岩手県花巻市で43年間、地域の人々に愛され続けたマルカン百貨店が惜しまれながら閉店を迎えたのが2016年6月。すぐさま地元の若手経営者らが立ち上がり、空き家や使われなくなった商業ビルなどを再生しながらエリアの価値を高める「リノベーションまちづくり」の手法で、2017年2月に1階に名産品などの店舗と6階に食堂が入居するマルカンビルとして復活を果たした。再オープンから2年が経過した現在も、毎日1000人以上の利用者でにぎわう盛況ぶりだ。多くの自治体が中心市街地の老朽化した空き店舗に頭を悩ませる中、花巻市では地域を象徴する商業施設を再生させることによって活気が生まれている。

 JR花巻駅から少し離れた中心市街地である上町商店街の一角に、ひときわ目立つ8階建ての大きな建物がある。それは、2016年まで老舗のマルカン百貨店が営業していたマルカンビルだ。

地下1階、地上8階建てのマルカンビル(写真:上町家守舎)
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 平日にもかかわらず、6階の「マルカンビル大食堂」には午前11時の開店と同時にお客が流れ込む。店頭のショーケースには、名物の10段巻きのソフトクリームやラーメン、寿司、カレーなど100種類以上あるメニューの食品サンプルが並ぶ。店内はまさに昭和レトロのデパートの食堂である。

高さ25センチで10段巻きのソフトクリーム(180円)は箸で食べるのが花巻流(写真:上町家守舎)
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 560席ある広い店内を見渡すと、若いカップルから老夫婦まで、老若男女問わず、多くの人で賑わう。スーツを着た男性が1人で食事をしているかと思えば、作業着姿で談笑しているグループもいる。幼い子どもが店内を走り回っていても、怪訝な顔をする人は誰もいない。多くの人は「マルカンは誰でも来れる敷居の低い食堂」と答える。まさに世代を超えて、地域の人々から愛されている食堂だ。マルカン百貨店時代は毎日19時まで営業していたが、現在は毎週水曜日が定休日で、18時半まで営業している。

老若男女問わず多くの人で賑わうマルカン大食堂(写真:上町家守舎)
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 現在、マルカンビルを運営する「上町家守舎」は、マルカン百貨店の閉店発表後に「6階大食堂を可能な限りそのままの形で存続させる」ことをミッションに設立された株式会社だ。再オープン後10年で借入金を完済する計画を立てている。マルカンビルの大食堂と物販店舗の販売収入に加え、駐車場の貸し出しや大食堂のブランド力を生かした商品開発などを地域の企業と共に手がけることで収益を上げ、現在は事業計画に近い水準の収支で推移している。

耐震不適合と建物老朽化で百貨店が閉店

 2016年3月6日、マルカン百貨店は耐震不適合と建物老朽化を理由に、同年6月7日の営業を最後に閉店すると発表した。その発表後すぐに、「せめて食堂だけでも残してほしい」と地元高校生による署名運動が起きたことからも、地域から愛されていたことがわかる。

 上町家守舎代表取締役の小友康広氏は、マルカン百貨店が閉店すると耳にしたとき、「残せば残すほど価値が増していくようなコンテンツを失うことになる。もったいないと感じた」。

マルカンビルを運営する上町家守舎の代表取締役を務める小友康広氏(写真:日経BP総研)
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 当時、小友氏は地元の若手経営者らとリノベーションまちづくりの手法により、「花巻駅半径200m のエリアにチャレンジする大人が集まるまちをつくる」という理念の下、「花巻家守舎」を設立し、遊休不動産と化していた花巻駅近くの小友ビルの改修を終えたところだった。まさにこれから仲間たちと花巻市でリノベーションまちづくりを推進しようとしているときに、街の一大コンテンツであるマルカン百貨店がなくなってしまうことになったのだ。

 「花巻市で生まれ育った僕は30数年、マルカンを定点観測してきたようなもの。大食堂以外のフロアが減衰していっていたのは目に見えていたが、大食堂はむしろお客さんが増えてるように感じていた。これなら食堂じゃなくても、そのブランドで勝負できるのではと思った。小友ビルでうまくいきつつあった空き物件を活用してエリアプロデュースしていくというリノベーションまちづくりの手法で、マルカンも何とかできるのではないかと思い、『僕やります』と手を挙げてしまった」(小友氏)。

クラウドファンディングなどで改修費を調達

 その後、小友氏はマルカン百貨店から運営の引き継ぎを検討する承諾を得た。そこで、6階の食堂をそのまま残し、1階から5階にはこれまでのような物販店舗ではなく、学習塾やゲストハウスなどのサービスを提供するテナントを入居させる計画を立てた。マルカン百貨店の閉店の発表から1カ月も経たずして、同年3月20日にはテナント入居希望者などの仲間を集める目的で記者会見を開く素早さだった。

