社員の副業・兼業を認める企業が増える中、人材難に悩む地方では、副業・兼業で都市部の人材を求める動きが活発化している。静岡県、愛媛県、神戸市、余市町(北海道)のように、自治体職員として人材を募集している自治体も増えているが、鳥取県の場合、県内企業に対して副業人材をマッチングさせている。2021年度では第一期の募集で46社48人が副業として採用された。2019年度のスタート以来、獲得した人材は累計で72社116人となった。サイトで求人公募をかけるとあっという間に採用が決まるという人気振りだ。なぜ鳥取県はここまで成果を出せたのか? ここではその成功のシナリオを見ていく。

 鳥取県では2019年度から「鳥取県で週1副社長」をうたい文句に、都市部の副業・兼業人材と県内企業をマッチングする「とっとり副業・兼業プロジェクト」をスタート。月3万円から5万円とプロを招くにしては安価な報酬で県外から多くのビジネスパーソンを集めている。

 プロジェクトの第一弾が始まったのは2019年9月のこと。人材紹介会社ビズリーチと連携し、同社の特設サイトで県内企業への副業・兼業人材を2期にわたって募ったところ、1000人を超える応募者が殺到した。結局この年は、14社16求人に対して1363件の応募があり、そのうち23人の採用につなげた。単純計算だが、倍率59倍という人気の高さである。

 以降、翌2020年度にはみらいワークス、2021年度にはパーソルイノベーションと様々な観点から人材紹介会社を替えながら連携し、3年連続で規模を拡大させながらプロジェクトを継続している。

 今年5月から始まった2021年度プロジェクトでは年4回の募集を予定しており、100社100人の採用を目標にしている。既に締め切られた第1回目の募集だけで46社68人のマッチングが決まり、今年度の目標は早々とクリアしそうだ。Webサイトからの求人掲載目標数は、第1次が50社、第2次が80社、第3次が50社、第4次が20社を合わせて年間目標200社に置いている。昨年度の経験値から社数に対するマッチング成約率を50%と考え、200社×50%=100社で200社の求人掲載数を最終的に目指している。

■鳥取県の「副業・兼業プロジェクト」の推移
 ――そもそもは2015年の「プロフェッショナル人材戦略拠点」のオープンから始まった
2015年11月 とっとりプロフェッショナル人材戦略拠点開所
2016年1月 同拠点に戦略マネージャーとして松井太郎氏着任
2017年7月 鳥取県立ハローワークを米子市、境港市、東京都、大阪市に開所
2018年4月 鳥取県立倉吉ハローワークを倉吉市に開所
2018年6月 鳥取県立鳥取ハローワークを鳥取市に開所
2018年6月 鳥取県立鳥取ハローワーク内にとっとりプロフェッショナル人材戦略拠点を移設
2019年9月 ビズリーチと共に2019年度副業・兼業プロジェクトをスタート
(14社16求人に約1400人の応募)
2020年9月 みらいワークスと共に2020年度副業・兼業プロジェクトをスタート
(85社103求人に約1200人の応募)
2020年5月 パーソルイノベーションと共に2021年度副業・兼業プロジェクトをスタート
(四次までの募集で100社100求人を目標。一次募集で46社68人を達成)
(取材から筆者作成)

2つの組織を一体化、都市圏の人材を引き寄せる

とっとりプロフェッショナル人材戦略拠点のウェブサイト
とっとりプロフェッショナル人材戦略拠点のウェブサイト

 プロジェクトを推進しているのが、JR鳥取駅構内に事務所を構える鳥取県立鳥取ハローワーク内に同居する「とっとりプロフェッショナル人材戦略拠点」だ。プロジェクトの要となる組織であり、人材紹介会社のサイトに掲載される内容もすべてこの組織の指示によるものになっている。その陣容は、戦略マネージャー1名、サブマネージャー3名の計4名。いずれも戦略マネージャーが所属する企業の社員だ。県は、副業・兼業プロジェクトに係るプロフェッショナル人材戦略拠点の業務委託費として、令和3年度当初予算で2238万5千円を充てている。

