『日経アーキテクチュア』2017年7月13日号「特集 地域に活力生む 「巻き込み型」仕事術」より

富士山の登山口として知られる山梨県富士吉田市。高度成長期には日本有数の歓楽街「新世界通り」が栄えるも、近年は空き家が目立つ。地元工務店の2代目は、行政や大学と連携して再生に取り組み、自ら店を開くまでに至った。

〔写真1〕若手の移住者らと協働
旧歓楽街の空き店舗を3店の飲食店に再生した「まる」「さんかく」「しかく」にて。改修工事は滝口建築が担当した(写真:三上 美絵)
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 「山に囲まれた田舎で、文化的なものが何もないと感じていた。とにかくここを出たかった」──。富士吉田市で工務店を営む滝口伸一氏〔写真1中央〕は18歳の頃の焦燥感をそう表現する。

 長男ゆえに周囲から、ゆくゆくは家業を継ぐものと言われて育った。だが、青春映画に感銘を受け、高校卒業後に両親の反対を押し切って上京し、映像業に進んだ。ドキュメンタリーやCM制作を手掛けたものの体調を崩し、2012年にUターンした。

 大人になった目に、意外に故郷には魅力があると映った。「目の前に迫る雄大な富士山。東京都心から車で1時間半と近いうえ、家賃は安い。市内の別荘地には文化人など面白い人が集まっている」

 半面、空き家の多さも目についた。商店街や歓楽街には古い建物が打ち捨てられ、荒れ果てている。一方、新築住宅はハウスメーカーに占められ、実家の工務店である滝口建築は下請け仕事が中心になっていた。

 このままハコだけつくっていたのでは駄目だ──。滝口氏は地場工務店の役割を自問自答した。「家づくりを通じて、この地域らしい本当の意味で豊かな暮らしをつくり、守ること。それこそ地元と密接なつながりを持つ工務店にしかできない仕事だ」。この思いは日増しに強くなっていった。

写真1左:中川 宏文(なかがわ ひろふみ)
富士吉田地域おこし協力隊
1989年長崎県生まれ。東京理科大学工学研究科建築学専攻修士課程2年だった2015年に、富士吉田地域デザインコンペティション物件改装部門で最優秀賞を受賞。卒業後は東京の設計事務所「O.F.D.A.」に籍を置きながら、富士吉田地域おこし協力隊として富士吉田市に移住
写真1中:滝口 伸一(たきぐち しんいち)
滝口建築代表/リトルロボット代表
1976年富士吉田市生まれ。地元の工業高校を卒業後、東京の制作会社で映像ドキュメンタリーを手掛けてきたほか、舞台プロデューサーなども務めた。2012年にUターンし、実家の工務店「滝口建築」を継ぐ
写真1右:齊藤 智彦(さいとう ともひこ)
富士吉田みんなの貯金箱財団代表理事
1984年東京都生まれ。中国の中央美術学院で彫刻を学び、その後ニューヨーク、ベルリンで活動。2009年に慶応義塾大学総合政策学部に入学し、富士吉田プロジェクトに参加。13年に同地に移住し、市の協力の下、まちづくり会社「富士吉田みんなの貯金箱財団」を設立
次ページ写真2左:赤松 智志(あかまつ さとし)
hostel & salon SARUYA共同代表
1989年千葉県生まれ。慶応義塾大学在学中からまちづくりに興味を持ち、富士吉田での調査研究に参加。2013年に富士吉田市に移住し、地域おこし協力隊として空き物件の活用をテーマに活動。15年にゲストハウス「hostel&salon SARUYA」を開業

自治体と大学の連携に協力

 その頃、滝口氏は地元のビジネス交流会で、慶応義塾大学の齊藤智彦氏〔前ページ写真1右〕、赤松智志氏〔写真2左〕と出会う。同大学は山梨県や富士吉田市と2007年に連携協定を結び、地域活性化を目指す「富士吉田プロジェクト」を開始。現地で調査研究を重ねていた。

