佐賀県は、ここ3年の間にIT企業の集積地となった。平均月に1社、佐賀県に新たなIT企業が拠点を構えている。九州の中で最も面積が小さく、そして最も人口が少ない佐賀県に、なぜこんなに多くのIT企業が進出するのか。その理由を探ってみる。

 佐賀県が、日本でも有数のIT先進県として注目されている。「地方創生」の名目でIT関連企業やベンチャー企業を積極的に誘致し、最先端技術の集積地としてビジネスを展開することで特徴を持たせようとする自治体は多い。そんな中でも、より多くのIT企業が拠点を構え、実際にビジネスを進めているのが佐賀県だ。

 実際、下表に示したように、5年前はIT系企業の誘致件数は1年に1件程度だった。それに対して2018年度は14件、2019年度は11件。2020年度の前半は、新型コロナウイルスの影響があり、その勢いは若干衰えているものの、2018年度以降は平均すれば月に約1件のIT企業が佐賀県に進出している計算になる。佐賀県は、IT企業の集結地として、一目を置かれる存在になっている。

佐賀県のIT 系企業誘致件数(バックオフィス、コールセンターなどを除く)
佐賀県のIT 系企業誘致件数(バックオフィス、コールセンターなどを除く)

DXの必要性を感じた知事がIT企業の誘致を積極化

 「元々、佐賀県は新しいものづくりが得意です。そういったDNAが今でもあると思っています。だから、この佐賀から新しい技術革新をやっていこうという方針で、かじを切っています」と佐賀県知事の山口祥義氏は語る(関連記事:山口知事インタビュー)。2015年1月に佐賀県知事に就任し現在2期目の山口氏は、これまでにも様々な施策により佐賀県をアピール。佐賀県の知名度向上を率先してきた。

DX推進を打ち出す佐賀県の山口祥義知事(写真:菅敏一)
DX推進を打ち出す佐賀県の山口祥義知事(写真:菅敏一)
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佐賀県庁(写真提供:佐賀県)
佐賀県庁(写真提供:佐賀県)
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 山口知事は、佐賀県にもデジタルトランスフォーメーション(DX)が必要だと唱える。世の中が大きく変化している中で、同じことをずっと続けるにはリスクがある。これに対応するためには、大きな革新が必要で、DXを推進していかなくてはならない。DXの推進には、AI(人工知能)やIoT(インターネット・オブ・シングズ)などの先端技術が当然必要となってくるため、これらの技術を持った企業には積極的に進出してもらいたい。そういった考えに基づいて、知事自らが各所でIT企業の重要性についてアピールしている。

 もちろん、知事自らがIT推進に積極的なだけでは、誘致はままならない。ここ3年でIT企業の進出が進んだ背景には、各種の施策がある。かつて佐賀県は工場などを含んだ製造業の企業誘致をメーンに取り組んできたが、5年前から方針を転換。IT企業に代表されるオフィス業務を主とする企業誘致活動を積極化させた。そのための専門部署を企業立地課内に設けた。

 こうした県のIT企業の誘致施策に対して、県庁所在地の佐賀市以外でも理解を示す市町が少しずつ増え、IT企業が入居可能な機能を備えたオフィスビルの整備も県内各所で進んできた。このような努力によって、徐々にIT企業の進出が活発化。佐賀県はIT企業が進出しやすい地域、進出するメリットがある地域――といったイメージが認識されはじめ、さらなる企業進出につながってきているようだ。

「どこまで親身になれるか」を追求した「パーマネントスタッフ」制度

 さらに、IT企業の誘致に効果的だった県独自の制度がある。それは、2004年にスタートした「企業誘致パーマネントスタッフ制度」と呼ばれるものだ。この制度は、佐賀県に進出を決めた企業が希望をすれば、誘致の際に担当した職員が、たとえ部署が異動になったとしても、ずっとその企業の窓口を担当するというものだ。

 進出企業にとってみれば、地元企業ではない限り土地勘のない場所に進出を決めることは一仕事だ。ただ、実は本当のスタートはそこからで、実際にはその地でビジネスを確実に進め、さらには成長させていかなくてはならない。一方で、どの規模の自治体でも、職員が定期的に異動する人事制度が当たり前だ。担当者が途中で変わってしまい「誘致の際には大事にされたけれど、進出した後は対応がおざなりになった」という声も実際にあるという。パーマネントスタッフ制度は、このような問題が起きにくい。顔なじみになって連絡もしやすい間柄になっていることで、常に親身になった対応できるからだ。