 そもそも「プロフェッショナル人材戦略拠点」とは、地方の中小企業が大都市圏の人材を獲得・活用できるように2015年から内閣府がスタートさせた「プロフェッショナル人材戦略事業」に基づき、東京と沖縄を除く45道府県が設置した組織のことを指す。鳥取県も2015年11月にこの拠点を開設している。

 慢性的な人手・人材不足に悩む地方企業にとって大都市圏の優秀な人材は喉から手が出るほど欲しい。しかし、都市圏のビジネスパーソンからすれば生活の基盤をまるごと地方に移す移住転職はリスクが大きい。そのため移住就職を前提に都市圏の人材を集めようとしても、なかなか思うように集まらないし、可能性のある人にリーチすることもままならないのが地方企業の現実だ。こうした状況を改善し、地方企業の人材採用をあと押しするために、民間の力を取り入れたプロフェッショナル人材戦略拠点が各地に設置された。

 内閣府の事業サイトを見ると『地域企業の「攻めの経営」への転身を後押し』という事業の目的が書かれている。「とっとりプロフェッショナル人材戦略拠点」もこの目的に合致した例と言えそうだ。

 鳥取県立ハローワークという組織も全国的に見てユニークな存在だ。県内4カ所のほか東京と大阪にも拠点を構え、一般求職者の支援を全県で展開しつつ、女性、ミドルシニア、若者の就業支援、IJUターン就職及び企業の人材確保支援、さらにはビジネス人材誘致まで広く行っている。この組織は、これまで国が運営していたものを地方分権一括法によって、地方自治体が「地方版ハローワーク」を自由に設置できるようになって生まれたものだ。

 「地方版ハローワーク」は、一般的な国のハローワークよりも地域のニーズを細かにすくい上げ、その土地の特性や風土に合わせたキメの細かい企業支援や人材紹介、求人施策が打てるようになる。鳥取県立ハローワークもその例の1つだ。

 鳥取県は2018年6月に、この2つの組織を1カ所に置くことで連携の強化を図り、民間の知恵を取り入れながら、人材誘致事業の加速化を図った。以降、2つの組織は二人三脚で緊密に連携しながら事業を推進している。

 両者が進める「ビジネス人材誘致事業」は主に3つの取り組みから成る。1つ目は、今回取り上げる「副業・兼業プロジェクト」でこれがメーンの取り組みだ。2つ目は大都市の企業人事部との連携、3つ目が移住就職人材の獲得となる。鳥取県立ハローワーク・プロ人材戦略拠点の一体チームは、この3つの取り組みを有機的に連動させながら県内企業の雇用ニーズに応えようとしている。大企業との連携による求人目標数は特に設けていない。

鳥取県が進める大都市圏の人材獲得事業の全体像。「鳥取県立ハローワーク」と「とっとりプロフェッショナル人材戦略拠点」という2つの組織が緊密に連携を図り、様々な取り組みを同時並行で行いながら大都市圏のビジネス人材を地域企業にマッチングする事業を進めている(図提供:鳥取県立鳥取ハローワーク)
鳥取県が進める大都市圏の人材獲得事業の全体像。「鳥取県立ハローワーク」と「とっとりプロフェッショナル人材戦略拠点」という2つの組織が緊密に連携を図り、様々な取り組みを同時並行で行いながら大都市圏のビジネス人材を地域企業にマッチングする事業を進めている(図提供:鳥取県立鳥取ハローワーク)
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最初の3年は思ったような成果が上がらなかった

 こうした取り組みの中心にいるキーパーソンが「とっとりプロフェッショナル人材戦略拠点」を率いる戦略マネージャーの松井太郎氏だ。彼の話から、今の事業がなぜこういう形になったのか、そして成功している理由をひも解いていこう。

