2019年7月、北九州市の中心市街地に、公園でも道路でもないオープンスペース「船場広場」がオープンした。市が民間企業から無償で私有地を借り、運営を商工会議所に包括委任、まちづくり会社が活用に取り組む。コロナ禍を経てオープンスペースへの注目が高まる中、多くのキッチンカーが出店、新たな賑わいを生み始めている。

 「船場広場」は、北九州市内唯一の百貨店「井筒屋」と向かい合う位置にある。前面道路に当たる通称「クロスロード」は国家戦略特別区域の指定を受けて国家戦略道路占用事業を実施しており、これまでもマルシェなどのイベントが開催されてきた。市の商業地の心臓部ともいえる立地だ。なぜここに“広場”ができたのか。

近隣のビルから見た船場広場全景。外側の舗装の色が異なる部分は市道で、通称「クロスロード」(写真:萩原詩子)
近隣のビルから見た船場広場全景。外側の舗装の色が異なる部分は市道で、通称「クロスロード」(写真:萩原詩子)
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正面は井筒屋の本館と新館。建物の間を通るクロスロードの先は紫川に架かる歩行者専用橋「鷗外橋」に続く。奥に対岸の小倉城が見える(写真:萩原詩子、資料:北九州市の資料を一部加工)
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正面は井筒屋の本館と新館。建物の間を通るクロスロードの先は紫川に架かる歩行者専用橋「鷗外橋」に続く。奥に対岸の小倉城が見える(写真:萩原詩子、資料:北九州市の資料を一部加工)
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正面は井筒屋の本館と新館。建物の間を通るクロスロードの先は紫川に架かる歩行者専用橋「鷗外橋」に続く。奥に対岸の小倉城が見える(写真:萩原詩子、資料:北九州市の資料を一部加工)

市長自ら所有者と談判、廃ホテル解体にこぎつける

 この場所には長く、廃業したホテルの建物がそのまま残されていた。1962年に建てられたもので、ホテルは2001年に廃業、わずかに残ったテナントも07年に撤退した。一時はマンション開発も検討されたが実現せず、10年以上も空き家の状態が続く。立地が立地だけに北九州市もこれを問題視し、16年2月には北橋健治市長が自ら商工会議所会頭とともに所有者である住友不動産本社を訪問し、再開発について直談判した。

廃ホテルが建っていた当時の状態(写真提供:北九州市)
廃ホテルが建っていた当時の状態(写真提供:北九州市)
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 17年9月、市は住友不動産との合意にこぎつけ、基本協定を締結する。内容は、市が建物を解体し、土地の一部にあたる約800m2を無償で借り受けるというものだ。解体費用は借地割合で案分し、総額4億2500万円のうち市が1億2300万円を負担した。さらに市は借地部分に4900万円を投じ、電源や給排水、照明を備えた広場を整備した。

 広場がオープンした19年7月の会見で北橋市長は「ようやく氷が溶け始めて、まちに再活性化、再開発の流れが始まっていく予感がする」と述べ、広場を「新たな賑わいづくりの拠点の1つ」にするとした。運営管理は北九州商工会議所に包括委任し、SDGsのゴール11番目「住み続けられるまちづくり」と、17番目「パートナーシップで目標を達成しよう」の2つを目指す取り組みだと語っている。

北九州市・上田玄志郎氏(写真:萩原詩子)
北九州市・上田玄志郎氏(写真:萩原詩子)

 広場の利用規約には、基本コンセプトとして、①普段の暮らしの中にある「憩い」の広場、②都心の「にぎわい」を創出する広場、③常に「チャレンジ」し続ける広場の3つを掲げている。

 借地期間は10年を目安としているが「必ずしもこれに縛られない」と北九州市建築都市局都市再生推進部都市再生企画課の上田玄志郎事業調整係長は説明する。「所有者が開発に着手してくれれば、市としてもそれに越したことはない。その際は契約を終了して返すことになっている」。広場の舗装は撤去が容易なインターロッキングとし、建物の建設や植樹は行わない。

北九州市・上田玄志郎氏(写真:萩原詩子)
北九州市・上田玄志郎氏(写真:萩原詩子)

運営は利用料から得た財源による独立採算

 広場の管理運営に当たって委託料は発生せず、広場の利用料金などから得た収益による独立採算で事業を営む。「公園でも道路でもないので、使いみちの自由度は高い。民間の柔軟な発想に期待している」と前出の上田氏。