〔写真2〕地域おこし協力隊出身者がゲストハウスで起業
第1期協力隊の赤松氏は任期満了後に空き長屋でゲストハウス「SARUYA」を開業した。滝口建築が耐震補強を含む改修工事を請け負った(写真:三上 美絵)
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 2013年、大学側のまとめた提案を受けて市は「富士吉田みんなの貯金箱財団」を設立。齊藤氏が、その代表理事に就任した。同財団は、名前のとおり、市民や法人からの寄付を貯蓄し、地域おこし事業に投資、助成するまちづくり会社だ。

 齊藤氏は彫刻家として海外で活動した後、まちづくりを基礎から学ぶため慶応義塾大学に入学し、富士吉田プロジェクトに参加。貯金箱財団の設立を機に富士吉田市に移住した。

 一方、大学4年生だった赤松氏も市が貯金箱財団と同時期に導入した「地域おこし協力隊」の第1期メンバーとして市内に移住。財団の支援を受けて、空き家活用プロジェクト「アキナイ」をスタートさせた。

 「改修も自分たちでやろうとしたが、さすがに耐震補強までは無理だった」と赤松氏は明かす。その相談を受けた滝口氏は、協力を即答した。

空き家再生に地域を巻き込む

 アキナイでは手始めに、地元の人たちが「ハモニカ横丁」と呼ぶ長屋の改修に着手。3軒を財団が借り上げて手を入れ、移住者向けの一時滞在スペースとして活用している。

 この工事を経て滝口氏は自ら、商店街の空き店舗を改修してコミュニティーカフェ「リトルロボット」〔写真3〕を開業。運営は若手起業者に任せ、定期的にこども食堂や認知症カフェなども開催。「皆が集まって暮らしを考える場にしたい」と滝口氏は話す。

〔写真3〕商店街の空き長屋に「地域の暮らしを考える場」
滝口氏はSARUYAと同じ長屋の2軒を改装し、コミュニティーカフェ「リトルロボット」を開業した(左写真の右からSARUYA、1軒置いて左側の2軒がリトルロボット)(写真:滝口建築)
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 2015年3月からは、旧歓楽街「新世界通り」の空き店舗活用も始まった〔写真4〕。廃墟同然になったスナックを貯金箱財団が飲食店として再生するものだ。改修前の大掃除の段階から地域ボランティアを募り、清掃後に「復活祭」を開くなど、地元を巻き込む形で展開していった。

〔写真4〕昭和レトロなスナック街を観光資源化
高度経済成長期に織物産業関係者でにぎわった旧歓楽街「新世界通り」。一帯を改修し、昭和の佇まいを生かして観光資源とする取り組みが進んでいる(写真:三上 美絵)
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 「これらは儲かる仕事ではないが、さまざまな立場の人と知り合える」と滝口氏。実際に、貯金箱財団が企画した地域デザインコンペティションを通じ、東京理科大学との縁もできた。優勝チームの一員だった中川宏文氏は、第2期協力隊として赴任し、新世界通りの物件の設計を始めた。

 滝口氏の店に続き、協力隊の任期を満了した赤松氏は観光需要を見込んでゲストハウスを開業。また滝口建築では現在、東京理科大学チームの設計による売建住宅の計画や、日本女子大学などと協働しての「おためしサテライトオフィス」構想を進めている。古いまちに新風が吹き始めた。

