滋賀県東近江市の本町商店街にある海鮮居酒屋「魚や 楓江庵(ふうこあん)」。海なし県には珍しい鮮度の良い魚料理で人気を博している。提供されている魚介類は、三重県南伊勢町でとれたサバや鯛、貝類や伊勢海老など。東近江市と南伊勢町の行政と民間が、広域で連携して実現した取り組みだ。南伊勢町は地元食材の安定的な売り先が増え、さらに魚介の下処理も行うことで新たな雇用を生む。東近江市としてみれば、中心街のシャッター商店街に新たに繁盛店を誘致できた。双方が同時に活性化した理由はどこにあったのかを探った。

 滋賀県東部にある東近江市。その中心部にあるJR八日市駅からすぐのところに本町商店街がある。御代参街道と八風街道が交差する交通の要所で、かつては市場町として栄えた。近江商人が行き交う姿が目に浮かぶ。だが、いまや人通りは少なく、シャッターを締めた店が多い。大津、彦根に次ぐ県下有数の歓楽街であった面影は消えつつある。

人影まばらな本町商店街。この奥に繁盛店が突如として登場した(写真:寺尾 豊)
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月間3000人が来店する海鮮居酒屋「魚や 楓江庵(ふうこあん)」。古民家を数千万かけて改造した(写真:寺尾 豊)
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 2018年11月、商店街の奥に海鮮居酒屋「魚や 楓江庵」が開業した。海なし県には珍しい鮮度の高い魚料理で人気を博し、1カ月当たり3000人前後の来店があるという。ランチタイムは早い時間から満席になり、夜も予約をしなければ入れないことが多い。店内にはジャズがBGMで流れ、民家を改造した和風の佇まいと相まって、おしゃれな空間になっている。品の良い50代のマダムと、役員風の男性客が客層の中心だ。静かな商店街のそこだけがこうこうと明るく、賑やかな声が漏れている。

 メニューの大半を占める魚料理は、三重県南伊勢町から運ばれてきたもの。このうち8割は南伊勢町で下処理をされたものだ。サバの冷たい薫製もその一つ。もちろん伊勢海老もメニューにあり、鮮度が高くぷりぷりとした身を味わえる。自分がいま海のない滋賀県にいることを忘れてしまうほどだ。南伊勢町から八日市までは車で2時間と少し。新鮮な海の幸を提供するのに決して離れすぎてはいないのである。では一体、なぜ南伊勢町の食材を、わざわざ滋賀県で提供することになったのだろうか。

メニューに一工夫、地元住民の好みを綿密に事前リサーチ

 話は2017年12月にさかのぼる。南伊勢町は海のない県で海産物の需要を拡大しようと、東近江市と互いの地場産品の販路開拓や、新商品開発などに関する地域連携協定を締結した。もともとは東近江市の小椋正清市長が市内の市場に「海の幸を充実させたい」と考え、三重県南伊勢町との交流が始まったことに端を発する。東近江市で開催されるイベントに南伊勢町の海産物を並べたところ評判が高く、需要があると判断して締結に至った。

南伊勢町と東近江市の位置
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サバの冷たい薫製など、南伊勢から海産物は下処理した状態で納品される。調理の手間を省くのとともに、南伊勢町での雇用につながっている(写真:寺尾 豊)
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東近江では新鮮な海産物の需要が高かった。どのような種類の魚や調理法が好まれるのかを開業前にリサーチした。写真は楓江庵で提供している刺身の盛り合わせ(写真:寺尾 豊)
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「テナントを募集しても最初の2年間は応募者ゼロでした」と語る八日市まちづくり公社の山下慎吾氏(写真:寺尾 豊)

 一方、東近江市や八日市商工会議所、地元商店街組合などで組織する八日市まちづくり公社は、本町商店街の空き家となった民家を商業スペースに改造、テナントの募集を開始していた。だが、2017年から4回公募したが、手を挙げるところはなかった。商店街の人すら知らないような奥まった場所に、積極的に出店しようと言う飲食店はなかった。八日市に出すくらいなら近江八幡か彦根に出店するという声もあった。

 そこで地域活性化事業を手がけるエフライズ(本社:東近江市、社長:小川伸司氏、資本金:900万円)がテナントとして入り、南伊勢町の食材を使った飲食店を運営することになった。南伊勢町の食材の魅力があれば、うまくいくとエフライズは考えたわけだ。その狙いは当たり、連日、にぎわいを見せる店となった。2019年5月には後述のように2店舗目を開業。合わせて月間300万円の売り上げがあるという。