 もともとはソフトバンクからキャリアをスタートさせ、その後、広告代理店、総合通販、家電メーカーの本部長や役員を歴任してきた松井氏にとって、大都市圏の大手企業で活躍するビジネスパーソンの心理は手に取るようにわかる。その松井氏が、公募により「とっとりプロ人材戦略拠点」の戦略マネージャーとなったのが2016年の1月。当時をこう振り返る。

 「来た当初、ある種の違和感を覚えました。優秀な人ほど東京に生活基盤を持っていて、そこそこの年収がある中、いきなり基盤も仕事も捨て家族も説得して鳥取に来るというのは難しいだろうなということは容易に想像がつきました」

東京から鳥取に着任した当時を振り返る「とっとりプロフェッショナル人材戦略拠点」戦略マネージャーの松井太郎氏。鳥取銀行などと一緒に立ち上げた地域産品のマーケティングや商品開発などを行う企業「あきんど太郎」(鳥取県八頭町)の経営者でもある(写真:松井太郎氏提供
東京から鳥取に着任した当時を振り返る「とっとりプロフェッショナル人材戦略拠点」戦略マネージャーの松井太郎氏。鳥取銀行などと一緒に立ち上げた地域産品のマーケティングや商品開発などを行う企業「あきんど太郎」(鳥取県八頭町)の経営者でもある(写真:松井太郎氏提供

 さらに我が身を振り返り、こう続ける。「当時の私はたまたま独身で身軽でしたし、親交のあったソフトバンクグループの役員が、鳥取県八頭町の地方創生にアドバイザーとして入っており鳥取県とご縁があった。こうしたことがあったからここに来たわけです。そういうものがなければ、移住はなかなかハードルが高い、と思いましたね」

 松井氏も戦略マネージャー着任当初は苦労の連続だったと言う。最初の3年ほどで地元企業約700社の経営者と面談し、地元の経済団体や様々な会合にも顔を出し顔つなぎを続けた。それでも地縁、血縁のない自分は、表面上相手にしてくれても根っこのところからは信用されていないと感じることが多かった。「最初の3年間、思いっきりやってみたけれども実に厳しかった。『一生懸命やっているのに年間10件しか成果が出せない自分に納得できず、夜はあまり眠れなかった』と苦笑する。

求める人材は「お金を希望している人ではない」という割り切り

 そんな苦労を重ねるうち、松井氏は地場企業の経営者が2つの問題を抱えていることに思い至る。一つはそもそも優秀な人材に来てもらってもフルタイムでやってもらうほどの仕事がないこと。もう一つは優秀な人に相応の報酬を払えるだけの資金がないということだ。

 こうした問題を解決するために松井氏が選んだのは求人側・応募側に心理的負担の少ない“ライト戦略”とでも言えるものだった。移住就職のような“ヘビー ”なものではなく、自分の会社に勤めながら副業・兼業で課題を解決する人材獲得というもっと軽いもの。

 松井氏は言う。「そのために解決したい経営課題はピンポイントで解決できるものにフォーカスしました。しかも費用は安く」。さらに「お金だけを希望している人ではなく、社会的なつながりを希望してくれる人に来てもらうのがいい」と発想を変えた。そういうマインドで動く人たちを、獲得するターゲット人材のペルソナに設定したのだ。

 一方で、県側としては、最終的には移住人口の増加にまでつなげたいため、人材獲得事業のスキームの中に「移住就職」という看板は外せない。松井氏は、こうした県側のニーズも汲みとり、移住就職を増やす取り組みは並行して続けながら副業・兼業人材を求める動きを次第に強めていった。「最初は私の個人的なネットワークの中で、ちょっとお金はたくさん出せないけれど、副業・兼業で地元企業の課題解決を手伝ってもらい、何とかやっていくうちにこれで行けるんじゃないか」という確信が生まれていった。

