富山市の「TOYAMA TOWN TREKKING SITE(トヤマタウントレッキングサイト)」は、2016年度の総務省「公共施設オープンリノベーション・マッチングコンペティション」で採択された案件の1つだ(関連記事)。市営体育館のデッドスペースを「市民の健康増進の拠点」として再生、民間企業の独立採算で運営している。2017年4月29日のオープンから約10カ月が経過したTTSの現在の状況をリポートする。

 JR富山駅から徒歩5分の富山市総合体育館の一角にある「TOYAMA TOWN TREKKING SITE(トヤマタウントレッキングサイト)」(以下、TTS)は、2016年度の総務省「「公共施設オープンリノベーション・マッチングコンペティション」で採択された案件の一つだ。

 同コンペティションは、低未利用の公共施設やスペースをリノベーションにより活性化させる目的で行われた事業だ。自治体が登録した公共施設を対象に、リノベーションの提案を民間から募集。応募作品の中から自治体がパートナーを選定し、総務省の公募事業に応募するというものだ。採択された案件は、総務省の事業として、同省が提案自治体と委託契約を結び整備を進めていく。その際、自治体は総務省の事業費と同額まで追加費用を負担することができる。

 TTSは、総務省が富山市と委託契約を結び、市が民間事業者の乃村工藝社に再委託して事業化。「閉じた体育館から、外につながる体育館」をテーマとして、富山市総合体育館のデッドスペースをリノベーションして生み出された。

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リノベーション前の総合市民体育館の一角(写真左上下)とリノベーション後のTTS(写真:右上下)(写真左上下:乃村工藝社提供、右上下:佐保圭)
TOYAMA TOWN TREKKING SITEのレイアウト(乃村工藝社の資料を一部加工)
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 TTSのオープンまでの総事業費は1億円。その内訳は、総務省のオープン・リノベーション推進事業の委託金3000万円と富山市負担3000万円の計6000万円が施設の整備費、内閣府の地方創生推進交付金2000万円と富山市負担2000万円の計4000万円が、持ち運びができるインテリアや血圧計や活動量計、備消耗品費の購入費などを含むソフト事業費となっている。

 富山市はTTSについて、市民が「健康寿命の延伸」や「暮らしの質(QOL)の向上」を体感させる拠点として位置付けている。富山市と乃村工藝社が連携しながら健康関連の地元民間事業者を誘致して「健康志向のカフェ」「スポーツショップ」「健康がテーマの交流スペース」からなる複合施設を構築した。

 では、その具体的な中身をみてみよう。

健康を切り口にした2つのショップと施設を導入

 市民、とりわけ総合体育館利用者の“憩いの場”の役割を果たすのが、健康志向のカフェ「STAND×TANITA CAFE」(事業者名:ビバ!グループ 本社:富山市山室)だ。

 中心ラインナップである美容や健康に配慮したスムージーのほか、健康総合企業のタニタが運営するカフェのメニューの一部が採用されている。

「STAND×TANITA CAFE」では、色ごとに美容や健康の効果が異なる5色のスムージーや、瞬発力、持久力などアスリートのニーズに応えたスムージーのメニューを用意。クロロゲン酸が通常の約2倍の「タニタコーヒー プレミアムブレンド」のほか、タニタ食堂のドリンクやフードメニューも順次増やしていくという(写真:佐保圭)
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「STAND×TANITA CAFE」の店長で、フレッシュジュースやスムージーの企画製造・販売などを手がける「ビバ!グループ」オーナーの奥田哲也氏は「30代前後の一般のお客様や総合体育館のスタッフの方が来られます。昼間は高齢のお客様も多いですよ」と話す(写真:佐保圭)
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 スポーツショップ「SHOP×RUNNER」(事業者名:スポーツショップ ランナー 本社:富山市湊入船町)には、ビギナー用から本格アスリート向けまで、シューズやウエアなど、ランニングやウオーキングに関わる幅広い用品が揃えられている。併設された「F-LABO」では、専門家が最新鋭の身体情報計測システムで足の詳細な形や状態を測定。そのデータの解析をもとに、最適なインソールを提案・成形してくれる。また、活動量計つき入会金4000円(税別)、月会費1600円(税別)でRUNNERの会員になると、「H-LABO」でデータを管理しながら、ランニング・ウオーキングのプロスタッフによる、毎月2回程度のランニング・ウオーキング教室に参加できる。

