東京都墨田区は、区内で創業するスタートアップ、および区内へ移転・移住するスタートアップを支援する「サブス区」プロジェクトを実施している。起業家を支援する行政サービスなどを紹介する特設ウェブサイトを2020年9月に開設。2021年4月15日時点で15件の問い合わせを受け、うち数件については支援を行った。2021年3月24日からは、区役所内に専用窓口「人情サブス区係」を設けるなどの新たな施策を推進している。

 「サブス区」は、定額サービスを意味する「サブスクリプション」をもとにした造語。スタートアップが墨田区で起業する際に無償で利用できる行政サービスのほか、区内の起業支援施設(有償の場合あり)や墨田区に住むと日常的に体験できる情景をサブスクリプションサービスに見立てて、スタートアップに発信する。

「サブス区」特設サイト(出所:墨田区)
「サブス区」特設サイト(出所:墨田区)

 2020年9月29日に開設した特設ウェブサイトでは、伝統と革新の融合をテーマに型破りのデザインを採用した。墨田区ではさまざまな起業支援サービスを用意してきたが、本施策では若い世代のスタートアップに、区の存在とサービス内容について知ってもらうのが狙いだ。

 ホームページの最上部に「サブス区」とともに、「人情サブスクリプション(NINJO SUBSCRIPTION)」の文字をあしらった「提灯」を大きく配置。その周囲に墨田区が提供する行政サービスなどを示す家紋風のアイコンなどを並べる。派手な色遣いもあって自治体のホームページには見えない。

「サブス区」がきっかけで実証実験のサポートも

 墨田区 産業観光部 経営支援課の岩本健一郎課長*1は「墨田区は、江戸時代から、ものづくりが盛んで、人のつながりを深める文化がある。そうした“すみだらしさ”を若い世代の起業家がイメージできるようにしている」とコンセプトを語る。

 特設サイトでは、スタートアップを支援する主要な行政サービスや支援拠点については新たにロゴを制作したり、はやりの言葉をもじった名前を付けたりしている。「年齢が若くこれから創業する人にリーチしやすいデザインや言葉を全体に採用している」(同課 主査の吉田英宣氏)。

 特設サイトの反響は大きい。NHKのテレビ番組で紹介されるなどで、2021年4月15日時点で区内外のスタートアップから15件の問い合わせが寄せられ、このうち数件については実際に支援も行っている。

 例えば、予防医療分野の起業を検討しているスタートアップに対して、区の職員が起業家と地域の薬局経営層とのマッチングを行った。また、スマホアプリを用いたチームビルディングツールを開発する会社セラピアについては、アプリの実証実験を墨田区の職員がサポートした。

*1 取材時点の役職。現在は、墨田区 地域力支援部 文化芸術振興課 課長
墨田区の岩本健一郎氏(左)、吉田英宣氏(右)(撮影:2点とも柳生貴也)
墨田区の岩本健一郎氏(左)、吉田英宣氏(右)(撮影:2点とも柳生貴也)

長年の産業振興策を若い創業者にリーチしやすいデザインで

 墨田区が「サブス区」プロジェクトを立ち上げた背景には、区内製造業者の減少がある。宅地開発の増加や経済構造の変化により、区内の製造業事業者数は高度成長期の1970年に記録した9703社をピークに、最近では約2000社にまで減ったという。

 墨田区は産業振興を重要施策として位置づけ、1979年には市区町村で全国初めてとなる中小企業振興基本条例を制定するなど、区の強みである“ものづくり”を中心にさまざまな施策で振興を図っており、活用も盛んだ。経営相談を提供する「すみだビジネスサポートセンター」は年間4000件(2020年度は4048件)もの相談を受けるという。

すみだビジネスサポートセンター窓口(撮影:柳生貴也)
すみだビジネスサポートセンター窓口(撮影:柳生貴也)
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 スタートアップを支援する行政サービスの拡充にも取り組んできた。2001年にはインキュベーション(創業支援)施設「KFCクリエイティブスタジオ」を開設。2013年度には、ものづくりによるイノベーションを創出する「新ものづくり創出拠点整備事業」を始めている。

墨田区の宮里秀作氏(撮影:柳生貴也)
墨田区の宮里秀作氏(撮影:柳生貴也)

 “サブス区”では、こうした実績のある行政サービスを「墨田区のことを全く知らない人たち、墨田区を知っているが、ものづくりや起業のイメージと結びついてない人たちにインパクトのある方法で発信することで、新たなアイデアを持ったスタートアップを区内に引き寄せ、新たな企業連携やネットワークを生み出すことで区内産業を一段の活性化を図る」(墨田区 産業観光部 経営支援課 主事*2の宮里秀作氏)

*2 取材時点の役職。現在は、墨田区 子ども・子育て支援部 子育て支援課 主任

 スタートアップ支援情報は、(1)「モノヅクリ・オン・デマンド」、(2)「SNS(シタマチ・ネットワーキング・サービス)」、(3)「シャチョー・ケア・プログラム」に分類して紹介している。(1)(3)がスタートアップを支援する既存の行政サービスを新しい見せ方で紹介する部分で、(2)がスタートアップを支援する墨田区の文化面の紹介にフォーカスした部分である。

