岡山県津山市は、市内の町家4棟を使って市が整備する宿泊施設について、コンセッション(公共施設等運営権)方式によるPFIで民間事業者に運営権を設定する。行政が施設の所有権を持ち続けながら、運営権のみを民間に設定するコンセッション方式は、空港や水道といった大規模インフラで適用されることが多い。コンセッション方式の適用例としては異色のこの事業について、市と事業者に話を聞いた。

津山市
岡山県北東部に位置し、北は中国山地、南は中部吉備高原に接する。人口10万890人(2019年7月1日現在)、面積506.33km2

 津山市が民間の管理運営事業者に運営権を設定するのは、町家4棟を改修して整備する宿泊施設だ。この町家4棟は市の東側にある城東町並み保存地区内にあり、旧苅田(かんだ)家付属町家群と呼ばれている。2019年1月に管理運営事業者として、HNA津山(本社・岡山県津山市)を選定しており、施設の改修完了時に同社に対して運営権を設定する。

 城東地区は国の重要伝統的建造物群保存地区に選ばれており、景観としては、連続した軒庇が特徴である。木造2階建ての町家4棟は江戸末期のもので、いずれも伝統的建造物(特定物件)に指定されている。床面積は合計で約520m2。市は苅田家から2013年に寄付されたこの町家群を、城東地区の観光の拠点施設へ改修することに決め、整備を進めてきた。

完成後の宿泊施設のイメージ(資料:津山市)
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空撮した現地の様子。ブルーシートの右隣から4軒が今回の整備対象(写真:津山市)
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 津山市都市建設部歴史まちづくり推進室の廣瀬幸子主任(一級建築士)は、拠点整備の狙いを次のように説明する。

 「城東地区は、需要を喚起すれば観光地として発展する可能性が十分にあるエリア。趣のある建物、洋学者を多く輩出したという歴史的背景など、観光資源が豊富だ。洋学にちなんだ料理を提供する飲食店なども増えてきた。また、近年では人気バンド『B’z』のメンバーである稲葉浩志さんの出身地としても注目されている。市としては、ここにエリア初の宿泊施設を設ければ、観光振興および地域活性化の起爆剤となりうると考えている」

 そこで、古民家再生事業を多数手がけてきた東洋文化研究家のアレックス・カー氏による監修の下、一棟貸しのホテルとして再生させる基本プランを策定。2017年度中に実施設計が完了した。この段階では、施設の管理・運営は指定管理者制度を用いることを想定していたという。

 しかし2018年2月に市長が交代し、前市長の下で進んでいた各事業の抜本的な見直しが図られた。その一環で、町家群の活用事業もいったん工事を停止。事業の主管部署であった都市建設部歴史まちづくり推進室から財政部財産活用課FM推進係に相談があり、事業スキームなどを検討し直した。

公民連携手法を比較検討してコンセッションを選択

 津山市では指定管理者制度は30ほどの先例があり、手慣れた手法といえた。一方で、今回の事業では、指定管理者制度を想定して市が設定した宿泊料だけでは事業性に乏しいため、宿泊料収入に加えて市が事業者に指定管理料を支払う事業モデルを想定していた。ただし、市としては、本来なら宿泊を中心とした民間の事業収益だけで運営を賄える方が望ましいと考えていたという。

 また、同市の指定管理者制度の期間が、一般に最長5年(超長期契約を結ぶ場合は議会の議決が必要)という点も、民間参入を難しくしていた。必ずしも延長が保証されない5年間という期間では、民間事業者が長期的な事業計画に則って収益を上げるための人事・採用活動を行うのは難しい。

 そこで、津山市では直営、指定管理、公設民営、BTO(Build Transfer and Operate)方式によるPFIなど、公民連携の手法を調べ、改めて比較検討を行った。その結果、コンセッション方式のPFIによる事業運営に舵を切った。津山市財政部財産活用課の定久誠課長は検討の経緯をこう振り返る。

公民連携の手法の特徴を比較検討した(資料:津山市)
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 「手法の検討を始めた当初は、コンセッションという制度のこともよく知らなかったが、調べてみると、この事業に適用できそうな感触が得られた。公設民営に近い形だが、施設所有権を移さないので、事業者に固定資産税がかからず、参入しやすいのではないかと考えた」

サウンディングで宿泊料金の考え方などに民間から意見

 市は正式な事業者募集に先駆け、2018年6~7月に現地見学会とサウンディング型市場調査を行った。サウンディングには4社・1団体が参加し、ターゲットや料金設定、間取りなどに関して具体的な意見が多く集まった。町家活用事業に一定数の事業者から関心が寄せられ、収益性についても明るい見通しを持つ参加者が多かったため、市としては事業の方向性について自信を深める結果になったとする。