「富山市の郊外で14年、富山市の中心街『富山市民プラザ』で18年、TTSに移って2年で、店は今年で34年目、インソールは10数年前からやっています」と語る「スポーツショップ ランナー」の田中洋氏。現在の「SHOP×RUNNER」の来客数は月平均600人程度で、1人当たりの単価は8000円前後(写真:佐保圭)
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インソールの顧客の30%がアスリートで、残りの7割は一般の方。その半分以上が、65歳上の高齢者だという(写真:佐保圭)
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 交流スペース「STUDIO」は、市民活動の場として利用できるレンタル・スペース。土日祭日は誰でも1時間1500円で借りられ、プロジェクター、スクリーン、ポインター、音響、パイプ椅子(20脚)が使える。ダンスやヨガ、ストレッチなどの簡単な運動の場としてや、スポーツや運動についてのミーティング、健康やフィットネスに関するセミナーなどで利用されている。また、QUICK FITNESS(事業者名:アピアスポーツクラブ 本社所在地:富山市稲荷元町2-11-1)の会員は、「H-LABO」でデータ管理をしながら、平日に毎日3セット(1時間)用意されているクイックフィットネスが利用できる。活動量計つき入会金5000円(税別)、月会費6600円(税別)だ。併設された「H-LABO」では、誰もが自分のBMIや体脂肪率をタニタの体組成計で計測できるほか、QUICK FITNESSの会員は、タニタの活動量計、高性能体組成計、健康管理システム「からだカルテ」を使った健康管理を有料で行える。

交流スペース「STUDIO」。フィットネスの会員の傾向としては、総合体育館の既存の本格的なフィットネスでは敷居が高いと感じてしまうスポーツ初心者や中高年層が多いという(写真:佐保圭)
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「H-LABO」で会員をサポートしているアビアスポーツクラブの五十嵐小百合さんは「この総合体育館には本格的なフィットネスルームもありますが、急に本格的に始めるのが不安な初心者の方や、中高年から高齢の方に、簡単な着替えで気軽に利用していただいています」と話す(写真:佐保圭)
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 これら3つの拠点と2つのラボからなるTTSでは、プロのスタッフがノルディックウオークやランニングを指導する教室、栄養士などの講師による「食育」をテーマとした講演など、幅広いテーマで健康教育的なイベントやセミナーが定期的に実施されている。

 TTSの2017年4月29日のオープンから2018年1月までの実績は、会員登録数が、スポーツショップ115人、フィットネス22人の合計137人、来店者数(購入者など)は、カフェが5300人、ショップは約4100人、フィットネス約1000人で合計1万400人。イベント参加者数は約840人で、体組成計測定者ののべ人数は、会員約1400人を含むおよそ2000人となっている。

 こうして、富山市が取り組む「市民の健康増進」の拠点の役割を果たしているTTSだが、意外なことに、この「市民の健康増進の拠点」という考え方は、リノベーションの計画当初にはなかったという。

施設の再活用ありき、健康拠点づくりはあとから付いてきた

富山市企画管理部行政管理課の山口雅之課長代理(写真:佐保圭)
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 「TTSを立ち上げた理由は、健康増進ありきではありませんでした」。そう富山市企画管理部行政管理課の山口雅之課長代理はふり返る。

 「同規模の都市と比べて、公共施設の保有量が多い富山市では、行政管理課が取り組む行政改革の柱として『公共施設のマネジメント』が一番大きい課題」(山口課長代理)だったという。

 TTSが入っている富山市総合体育館には、バドミントンなら12面、バレーボールは3面、バスケットボールは2面がとれる約2500m2の第1アリーナ、そのおよそ半分の規模の第2アリーナがある。そのほか、1000 m2に近いフィットネスルームや800 m2の体操練習場、弓道練習場、ボクシング室、卓球練習場があり、300 mと140 mの2つの室内ランニングコースもある総合的な体育施設だ。

富山市総合体育館の主な施設
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左が第1アリーナ、右が体操練習場(写真:佐保圭)
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左が弓道練習場、右が300mの室内ランニングコース(写真:佐保圭)

