富山県高岡市にあるイオン高岡店では、1日2回、近隣住民向けに体操の会を催している。高齢の来店客が多く来店頻度も高いことから、新任店長が「こうしたお客様に何か価値のあることを提供したい」と考え、高岡市の担当部署と相談、賛同・支援を得て始めたものだ。地域の様々な組織とも連携し健康関連のイベントの開催にもつながった。コロナ禍による中断を乗り越えて、高齢者の健康づくり・介護予防、さらには居場所づくりにも貢献している。

 毎朝9時半になると、イオン高岡店ではおなじみラジオ体操のメロディが流れる。ラジオ体操第1、第2に続き、9時45分から10時までは高岡市が開発した独自の健康体操なども実施。2019年7月からスタートした公民連携の取り組みで、多い時には高齢者を中心に約40人が、1階のサービスカウンター横のスペースで音楽に合わせて体を動かす。

ラジオ体操(写真左)および高岡市が開発した健康体操(写真右)で体を動かす参加者。市の健康体操は、高齢者向きに椅子に座ってもできるようになっている。(写真:2点ともイオンリテール)
[画像のクリックで拡大表示]
ラジオ体操(写真左)および高岡市が開発した健康体操(写真右)で体を動かす参加者。市の健康体操は、高齢者向きに椅子に座ってもできるようになっている。(写真:2点ともイオンリテール)
[画像のクリックで拡大表示]
ラジオ体操(写真左)および高岡市が開発した健康体操(写真右)で体を動かす参加者。市の健康体操は、高齢者向きに椅子に座ってもできるようになっている。(写真:2点ともイオンリテール)
イオン高岡店での体操の実施場所(赤枠のカ所)(資料:イオンリテール)
イオン高岡店での体操の実施場所(赤枠のカ所)(資料:イオンリテール)

 2020年3月にはコロナ禍で中止せざるを得なかったが、買い物に訪れる参加者からは再開を求める声が相次いで寄せられた。そこで高岡店は、イオングループが専門家の知見を基に制定した「イオン防疫プロトコル」を順守し、アルコール消毒やマスク着用といった感染対策を行ったうえで、同年7月に再開に踏み切った。そして11月には、参加者の要望を受け、朝に加えて15時15分からの2度目も実施している。

ラジオ体操より高齢者向きの市の健康体操

高岡市(たかおかし)
高岡市(たかおかし)
県西部にある富山県第2の都市。銅器や漆器など伝統産業が盛んで、「ものづくりの技」を受け継いだ近代工業も。北陸新幹線の開業で新高岡駅が設けられたのを契機に、JR高岡駅やその周囲のリニューアル・再開発が進むなど、新たなまちづくりが動き出している。人口は16万8094人(2021年5月末)

 イオン高岡店で体操の会がスタートしたきっかけは、2019年3月の太田敦士店長の着任。太田氏は、店舗の置かれた環境やその方向性を検討するべく、前年に実施された来店客調査の結果を分析し、お客の半分近くが60代で、平均して週3~4回来店するという特徴を把握した。冷蔵庫代わりに1日3回来店する高齢者もいて、「何度も来てくれるお客様に何か価値のあることを提供したい」という方針が固まったという。

 同店を経営するイオンリテールには、シニア向けの店舗づくりのノウハウを持つ部署もあり、新設時にそれを取り入れた店舗もあった。しかし、35年以上前からある高岡店での実行は困難。そこで太田氏は、こうした既存店でも実行できる取り組みとして、毎朝のラジオ体操会を思いついた。

 「『健康』をテーマにすることに迷いはなかった。ラジオ体操なら、誰でも知っているしお金もかからないから、近隣の高齢者も参加しやすいだろう」(太田氏)。

 そして、高岡市の高齢介護課と健康増進課に相談に行った。高岡市は健康寿命延伸の一環として、オリジナルの健康体操を4つ作り、公民館などで実施していたからだ。全身を使うラジオ体操に比べ、健康体操はストレッチが中心。足腰の悪い人は座ってもできる。

 ラジオ体操と併せて健康体操の実施を持ち掛けたところ、「当市は、公民館などを利用して、高齢者が元気なうちから健康づくりをするための住民主体による『通いの場』を増やしていこうとしている。ほかにも、定期的に通って社会参加できる場ができるのは喜ばしい」(高岡市高齢介護課課長の森川朋子氏)と、賛同を得ることができた。

 具体的な協働として、高岡市は体操の会がスタートした最初の2週間、保健師を派遣して参加者に健康体操の見本を見せてくれた。その後は、店長の太田氏をはじめイオン高岡店のスタッフが、指導者として実施。併せて健康体操のDVDも流している。

 開催の告知は、店内にPOPを掲示したり、スタッフがビラを手で配ったり常連客に声をかけたりするなど。口コミを中心とした広報だが、当初5人ほどだった参加者は休日には小学生などを含め、40人ほどにまで増えた。イオン高岡店の1日の来店者数は数千人だが、「オープン時からの従業員もいる地域に根付いた店で、お客様とスタッフの距離が近い」(太田氏)ことが、チラシなどによる大がかりな告知をしなくても、参加者が集まった理由とみられる。

