およそ600年前、室町時代に発見されたとされる名湯、長門湯本(ながとゆもと)温泉。山口県長門市の山間にありながら、日本海の海産物や地元の野菜など食材が豊富であり、観光地である萩にも近く、最盛期だった1983年には年39万人の宿泊客を受け入れた。温泉街の真ん中に清流、音信(おとずれ)川が流れ、周囲には大型旅館などが立ち並ぶ典型的な団体観光客向けの温泉地として栄えていた。

 2014年1月、この静かな温泉街に衝撃が走った。1865年に創業し約150年の歴史を持つ老舗大型旅館「白木屋グランドホテル」が山口地裁に破産を申請した。過去には将棋の名人戦が2回行われたこともある格式の高いホテルで、客室数は118、収容人員は600人という、地元の看板とも言える施設が、22億7000万円に上る負債を残して幕を引いた。かつて団体客がそぞろ歩いた温泉街は寂れ、この倒産により街の核ともいえる建物の灯が消えた。

 いま、この川には槌音が響いている。2020年3月の開業を目指し、総合リゾート運営会社、星野リゾートが、同社が展開する高級旅館ブランド「界 長門」の工事を急いでいる。現在、すべてのブランドで50以上の施設を運営している同社にとって、ここは特別な意味を持つ施設となる。というのも、地元長門市からのラブコールを受けて進出を決め、地元と協力をしながら温泉街の再生までにも挑戦する稀有なケースとなるからだ。

 この旅館建設は、温泉街再生における大きなマイルストーンとなる。これまでの経緯を見ていこう。

長門湯元温泉の風景。最盛期の1983年には年間39万人の宿泊客が訪れた(写真:今村浩一)
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150年の歴史を持つ地元の看板旅館が破産

 長門湯本温泉を訪れる客は、バブル崩壊をきっかけに低迷。2014年には宿泊客は、最盛期の半分にあたる年18万人と大幅に減少した。かつての団体旅行中心から個人旅行へと顧客ニーズが変わる中で、時代の変化に対応できなかったのが原因だ。

 危機感を強めた長門市の動きは素早かった。人口約3万5000人の同市にとって、温泉は失うことのできない観光資源だったからだ。同年7月には、国からの補助を念頭に置きつつ、市が支援する湯本温泉旅館協同組合が事業主体となり廃墟となった同ホテルなどの解体事業に取り組む方針が市議会議員全員の参加する協議会で打ち出された。この時点で、経済産業省の補正事業の活用を念頭に置いていたという。

自治体がマスタープラン作成から依頼した初のケース

星野リゾートでプロジェクトを担当する石井芳明プロデューサー(写真:今村浩一)
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 8月に経産省の「商店街まちづくり事業」として採択されると、12月には市議会に、跡地など3カ所・1万3000㎡を1億2000万円で取得、さらに建物の解体費に3億2000万円(うち国からの補助金2億円、残りは地元負担)を補助するという議案が追加で提出された。そして、翌2015年2月に商店街まちづくり事業補助金の交付が決まると、4月には解体工事に着手し、同年12月までに終えてしまった。

 翌2016年1月、長門市は星野リゾートに跡地利用の基本構想となるマスタープランの策定業務を委託する。白木屋グランドホテルの跡地に新しいホテルを誘致するだけではなく、「長門湯本温泉全体の魅力を高めるブランド力を持つ企業」として地方自治体が星野リゾートにまちづくりのマスタープラン作成までを依頼する初めてのケースとなった。

 星野リゾート側でも、長門湯本の立地条件などに加え、単に宿泊施設を建設して運営するだけでなく、マスタープランの作成からかかわることの意義などについて慎重に検討を重ねた。これまでも施設の再生は手がけてきたが、地域全体の「面」としての再生に取り組むのは初めてだった。地域の課題解決といっても、その状況や思惑はさまざま。意思統一が出来ずにつまずくことも多い。しかし、長門湯本の場合は地域としてのまとまりが強く、その心配はなかった。そうして4月事業協定締結にこぎつけた。

 この頃から多忙を極める星野佳路・星野リゾート代表の長門詣でが始まった。行政や地元の大小12の温泉旅館からなる温泉旅館組合の幹部などとの意見交換だけでなく、住民意見交換会などを繰り返し6月にはマスタープランを最終報告会にも出席し、地元に方針を自ら説明した。

 そして2016年8月、長門市は、そのマスタープランを基に「長門湯本温泉まちづくり計画」を策定した。「地域のタカラ、地域のチカラで湯ノベーション」というサブタイトルを掲げたこの計画の全体像は、大きくは4つから構成される。