 (1)「モノヅクリ・オン・デマンド」では、前述の「新ものづくり創出拠点整備事業」によって開設した拠点を紹介している。印刷・金属・繊維・デザインなどの各分野の区内民間企業が独自の技術・サービスでスタートアップを支援する。「サブス区」の特設サイトでは、拠点ごとに事業内容をイメージするロゴを制作した。

 (3)「シャチョー・ケア・プログラム」では、「シャチョー知恵袋」という新たな名前で、経営相談を行う「すみだビジネスサポートセンター」、後継者・若手経営者の育成を目指す、私塾形式のビジネススクール「フロンティアすみだ塾」を、「クガハラウド・ファンディング」という新たな名称で、創業5年未満の起業家を対象にした「チャレンジ支援資金」を含む中小企業融資あっせん制度を紹介する。

 (2)「SNS(シタマチ・ネットワーキング・サービス)」では、スタートアップを支援する墨田区の文化にフォーカスを当てている。先輩経営者やベテラン職人、区の職員などが起業家を支援する場面を挙げ、「ヤクニン・ダッシュ」「センパイ・ペイ」「オフロ・イン・サロン」といった「わかれば面白い、じわじわくる名前を付けた」(吉田氏)。

 (2)は行政サービスとして提供しているものではないが、現実にありそうな場面を選んでいる。例えば、「ヤクニン・ダッシュ」は、アマゾン・ドット・コムのサービス「アマゾン・ダッシュ」を参考につくった言葉で、区の職員が「相談にすぐ駆けつける」というスピード感を表す。「実際にはすぐ対応できないときもあるが、日頃から呼び出しを受けたときにダッシュで駆けつける気持ちで職員が対応している」(宮里氏)。

インパクトのある特設サイトを手掛けたのは区外の事業者

 特設サイトを「サブス区」などの言葉づくりも含めて手掛けたのは、東京・世田谷区の広告会社ENJIN TOKYO (エンジン トウキョウ)。区外の事業者であるがゆえにこれまでになくインパクトがあるデザインができたという。

 吉田氏は、「墨田区で起業したスタートアップの方でも墨田区は東京スカイツリーがある場所ぐらいのイメージで、製造業が2000社あることを知らなかったことがありますが、それを踏まえて墨田区が“産業のまち”ということを知らない人たちに向けて、これまでにはないセンスで発信してもらうことができた」と評価する。

 宮里氏も「これまで墨田区と深い関係がある事業者ではなかったからこそ、これまでと違う、墨田区のことを知らない人にも伝わるサイトができた」という。

 伝統と革新の融合というテーマに沿って凝ったところもある。特設サイトでも特に目立つ「提灯」のキービジュアルについてはポスターも制作したが、その原画を版画にした。「区内の事業者が版画をレーザーカッターで彫り、刷った版画を拡大したものをポスターに展開した」(宮里氏)。

 行政サービスや拠点のロゴはスイス人のデザイナーが墨田区の事業やその協力会社についての説明をもとに制作した。レーザーカッターで版画を刷ったときにインクがきちんとのるように、ロゴのデザインも都度見直しをするなど、こだわった。

ポスターの制作に利用した版画(撮影:柳生貴也)
ポスターの制作に利用した版画(撮影:柳生貴也)
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サイト開設を延期するも第2弾・第3弾と続ける

 「サブス区」プロジェクトは令和元年度(2019年度)に始まり、2021年度も継続中だ。2019年度は戦略設計から特設サイトや版画ポスターなどの企画制作、およびPR活動で700万円(2019年度)をかけた。ただし、コロナ禍で特設サイトの2019年度内オープンを2020年9月に延期している。

 「新型コロナウイルス感染症は2020年2月には世界的な流行になっていた。区役所もコロナ関連融資など、新型コロナウイルス対策に集中した。その後、コロナ禍においても新たなビジネスに挑戦する人を応援するため、9月に“サブス区”プロジェクトを開始した」(吉田氏)

 2020年度は第2弾として、3月24日から経営支援課内に「人情サブス区係」という名称で専用窓口を新設。700万円(2020年度)をかけて窓口開設に関するPR活動やPR用印刷物・グッズなどの企画制作、および特設サイト改修を行った。グッズとしては、人情サブス区係の担当者が利用する独自デザインの法被(ハッピ)や専用名刺、「ヤクニン・ダッシュ」をイメージするピンバッチなどをつくっている。

専用窓口に設置する飛沫防止パネルや独自デザインの法被(ハッピ)(撮影:柳生貴也)
専用窓口に設置する飛沫防止パネルや独自デザインの法被(ハッピ)(撮影:柳生貴也)
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 2021年度は第3弾として、「サブス区小学生スタートアッププロジェクト(仮称)」に取り組む予定だ。小学生が、情報経営イノベーション専門職大学(iU)の大学生のサポートを受けながら、起業を目指すプログラム。小学生が実際に起業するまでのプロセスを記録して、サブス区の特設サイトで発信する。これにより区内外における起業の機運を一段と盛り上げるのが狙いという。

 「“サブス区”プロジェクトを一つでも多くの事業者が墨田区に来るきっかけにするとともに、既存の区内事業者をこれまで以上に力強く支援していきたい」と岩本課長は意気込みを語る。

この記事のURL https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/PPP/434167/051200180/