鳥取県の2021年度「副業・兼業プロジェクト」では100社100人のマッチングを目指している。年4回の募集のうち最初の1回目で既に46社68人のマッチングが決まった。早々と目標達成しそうな勢いだ。画面は「募集終了」と書かれた求人案件がズラリと並ぶ求人サイト「Loino」(21年度に連携しているパーソルイノベーションの求人サイト)の画面
鳥取県の2021年度「副業・兼業プロジェクト」では100社100人のマッチングを目指している。年4回の募集のうち最初の1回目で既に46社68人のマッチングが決まった。早々と目標達成しそうな勢いだ。画面は「募集終了」と書かれた求人案件がズラリと並ぶ求人サイト「Loino」(21年度に連携しているパーソルイノベーションの求人サイト)の画面
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月3万円だからこそ、うまくいく

 2018年6月に、「とっとりプロフェッショナル人材戦略拠点」は「鳥取県立ハローワーク」全県展開に伴って、県立ハローワークの鳥取拠点(鳥取県立鳥取ハローワーク)内に移設され、これによってビジネス人材誘致に取り組む本格的な体制が整った。これ以降、松井氏の組織と県立ハローワークが一つのチームとして試行錯誤を続けるようになる。

“ライト”な副業・兼業人材の獲得戦略とそのノウハウについて語る松井氏(写真:高山和良)
“ライト”な副業・兼業人材の獲得戦略とそのノウハウについて語る松井氏(写真:高山和良)

 こうして、月3万円から5万円という安価な報酬で副業・兼業人材を募るというプロジェクトの骨格が定まっていった。報酬に合わせて解決すべき経営課題も大がかりなものではなく、コンパクトに限られた課題に絞り込まれ、2019年度の「鳥取県で週1副社長~とっとり副業・兼業プロジェクト」という形に結実する。

 鳥取県の副業・兼業プロジェクトがうまく回っている最大の理由は、逆説的だが、成果報酬の安さである。通常、良い人材を得るには報酬は高額なほど有利といえる。しかし、月3万円から5万円と安く設定したからこそ、お金だけを目的としない半ばボランティア的な貢献をしようという人が応募してくれることになったと松井氏は言う。

 受け入れる企業にとっても大きな負担にならない。このプロジェクトに求人応募してくる会社は、中小企業というよりもむしろ個人商店レベルに近い規模のところが多い。そうした会社にとっても、月3万円~5万円の支払いなら対応できる。しかも期間は1カ月単位で自動更新もできれば打ち切りもできる柔軟な契約だ。

 応募する側からみても、この金額は副業の手始めとして気負わずに済む金額でもある。いきなり高額な報酬を提示されれば本業に近くなる。成果を出さないといけないというプレッシャーが生まれてしまう。しかし、軽めの課題を解決する程度なら、本業の妨げにならない範囲で腕を試しながら誰かの役に立ち、それでいて報酬も得られる。優秀なビジネスパーソンにとってはおいしい話とも言える。逆に報酬が高いと、採用側も応募者側も期待と責任が大きくなる。“重い”関係性は、互いの動きをがんじがらめに縛りかねず、期待に実態が伴わず、マッチングは失敗に終わりがちだ。

 松井氏はこう指摘する。「プロのコンサルだったら月50万円、下手をすれば100万円かかります。副業・兼業とはレベル感が全然違います。また、県内企業が欲しいのは、知恵であり伴走相手です。労働力はいりません。(コンサルよりもはるかに安く、それでいて)経営者に伴走してくれて一緒に動いてくれる人が必要です」

 ただ、このような“ライト”なマッチングを成功に結び付けるには、マッチメイクする側にそれなりの工夫とノウハウが必要になる。松井氏は言う。「県内企業側から出てくる課題の切り出しが重要になります。それをプロ拠点が丁寧にやっている。この事業が成功するか否かは、課題の切り出し次第です」と松井氏は断言する。「切り出し」とはつまり企業側の課題をきちんと精査し、副業・兼業で解決できる“粒”の大きさに整理することだ。

 「月3万円から5万円の報酬でできるような案件の切り出しをやるのがノウハウです。うちのサブマネージャーにはうまく切り出しができるように研修をして私の知識やスキルをきちんと伝えています」と松井氏。