 実際に佐賀県では、パーマネントスタッフの主な業務を、

  1. 誘致企業の本社、県内事業所を訪問し、県の最新情報を提供するとともに、問題、要望等を聞く
  2. いつでも県の担当窓口として、誘致企業の照会や要望を受け付け、迅速にその時点での企業誘致担当部署へ連絡し、その後、早急に回答・対応するよう支援、調整を行う
  3. 進出後の手続き、調整等における県庁内関係部署との意見交換・交渉の場では、誘致企業の立場で同席する
  4. 誘致企業の本社、県内事務所の関係者の方が県庁を訪問される際の立会や県内視察の手伝いをする

 と定めている。指名を受けた職員が、自分事として進出企業のサポートを行うというところがポイントとなる。

 パーマネントスタッフ制度が2004年にスタートしてすでに16年が経過しているが、この制度を利用している進出企業はすでに100社近くになっている。IT企業のためだけの制度ではないが、2018年度以降でいえば、同制度を利用している12社のうち、IT企業は10社を占めている。

 例えば、ゲームの企画・開発・運営事業を展開するCygames(東京都渋谷区)は2017年に佐賀市に進出し、業務拡大に伴い2020年に鉄骨5階建てのCygames佐賀ビルを竣工、デバッグ業務とデザイン業務を行っているが、進出を決めてからは県の職員と二人三脚で佐賀県での業務をスタートさせた。また、自動野菜収穫ロボットを開発するinaho(神奈川県鎌倉市)は2019年1月に佐賀県鹿島市と進出協定を締結。同年9月に佐賀県太良町のアスパラガス農家にロボットを導入して正式サービスを開始したが、12月にはさらに佐賀市とも進出協定を締結。やはりパーマネントスタッフ制度によって窓口となる担当の職員を任命し、その職員と共に佐賀県での事業を拡大している。

わずか半年で佐賀県での操業を実現

LIGHTzは2019年7月に佐賀市との進出協定を結んだ。左は佐賀市長の秀島敏行氏。右はLIGHTz社長の乙部信吾氏(写真提供:佐賀県)
LIGHTzは2019年7月に佐賀市との進出協定を結んだ。左は佐賀市長の秀島敏行氏。右はLIGHTz社長の乙部信吾氏(写真提供:佐賀県)
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有田焼で有名な佐賀県有田町の古民家の並ぶ通り。LIGHTzをはじめ、有田町にもIT企業の進出が盛んになっている(写真:菅敏一)
有田焼で有名な佐賀県有田町の古民家の並ぶ通り。LIGHTzをはじめ、有田町にもIT企業の進出が盛んになっている(写真:菅敏一)
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 AI(人工知能)開発などを手がけるLIGHTz(茨城県つくば市)も、佐賀県での事業を急速に拡大しているベンチャー企業の1社だ。同社は佐賀県の中でも佐賀市と有田町の二つの都市に拠点を同時に構えることを決断。佐賀県庁の職員と初めて顔を合わせてから、わずか3カ月後の2019年7月に両都市との進出協定を結び、そして同年の10月には佐賀市での操業を開始した。さらには12月に、佐賀県窯業技術センターとの共同でAI開発プロジェクト開始するなど、たった数カ月で様々なことを決断して先に進めている。

 LIGHTzも、進出を決めてからすぐに、パーマネントスタッフ制度を利用して担当職員を任命している。その理由について、LIGHTz社長の乙部信吾氏は、担当職員の地域創生への想いや公務員とは思えない率先力などを認めたうえで、以下のように語る。「佐賀という土地に魅力を感じたのはもちろんですが、そうはいっても我々はよそもの。実際に操業をするまでは不安だらけです。また長い期間、佐賀に根を張るつもりですが、その分、成長をさせていかなくてはならない。そのためには、進出時だけでなく、ずっと佐賀県にはサポートしていただきたいし、できれば気心の知れた方に担当になっていただきたい。パーマネントスタッフ制度は我々のようなベンチャー企業には、本当に心強い制度だと思います」。