 ところが、これまで食堂以外がすべて物販店舗だったマルカン百貨店を他の用途で使用するとなると、用途変更をしなくてはならず、それに伴う改修費がかさみ、当初4億円と推定していた費用が6億円かかると判明した。テナントの家賃を引き上げなければ、初期投資の回収は難しくなる。

 「僕がテナントオーナーなら、高くてとても入居しない家賃だと思った。これでは自分が自信を持って薦められない商品を売ることになる」(小友氏)。そこで、引き継ぎ検討期間を延長し、経費削減策を考えることとした。検討を進める中で、クラウドファンディングなどの寄付により資金を調達する案が出たが、花巻家守舎で寄付を受け付けてしまうと、資金の透明性を担保できないうえ、大食堂を存続させるという目的は花巻家守舎の「花巻駅前エリアにチャレンジする大人を集める」というビジョンとは異なる。そのため、2016年6月1日に上町家守舎を新たに設立した。

 その後、上町家守舎として検討を続け、2階から5階までを閉鎖し、1階の店舗と6階の食堂だけを残す方針に切り替えた。2階から5階までを閉鎖することにより、その階のエアコンなどの設備を買い替える必要がなくなる。それに加え、これまで8階にあった老朽化した非常用発電などの電気設備は廃棄せず、そのまま置いておくこととした。電気設備を新調するとなれば、多くの人は古い設備は廃棄し、新しい設備を導入するのが一般的だろう。しかし、廃棄のために老朽化した設備を1階まで降ろすためにはコストがかかり、その後新しい設備を8階まで運ぶとなればさらにコストがかさんでしまうしまう。そこで8階の老朽化した設備はそのまま置いておくこととし、その代わり、1階の空きスペースに新しい電気設備を設置することで、さらに経費を削減した。その結果、改修費は2億6000万円に抑えられた。

マルカンビルの1階にある物販店舗(写真:上町家守舎)
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 2016年8月末にこの計画が定まり、改修費として岩手銀行と東北銀行、北日本銀行、花巻信用金庫の4行から2500万円ずつ計1億円を借り入れた。そのほか、花巻市の後押しで、一般社団法人の地域総合整備財団(ふるさと財団)のふるさと融資も利用し、6600万円を借り入れることができた。ふるさと融資とは、県や市町村が地域振興に資すると認める事業が借り入れできる無利子の融資だ。クラウドファンディングでの寄付も募った。

 引き継ぎを検討する中で、小友氏は3つの条件が揃わなければマルカンビル大食堂は再生できないと考えていた。それは「クラウドファンディングが1000万円を下回らないこと」「食堂のスタッフが残ること」「10年で投資回収できること」だ。

マルカン大食堂の定番人気メニューの「ナポリかつ」(780円)(写真:日経BP総研)
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 寄付が集まることを存続の条件としたのは、資金を集めたいという理由以上に、地元の人々がどれだけ本気でマルカンビル大食堂を残したいと思っているのかを知りたかったからだ。その結果、クラウドファンディングと銀行振り込みによる寄付を合わせると2000万円以上の資金が集まった。

 並行して地域の事業者とマルカンビル大食堂名物のソフトクリーム型ストラップや、花巻市大迫町名産のワインなどのコラボレーション商品を開発・販売し、購入ごとに数百円ずつがマルカン百貨店の存続に寄付される仕組みにした。こうした商品を通じた寄付も、2016年8月末までの段階で100万円を超えた。食堂には約半数のスタッフが残ってくれた。

 マルカン百貨店が閉鎖する一つの要因は建物の老朽化だったが、現在は耐震計画を立て、耐震工事は2019年度中に完了する見込みだ。耐震工事の際には、行政の補助金制度も利用するという。

人を育てるリノベーションまちづくり事業

 マルカンビル大食堂の再生の源流をたどると、2014年に市が主催したリノベーションまちづくりを学ぶ勉強会に行き当たる。小友氏が花巻家守舎の仲間たちと出会ったのは、この勉強会だ。その仕掛人は、花巻市役所で都市再構築検討プロジェクトチームに属していた伊藤直樹氏である。

花巻家守舎取締役事業部長の伊藤直樹氏(写真:日経BP総研)
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 2013年に商業係長になった伊藤氏は商店街対策を担当したが、商店街の人たちと積極的に対話していく中で、「商店街活性化とよく言われているが、『どうなることが商店街活性化なのか』ということが、あまり議論されていないと気づいた。私もその答えを分からずにいた時に、リノベーションまちづくりという手法に出会った」という。それが、勉強会の開催につながった。

 伊藤氏はリノベーションまちづくり事業を担当するだけではなく、市役所の在職中に花巻家守舎の株主となり、配当は得ずに出資をしている。地方公務員法においても、職員の出資は禁止されておらず、花巻市の倫理規定にも反していない。出資をしたのは自然な流れだったと伊藤氏は話す。「市役所だと人事異動があれば、さよならになってしまう。単なる場づくりだけでなく、自分事としてリスクを負って、花巻家守舎の皆さんと本気で付き合っていこうというメッセージだった」と言う。

