「健康寿命の延伸」のため、住民の生活習慣の改善に取り組む自治体が増えている。先行する自治体の一つとして知られるのが長野県だ。2014年6月から、「しあわせ健康県」づくりを進めるため、しあわせな暮らしの基礎となる県民の健康増進を図る運動「信州ACE(エース)プロジェクト」に取り組んでいる。

 2017年12月、厚生労働省が発表した2015年の都道府県別平均寿命で話題になったのが、長野県男性の首位陥落だ。過去5回連続1位だった平均寿命が2位に下がったのである(女性は87.675歳で2回連続1位)。県の男性の平均寿命は、5年おきに行われるこの調査で1990年から5回連続で首位だったため、「30年ぶりの首位陥落」と騒がれた。とはいえ、現在の長野県が力をいれているのは、平均寿命よりもむしろ健康寿命(介護などを必要とせず自立した生活を過ごせる期間)の延伸だ。

 長野県は、平均寿命の長さは47都道府県でも最上位クラスなのに対して、健康寿命は中位クラスだ。厚生労働省の推計によると、2016年の長野県の健康寿命は、男性が72.11歳、女性が74.72歳。全国平均(男性72.14歳、女性74.79歳)をやや下回る。都道府県別の順位を見てみると、男性は20位、女性は27位だ。

 では、健康年齢をアップさせるにはどうしたらよいのか。長野県では、県民の死因などのデータを探った。すると、脳卒中死亡が男女とも全国平均より高いことが分かった。この点に着目し、高血圧、肥満や糖尿病などの予防を喫緊の課題に掲げて誕生したのが、世界一の健康長寿を目指す「信州ACE(エース)プロジェクト」(以下、ACEプロジェクト)だ。2014年6月にスタートした。

(資料:長野県)
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世界一の健康長寿を目指す「信州ACE(エース)プロジェクト」のウェブサイト

食塩摂取量を減らし野菜を増やす――弁当やメニューを提供

 「ACE」は脳卒中などの生活習慣病予防に効果的な「Action(体を動かす)」「Check(健診を受ける)」「Eat(健康に食べる)」を表した県民運動の総称だ。世界で一番(ACE)の健康長寿を目指すという思いが込められている。

 5年目を迎えたACEプロジェクトだが、先日公表された最新の実績(2017年度)を見ると、取り組みはおおむね前進しているようだ。

ACEプロジェクトの実績。太字は前年よりも成果があったもの(長野県のデータをもとに筆者作成)
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 例えば、「健康づくりチャレンジ宣言」を行った事業所数は、2016年度は156事業所だったのに対し、2017年度は268事業所とその数を大きく増やした。さらに、今年8月31日現在、314事業所にまで増えている。塩分や野菜の量などに配慮した「ACE弁当・メニュー」提供店舗数も、前年度の869店から2017年度は878店へと増えている。

 長野県の2018年度当初予算額は8463億9563万3000円。このうち「信州ACE(エース)プロジェクト推進事業」の当初予算額は1億3289万円で、2017年、2016年より若干減ってはいるものの、今年度も積極的な啓発活動が続くものと考えられる。

 Check(特定健診)については、長野県保健者協議会とタイアップした受診促進キャンペーンを行ったり、県が各市町村の保健指導の取り組み支援をしたりなどの取り組みを行っている。2014年度の特定健診受診率は52.5%で全国8位だったが、2015年度は54.2%で全国7位に。目標の62%には及ばなかったが着実に改善している様子が見て取れる。

クックパッドの「長野県公式キッチン」

 Eat(食生活)は、長野県にとって改善の余地がまだまだある部分だ。1960年代後半から減塩運動に取り組んでいるものの、1日のナトリウム(食塩相当量)摂取量の平均は2016年時点で男性が11.2g、女性が9.5gと、高血圧予防の観点から国が設定した男性8g未満、女性7g未満という目標値を超過した。また野菜の摂取量も減少傾向にあった。