 事実、佐賀県に進出してからのLIGHTzの動きは驚くほど速かった。有田町では早速に活動を具体化。進出前にも松尾佳昭町長(松尾町長の発言の詳細は別掲記事参照)を代表とする有田町の担当者と有田焼に代表される「窯業技術の汎知化」をテーマにした事業を検討していたが、具体的に佐賀県窯業技術センターと共同でのプロジェクトを発足させた。また、サッカーJ1リーグ「サガン鳥栖」を運営するサガン・ドリームスと佐賀県とは、AI技術を活用して選手の思考を可視化することで選手を育成することなどを目的にした連携協定も締結した。

 こういった地元企業との連携などの事業内容の話とは別に、実際に進出をするためには事務的な手続きもある。どこに事務所を構えるのか、どのようにして地元で雇用を確保するのかなど。短期間での操業、そして事業の拡大を実現できたのは、佐賀県の担当職員が自分事としてLIGHTzの技術や企業理念などを理解し、そして関係各所に働きかけたことを抜きにしては実現できなかっただろう。

誘致を後押しする佐賀県産業スマート化センター

 佐賀県がIT企業の誘致に成功しているもう1つの武器といえるのが、「佐賀県産業スマート化センター」の存在だ。佐賀県産業スマート化センターは、AIやIoTといった先進技術を活用し、県内企業の生産性向上やこれらを活用した新たなビジネス創出を促すために佐賀県が2018年10月に開設した。課題を持っている県内企業に対して、先端技術をフックにして解決できるように、IT企業や大学・教育機関などを結びつけるハブとしての役割を担っている。

佐賀県産業スマート化センターのショールーム(写真提供:佐賀県)
佐賀県産業スマート化センターのショールーム(写真提供:佐賀県)
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 同センターの大きな目的は、上記のように地元企業のITの底上げにあるが、佐賀県に進出を検討する企業にまずは同センターを見学してもらうことも多い。同センターでは、AIやIoTといった先進技術が体験できるほか、人材育成を目的とした各種のワークショップを定期的に開催したり、県内企業とIT企業とのマッチング、導入支援を行ったりしている。こういった佐賀県の取り組みを見ることで、「新しいチャレンジに意欲的な県である」ということを肌で感じてもらうことができるわけだ。

 また、同センターの趣旨に賛同できる県内外のIT企業には「サポーティングカンパニー」として登録してもらい、産業スマート化センターの各種活動に協力してもらうという体制も整えている。具体的な課題を持つ県内企業に対して、サポーティングカンパニーの中から適切な企業をマッチングし、具体的にビジネスに発展するケースもある。進出を検討している企業としては、まずはサポーティングカンパニーとして登録し、そこで具体的なニーズがどれほどあるかを探ることも可能になる。

 佐賀県としては、同センターの施策の成果を図る指標として、地元企業がサポーティングカンパニーと実際に一緒になって取り組んだ、「新たなAI・IoTといった先進技術導入の取組件数」を設定しており、2019年は25件、2020年は40件といった数としていた。この目標件数は順調にクリアしており、さらに2021年は50件、2022年は70件の設定をしている。こういった推移を見る限りは、佐賀県でも多くの案件が発生していることが予測でき、企業にとっては進出を考える目安になるともいえる。

 佐賀県に限ったことではないが、地方においては大規模な展示会などが少なく、県内企業がITソリューションに触れる機会は限られる。このことから、広くソリューションを持つ企業などに協力してもらい、さらには県内に呼び込む意図もあってサポーティングカンパニーを広く募集した。サポーティングカンパニーは順調に増え、現在では海外企業も含め170社(2021年1月25日現在)となっている。佐賀県の目論見は達成できているといえそうだ。

有田町長 松尾佳昭氏に聞く
「有田焼を磨き続けることが使命、だからITを活用する」

有田町長の松尾佳昭氏(写真:菅敏一)
有田町長の松尾佳昭氏(写真:菅敏一)
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 有田町を代表する有田焼は、2016年に創業400年という節目の年を迎えました。有田町はよく「歴史と伝統の町」と言われます。私は、歴史や伝統は守るものではなく攻めるものだと思っています。挑戦しない限りは歴史も伝統も残りません。だから、常に挑戦をやっています。