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施設整備後の街並みのイメージ。市はホテル開業をきっかけに新たな観光需要を掘り起こしたい考えだ(資料:津山市)

 特に、事業の採算については参加者のほとんどが「5年でメドをつけて、10年以内に黒字化できる」と話したという。定久課長は「民間は発想が行政とまるで違う」と目をみはる。

 「例えば、宿泊料金の考え方がそうだ。われわれ行政の人間は、市内のビジネスホテルの相場を基準に考える。しかし、サウンディング参加者からは『ビジネスホテルと価格競争をするのは間違い』『海外の富裕層などをターゲットとする高級旅館に仕立てて、それに見合った料金設定をすべきだ』という意見が聞かれた」

 宿泊中の飲食の提供方法についても具体的なアイデアがいくつも上がったという。津山市都市建設部歴史まちづくり推進室の黒瀬英生室長は「施設内には厨房を設けずに、近隣の飲食店と提携するといった案が出た。地域経済に波及効果が出るほか、宿泊客に地元産の食材を印象づけることもできるので、地域活性化につながりそうだ」と話す。

江戸後期から明治初期にかけて蘭学の人材を多く輩出したことにちなんで、地元商店会に加盟する飲食店。「オランダ飯」を提供中だ(写真:赤坂麻実)
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設計済みの施設を、事業者の費用負担で改修可能に

 このサウンディングの結果を基に、市は募集要項を整え、2019年1月~3月に、PFI法に基づく「公共施設等運営権者」を選ぶプロポーザルを実施した。事業の契約期間は約20年(市と事業者が実施契約を締結した日から2040年3月末日まで)。2020年7月に実施契約を結び、同年10月に事業を開始する計画とした。

 プロポーザルを、契約予定時期の1年半ほど前に実施したことになる。津山市財政部財産活用課FM推進係の川口義洋主幹兼係長は、その狙いを次のように説明する。

 「本来は設計前から運営事業者に参画してもらった方が、事業者にとって使い勝手のよいものができる。今回は既に実施設計まで完了した後での公募となったが、工事中からでも事業者の意見が少しでも反映できるよう、可能な限り早期に選定しようと考えた」

町家群リノベーション事業のスキームとスケジュール。事業者の初期コストを軽減でき、かつ自由度が高く、運営期間を長く取れる手法としてコンセッション方式を選んだ(資料:津山市)
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 募集要項には、宿泊料金を事業者が設定できること、運営権対価は2023年3月末日まで無償とし、以降の対価は無償期間の収益状況などを勘案して設定すること、市の事前承認を得れば事業者が自己負担で施設を改修(更新投資)できることなどが盛り込まれた(現時点では、管理運営事業者が提案した運営権対価額は非公表)。

 町家群の整備費(工事費)は1億9300万円で、このうち地方創生交付金が1億4600万円、文化庁の重要伝統的建造物群保存地区保存等事業費国庫補助伝建補助が2700万円、国交省の街並み環境整備事業(による助成金)が2000万円だ。プロポーザルで選ばれた事業者は、施設整備に関して、自ら提案して市の承認を受けて改修する場合にのみ、その費用を負担する。

現地はまさに改修工事中。撮影時(2019年6月)は養生シートが張られていて見ることができなかったが、所有者の異なる建物も含め、軒庇が60メートル連続する街並みが特徴(写真:赤坂麻実)
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 プロポーザルには4者が参加し、1次審査(書類審査)と2次審査(プレゼンテーション、ヒアリング)を経て、HNA津山が最優秀提案者に選ばれた。HNA津山はホテルニューアワジ(本社・兵庫県洲本市)のグループ会社で、2019年2月には津山市内に「ザ・シロヤマテラス津山別邸」を開業している。

 HNA津山の木下学代表取締役社長は、シロヤマテラスの開業に向けて周辺地域を調査するなかで市内の宿泊施設不足を感じたという。「津山市内の宿泊施設はビジネスホテルがほとんど。ベッド数には不足はなくとも、観光客や富裕層の需要をカバーするにはバリエーションが足りない」という評価だ。また、この調査中に城東地区の魅力を認識しており、町家群および隣接する酒造場(国の重要文化財)にも目をとめていた。

意匠や宿泊人数など、事業者のアイデアでプラン変更

 HNA津山の提案コンセプトは、建物が持つ古き良き風趣を大切にしながら、現代の生活様式に合わせて快適性を高めることだった。例えば、市の基本プランでは一般的なバスタブが予定されていた浴槽を、ひのき風呂に変更するなど、見た目は町家のムードに合わせながら、水栓金具などの機能は最新のものを取り入れる。