 そこで長野県では、「1食の塩分は3g、野菜はもう一皿」を掲げ、コンビニやスーパー、飲食店と連携して「ACE弁当」や「ACEメニュー」の提供を2014年から開始。1食がエネルギー500kcal~700kcal、野菜約140g以上、食塩相当量3g未満に近づくように配慮した弁当やメニューを提供するコンビニやスーパー、飲食店、社員食堂は2017年度時点で878店舗に上っている。このうち飲食店については提供するメニューがあるかどうかだけでなく、長野県産食材の利用やフードロス抑制に努めている店舗については「信州食育発信3つの星レストラン」を認定・登録しており、2018年8月29日時点で122店舗が登録されている。

 また料理レシピ情報サイト、クックパッドに「長野県公式キッチン」を開設。2015年12月から本格的に始動し、「信州ACEプロジェクト健康づくり応援献立」を順次公開。「健康づくり応援(ACE)献立」は2018年7月17日現在、32種類登録しており、より具体的に「何を選び、作り、食べればいいのか」を分かりやすく伝えるようにしている。

「インターバル速歩」や「ポールを使ったウオーキング」で身体活動量増加へ

 ACEの中でも特徴的な取り組みがAction(運動)だ。例えば、民間や大学、市町村とも連携して次のような取り組みを実施した。

●信濃街道ウオーキングラリー
 事業所対抗で実施。アプリも使って働き盛り世代の運動習慣定着を目指す。

●「インターバル速歩」のトレーニング教室や講座
 信州大学大学院医学系研究科の能勢博教授が提唱する、時間のない中でも効率的なウオーキングが可能になる、「ゆっくり歩き」と「速歩き(はやあるき)」を3分ずつ交互に繰り返すウオーキングの普及啓発。

●ご当地体操
 県内の自治体がオリジナルの体操を作成して地域で実践したり、YouTubeなどに投稿したりして広める。県では「しあわせ信州ご当地体操コンテスト」を実行委員会とともに開催して表彰。各市町村のオリジナルの体操を体験する機会を設けた。

2018年3月4日に開催された「しあわせ信州ご当地体操コンテスト」(写真提供:信州ACEプロジェクト)
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●ポールを使ったウオーキング講習会
 2本のポールを使って歩くことで通常のウオーキングに比べカロリー消費が増えるという、ポールを使ったウオーキングの講習会を各自治体等で開催して普及を図っている。

 トレーニング教室やご当地体操、ウオーキング講習会などの実施は県内の市町村などが担当しており、県としてはモデル市町村をはじめ、各市町村の担当者向けに研修会を開くといった支援を行っている。

 長野県健康増進課 課長補佐兼食育・栄養係 係長の吉川さなえ氏は、「健康づくりは、個人が取り組むものと、自治体が環境を整備することによって自然に取り組まれるようになるものがある。しかし自分がやりたい方法を選ぶ環境が整わないと、なかなか取り組んでもらえない。それならば、運動でも食でも、選べる環境を整えるのが行政の役割ではないかと考えている」と語る。

 前述のように、ACEプロジェクトは個別目標に向けた前進はあるが、「健康寿命の延伸」という最終的な目的に結び付いてくるのはこれから、ということになる。成果に結びつけるには、これまでのような取り組みを継続的に続けていく必要があるだろう。ACEプロジェクトの今後に注目していきたい。

駒ヶ根市:県内企業と組んで活動量計を導入

 健康寿命を延ばすには、実際に住民に対して運動習慣定着のための取り組みを行う各市町村の役割が重要になる。県は対住民の活動が直接行えるわけではないからだ。今回は、活動量計を活用した駒ヶ根市の「こまがね健康ステーション」を紹介する。

「こまがね健康ステーション」で活用している無線通信活動量計。ズボンのポケットに入れて(推奨)歩数を計測する。歩数、中強度活動時間、活動消費カロリー、歩行距離が分かる。検出方法は3D加速度センサー。右が最新版(写真:山田真弓)
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 駒ヶ根市地域保健課 介護予防係の浜達哉係長は、こまがね健康ステーションをスタートさせたきっかけについて「そもそも駒ヶ根市民の活動量が分からなかった」ことだと語る。前提として、県同様に死亡原因として脳血管疾患死亡率が高く、普段の生活習慣の見直しが必要だということが分かっていたことも大きかった。

 そこで、デスクワークや車移動の多い市民の歩数をどうにか把握したいと考え、県内企業のアコーズ(本社:飯田市)に依頼し、活動量計のデータを簡単に読み取り、見える化できるシステムを構築することにした。