「どんな魚をどんな風に提供したらいいかを徹底的に調査しました」と語る南伊勢町役場の島田将秀係長(写真:寺尾 豊)

 勝算がなかったわけではない。これまで開かれたイベントで、海産物への関心が高いことは分かっていた。そこで南伊勢町からは実験的に、いろいろなものを持ち込んで販売してみた。川魚には馴染みのある東近江市民も、海の魚をいざ目にすると抵抗を見せることがあったという。特に丸ごと売ったのでは、ウロコや内臓の処理をした経験が少なく、切り身にしたほうがいいということが分かった。また一夜干しや薫製など加工した魚は調理しやすく、人気があることも分かった。

 こうしたリサーチ結果が、楓江庵で提供するメニューのうち8割を、南伊勢町で食材の下処理をして運ぶことにつながっている。下処理を担当するのは南伊勢町が設立した地域商社、株式会社みなみいせ商会だ。ここでは15人の雇用に結びついたという。

 また、サバの人気が高いなど、どの種類が好まれるかを調べた結果も反映されている。事前調査があってこそ、繁盛店が生まれたのであって、ただ新鮮な海の幸を売りものにする飲食店では成功しなかっただろう。

楓江庵のメニュー「サバの冷たい燻製」。サバ街道沿いの東近江でも馴染みのあるサバを、南伊勢ならではの加工を施して提供したことが人気につながった(写真:寺尾 豊)
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2自治体のメリットが一致して実現

 同じ県や同じ市であっても、スムーズに事業が展開できるとは限らない。県をまたいでの広域連携というのは全国的に見ても珍しい。なぜ、成立したのだろうか。まず、2017年から続く、互いの地場産品の販路開拓や、新商品開発などに関する地域連携協定があったことが大きい。南伊勢町としては、海産物の販路拡大の事業モデルを構築したいという狙いがあった。東近江市にしても、イベント会場の集客の目玉として海産物を並べることは効果が高い。お互いにメリットがあったわけだ。

東近江市商工観光部の栗田豊一課長補佐は「南伊勢と東近江は見事に重なっていないデコとボコの関係なんです」と相性の良さを強調する(写真:寺尾 豊)

 もう1つ、それぞれの特徴が重なっていないことも大きい。そもそも、里山と湖の広がる東近江市と、漁業中心の伊勢町の景色は大きく異なる。お互いが相手を観光地として魅力的に感じている。食材も同様で、近江牛は南伊勢町民にとって魅力的であり、南伊勢町のみかんやイチゴなどは、東近江市民にとって果物狩りに出かけたくなるアイテムだ。ほとんど重ならないという関係はありそうでない。“相思相愛”へと発展するのに、時間がかからなかったとしても不思議はなく、これからも良好な関係は続くだろう。

 この5月17日、「ビストロ楓江庵」がオープンした。東近江市役所近く、閑静な住宅街の中にある。もともと、民家だったところを改造したもので、いわゆる一軒家レストランだ。板塀で建物が囲まれており、赤い大きな暖簾を見るまでは、そこが飲食店とは気づかないかもしれない。室内35席のほかに、屋外にウッドデッキ24席があり、風を感じながらイタリアンを楽しめる。東近江の農産物と南伊勢の海産物の調和を楽しめる2店舗目だ。さらに湖南地区に3店舗目の出店を計画している。飲食を柱とした地域活性事業には順風が吹いている。

東近江市役所近くの住宅街に楓江庵の2店舗目が5月に開業した(写真:寺尾 豊)
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 東近江と南伊勢。良好な関係を足掛かりに、次なる展開へと夢が膨らんでいる。東近江は南伊勢との連携を機に、名古屋を始めとする中京市場へ、農産物などの産品を売り込みたいと考えている。逆に南伊勢からは、湖南地域を足がかりに、その先にある京阪市場へと海産物の販路を拡大したいと計画している。2つの地域が結びついて活性化することで、さらなる商圏拡大の可能性が広がる。伊勢からの旅人は、新たな近江商人への道を切り開いたことになる。よく探せば日本全国にも、“化学融合”で発展しそうな組み合わせが、あちらこちらに残されているかもしれない。

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