 総合体育館の年間利用者は、プロバスケットボールのBリーグなどの観客も含めると、2015年度までは年間およそ45万人前後、2016年度は51万人。人気の高い施設であるが、一方で課題もあった。

 「総合体育館は『2000年とやま国体』に合わせて建てました。大は小を兼ねるではないですが、必要な機能は盛りだくさんにという発想があって、どうしても施設自体が大きく、民間から見れば無駄なスペースも多い」(山口課長代理)。

 こうした使われていないスペースを有効活用しようと、富山市は、総務省の立ち上げた「公共施設オープン・リノベーション マッチングコンペティション」の専用ウェブサイトに総合体育館の一番奥のデッドスペースを登録。それを知った乃村工藝社から声が掛かり、TTSのプロジェクトが始まった。

 パートナーを募集した際、富山市は「デッドスペースの活用」だけを考えていたが、乃村工藝社がパートナーになり、「タウントレッキング」という新たな概念が提案されたことで、『健康につながる』『健康寿命を延ばす』という目的が加わった。

 「通常であれば、公共施設にカフェをつくるなど、利用者の利便性の向上を目指すケースが多いと思いますが、我々はもう少し欲張って、そこに市民の行政目的を持たせようと考えました」(山口課長代理)。

入り口の新設で、駅から公園への新たな流れを生む

乃村工藝社 事業統括センター プランニング統括部 企画3部 第2ルーム プランナーの大橋隆太氏(写真:佐保圭)
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乃村工藝社 クリエイティブセンター 第3統括部 CR1部 1ルーム デザイナーの谷高明氏 (写真:佐保圭)
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 「富山市はコンパクトシティを推進して、市内にさまざまな機能を凝縮させています。健康促進は社会的な課題になっているので、街なかを回遊することで健康を促進しつつ、街を元気にするという企画が成り立つのではないかと考えました」と乃村工藝社 事業統括本部 プランニング統括部 企画3部 第8ルーム プランナーの大橋隆太氏は説明する。

 「その街歩きを『タウントレッキング』と名付けました。今回のテーマである総合体育館は近くに市民の憩いの場で観光施設の富岩運河環水公園があり、周辺を歩いたりランニングしたりする人も多く、場所的にも非常に適していました」(大橋氏)。

 乃村工藝社 クリエイティブ本部 デザイン5部 グループ1 デザイナーの谷高明氏が続ける。

 「富岩運河環水公園は世界一美しいと評されるスターバックスもあり、すごく注目されているエリアです。富山県美術館ができることもわかっていました。もう1カ所、何か街あるきの拠点ができると、点が面になると考えました」

2016年度の利用者が過去最高の約157万人を達成した観光名所の富岩運河環水公園は、富山マラソンのゴール地点でもあるランナー・ジョガーたちに人気のスポットだ(写真:佐保圭)
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 この「タウントレッキングの拠点」というコンセプトをもと、TTSに入れるテナントも決めていった。

 「憩いを形成するたまり場として『飲食店』は重要なので、健康にフォーカスした“食”はできないか。それに付随して“物販”をやってもおもしろいのではないか。さらに、健康測定などで、市民の健康状態を“見える化”するものも入れよう。あとはイベントスペースの形で行こう――。これが基本的な提案時の機能の骨子になり、それを実行しました」(大橋氏)

 こうして、ほとんど人が近寄らなかったデッドスペースが、空間デザインによって、健康志向のカフェ、体組成計が使える交流スペース、充実したスポーツショップからなるお洒落なエリアへと生まれ変わることとなった。

 TTSのある場所は総合体育館の駅側のエントランスから一番遠い、奥の“どん詰まり”にあり、そのままでは人が集まりそうもなかった。そこで、天井から床までの「ガラスの壁」の中央に、新たな「エントランス」を設け、出入りできるようにした。出入り口を新設したことで、新たな人の流れが生まれた。富山駅方面から体育館を通って富岩運河環水公園へと抜ける新たな動線を生みだしたのである。