 また、基本プランでは事務室になっていた酒造場側の庭に面した部分についても大きく変更し、宿泊客が庭を見ながらくつろげるような共有スペースにする考えだ。もともと庭に面して予定されていた縁側部分も、さらに拡張して屋内家具を置き、リラックスできる空間にするという。

ゆったりとした時間が楽しめるよう、中庭を設ける(資料:津山市)
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 ファサードの意匠も変更する。「ただ古いだけではなく、清新さも感じられるようにしたい」(木下社長)との考えで、ファサードの格子や扉には白木を使い、真新しいのれんを掛ける。

床は板張りが中心。一部、畳敷きのスペースを設ける予定(資料:津山市)
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 さらに、専有面積の広い一棟貸しのホテルを採算に乗せるため、2人客に限定せず、グループ客にも対応できるように、客室内に畳敷きのエリアを設ける。「2人客に限ると、一人当たりの価格が高くなるため、利用のハードルはどうしても上がる。最大8人までが違和感なくゆったり使えるよう、2~3台のベッドに加えて、布団を敷くのに向く畳エリアを作ることにした。部屋の断熱性も高まるはずだ」(木下社長)。

8人まで宿泊可能にする予定だが、2人で使っても窮屈さや違和感がないよう、ベッドは増やさない(資料:津山市)
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 こうしたプラン変更は、HNA津山が提案し、市が承認し、HNA津山が費用を負担して実現する。木下社長は「市の承認を得るために膨大な量の書類が必要になるのではないかと身構えていたが、そういったことはなく、市の担当者は私たちの話を熱心に聞いてくれた。施設がより良いものになるなら、柔軟に対応しようという市の姿勢がありがたかった」と話している。

 今後は2020年8月下旬には運営権の登録と利用料金の届け出を行い、同年10月には事業を開始する。事業の採算について、HNA津山は2年目での黒字化を目指している。「初年度は初期投資もあり、1年目で償却する資産もあるので(黒字化は)難しいが、2年目からは単年度黒字にするつもりだ。市がせっかく運営権対価を3年間無償にしてくれているのに、それでも赤字続きというわけにはいかない」(木下社長)。

経験生かし、4月から民間提案制度を導入

 事業開始前だが、津山市は今回の取り組みで多くの知見が得られたという。まず、コンセッション方式に関する正しい知識を持つことができたとする。「コンセッション方式は空港や水道といった大規模インフラでなくとも適用できる、業務要求水準書の策定やVFM(Value for Money)の算定は必須ではない、運営権対価はゼロでも構わない、といったことが分かった。この制度に対する先入観のようなものを払拭できた」(定久課長)。

 廣瀬氏は「コンサルティング事業者に委託せず、市の職員だけで勉強して話し合って、手作りでコンセッション方式を導入できた。思ったより柔軟に適用できる制度だということが分かった。“お金がなくても出来る”という事例が作れたのではないか。行政のなかで部署をまたいで連携が取れたこともよかった」と振り返る。

左から津山市の黒瀬英生室長、廣瀬幸子主任、川口義洋主幹兼係長、定久誠課長。FM推進係は6人(財産活用課は13人)、歴史まちづくり推進室は6人という人員体制(写真:赤坂麻実)
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 また、市から民間事業者へ声をかけて対面で行う本格的なサウンディング型市場調査は津山市で初めてのことであり、こちらの経験も今後のFM事業に生かされそうだ。「サウンディングは『意見やアイデアを受け付けています』と黙って待っていればいいものではない。こちらから“営業”のつもりで出向いて真意を伝えることが大事。伝われば、そうそう無碍(むげ)にはされないものだ」と黒瀬氏は手ごたえを語る。

 津山市では2019年4月、「津山市公共施設等の利活用に関する民間提案制度」を新設した。公共サービスに関して民間事業者からの提案を受け付け、対話や協議の上で事業化を図るというもの。事業化は、提案事業者と随意契約を結ぶ形を前提としている。この民間提案制度を設計する際も、津山市はまず運用指針の草案を作って公開し、サウンディングを行った。

計画地に隣接する酒造場跡。国の重要文化財の指定を受けている(写真:赤坂麻実)
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 「公民連携で重要なのは対話だとつくづく感じた。今後も、行政の抱える課題と民間の希望を、対話を重ねてうまくすり合わせていきたい。公募の前にも十分な対話を持っておけば、選考には、審査項目のすべてに○がつくような精度の高い提案が出そろうはず。そのなかから選べば当然、質の高い公共サービスが実現する可能性が高まる」(川口氏)。

 今後は、コンセッション方式で民間が運営する町家群のホテルと隣接する酒造場跡についても、サウンディングをしながら活用の道を探っていくという。

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