〔写真5〕若手設計者の感覚も採用
再生した3店の飲食店「まる」「さんかく」「しかく」の横には、共同便所を新設。設計は、大学院修了後に協力隊として赴任した中川氏が担当した(写真:三上 美絵)
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〔写真6〕合同会社化で仲間を呼び込む
2016年に貯金箱財団や協力者が出資して合同会社「新世界通り」を設立。直営店とテナントの運営に当たっている。改装前の仮店舗で開催した「復活祭」には2000人以上の市民が訪れ、関心の高さを示した(写真左:三上 美絵、写真右:富士吉田みんなの貯金箱財団)
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富士吉田市で起こったこと
2007.12 慶応義塾大学と山梨県、富士吉田市が地域活性に関する包括協定を締結。大学の研究チームがさまざまな視点から調査を実施して市へ提言。行政はそれらをもとにした施策を立ち上げる
2012.06 滝口伸一氏が、東京からUターン。ビジネス交流会で齊藤智彦氏、赤松智志氏と出会う
2013.04 慶応大チームの提案を基に、富士吉田市が富士吉田みんなの貯金箱財団と富士吉田地域おこし協力隊を設立・導入。齊藤氏が貯金箱財団、赤松氏が協力隊の初期メンバーとして富士吉田市へ移住する
2013.05 齊藤氏と赤松氏が市内の空き家・空き店舗の再生・活用を検討しているとき、たまたま参加した地域のイベントで滝口氏と再会。滝口氏に建築のプロとしての協力を要請
2013.08 滝口氏と齊藤氏が市の主催する「地域イノベーター塾」で活動拠点づくりの講師を務める
2013.09 空き家をリノベーションして県外からの移住者などに貸す「アキナイプロジェクト」の第1弾として、市内のハモニカ横丁の工事に着手。同プロジェクトのパートナー工務店として滝口建築が耐震補強などを請け負う
2014.10 貯金箱財団や商工会議所などが中心となり、富士吉田地域デザインコンペティションを開催
2014.11 滝口氏が空き家を改修し、滝口建築の新事業としてコミュニティーカフェ「リトルロボット」を開業(1)~(3)。こども食堂や認知症カフェを開催。物件はアキナイプロジェクトに紹介してもらった
2015.02 地域デザインコンペの旧製氷工場をリノベーションする部門で、中川宏文氏らの東京理科大学チームが最優秀賞を受賞。コンペの応募総数は307件
2015.03 貯金箱財団が主導し、空きスナック街再生事業「新世界通り復活プロジェクト」をスタート。貯金箱財団、協力隊や滝口氏が地元の高校生や商工会議所などを巻き込み、空き店舗の大掃除大会を実施(5)
2015.07 赤松氏が協力隊任期終了後の事業として、ゲストハウス「SARUYA」を開業。建物は、築100年近い木造2階建てを改修した。耐震補強工事を滝口建築が手がけた
2015.08 貯金箱財団、協力隊や滝口氏、地元の人たちが一緒になり改装前に「新世界通り復活祭」を実施。2000人以上の住民が集まり、復活の機運が高まった
2015.10 滝口建築が製氷工場の改修工事に着工(4)。泊まり込みで手伝った中川氏は、大学院修了後、地域おこし協力隊として富士吉田市に移住
2015.12 滝口建築が新世界通りの空き店舗を「新世界まるさんかくしかく」に改装する工事に着手
2016.02 貯金箱財団らが出資し合同会社「新世界通り」を設立。同社が飲食店3店舗からなる「新世界まるさんかくしかく」を開業
2017.06 滝口建築と協力隊が、東京理科大学、日本女子大学との共同研究として「おためしサテライトオフィス」の整備を構想
(1)リトルロボット店内の壁のホワイトボードには、来店者たちが綴ったメッセージが残されていた(左)。ライフスタイル提案のひとつとしてオーガニック食材を販売している(右)(写真:三上 美絵)
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(2)こども食堂や認知症カフェ、コンサートなど多彩な催しを定期的に開催している。写真は親子を対象としたイベントの様子(写真:滝口建築)
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(3)リトルロボットの開業にあたり、築100年近くたった長屋を改装した。工事には滝口氏の母校である県立富士北稜高校の生徒たちも参加(写真:滝口建築)
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(4)製氷工場だった建物を事務所と保育所にコンバージョンした。設計は、地域デザインコンペで優勝した東京理科大学チームの中川氏ら、施工は滝口建築が担当。現在、2階の事務所部分には貯金箱財団が入居している(写真:三上 美絵)
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(5)廃墟同然だった新世界通りのスナック(右)を、市民ボランティアを巻き込んで改修。着工前の「大掃除大会」には総勢60人が集まった(左)(写真:富士吉田みんなの貯金箱財団)
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目次

<訂正>静岡県富士吉田市を山梨県富士吉田市に訂正しました。(2017年7月12日午前12時30分)

この記事のURL https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/PPP/434167/071900027/