出入り口を新設して新たな動線が生まれた(写真:佐保圭)
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 「ガラスのカーテンウオールを一部解体して、新しいゲートをつくり、カーテンウオール全体が建物のファサードになるよう正面性をもたせて、体育館の中からだけでなく、富岩運河環水公園側の外からも入れるようにしました」。

 そう谷氏が説明するように、外からも直接入れるようにしたため、TTSへのアクセスの良さが飛躍的に向上。さらに、「富山駅から来た人が総合体育館の中を通って富岩運河環水公園へと抜けていく」という新たな動線を創出することで、「閉じた体育館から、外につながる体育館」というコンセプトを実現するとともに、「タウントレッキング」の魅力的なコースの整備にもつながったのである。

 こうして、富山市の新たな取り組み「タウントレッキング」の象徴とも言えるTTSが生まれた。

市からの運営委託費用はゼロ、課題は若い世代の利用拡大

富山市 市民生活部 スポーツ健康課 施設管理係 副主幹の中林隆典係長(写真:佐保圭)
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 「今の一般的なPPPの一つの課題は、指定管理料や委託料など、運営費まで市が補助することです。行政がこのような形である程度決まった金額を保証すると、民間事業者には頑張ろうが頑張るまいがお金が入って来る。TTSでチャレンジしたかったPPPは『行政が望むような事業なら施設整備は行政がします。その代わり、独立採算で運営して頑張ったぶんだけ利益をとってください』という公設民営の形です」(山口課長代理)

 ただし、市が費用を負担している部分もある。「富山市は、民間事業者によるTTSの行政目的内の使用を許可しています。通常は市への使用料が発生しますが、行政判断として減免の制度を用いて、使用料を無料化する代わりに運営費は払わない」(中林係長)

 3年にわたって市に交付される内閣府の地方創生推進交付金もTTS運営のソフト面に活用されている。2016年度の交付金2000万円は、TTSオープンまでのソフト事業費に充当され、17年度、18年度にもそれぞれ1000万円が、富山市が行うTTSの事業に対して交付される。

 富山市は、主に2つの取り組み内容を内閣府の地方創生推進交付金の申請の際に明記した。1つは、TTSの運営。会員の募集・管理や広報宣伝による周知、会員獲得イベントの実施や周知など。もう1つは、ディスカバリー機能(会員の健康行動に対するデータを会員に見せるとともに、改善等に活かしてもらう機能)の拡充。会員の健康効果に関する情報収集・分析や、タニタプログラムによる運動指導、会員データの分析などである。

 富山市は、内閣府の地方創生推進交付金1000万円に市からの1000万円を合わせるかたちで、年間約2000万円で乃村工藝社に事業を委託している。

 維持管理についても、乃村工藝社の負担を軽くする措置が取られている。清掃や備品、施設の維持管理などについては、テーブルやショーケースなどの店舗設備の掃除および床のモップがけなどは各店舗が行うとして、大きなガラス面の清掃などの館全体の定期清掃は、総合体育館を運営・維持管理する市の体育協会が年1回行っている。また、TTSとしての施錠は各店舗の運営者によって行われるが、新設した公園側の入り口の自動警報のセキュリティと見回りは総合体育館の管轄という線引きがなされている。

 TTSの運営面については、市の評価は高いが、課題もある。カフェ、スポーツショップ、交流スペースの利用者は、中高年が中心であることだ。

 中林係長は言う。「今後は、忙しくてスポーツに取り組めない世代をもっと取り込みたい。乃村工藝社にも、若い世代も入りやすい雰囲気作りや営業手法で経営してほしいと話しています」。

 富山市は、人口減少、超高齢化、中心市街地の魅力喪失、平均寿命と健康寿命の乖離などの行政課題に対して、「コンパクトシティ」の積極的な推進で取り組んでいる。TTSは、中心市街地の魅力の再発見と健康寿命の増進対策として市が新たに打ち出した「タウントレッキング」の拠点として機能することが期待されている。

 「タウントレッキングの拠点があることで、継続的に歩いたりデータをチェックしたりといった、健康向上に対する市民の取り組みの習慣化に寄与する。歩くことに興味を持った人と出会い、集まり、情報交換する。そんな人と人とのつながりによって、大きな活動になる可能性はあると思います」と山口課長代理は自信をのぞかせる。

この記事のURL https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/PPP/434167/050200064/