公共事業を変える新しい取り組み「グリーンインフラ」。国内の政策動向などを紹介した前回の記事に続いて、第2回では海外の事例を取り上げる。

書籍 「決定版!グリーンインフラ」。2月中旬から検索可能な電子版も発売している

 海外には都市スケールでグリーンインフラを実践している地域があり、日本にとって学ぶべき点は多い。ここではグリーンインフラ先進地の一つであるシンガポールの取り組みを紹介する。

 日経BP社が1月24日に発行した書籍「決定版!グリーンインフラ」ではシンガポールのほかにも、米国ニューヨーク市のハリケーン・サンディの復旧プロジェクトや、ポートランド市の敷地・街区スケールの取り組み、ロンドンのグリーングリッド計画、ニカラグアでの生態系を活用した防災・減災手法など、多数の海外事例を掲載している。

水のデザイン・ガイドライン

 日本では、単一機能の構造物を主体としたグレーインフラを整備し、都市の脆弱性の低減に努めてきた。しかし、近年は気候変動に伴う豪雨による水害が多発している。これは日本のみならず、今後、世界中で気候変動に伴う災害の頻発が予想される。多くの人が居住する都市部では、不確実な未来に向けてグリーンインフラを都市スケールで戦略的にどう展開するかについて真剣に考える時代に突入したと言える。

 ここでは、都市スケールのグリーンインフラの適用を推進するための一つの手法であるデザイン・ガイドラインに着目し、大きな成果を上げているシンガポールの「ABC水のデザイン・ガイドライン」とその中核プロジェクト「ビシャン・パーク」について詳しく見ていく。

水戦略の核にグリーンインフラ

 シンガポールは東南アジアの中心に位置する63の島から成る国で、最大の島シンガポール島は東西に42㎞、南北に23㎞で470万人が暮らす世界で最も人口密度が高い国である。

 この国の大きな課題は、水である。島内の貯水池に加えて、40%を隣国マレーシアからパイプラインを通じて確保してきたが、急騰する水の価格や政治的な課題などを解決するために、シンガポールは国を挙げて水問題の解決を実行に移してきた。

 浸透膜を活用した高度ろ過技術による下水の再生処理や、河口に可動堰をもつ貯水池の建設などに加えて、画期的なのが「ABC Water Design Guidelines」(ABC-WDG)である。

 ABC-WDGはシンガポールの公益事業庁(PUB)が中心になってまとめたシンガポール国土全体を対象とした水の戦略で、なかでも核になるのがグリーンインフラの適用である。

 ABCとは「Active」、「Beautiful」、「Clean」の頭文字で、国民の誰もが美しく、きれいで、生き生きと水と共に暮らす国にするという思いを反映している。

 このガイドラインの大きな特徴は二つある。一つ目は、国内の一定面積以上の敷地・街区・都市スケールの開発案件の全てに対して、開発のタイプや土地利用に応じて必要なグリーンインフラ適用技術を明確に示し、新規の開発敷地からの雨水の表面流出の削減に加えて、屋上から敷地内の屋外空間を活用してグリーンインフラを適用することにより、微気象の緩和、健康増進、生物多様性の向上などに寄与し得る、空間像を伴ったグリーンインフラを啓蒙している点だ。

 二つ目は、デザイン・ガイドラインに具体的なパイロット・プロジェクトがひも付いていることである(図1)。

図1■ABC-WDGで現在計画進行中のプロジェクト
(資料:PUB, Singapore's National Water Agency)
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視覚的に分かりやすく紹介

 ガイドラインの策定に先立ち、島内の集水域別に土地利用や既存の水資源を把握したうえで、グリーンインフラのパイロット・プロジェクト適用情報が開示されている。

 ABC-WDGでは、グリーンインフラの展開を、開発業者や計画・設計者のみならず国民の誰が見ても理解できるように伝え、また具体的な空間の体験利用を通じてグリーンインフラに対する理解を深めることを目指している。

 ガイドラインは大きく、A)計画、デザイン、実践、B)安全性、公衆衛生、管理、C)持続的環境の創造に向けたコミュニティー、プログラム、環境教育、D)認証制度の四つに分けられる。

 まず、A)計画・デザインに関しては、「雨水を集めて、きれいにして、流すまたはためる」ための具体的なグリーンインフラ要素技術を視覚的に分かりやすく紹介している。

 建物、道路、水面、広場、緑地、駐車場など土地利用別にグリーンインフラ適用策が示され、屋上緑化、バルコニー緑化、垂直緑化、地面レベルでの緑化など、あらゆる地表面を活用し、緑と水の機能をどのように掛け合わせれば最大限の効果を上げることができるかについて、具体的な手法の組み合わせまで提示する(図2、3)。

図2■ABC-WDGが推進する持続的雨水管理を核としたグリーンインフラのコンセプト
(資料:PUB, Singapore's National Water Agency)
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図3■ABC-WDGの集水エレメンツ別に示されているグリーンインフラ適用策の一例
(資料:PUB, Singapore's National Water Agency)
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 次にB)安全性や管理に関しては、計画・設計時の降雨量に合わせた水システムの提案から水の流量のシミュレーションまで、詳細な評価基準に基づいた安全性の確保が示されている。