「公民連携」がもたらすスピードアップと機動性

 言うまでもなく「とっとり副業・兼業プロジェクト」は県の事業だ。少し細かく言うと、県内の雇用や企業支援、産業振興などを担当する「商工労働部雇用人材局」の事業である。鳥取県が「とっとりプロ人材戦略拠点」戦略マネージャーである松井太郎氏が所属する県内企業(あきんど太郎)に業務を委託しており、実体は「公」と「民」の連携プロジェクトと言える。この「公民連携」がスムーズに行っていることもプロジェクト成功要因の一つとなっている。

 鳥取駅にある「鳥取県立 鳥取ハローワーク」課長補佐の細田浩一氏はこう語る。「例えば、県が何かを直接実行しようとすると、どうしてもそれなりの手続きがあって日数がかかります。これが『とっとり副業・兼業プロジェクト』は、民間ならではのスピードと機動性が発揮しやすくなります。拠点メンバーからちょっとアイデアが出たらすぐに実行してみるとかですね、そういったところがうまく機能できているんじゃないかと思っています」。

JR鳥取駅にある「鳥取県立 鳥取ハローワーク」の前で、副業・兼業プロジェクトについて語る鳥取ハローワーク課長補佐の細田浩一氏。「県立ハローワークの事業には、女性、若者、ミドル・シニアの就職支援等5つの柱がありますが、その中の1つの柱が企業の人材確保を支援することで、その中にプロフェッショナル人材事業というものを位置づけています」(写真:高山和良)
JR鳥取駅にある「鳥取県立 鳥取ハローワーク」の前で、副業・兼業プロジェクトについて語る鳥取ハローワーク課長補佐の細田浩一氏。「県立ハローワークの事業には、女性、若者、ミドル・シニアの就職支援等5つの柱がありますが、その中の1つの柱が企業の人材確保を支援することで、その中にプロフェッショナル人材事業というものを位置づけています」(写真:高山和良)

 予算面でも自由度が高い。

 細田氏は、こう説明してくれた。「新しいことをしようと思っても県の場合はきちんと予算があって、執行する側はその中で決められたことをしないといけません。けれどもプロフェッショナル人材戦略拠点に委託している中では、こういうことをしてみようかと新しいアイデアが出た時に、拠点が委託費の範囲内で使う額を振り分けたりしてすぐ新しいことに向かえます」。このように、公と民がうまく連携することで行政単独で進めるよりもずっと柔軟で素早くできるスキームになっている。

採用した県内企業では期待以上の成果が

 では、これまでに副業人材を採用した県内企業側からのプロジェクトに対する評価はどうなっているだろうか?

 鳥取県立ハローワークが今年3月に実施したアンケートによれば、求人企業と応募者の双方の満足度は非常に高いことが見て取れる。「期待以上、期待通りが約80%」という調査結果が出ている。

 副業・兼業人材が解決する経営課題についても、ほどよい粒感が保たれているようだ。採用を継続している企業は多いのだが、「より高度なミッションへ移行」という答えは1/4程度に留まっていて、半数以上は“ライト”な経営課題の解決をそのまま続けている。

副業・兼業プロジェクトの採用企業にとったアンケート結果では高い評価が出ている。「期待以上、期待通りが約80%」。案件の内容は「販路拡大と事業分野拡張」など経営企画的な仕事への支援。約1/4の契約者がさらに高度なミッションへと移行している。逆に言えば副業・兼業的な課題の粒で満足していることがうかがえる(資料:鳥取県立鳥取ハローワーク)
副業・兼業プロジェクトの採用企業にとったアンケート結果では高い評価が出ている。「期待以上、期待通りが約80%」。案件の内容は「販路拡大と事業分野拡張」など経営企画的な仕事への支援。約1/4の契約者がさらに高度なミッションへと移行している。逆に言えば副業・兼業的な課題の粒で満足していることがうかがえる(資料:鳥取県立鳥取ハローワーク)
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大手企業の人材が月3万円で副業契約