 まず、目玉となる星野リゾート「界」は約5500㎡の敷地に地上4階建てで40の客室を備える。大浴場のほかに、宿泊客以外でも利用できるショップなども展開する予定だ。星野リゾートのブランド力により幅広い地域からの誘客とともに、温泉街の他施設の客が立ち寄ることも期待されている。

 2番目は、そぞろ歩きができる魅力ある温泉街の復活。そのためには、音信川の川床に遊歩道や飛び石を設けている。親水エリアなどを設けるほか、川床に小さな舞台を設けてたたずむ空間を新設する。SNSの活用を期待して写真映えするシーンを用意し、駐車場と川岸を結ぶ120mほどの竹林を抜ける階段も新設する。もちろん食べ歩きに適した料理の開発も怠らない。

そぞろ歩きができる魅力ある温泉街の復活を目指す。青いシートに覆われているのが建設中の星野リゾート「界」(写真:今村浩一)
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目標は「にっぽんの温泉100選ランキング」ベスト10

 3番目には、地元の陶芸作家などとの連携しながら文化体験ゾーンを設ける。すでに、古民家を再生し陶芸品を展示・販売するカフェも地元の有志の協力により開店している。

 4番目は、外湯の再生だ。この温泉には古くから2つの「外湯」を有していたが、このうちの「恩湯(おんとう)」を立て替えて立ち寄り湯としても活用していく。2019年11月の開業を目指して現在改修工事を進めているが、こちらの運営は、地元の温泉組合の若手らが中心となって設立した株式会社、長門湯守(ながとゆもり)が担うことになっている。

 この計画での具体的な達成目標は、業界の専門誌である観光経済新聞社の「にっぽんの温泉100選ランキング」を全国10位以内まで引き上げるというもの。それに伴い温泉全体の収益性が高まり、持続的な成長サイクルが回りだすことが期待されている。とはいえ、計画制定時には86位だっただけに、ハードルは高い。魅力的な温泉地になるためには、「風呂(外湯)」「食べ歩き」「文化体験」「そぞろ歩き(回遊性)」「絵になる場所」「休む・佇む空間」という6つの要素を磨き上げ、観光客の満足度を引き上げていくことが必要と考えられている。

完成前から見えてきた温泉街再興の兆し

 地元の観光組合も手をこまぬいているわけではない。 2017年9〜10月には、組合の若手や行政職員などの力を結集して、社会実験「湯本みらいプロジェクト」が実施された。まちづくり計画を基に進めたこのプロジェクトは、音信川の川岸に川床を設置したり、夜の温泉街をライトアップして温泉客のそぞろ歩きを促したり、飲食店を誘致して回遊性を高めるなどに取り組んだ。その結果は、かつての賑わいを取り戻したと思わせるほどの人出となった日もあり、こうした取り組みが温泉街再興の1ステップになるという自信につながった。

 地元側で一連の活動を推し進める温泉組合青年部の伊藤就一氏(王仙閣専務)は「星野リゾートがマスタープランを作成してくれたことにより、温泉街再生の航海図が完成した。公民連携の面でいえば公共空間の活用では生活者の理解が不可欠なので、このプランには地元の意見がうまく取り入れられている。川床などの河川の利用も住民がこれまで清掃などを続けてきたから実現できた面もある。市、星野リゾート、そして地元の役割がうまく機能しつつある」と言う。

地元で活動を推し進める温泉組合青年部の伊藤就一氏。王泉閣の専務も務める(写真:今村浩一)
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 開業予定まで1年を切った「界」。この施設が完成すれば、マスタープランはより実現に近づくだろう。星野リゾートでこのプロジェクトを担当する石井芳明プロデューサーは、こう評価する。 「良い旅館は多いが、それでもお客さんは館内だけでは飽きてしまうのではないか。作り込まれた世界と、外を含めて楽しむのとどちらが面白いのか、ここで比較してもらいたい。もう1つは、我々にとっても他の人と組むことによってどれだけ魅力的なものをつくることができるか、という実験でもある。当初は不安があったが、実際にプロジェクトを進めているうちに結果的にはうまくいっている」

 長門湯本は、最寄りの新幹線の駅である新山口駅からでも、山口宇部空港からでもクルマで1時間余りかかり、関東圏や関西圏などからの交通の便がよいとは言い難い。この計画が実現すれば、効果は徐々に現れるため、10年程度の時間の後に、宿泊者数は年33万人、日帰り入浴客は年間66万人(策定当時は同40万人)に上り、経済波及効果は200億円を生むと期待されている。その実現には、行政、星野リゾート、地元の間での息長く緊密な連携が不可欠だ。

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