 C)は、ABC-WDGが最も重視している要素だ。水と人・コミュニティーをつなげるための仕組みが、多様なプログラムや学校教育、パートナーシップなどで構成されている。

 D)の認証事業ではプロジェクトの計画から施工段階まで一括してABC-WDGに沿って取り組むとポイント制で「Active」、「Beautiful」、「Clean」、「Innovation」の四つのレベルで認定される。

 認証は企業の環境推進イメージの認知や不動産価値の向上に役立つ。このようにグリーンインフラに取り組むための明確な目標や便益が共有されているのが重要である。

多機能型の都市型河川公園「ビシャン・パーク」

 ABC-WDGはシンガポールの国土全域を対象としており、ガイドラインと連動して2030年までに約100のグリーンインフラ・プロジェクトが対象として指定されている。

 そのなかでも最大級のものが、コンクリート三面張りの排水路カラン川(全長3km)を自然型の河川に再生し、公園と一体的に多機能型の都市型河川公園として再整備したビシャン・パークである(写真1)。

写真1■氾濫源を内包する都市型河川公園に生まれ変わったビシャン・パーク(写真:Ramboll Studio Dreiseitl)
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 もともとカラン川は排水運河として、できるだけ早く水を下流に流すために造られた。直線的で画一的な河川断面だった(写真2)。それが、多様な断面と護岸形態を持ち、非常時は氾濫原として機能するように生まれ変わった。

写真2■整備前のカラン川。単一機能の排水路だった(写真:Ramboll Studio Dreiseitl)
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 また、従来の川幅17~24mを最大100mまで拡幅し、許容流水量は40%も増加した。現在のビシャン・パークは従来の川が持つ治水や排水といった機能を超えて、コミュニティーやレクリエーションの場として機能し、多くの市民が水や自然と親しむことができ、水と緑の大切さや魅力を実体験から理解できる場となっている(写真3)。

写真3■多機能型で多便益なグリーンインフラに市民の誰もがアクセスできる(写真:Ramboll Studio Dreiseitl)
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 ビシャン・パークの河川部分では、シミュレーションを通じて流量だけではなく、流出速度に応じて川の護岸形態を設計している。流れが速い部分では生態緑化技術を活用した護岸補強を行っている。

 このように多様な護岸形態を創出することで、より豊かな生物の生息域をつくり出している。2012年に開園してから「25年に一度の洪水」が起きたが、そのような非常時の水量にも柔軟に対応できているという(写真4)。

写真4■非常時は氾濫原として機能する(写真:Ramboll Studio Dreiseitl)
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浄化した水を子どもの遊び場に活用

 もう一つ注目すべきは、公園内に新しく設計された5100m2の浄化ビオトープ( Cleansing Biotope)である。

 ビシャン・パーク内に流れるカラン川とビシャン・パーク内の池の2カ所から取水し、植物とバイオ・フィルターを用いて水質を浄化している。

 棚田状にレベル差を変えて配置された浄化ビオトープには、カラン川と池からポンプアップされた水が上から順番に流され、バイオ・フィルターと多様な植物群の組み合わせにより、一日で約64万8000リットルの川の水と860万リットルの池からの水を浄化している。

 ここで浄化された水は子どもの水の遊び場に活用されるほか、半永久的に水が浄化されながら循環し、そして残りの浄化された水はカラン川に流れるようにデザインされている。

 このように、シンガポールではABC-WDGとそれに連動したパイロット・プロジェクトの実践を通じて、建物の屋根や歩行者空間、駐車場、庭から流れ出た雨水が川へ流れ着き、やがてはどこかの家庭のグラス一杯の水になるまでの水循環プロセスを可視化。さらには国民の誰もがこのグリーンインフラを体験し、理解できるようなオープンな環境システムをつくり出そうとしている。

 シンガポールの取り組みは世界中で通用するアプローチであり、国土スケールでグリーンインフラを推進するための一つの優良事例である。市民の誰でもアクセスできる多機能型グリーンインフラのかたちは今後の私たちの想像力と取り組みにかかっている。

※書籍「決定版!グリーンインフラ」から記事を抜粋して再編した。文中の数値や組織名などは取材、掲載当時のもの。第3回は3月2日(木)に掲載する。

決定版!グリーンインフラ

自然の機能を生かした新たなインフラの概念である「グリーンインフラ」。都市から農山漁村まで、土木・建築から環境まであらゆる分野の事例を掲載しています。

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グリーンインフラ研究会では、グリーンインフラの包括的な概念を整理し、各フィールドで様々な活動を実践してきました。本書では国内外の先進事例を紹介するほか、これからのグリーンインフラの将来像やビジネスチャンスにも詳説します。
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この記事のURL https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/PPP/434167/022300008/