 マルカンビル大食堂再生の際にも、市職員として申請事務などを支援してきた。現在は、家業である農業をしながら、花巻家守舎の取締役事業部長として街再生のビジネスに関わり続けている。

 マルカンビルも進化を続けている。地下には、花巻市スケートボード協会がDIYでリノベーションしたスケートボードショップがプレオープン中だ。これも花巻市スケートボード協会のメンバーから小友氏にアプローチがあり、実現した。「小友さんの周りには、花巻で新しいことをしたい人が集まってくる」(伊藤氏)。

プレオープン中のスケートボードショップ(写真:日経BP総研)
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 耐震工事の終了後は2階に「おもちゃ美術館」をオープンする予定だ。屋上に温泉を造る構想もある。「やれるかどうかわからないけど、やりたい、やりたいと言ってると、『やろうぜ』と人が来てくれるんですよ」と小友氏は話す。

リノベーションスクール@花巻で人材育成

 さらに花巻市は、都市再構築検討プロジェクトチームが中心となり、2016年に「花巻市立地適正化計画」を策定した。計画の中では、リノベーションまちづくりを市街地活性化の手法の一つとして掲げている。

 リノベーションまちづくりに取り組み始めた理由は、このままでは自治体経営が成り立たないのではないかという危機感からだ。かつて街中に存在した多くの事業所や雇用が失われ、人口が減り、住宅や店舗が遊休化するとともに、自治体の主財源は減少していく。一方で肥大化した公共インフラの維持コストは高まっていく。それは多くの地方自治体が抱えている危機感でもある。そこで花巻市は、持続的な都市経営を実現するための一つの処方箋として、リノベーションまちづくりを取り入れることにした。

 その取り組みの一つが、2017年度から開催している「リノベーションスクール@花巻」だ。「民間投資を誘発し、街の新陳代謝を促すためには、新しい情報を持ってくるプレーヤーが欠かせない。建物やお金があっても、リノベーションまちづくりを実践する人が育たなければ街は動いていかない。人を育てる仕掛けとしてチャレンジしたのがリノベーションスクール」と、花巻市建設部都市政策室の伊藤ケイ子氏は話す。

花巻市建設部都市政策室の伊藤ケイ子氏(写真:日経BP総研)
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 1回当たり3日間のリノベーションスクールは、市内に実在する空き家や空き店舗などの遊休不動産をオーナーから提供してもらう。参加者はチームを組んで、地域経営課題の分析とそれらを複合的に解決する企画や事業収支の立て方、プレゼンテーションの手法などを学び、その物件を活用した事業プランを練り、最終日には不動産オーナーにプレゼンする。参加費は1人1万6000円だ。

 これまで2度実施したリノベーションスクールは、ともに定員を超える応募があり、選考ののち、2017年度には24人、2018年度には19人が受講した。2017年度の参加者の平均年齢は33歳で、全国各地から若い世代が集まった。すでにリノベーションスクール参加者のプロジェクト6件が事業化し、新たな雇用を生み出している。

 リノベーションスクールの開講後に立ち上がった事業の一つが、ゲストハウスmeinnだ。オーナーは2015年から3年間、同市の地域おこし協力隊としてリノベーションまちづくり支援を担当していた、ぼうけん代表取締役の福田一馬氏だ。

ぼうけん代表取締役の福田一馬氏(写真:日経BP総研)
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 福田氏は地域おこし協力隊の在職中に「株式会社ぼうけん」を設立し、支援という枠を越えて、リノベーションまちづくりに取り組んできた。2018年には、同市の旅館をリノベーションし、ゲストハウスmeinnをオープンさせた。現在は、地域の仲間たちと共に、花巻市で3つ目となる家守舎の設立を計画している。

福田氏が自らリノベーションしたゲストハウスmeinn(写真:日経BP総研)
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 花巻市では当初、リノベーションまちづくりは遊休不動産の利活用や、空き店舗を活用した商業の起爆剤というイメージで始めた取り組みだった。しかし、実際にマルカンビルのリノベーションが起こったり、リノベーションスクールを開講したりしていく中で、この「リノベーションまちづくり」という考え方によって、街に大きな変化をもたらすことができると認識が変わっていったという。

 「小友さんが手本を見せてくれていたおかげ。小友さんが歩いた道のりを、みんなが分かることができる環境があった。街を面白くしていける第二、第三の小友さんが必要」(花巻市の伊藤氏)。

 そして、建設部都市再生室も常に「無理」という言葉はNGワードとして、まちづくりに取り組んできたと伊藤氏は言う。これからも「無理」と言わず、「なんとかする」「ちょっと作戦をこうしてみる」というスタンスで、常にリノベーションまちづくりを手がける事業者と一緒になってエリアの活性化に取り組んでいく考えだ。

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