東京都渋谷区は、通塾に使えるクーポン券を発行し、生活保護世帯の中学2~3年生に配布する「スタディクーポン」事業を2019年度から開始した。2018年度は民間事業者が主体となって行う事業に協力する形だったが、2019年度は区が予算を確保して事業を設定し、事業者を募集・選定して行っている。

 経済的な困難を抱える家庭では、子どもが学習塾や習い事に通うための費用が他の家庭より少ない傾向にある。このため、学校外教育での格差が生まれ、結果として貧困が多世代にわたって連鎖していくという――。この機会の不平等を解消することを目的として、渋谷区では学習塾などで使える「スタディクーポン」を、生活保護世帯の中学2~3年生に配布する事業を2019年度から開始した。

■生活保護受給中の子どもの学習支援事業の概要
渋谷区の2019年度当初予算案より。主管部署は福祉部生活福祉課
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渋谷区の2019年度当初予算案より。渋谷区では、生活保護世帯の子どもは1学年に7~8人ほどだという
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 渋谷区は、スタディクーポン事業と、家庭を訪問して子どもと養育者の双方にアプローチする「アウトリーチ」事業とを合わせて、2019年度に「生活保護受給中の子どもの学習支援事業」として600万円の予算を計上した。中学2年生は年間10万円、中学3年生は年間15万円を上限としてクーポンを利用できる。

支援対象者が利用しやすいクーポンを導入

渋谷区の金子剛雄生活福祉課長(写真:赤坂 麻実)

 事業の意義や利点について、渋谷区福祉部生活福祉課長(統括課長)の金子剛雄氏は次のように説明する。

 「渋谷区では従来より、生活保護世帯向けの次世代育成支援事業において、通塾費用を助成してきた(中学3年生で上限20万円)。ただし、これは領収書清算。まず家庭から塾へ代金を支払い、その領収書を提出すると区から助成金が支払われる。しかし、このやり方だと、一度は通塾費用を家庭で用立てる必要があるため、(費用を用立てできないために)制度を利用できない家庭もあった。クーポンなら、初めの費用負担を気にすることなく利用できる」

 また、渋谷区のスタディクーポン事業では、ボランティアのメンターが子どもと毎月30分程度面談する制度を設けており、そのサポートへの期待も大きいという。「ボランティアのサポートがあることで、子どもと学習塾の適切なマッチングが期待できる。また、学生ボランティアはロールモデルになりうる。ボランティアと接して、子どもたちが『自分もこんな大人になりたい』など、具体的な将来像を見つけられればと願っている」(金子氏)。

東京・渋谷で事例をつくり、波及効果を狙う

 実は渋谷区では、同様のスタディクーポンの取り組みが2018年度にも行われていた。ただし、これは公益社団法人のチャンス・フォー・チルドレン(以下、CFC)とNPO法人のキズキが共同で立ち上げた事業。区はサポート対象者への周知活動などで協力するという立場での参画だった。2018年度の事業の原資は総額約1400万円。CFCとキズキがクラウド・ファンディングで集めた資金だ。

2018年度のスタディクーポン事業の概要(資料:チャンス・フォー・チルドレン、キズキ)
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「CAMPFIRE(キャンプファイヤー)」でクラウド・ファンディングを実施。当初目標の1000万円を上回る1405万3500円が集まった(CAMPFIRE)
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 CFCのルーツは、1995年の阪神淡路大震災で被災した子どもたちの学習支援を行う学生ボランティア団体。関西学院大学の学生が中心となって、避難所で子どもたちの勉強をサポートしたり、キャンプ体験の機会を設けたりしていた。復興が進むなかで受益者負担型の事業モデルに切り替えた。費用を負担できない家庭がある状況を受け、2009年頃から募金によってクーポンを発行・配布するようになったという。2011年に東日本大震災が発生すると、東北でも同様の活動を始め、一般社団法人に。その後、2014年に公益法人化している。

 一方、キズキは、不登校や中退、ひきこもりなどを経験した若者の社会参加を助けるNPO法人。同様の若者や中学・高校生を対象とした個別指導塾「キズキ共育塾」を運営する株式会社のキズキと両輪で活動している。キズキでも通塾費用を用意できない世帯の子どもに対するサポートが課題になっていたことから、CFCと共同で「スタディクーポン・イニシアティブ」事業を創始した。

チャンス・フォー・チルドレン(CFC)の今井悠介代表理事。CFCは、2012年度から大阪市の「塾代助成事業」を受託しているが、クーポンと面談を組み合わせたのは渋谷区の事業が初めてという
キズキの安田祐輔代表。学習支援のあり方について、「子どもたちの多様な養育環境や精神状態、学力などに対応できるよう、家庭訪問、無料塾、クーポンの3タイプを用意できれば、現時点ではベスト」と持論を述べる

 「スタディクーポン・イニシアティブ」としての第1弾事業が、渋谷区での取り組みだ。「CFCが関西や東北で展開している教育クーポン事業を東京で展開して公的資金の流入を促し、事業モデルを構築して全国へ広げたい」(NPO法人キズキ理事長/株式会社キズキ代表取締役社長の安田祐輔氏)という構想の下、自治体との連携を模索した。渋谷区と連携が決まったのは「区が先進的な取り組みに意欲的で、NPOやNGOとの連携事業にも積極的だったことが大きい」(CFC代表理事の今井悠介氏)という。

