再整備開始からわずか5年で、入園者数を3倍超に伸ばした公園がある。薩摩半島の南端に位置する「番所鼻(ばんどころばな)自然公園」(鹿児島県南九州市)。民間主導で1基の鐘のモニュメントを建立したことが、公民連携の持続的なパークマネジメントの実現につながり、現在も年間8万人が訪れる。民間のアイデアを活かした賑わいづくりの好例といえそうだ。

 人口約3万5000人の鹿児島県南九州市。薩摩半島の南端に位置する「番所鼻自然公園」には年間約8万人が訪れる(2018年推計)。民間のアイデアを活かした地道な再整備が実を結び、整備前の2010年には年間2万人程度だった来訪者が、2012年には年間7万人を達成したのである。

 急成長のきっかけは、埼玉県からのIターン移住者が2010年に地元NPOと建てた、1基の鐘のモニュメントだった。民間の努力に市と県も呼応し、公民両輪の公園再整備が始まった。現在も、両者で構成する「パークマネジメント会議」を通じて公園の運営について議論を続けており、連携はまもなく10年に及ぶ。

現在の番所鼻公園の展望広場(写真:萩原詩子)
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 番所鼻に、当時の頴娃(えい)町が自然公園を整備したのは1976年に遡る。そのときすでに、民間による2つの観光施設が開業していた。旅館「いせえび荘」(1966年開業)と宴会場「番所会館」(1972年開業)だ。いずれも町有地を賃借しており、番所鼻周辺には、最初から官民が混在している状態だった。1979年には「いせえび荘」が別館レストラン「竜宮苑」を開いており、1980年代には観光客で賑わった時期もあったらしい。

 2008年以前の観光統計は取られていないが、1980年代以降、番所鼻の観光開発は後退したようで、「番所会館」は2003年頃に廃業している。頴娃町は2007年に知覧町、川辺町と合併し、南九州市が発足した。

薩摩半島の南端に位置する南九州市。番所鼻自然公園のある旧・頴娃町は、砂蒸し風呂で知られる指宿温泉や武家屋敷が残る知覧といった観光地から車で30~40分ほどの距離だが、町外からの来訪客は少ない農業の町だった
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地域衰退の危機感から、住民がまちおこしNPOを設立

 南九州市発足と軌を一にして設立されたのが、NPO法人「頴娃おこそ会(以下、おこそ会)」だ。もとは頴娃町の商工会と町役場の職員が始めたまちおこし組織で、2005年に任意団体として結成した。旧頴娃町の人口は1950年の約2万9000人をピークに、合併時には半分以下の約1万4000人にまで落ち込んでおり、地域の存続に対する危機感は強かった。おこそ会設立時から13年間、理事長を務めたのは前出の「いせえび荘」社長で、頴娃観光協会会長だった西村正幸氏(2018年に逝去)だ。

 そして2010年、埼玉県から移住してきた加藤潤氏がおこそ会に加わる。加藤氏は、養殖家の実弟が番所鼻で開業したタツノオトシゴ養殖場を訪れた際、その景観に惚れ込んで移住を決めたという。加藤氏によって、養殖場は観光施設「タツノオトシゴハウス」に発展した。建物は「いせえび荘」所有の元別館「竜宮苑」を借りて改修したもので、家賃は格安の月1万円(当初)。つまり、西村氏と加藤氏は同じ番所鼻公園に拠点を置く、大家と店子の関係でもあった(*1)。

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観光養殖場タツノオトシゴハウス。築40年の建物を当初はほぼDIYで改修したという
いせえび荘フロントで。左が加藤潤氏、フロントに立っているのは西村正幸氏の後を継いでいせえび荘を運営する西村徹氏(写真:萩原詩子)
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*1 タツノオトシゴハウスの敷地は都市計画上の公園からは除外されている。

手弁当で建てた鐘が反響、市と県が再整備に乗り出す

 2010年当時の番所鼻公園は「木々や雑草が伸び放題で、せっかくの景観が活かされていなかった(加藤氏)」という。地元住人には日常の風景でも、新参の加藤氏には宝の持ち腐れに見えた。「タツノオトシゴハウス」の集客のためにも、もっと公園を盛り上げたい。

 加藤氏が西村氏に相談したところ、おこそ会と観光協会が公園の魅力向上に協力してくれることになった。ただし、資金は両会がやっと工面した25万円。この金額で何ができるのか。西村氏は「神社でも建てたら」と言ったというが、そこから着想したのがタツノオトシゴをモチーフにした“鐘”だった。

 海を挟んで開聞岳を正面に望む位置に、「吉鐘」と名付けた1基の鐘を建てる。来園者は自ずと眺望のよい場所に導かれ、そこで鐘を鳴らして幸運を祈る。タツノオトシゴは産卵時に雌雄が向かい合ってハート型を描くことから、恋愛成就に結び付けた。

 市に設置許可について問い合わせたところ、口頭で「問題ない」との回答を得た。資材調達・製作・設置はすべておこそ会が手弁当で行い、石碑はメンバーの石材店が当初無償で提供してくれたそうだ。

吉鐘。小銭を置いていく人が多かったため、のちに賽銭箱を設置。入金は公園の維持費に充てるルールだ。鐘の下で記念撮影できるよう、鐘の向かいに石造の「カメラ台」も設けている。2010年当初はカメラ用だったが、現在はスマートフォンも立てられるようになっている(写真:萩原詩子)
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 こうして2010年に建った吉鐘は、加藤氏たちが狙った以上の効果を生んだ。タツノオトシゴの恋愛祈願が話題を呼び、来園者が増え始めた。さらに、近くにある釜蓋神社とも連携し、2つの“パワースポット”を結ぶマップを作成したところ、地元紙が大きく取り上げてくれた。

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釜蓋神社。正式名称は「射楯兵主(いたてつわものぬし)神社」。頭に釜の蓋を載せて参拝するユニークな「釜蓋願掛け」が評判を呼び、全国ネットのテレビ番組でも紹介された(写真上:萩原詩子、写真下:頴娃おこそ会)
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 ちょうどこの頃、南九州市商工観光課は、県の「魅力ある観光地づくり事業」の対象となる候補地を探していた。当時、市でこの事業を担当していた濵崎洋光氏は何度か番所鼻公園を訪れ、おこそ会の活動を知る。「民間の活動があることも、事業採択の追い風になった」と濵崎氏は言う。鐘の建立から1年を待たずして県の補助金を得ることができた。公園に新しい展望広場約850m2と園路約220mが完成。事業費は約2200万円だった。おこそ会も、案内板の図案や説明文を用意するなど、ソフト面で尽力した。

整備前の番所鼻自然公園。2010年当時の公園には樹木が生い茂り、入り口から海が見えないような状態(写真:頴娃おこそ会)
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整備後の姿。県の補助により、東シナ海と開聞岳が見晴らせる広場が完成した(写真:頴娃おこそ会)
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