完成前から見えてきた温泉街再興の兆し

 地元の観光組合も手をこまぬいているわけではない。 2017年9〜10月には、組合の若手や行政職員などの力を結集して、社会実験「湯本みらいプロジェクト」が実施された。まちづくり計画を基に進めたこのプロジェクトは、音信川の川岸に川床を設置したり、夜の温泉街をライトアップして温泉客のそぞろ歩きを促したり、飲食店を誘致して回遊性を高めるなどに取り組んだ。その結果は、かつての賑わいを取り戻したと思わせるほどの人出となった日もあり、こうした取り組みが温泉街再興の1ステップになるという自信につながった。

 地元側で一連の活動を推し進める温泉組合青年部の伊藤就一氏(王仙閣専務)は「星野リゾートがマスタープランを作成してくれたことにより、温泉街再生の航海図が完成した。公民連携の面でいえば公共空間の活用では生活者の理解が不可欠なので、このプランには地元の意見がうまく取り入れられている。川床などの河川の利用も住民がこれまで清掃などを続けてきたから実現できた面もある。市、星野リゾート、そして地元の役割がうまく機能しつつある」と言う。

地元で活動を推し進める温泉組合青年部の伊藤就一氏。王泉閣の専務も務める(写真:今村浩一)
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 開業予定まで1年を切った「界」。この施設が完成すれば、マスタープランはより実現に近づくだろう。星野リゾートでこのプロジェクトを担当する石井芳明プロデューサーは、こう評価する。 「良い旅館は多いが、それでもお客さんは館内だけでは飽きてしまうのではないか。作り込まれた世界と、外を含めて楽しむのとどちらが面白いのか、ここで比較してもらいたい。もう1つは、我々にとっても他の人と組むことによってどれだけ魅力的なものをつくることができるか、という実験でもある。当初は不安があったが、実際にプロジェクトを進めているうちに結果的にはうまくいっている」

 長門湯本は、最寄りの新幹線の駅である新山口駅からでも、山口宇部空港からでもクルマで1時間余りかかり、関東圏や関西圏などからの交通の便がよいとは言い難い。この計画が実現すれば、効果は徐々に現れるため、10年程度の時間の後に、宿泊者数は年33万人、日帰り入浴客は年間66万人(策定当時は同40万人)に上り、経済波及効果は200億円を生むと期待されている。その実現には、行政、星野リゾート、地元の間での息長く緊密な連携が不可欠だ。