利用率や学習意欲などの指標で高い評価

 CFCとキズキは2017年10月に事業立ち上げを発表してクラウド・ファンディングを開始。2018年1月から利用者の募集・審査を行い、2018年4月にクーポンの配布を始めた。クラウド・ファンディングの実施は「資金調達そのもの以上に、社会へメッセージを発信する意味が大きかった。想定を上回る寄付があり、我々も勇気づけられた。同時に、事業に共感する人が多いことを自治体へもアピールできた」(CFC今井代表)。

 2018年度の事業は、生活保護の受給世帯に限らず、就学援助(小・中学校での給食費や学用品費などを援助する制度)の受給世帯も対象とした。生活保護世帯は福祉部、就学援助世帯は教育委員会と、自治体では管轄が分かれるが、CFCとキズキはケースワーカーと学校の両ルートから対象者へ周知した。

 2018年9月の中間評価(東洋大学社会学部社会福祉学科の岩田千亜紀助教が担当)によれば、クーポン利用者は54人。これはクーポン提供対象とした人数の約3割に相当する。特に生活保護世帯の捕捉率は85%と高かった。

スタディクーポン・イニシアティブの中間評価報告書より。生活保護世帯の捕捉率が高い
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 キズキ安田代表は「(自治体が民間事業者やNPOに委託して開設する)無料学習塾では、捕捉率が低いことが課題になっている。今回のクーポン事業は、自分に合った教育を選べる点が利用拡大につながったとみられる」と分析する。「無料塾もすばらしい支援の形だ。ただし、無料塾しか選べないとなると、生活困窮世帯の子どもに『友達が通っている塾に自分は通えない』という精神的な苦痛を与えることになる。社会福祉は、利用者の多様なニーズに応えられてこそ、本当に効果のある施策になる」。

 CFC今井代表も「本事業でクーポン取り扱いの登録をした地域の教育事業者は81教室にも上る。理念に共感し、個人塾から大手塾、家庭教師や通信教育まで、幅広い登録事業者が集まったことは喜ばしい。子どもたちにとっても選択肢が増えた。自分の学力や生活状況に適した学校外教育機関を選ぶことができるので、利便性が高く、子どもたちからも有効にクーポンを活用できたという声があった」と手ごたえを語る。

スタディクーポン・イニシアティブの中間評価報告書より。アンケートの結果、子どもたちの学習意欲が向上していることがわかった
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 中間評価によれば、子どもの1日当たりの平均学習時間は、制度利用前の78分に対して利用後は113分まで増加し、中学3年生の全国平均(109分)を上回った。また、アンケート調査では、8割弱の子どもたちが、クーポン提供後は学習に対して「前向きになった/どちらかというと前向きになった」と回答している。保護者もおおむね制度を歓迎しており、「塾選びなどにもアドバイスがもらえてよかった」といった意見が寄せられた。

サポート対象拡大などが今後の課題に

 2019年度の事業は、こうした評価を受けて、渋谷区が公的資金を投入して行うことを決定。事業者を公募し、CFCとキズキが選ばれた。区は事業者と協力して対象者への周知などを行いながら、クーポン提供が始まれば事業者から月次報告を受けて、事業の効果をモニタしていくという。

 報告で重視するポイントは「利用実績および子どもと塾のマッチング状況。子どもたちが塾を休みがちになったりせず、クーポンが適切に使われているかどうか。また、学力を含めて、その子に合った塾が選ばれ、学習効果が上がっているかどうかなどに注目したい」(金子氏)。対象者(区内の生活保護世帯の中学2年生・3年生)全員分の予算が確保されているが、クーポン提供に当たっては進学に向けた計画の作成・提出を要件とする考えだ。

 今後の課題は、支援の対象を広げること。「昨年度の事業では就学援助世帯もフォローした結果、いじめや養育者の疾病など、抱える課題が明らかになる家庭もあった。区の事業として初年度は生活保護世帯に限ったが、生活保護世帯以外の家庭への支援についても今年度の実施状況などを踏まえて、今後検討していきたい」(金子氏)との考えだ。

 事業者側も今後の展望を持っている。「今後は大学生ボランティアや職員によるコーディネート機能を強化し、子どもと教育機関の適切なマッチングに努めたい。また、事業を通じて不登校や保護者の疾病といった“困りごと”が見つかった家庭を適切なサポートへつなぐため、行政の福祉機関との連携も強化していきたい。現在、クーポンを紙券から電子化することを検討しているが、それによって節約できる資源(印刷費用や人件費など)を、これらの機能の強化に充てたい。事業の改善を図りながら、引き続き、この取り組みを全国に広げていく」(CFC今井代表)。

 また、キズキ安田代表は、「佐賀県上峰町や千葉県千葉市などでも同様の取り組みが進んでいる。ただし、経済的に余裕のない自治体では取り組みを始めたくても始められない。必要なところに国が援助する仕組みが求められる」との見解を示した。

 上峰町では、中学1年生と3年生を対象としたスタディクーポン事業を2019年度に開始。千葉市もひとり親家庭かつ生活保護世帯の小学5、6年生の児童を対象にした「教育バウチャー事業」を2019年度に始めた。いずれもCFCが業務委託を受けている。

■訂正履歴
2ページ目の今井氏の写真キャプションにおける「2015年度から千葉県南房総市の『学校外教育サービス利用助成事業』を受託しているが」という記述は誤りでした。また、3ページ目本文に「ケアワーカーと学校の両ルートから対象者へ周知した」とありましたが正しくはケアワーカーではなくケースワーカーでした。お詫び申し上げます。記事は修正済です。 [2019/7/1 18:05]

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