 実際に運営を担うのは、商工会議所から事務局として業務委託を受けたまちづくり会社・北九州家守舎だ。北九州市は「リノベーションスクール」発祥の地であり、北九州家守舎はこれを機に2012年に設立された「家守会社」の先駆けだ。船場広場ではイベントへの貸し出しやテナント誘致を手掛ける。開業にあたっては、木製の「ジオデシック・ドーム」と一体になったテーブルとベンチ、プランターを兼ねたベンチを設置した。

「船場広場」の運営スキーム(資料:北九州市)
「船場広場」の運営スキーム(資料:北九州市)
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 北九州家守舎代表取締役の遠矢弘毅氏は「広場に木陰のような居場所が欲しいと考えたが、地面に固着する構造物はつくれない。川に近く、強風が吹くのでテントの常設も難しい。そこで、ひらめいたのがこのドーム(ジオテック)だった」と振り返る。製作にあたってはリノベーションスクールから派生した職人やアーティストのチーム「デッドストック工務店」が駆けつけてくれた。

ドーム(ジオテック)は、広場に計4基設置されている(写真:萩原詩子)
ドーム(ジオテック)は、広場に計4基設置されている(写真:萩原詩子)
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 広場が開業した19年の秋にはジャズコンサートやフードフェスティバルなど大規模なイベントが次々と開催され、事業の出足は好調だった。「オープンスペースの運営は海の家のようなもので、冬になればイベント開催が減ることは予測できる。それも見込んだ上で、年間を通せばなんとか黒字になりそうだった」と遠矢氏は言う。

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2019年に船場広場で開催されたイベントの例。「小倉ジャズ」(上・9月21日)、「発酵ジャパン in北九州」(左下・11月9日)「セーフティドライバーズフェア2019」(右下・11月24日) (写真提供:北九州家守舎)
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2019年に船場広場で開催されたイベントの例。「小倉ジャズ」(上・9月21日)、「発酵ジャパン in北九州」(左下・11月9日)「セーフティドライバーズフェア2019」(右下・11月24日) (写真提供:北九州家守舎)
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2019年に船場広場で開催されたイベントの例。「小倉ジャズ」(上・9月21日)、「発酵ジャパン in北九州」(左下・11月9日)「セーフティドライバーズフェア2019」(右下・11月24日) (写真提供:北九州家守舎)
北九州家守舎代表取締役の遠矢弘毅氏(右)と担当の清原裕也氏(写真:萩原 詩子)
北九州家守舎代表取締役の遠矢弘毅氏(右)と担当の清原裕也氏(写真:萩原 詩子)

コロナ禍以降、キッチンカーの営業台数が増加

 イベントなどの広場利用の基本料金は1日当たり平日10万円、土日祝日15万円(ともに税別)。加えて、月額5万円(水道光熱費込み、2020年度の場合)で、キッチンカーや移動販売車も誘致する。

「THE CUP by craftsman coffee roasters」と石口哲平氏(写真:萩原詩子)
「THE CUP by craftsman coffee roasters」と石口哲平氏(写真:萩原詩子)
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「ライダーズカフェ」の古城秀和氏。提供するメニューは実験的に変更を重ねてきた。現在は“キャンプ”をテーマにアウトドア調理を実演してみせる(写真:萩原詩子)
「ライダーズカフェ」の古城秀和氏。提供するメニューは実験的に変更を重ねてきた。現在は“キャンプ”をテーマにアウトドア調理を実演してみせる(写真:萩原詩子)
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 19年7月の広場オープンと同時に移動販売車の常駐を始めたのは、コーヒーやラテを提供する「THE CUP by craftsman coffee roasters」だ。店主の石口哲平氏は「当初は1台だけだったので、道行く人に移動販売車の存在を認知してもらうのに時間がかかった」と言う。

 「THE CUP」は福岡・山口のさまざまなイベントに出店しているが、移動販売車にとって「イベント時以外に常駐できる場所はありがたい(石口氏)」そうだ。船場広場周辺は人通りも多く、年を越して2020年に入ったあたりから売り上げが伸びてきた。ちょうどその矢先のコロナ禍だった。「3月の後半ぐらいから、ぱったりと人気がなくなった」と石口氏は回想する。一時は出店場所をスーパーに移すなど、試行錯誤したそうだ。