 実際に、経営課題を絞り込み、副業人材の支援を上手に受けている県内企業例が、鳥取県の東部で古くからの基盤を持つ住宅建設業「いなばハウジング」(鳥取市・従業員14人)だ。

 同社の山田真也社長と取締役の山田美和子氏夫妻は、顧客を若年層に広げるために慣れないSNSを展開していきたいという課題を持っていた。2020年度の「副業・兼業プロジェクト」に求人募集を出し、鳥取県立ハローワークととっとりプロフェッショナル人材戦略拠点のフォローを受けながら2020年12月から応募者の松本崇氏と月3万円で業務契約を結んでいる。

 松本氏は三菱地所でJ-REITの投資家向け広報や経営企画を担当しており*1*2、建築・不動産業界のトップ企業に所属する34歳。中小企業診断士の資格も持つ、現役ビジネスパーソンだ。今のところ、オンラインミーティングを通じての支援となっている。

*1 2021年8月時点。三菱地所は社員の副業を認めている
*2 J-REITとはJapan Real Estate Investment Trustの略で、投資家から資金を集めて不動産投資を行い、その賃貸収入や売買による収益を投資家に分配する商品のこと

 山田社長夫妻は、月3万円でここまでの業務支援が受けられていることに驚きを隠せない。「ありがたすぎて本当にいいのか」という思いを持っていると語る。二人は「松本さんが、オンライン会議の前段階で資料集めなどにどれだけ手間をかけてくださっているか想像できるじゃないですか。それなのにこれぐらいの報酬でやっていただいて大丈夫なのかなと心配になるくらい。それくらい親身にしてくださっていますし、私たちが疑問に思うことも一つひとつ的確にアドバイスいただいて本当に感謝しかないですね」と声をそろえる。

 「いなばハウジング」は江戸時代から続く地域の絆の中で事業を続けてきたが、過疎化が進む地域の中で新築ビジネスを広げていくにはどうすればいいかという危機感を抱えていた。これまでの地縁・人縁中心の紹介をメーンにしてきた新築案件だけでなく、市町村合併で街中に住まいを求めるような30代、40代の若いファミリー層の顧客をどう開拓していくかという課題だ。

 山田社長は、この年齢層にリーチするためには従来の紹介や新聞折り込みのチラシに頼るだけではなく、SNSを活用していかなければならないとずっと考えていた。しかし、そのノウハウは社長はもちろん社内にもはない。二人は「プライベートでもまったくSNSはやっていませんでした。それなのにオフィシャルでやるというのはハードルが高くて。そもそもどういうことをTwitterでつぶやけばいいか、どういう写真をインスタグラムに投稿すればいいか、まったく分からなかった」と当時を振り返る。

いなばハウジング代表取締役社長の山田真也氏と取締役の山田美和子氏夫妻。美和子氏がもう一人の社員と共に同社SNSの主担当を務めている(写真:高山和良)
いなばハウジング代表取締役社長の山田真也氏と取締役の山田美和子氏夫妻。美和子氏がもう一人の社員と共に同社SNSの主担当を務めている(写真:高山和良)

県側からのきめ細かいフォローが不可欠

 そんな時、鳥取県立ハローワークの担当者から「副業・兼業プロジェクト」の話を聞いたことが、求人に応募するきっかけとなった。

 採用について、「最初は気負いすぎしまって、結局誰も選べませんでした」と山田社長夫妻は振り返る。「9人の方の応募がありましたが、こちらから相手にアプローチしないといけない。でも、それをどういう風にしたらいいか分かりませんでした」と山田社長。取締役の美和子氏も「社員採用の面接みたいな気構えでいてしまったんです。すごく気負ってしまって。その結果、分からない、選べないみたいになってしまいました」と振り返る。

 2人は結局、9人からの応募を2カ月以上も放置してしまう。そこにとっとりプロフェッショナル人材戦略拠点のきめ細かいフォローが入った。「担当の方から何回も電話がありまして、どうですか進んでますかと。そろそろなんとかしないと駄目だと思いまして、正直にどういう風に選んだらいいか分からないと相談したんです。そうしたらおっしゃることも分かりますということで、簡単な経歴が書かれたメールを全て転送してください。私の方で振り分けますと言ってくれました」(山田社長)

