとcafe FLAG」隣の空き店舗を改修し、21年3月にも若者たちの活動拠点として開業するという。

2020年3月20日の「STAY+CAFE ENTO」開業に合わせて開催した駅カフェイベントの様子(写真提供:ENTO)
[画像のクリックで拡大表示]

 19年から駅前広場で開催してきたイベントも、波及効果が見え始めた。「駅前広場をこんなふうに使っていいんだ、と知った人が手を挙げて、ENTOの主催行事以外にも様々な自主イベントが開かれるようになった。ENTOに相談が持ち込まれることも多いので、手続きなど、できる限りのサポートを行っている」(岡野氏)。21年も3月以降、多数のイベントが予定されている。高校生による企画もあるそうだ。

 「STAY+CAFE ENTO」開業にあたって、ENTOは20〜30歳代の若者を延べ7人雇用した。日田市には大学がなく、進学のために若者の一時的な流出は避けられない。岡野氏は「日田は好きだけれど日田では働けない、と言う高校生に、帰ってくる場所、楽しめる場所を用意して、自ら望めばやりたいことができると伝えたい。ゆくゆくは、日田の生産年齢人口の増加を数字で示すのが目標だ」と意気込みを語った。

日田市(ひたし)
大分県の北西部に位置し、福岡県、熊本県と県境を接する。人口6万3933人(2021年1月31日時点)、面積666.03km2。古くは天領として栄えた。基幹産業は林業、木工業。人気マンガ「進撃の巨人」の作者、諫山創氏の出身地としても知られる

この記事のURL https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/PPP/434167/021700173/