 19年暮れに出店した「ライダーズカフェ」の本業は、自転車のオーダーメードだ。自社が開発したフードトレーラー「caprice」の展示を兼ね、初めて飲食業に乗り出したという。代表取締役社長の古城秀和氏は「キッチンカーは資金の少ない若い人にとってもチャレンジしやすい業態だ」と言う。

 コロナ禍以降、経済産業省の持続化補助金がキッチンカーに対応したことや、“密”ではない屋外空間で飲食ができるキッチンカーが注目されたことなどが後押しとなり、キッチンカーへの参入意欲は高まりを見せているようだ。船場広場のキッチンカーも、最初の緊急事態宣言が発出されて以降の出店が多い。21年3月時点で、営業するキッチンカーは6台に上るが、うち4台はコロナ禍以降に参入してきたキッチンカーだ。

 20年8月にカレーや焼き鳥、アルコール類も提供する「ハコカフェ」、10月にタピオカやスイーツの「EMELAUDE(エメロード)」が出店。北九州家守舎も、自らレモネード専門店「Ale and ade(エール・アンド・エード)」を出している。21年1月には本格的な厨房設備を備えた「1008panini(センバパニーニ)」が出店。店主の野田貴志氏は福岡市で飲食業のコンサルティングを手掛けており「時短営業に苦しむ飲食業がテイクアウトや移動販売にシフトチェンジする支援をしたい」と語る。実際に、問い合わせは相当数あるそうだ。今回は、まずは自らが出店した形となる。

「1008panini」の野田貴志氏。キッチントレーラー内部に本格的な厨房設備を組み込み、粉からパニーニを焼く(写真:萩原詩子)
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「1008panini」の野田貴志氏。キッチントレーラー内部に本格的な厨房設備を組み込み、粉からパニーニを焼く(写真:萩原詩子)
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「1008panini」の野田貴志氏。キッチントレーラー内部に本格的な厨房設備を組み込み、粉からパニーニを焼く(写真:萩原詩子)

市も活用提案を公募、関係者の連絡会議を継続

 北九州市では、船場広場を使っての「ポストコロナ社会の新しい生活様式に対応したにぎわいづくり」を目指し、20年9月に新たな企画提案を公募した。広場のほか、近傍の店舗にトリックアートを展示し、スマートフォンで撮影して歩くスタンプラリー「撮リックアート展」を採択・実施することになった。イベント開始直後に2度目の緊縮事態宣言が発出され、事実上の休止に追い込まれてしまったが、「市としても広場の活用を支援していきたい。これからはコロナ禍からの復活が課題だ」(前出の北九州市・上田氏)という姿勢は変わらない。現在も関係者で月一回の連絡会議を持ち、継続的に検討を行っているという。

船場広場近隣の商業施設に設置したトリックアート(写真:萩原詩子)
船場広場近隣の商業施設に設置したトリックアート(写真:萩原詩子)
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 キッチンカーの台数が増え、提供する飲食のバリエーションが増えたことで、集客には相乗効果が生まれそうだ。前出の「THE CUP」石口氏は「広場の注目度が高まってきたと感じる」と語る。

 前出の「ライダーズカフェ」古城氏は、船場広場での営業を通じてキッチンカーの可能性を確認できたと語る。「一般的な店舗と違って、例えばメニューを中華からイタリアンに変えるようなことも容易で、柔軟な経営が可能だ」(古城氏)。コロナ禍以前には海外からの旅行客が多く訪れていたことから考えても、「個性あるキッチンカーが集積すれば、新たな観光資源になるのではないか」と期待を込める。

 福岡県では21年2月28日に緊急事態宣言が解除され、3月21日には飲食店への営業時間短縮要請も解除された。3月末時点で、新規陽性者数も比較的抑えられている。

 北九州家守舎・遠矢氏は、今後の広場の賑わいづくりに自信をのぞかせる。「キッチンカーがまとまった台数になったので、今後は協力して広場のレイアウトや使い方を話し合っていきたい。特にコロナ禍の続く今は、屋外空間であることがメリットになる。感染状況が落ち着いてくれば、イベントに使いたいという声も増えてくるはずだ」(遠矢氏)。そのときには、これまでは行っていなかった運営事業者である北九州家守舎による自主事業のイベント開催も検討しているという。

この記事のURL https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/PPP/434167/040200176/