 とっとりプロフェッショナル人材戦略拠点は、9人の候補に優先順位を付け、半数ほどにふるいにかける。その中から3人の人とオンライン面接を行い、2人まで絞り込んだ。ここでも山田夫妻はまた悩みに悩むが、最終的にはフィーリングで松本氏に決めたという。

 地方企業における人材マッチングの成功は、仲介者のフォロー次第だということがよく分かる事例だろう。いなばハウジングを副業支援する松本氏も「私も山田さんとお話しする中で、採用の過程で(拠点から)実にきめ細かいフォローがあるということをひしひしと感じました」と語る。

応募者にとっては「腕を磨く機会」に

いなばハウジングと副業契約を結び、2020年12月からSNSマーケティングを支援している松本崇氏。「僕らの世代は長く働くのは当たり前。主体的に働き続けるためにはスキルアップが必要で、そのためにも外の世界を知っておきたいし、自分がどれだけできるのかを知っておきたいと思っていました」と語る。福岡県の出身で、地方を支援したい、何らかの形で役に立ちたいという思いを以前から持っていたという(写真:松本崇氏提供)
いなばハウジングと副業契約を結び、2020年12月からSNSマーケティングを支援している松本崇氏。「僕らの世代は長く働くのは当たり前。主体的に働き続けるためにはスキルアップが必要で、そのためにも外の世界を知っておきたいし、自分がどれだけできるのかを知っておきたいと思っていました」と語る。福岡県の出身で、地方を支援したい、何らかの形で役に立ちたいという思いを以前から持っていたという(写真:松本崇氏提供)

 いなばハウジングで副業をする松本氏は、「月額3万円」という報酬はどう感じているのだろうか。松本氏に聞くと「決して安くない」という答えが返ってきた。

 「僕からすれば支援することで経験が積めて、かつ、自分が地方に貢献していきたいという思いも満たされます。逆に、この金額じゃないとその機会を得られなかったと思うんです。なので、そういう人材にとっては今の報酬額は当然あり得ると思いますし、時間の使い方も工夫すれば時間単価で言うと十分いただいていると思います」

 「とっとり副業・兼業プロジェクト」はいくつもの要因が重なりあって、しかるべき成果が出ているようにみえる。考えられる成功の要因をいくつか挙げてみよう。

  • 1)報酬は安い方がむしろいいのだという逆転の発想
  • 2)求人側と応募側、双方のニーズとマインドセットを読み解く力
  • 3)採用企業側の課題を精査、適正な粒の大きさにコントロールしていること
  • 4)公・民の緊密な連携と優れた制度設計
  • 5)民間ならではの柔軟な発想と機敏な動き
  • 6)民の自由度を奪わず許容しバックアップする自治体の支援
  • 7)プロジェクト運用者のきめ細やかな運用とフォロー
  • 8)採用企業と副業者、両者が互いに感謝し尊重する関係性
副業・兼業プロジェクトを成功に導くためのハンドブックや、マッチング事例集。こうしたパブリッシングも充実している(写真:高山和良)
副業・兼業プロジェクトを成功に導くためのハンドブックや、マッチング事例集。こうしたパブリッシングも充実している(写真:高山和良)
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 鳥取県のプロジェクトは、こうした要件がそろったからこそ成功しているのではないだろうか。コロナ禍によってオンラインでの会議、仕事ができる環境が整い、ライトな協業関係を後押しする幸運もあったが、まずは優れた制度設計をして、現場をきちんと丁寧に回していくことがこうしたプロジェクト成功の基本要件であることは間違いない。

訂正履歴
初出時、1ページ目の表中、2020年9月の求人件数の数値が違っていました。また、プロジェクトの開始時期に誤りがありました。お詫び申し上げます。記事は修正済みです。 [2021/09/16 15:55]

この記事のURL https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/PPP/434167/081200190/