2つの組織を一体化、都市圏の人材を引き寄せる

とっとりプロフェッショナル人材戦略拠点のウェブサイト
とっとりプロフェッショナル人材戦略拠点のウェブサイト

 プロジェクトを推進しているのが、JR鳥取駅構内に事務所を構える鳥取県立鳥取ハローワーク内に同居する「とっとりプロフェッショナル人材戦略拠点」だ。プロジェクトの要となる組織であり、人材紹介会社のサイトに掲載される内容もすべてこの組織の指示によるものになっている。その陣容は、戦略マネージャー1名、サブマネージャー3名の計4名。いずれも戦略マネージャーが所属する企業の社員だ。県は、副業・兼業プロジェクトに係るプロフェッショナル人材戦略拠点の業務委託費として、令和3年度当初予算で2238万5千円を充てている。

 そもそも「プロフェッショナル人材戦略拠点」とは、地方の中小企業が大都市圏の人材を獲得・活用できるように2015年から内閣府がスタートさせた「プロフェッショナル人材戦略事業」に基づき、東京と沖縄を除く45道府県が設置した組織のことを指す。鳥取県も2015年11月にこの拠点を開設している。

 慢性的な人手・人材不足に悩む地方企業にとって大都市圏の優秀な人材は喉から手が出るほど欲しい。しかし、都市圏のビジネスパーソンからすれば生活の基盤をまるごと地方に移す移住転職はリスクが大きい。そのため移住就職を前提に都市圏の人材を集めようとしても、なかなか思うように集まらないし、可能性のある人にリーチすることもままならないのが地方企業の現実だ。こうした状況を改善し、地方企業の人材採用をあと押しするために、民間の力を取り入れたプロフェッショナル人材戦略拠点が各地に設置された。

 内閣府の事業サイトを見ると『地域企業の「攻めの経営」への転身を後押し』という事業の目的が書かれている。「とっとりプロフェッショナル人材戦略拠点」もこの目的に合致した例と言えそうだ。

 鳥取県立ハローワークという組織も全国的に見てユニークな存在だ。県内4カ所のほか東京と大阪にも拠点を構え、一般求職者の支援を全県で展開しつつ、女性、ミドルシニア、若者の就業支援、IJUターン就職及び企業の人材確保支援、さらにはビジネス人材誘致まで広く行っている。この組織は、これまで国が運営していたものを地方分権一括法によって、地方自治体が「地方版ハローワーク」を自由に設置できるようになって生まれたものだ。

 「地方版ハローワーク」は、一般的な国のハローワークよりも地域のニーズを細かにすくい上げ、その土地の特性や風土に合わせたキメの細かい企業支援や人材紹介、求人施策が打てるようになる。鳥取県立ハローワークもその例の1つだ。

 鳥取県は2018年6月に、この2つの組織を1カ所に置くことで連携の強化を図り、民間の知恵を取り入れながら、人材誘致事業の加速化を図った。以降、2つの組織は二人三脚で緊密に連携しながら事業を推進している。

 両者が進める「ビジネス人材誘致事業」は主に3つの取り組みから成る。1つ目は、今回取り上げる「副業・兼業プロジェクト」でこれがメーンの取り組みだ。2つ目は大都市の企業人事部との連携、3つ目が移住就職人材の獲得となる。鳥取県立ハローワーク・プロ人材戦略拠点の一体チームは、この3つの取り組みを有機的に連動させながら県内企業の雇用ニーズに応えようとしている。大企業との連携による求人目標数は特に設けていない。

鳥取県が進める大都市圏の人材獲得事業の全体像。「鳥取県立ハローワーク」と「とっとりプロフェッショナル人材戦略拠点」という2つの組織が緊密に連携を図り、様々な取り組みを同時並行で行いながら大都市圏のビジネス人材を地域企業にマッチングする事業を進めている(図提供:鳥取県立鳥取ハローワーク)
鳥取県が進める大都市圏の人材獲得事業の全体像。「鳥取県立ハローワーク」と「とっとりプロフェッショナル人材戦略拠点」という2つの組織が緊密に連携を図り、様々な取り組みを同時並行で行いながら大都市圏のビジネス人材を地域企業にマッチングする事業を進めている(図提供:鳥取県立鳥取ハローワーク)
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最初の3年は思ったような成果が上がらなかった

 こうした取り組みの中心にいるキーパーソンが「とっとりプロフェッショナル人材戦略拠点」を率いる戦略マネージャーの松井太郎氏だ。彼の話から、今の事業がなぜこういう形になったのか、そして成功している理由をひも解いていこう。

 もともとはソフトバンクからキャリアをスタートさせ、その後、広告代理店、総合通販、家電メーカーの本部長や役員を歴任してきた松井氏にとって、大都市圏の大手企業で活躍するビジネスパーソンの心理は手に取るようにわかる。その松井氏が、公募により「とっとりプロ人材戦略拠点」の戦略マネージャーとなったのが2016年の1月。当時をこう振り返る。

 「来た当初、ある種の違和感を覚えました。優秀な人ほど東京に生活基盤を持っていて、そこそこの年収がある中、いきなり基盤も仕事も捨て家族も説得して鳥取に来るというのは難しいだろうなということは容易に想像がつきました」

東京から鳥取に着任した当時を振り返る「とっとりプロフェッショナル人材戦略拠点」戦略マネージャーの松井太郎氏。鳥取銀行などと一緒に立ち上げた地域産品のマーケティングや商品開発などを行う企業「あきんど太郎」(鳥取県八頭町)の経営者でもある(写真:松井太郎氏提供
東京から鳥取に着任した当時を振り返る「とっとりプロフェッショナル人材戦略拠点」戦略マネージャーの松井太郎氏。鳥取銀行などと一緒に立ち上げた地域産品のマーケティングや商品開発などを行う企業「あきんど太郎」(鳥取県八頭町)の経営者でもある(写真:松井太郎氏提供

 さらに我が身を振り返り、こう続ける。「当時の私はたまたま独身で身軽でしたし、親交のあったソフトバンクグループの役員が、鳥取県八頭町の地方創生にアドバイザーとして入っており鳥取県とご縁があった。こうしたことがあったからここに来たわけです。そういうものがなければ、移住はなかなかハードルが高い、と思いましたね」

 松井氏も戦略マネージャー着任当初は苦労の連続だったと言う。最初の3年ほどで地元企業約700社の経営者と面談し、地元の経済団体や様々な会合にも顔を出し顔つなぎを続けた。それでも地縁、血縁のない自分は、表面上相手にしてくれても根っこのところからは信用されていないと感じることが多かった。「最初の3年間、思いっきりやってみたけれども実に厳しかった。『一生懸命やっているのに年間10件しか成果が出せない自分に納得できず、夜はあまり眠れなかった』と苦笑する。