 では、挑戦とは何でしょうか。私は、民間企業に属していた人間なので、役所が役所内で固まっているのが大変気になっています。まずは民間の力をいろいろと入れていかなくてはいけません。新型コロナウイルス感染症が発生し、世の中の見方が大きく変わるようになりました。ここから一気に民間の力を借りながら、一気にデジタルに業務をシフトさせようという思いがあります。

 そういった取り組みを進めるうえでも、有田焼という伝統のところを強みにしていきたいと思っています。有田焼というエッジの効いたモノがあるのです。ここを磨き続けることが私の使命です。そのような観点から、新しくAIを専業とするLIGHTzとの協力を開始しました。彼らは有田町の進出を決め、操業を開始しています。

 AI自体は私は専門家ではないので、詳しくは知りませんでした。最初にLIGHTzの乙部社長に会ったときも、そうでした。ただ、彼の熱意とか、実直さは伝わってきました。また、彼は岩手県出身なので、田舎の心地よさとか堅苦しさとかいろんなことも分かったうえで、進出を考えていると言ってくれました。しかも単なる拠点ではなくてランドマーク、要は旗印になるぐらいの拠点にしたいなと話してくれて、そういった意味ではフィーリングはばっちり合いました。

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有田焼を磨き続けるためにITの活用を模索している。上はヤマト陶磁器の店舗に陳列された人間国宝による有田焼、下は有田町役場の前に立つ松尾町長(写真:2点とも菅敏一)
有田焼を磨き続けるためにITの活用を模索している。上はヤマト陶磁器の店舗に陳列された人間国宝による有田焼、下は有田町役場の前に立つ松尾町長(写真:2点とも菅敏一)
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 先ほどもお話ししたように有田焼を磨き続けることが私の使命であり、そのためには有田町出身の人が有田焼に多く携わっていってほしいです。もちろん次世代を担う若者にもです。ただ、伝統工芸は堅苦しく徒弟制度のようなイメージがあります。有田焼に限らないかもしれませんが、なかなか若者が継がないために、職人さん不足が進んできています。

 そんな課題がある中で、LIGHTzがAIによって熟練者の思考を「汎知化」していることを知りました。一流の熟練者がどのような思考をたどって行動をするかといったことを可視化し、それによって熟達者たちの知を後世に伝えていくことを実践しているのです。その汎知化をスポーツのコーチングに活かすというお話しを聞き、それを有田焼の職人さん達の汎知化にも応用できないかと相談しました。

 職人さんたちの「知」を入れたコーチングのフォーマットができれば、たとえば10年後に有田焼に興味を持った人たちが、その職人さんが働いてなくても、その人の考えていることが分かることになります。「どこに力を入れて絵を描いているのか」「全体を見たうえでどこに意識を集中しているのか」、そういったいろいろな思考回路をLIGHTzの技術は明確にしてくれるので、是非組んでみたいと思ったのです。

 そもそも人が減るのは間違いないことだったので、そういった課題をデジタルでどう補っていくのかは、常に意識していました。私は「アーカイブ化」だと思っていたのです。たとえば動画を撮影して、それをVRで見て、そこから盗めみたいな形です。でもそれって、職人さんの「背中を見て盗め」という技術承継と似ているなとも思っていました。そんなことを考えていたときに、AIの話があって、まさにこれだと思ったのです。

 有田焼の工程は、分業制で成り立っています。絵を描く人、ろくろを引く人、窯に積む人といったように分業されていて、それぞれの職人さんがいます。それぞれに特化しているので、そのフェーズごと汎知化できればいいということになります。この汎知化のプロジェクトには佐賀県窯業技術センターにも入っていただき進めています。

 一方で、このプロジェクトはあまり急ぎ過ぎたくないなとも思っています。10年後ぐらいに、汎知化によってプログラムとシステムが少しでもできていればいいかなといった程度です。簡単にできることではないと思っているので、Xデーを決めてそこまでに成果を出すというよりは、有田町らしさを大事にしていきたいですね。(談)

松尾 佳昭(まつお よしあき)
有田町長
1973年生まれ、佐賀県有田町出身。福岡大学法学部卒業。参院議員秘書などを経て、2006年の有田町議選で初当選し、連続3選を果たす。2018年に有田町長に就任。

この記事のURL https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/PPP/434167/021700174/