薬の飲み方から終活まで情報提供

 イオン高岡店は、次に体操の会が終わる10時以降の時間を活用して、健康関連のイベントが開催できないかを検討した。「人々が集う場がせっかくできたのだから、有益に使いたい」(森川氏)と考えた高岡市も協力、社会福祉法人連絡協議会を紹介してくれた。

 協議会には様々なボランティア団体が登録しており、イオン高岡店で開催する健康関連のイベントに協力してくれた。健康関係の事業を営む民間企業も加わり、下表のような企業・団体との連携が実現。体操終了時間後のイベント開催などにつながった。「市役所の担当課がつなげてくれたのが大きい。市の後押しがなかったら、連携はここまで広がらなかっただろう」と太田氏はみる。

表1●イオン高岡店の主な連携先
高岡市(高齢介護課、健康増進課)
地域包括支援センター
BCストレッチング
カーブス野村店
明治宅配センター
高岡市薬剤師会
済生会高岡病院
日医工株式会社
高岡市社会福祉法人連絡協議会
※「第9回健康寿命をのばそう!アワード」表彰資料より

 高岡市も認知症サポーター養成講座を開催。ほかに、連携先の組織が「正しい薬の飲み方」「感染症予防」といったテーマで講演会を開くなど、それぞれが得意分野を生かして協力している。

 目新しいところでは、市の地域包括支援センターの主催で終活に関する講演会を実施。高岡市は「人生いきいきノート」という、高齢者が記入しながら自分の人生の最期について考え、備えるためのガイドを作成しており、これを活用して終活のアドバイスを行ったのだ。

 済生会高岡病院のスタッフによる健康相談会も企画したが、コロナの感染拡大で実現には至らなかった。感染状況が落ち着けば再開を予定している。太田氏は「今年中、遅くとも今年度中に、地域の医療機関と連携した健康寿命延伸のための取り組みをぜひ行いたい」と意欲を見せる。

地元の自治体や団体などと連携して高齢者の健康づくりに取り組んでいるイオン高岡店(左)。2階建て、店舗面積1万1996m2、専門店13店舗。右の写真は店長の太田敦士氏(写真:2点ともイオンリテール)
[画像のクリックで拡大表示]
地元の自治体や団体などと連携して高齢者の健康づくりに取り組んでいるイオン高岡店(左)。2階建て、店舗面積1万1996m2、専門店13店舗。右の写真は店長の太田敦士氏(写真:2点ともイオンリテール)
[画像のクリックで拡大表示]
地元の自治体や団体などと連携して高齢者の健康づくりに取り組んでいるイオン高岡店(左)。2階建て、店舗面積1万1996m2、専門店13店舗。右の写真は店長の太田敦士氏(写真:2点ともイオンリテール)

 イオン高岡店では、参加者に体操の会に継続して通ってもらうための動機づけとしてスタンプカードを導入した。20個スタンプを集めれば、イオンのプライベートブランドのお菓子がもらえる。これが参加の励みになっている高齢者もいる。

 また、今では高岡店のスタッフだけでなく同店に入居している専門店の従業員も加わり、ローテーションを組んで体操の指導者を務めるようになっている。太田氏は、「旗振り役がいなくなっても継続できるように、“後継者”づくりも必要。連携先にもたらすメリットを明らかにできるよう報告会なども行いつつ、中身をいいものにしていきたい」と話す。

客層の変化に合わせ、子供連れ向けプログラムも

 当初、参加者の大半は女性だったが、スタッフが来店客に声をかけるなどした結果、今では男性も3割ほどを占めるようになった。参加回数が増えるにつれて顔なじみもできて会話も弾み、コミュニティの形成がみられるという。

 周辺にはドラッグストアなども新しくオープンしているが、今のところイオン高岡店は特にその影響を受けていないという。体操の会などをきっかけにファンになってくれたお客も少なくないのでは、と太田氏はみている。

 ただ、取り組みの発端となった来店客の年齢層が最近変わってきている。「100円ショップが入居してから、子供連れのお母さんが増えてきている。保健師による『プレパパ・プレママのための相談会』など、より広い年齢層を巻き込める取り組みを考えたい」(太田氏)。

 企業と行政がタイアップしたこの健康づくり・介護予防の取り組みは、厚生労働省の「第9回健康寿命をのばそう!アワード」で厚生労働省老健局長優良賞を受賞した。イオンリテールでは、「いまや小売業は、社会的存在としてライフラインの役割を期待されており、それに確実に応えていくには、積極的に自治体と相互連携して住民のサービスレベルの向上に寄与していくべきだと考えています。高齢者をはじめ、フレイル(虚弱状態)になって外に出るのを控えてしまう人も、買い物ついでにこうした健康づくりに取り組んでもらえれば、心身ともに改善に向けた一助となるのではないか」(北陸信越カンパニー広報グループ)としている。

 高岡市役所の森川氏は、「自分の住む地域にある『通いの場』には行きづらい高齢者もおり、こうした人にとってイオン高岡店はいいコミュニケーションの場になっている」と評価する。高岡市はこうした民間企業による介護予防・健康づくりの取り組みをホームページで紹介するなどして、地域住民や行政に続く実施主体として期待している。

この記事のURL https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/PPP/434167/072900187/