 アコーズは電子機器製品の企画開発製造を手掛ける事業者で、歩数計をOEMで作り続けており、2009年にはソニーのFeliCaのNFC通信を使った活動量計を世界で初めてつくったという。

 活動量計は、駒ヶ根市から35kmほど離れた飯田市にあるアコーズが開発した機器を使うことになった。浜氏が情報収集する中、新聞で同社の記事を見かけたことがきっかけだという。

 データのセキュリティ対策やサーバーに集積した活動量計データを使った専用サイト「こまがね健康ステーション統計情報」の開発は、地元・駒ヶ根市に本拠を置くキャリコが行った。キャリコはLinuxを用いたシステム開発を手掛けており、市内の医療機関や行政のシステムやセキュリティなどの開発実績を持つ会社だ。

 市民に活動量計を携帯してもらい、その活動量計を「こまがね健康ステーション」に設置されたデータ読み取り用の機器にかざしてもらうと、自分がどれくらい歩いたかが一目瞭然で分かるというシステムだ。こうして蓄積された自分のデータは、登録すればウェブサイトからも見ることができる。

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「こまがね健康ステーション統計情報」のウェブサイト。登録するとマイページで自分の情報を見ることができるようになる(資料:駒ヶ根市)

 「こまがね健康ステーション」の登録対象者は駒ヶ根市民、または、市内の医療機関に定期的に通院している人。登録は健康ステーションにある用紙を専用封筒に入れて、ポストに投函するか、保健センター内事務局まで持参する。活動量計は事務局で受付・個人設定後に渡される。登録費用は税別3000円。2015年11月に登録受付を開始し、2018年7月時点で1454人(男性538人、女性916人)が登録している。

医療機関と地元企業の協力があって成立した

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駒ヶ根市の保健センター内設置された「こまがね健康ステーション」。活動量計をかざすと、データが吸い上げられるようになっている。マイページにログインすればデータは利用者が自分のスマホでも確認することができる(写真:山田真弓)

 システムをつくっても、使ってもらえなければ意味がない。幅広い年代層に「使うことでのメリット」が感じられるようにするためにはどうしたらいいのか。そう考えていた矢先の2014年、浜氏は、一冊の本に出会った。東京都健康長寿医療センター研究所の青柳幸利・運動科学研究室長が書いた『あらゆる病気を防ぐ 「一日8000歩・速歩き20分」健康法: 身体活動計が証明した新健康常識』である。

 この本を読んだ浜氏は、1日歩いた結果がどれだけ病気予防につながるのかが示せるのではないか、歩数に対する意味付けができればメリットとして示せるのではないかと考え、さっそく著者の青柳室長に話を聞きに行った。そして、市民が受診時に自身の活動量計のデータを医師に見てもらいながら、その場でコメントをもらえるような仕組みづくりをすることになった。

 こうして、地元の医師たちにも相談しながらつくりあげたのが、「こまがね健康ステーション」だ。現在、駒ヶ根市内の内科を標榜する医療機関の7割に導入されている。

 国のモデル事業として認められた「こまがね健康ステーション」事業は、国から776万円の補助金を受けて、2016年度にセキュリティ面やデータの見える化などを強化した(2016年度の「こまがね健康ステーション」の決算一般会計分は930万円)。

 駒ヶ根市が限られた予算の中でシステムが構築できたのは、フットワークの良い地元企業キャリコと、必要十分な機能だけを搭載した活動量計を提供してくれるアコーズに出会えたことが大きかった。既に市内の医療機関や行政のシステムやセキュリティなども手掛けていたこともあり、必要なデータだけを統計化していくことができたのである。大手企業が提供するフル機能で高額なパッケージ製品は、今回は敷居が高かったと浜氏は振り返る。

活動量の見える化にこだわった理由

登録した40歳以上の市民に発行されるスタンプカードを使ったスタンプラリーの案内チラシ

 「こまがね健康ステーション」の機能はシンプルだ。現状、見える化されているのは、あくまでも歩数を基にした活動量だけ(歩数、中強度活動時間、活動消費カロリー、歩行距離)。今後は血圧、体重などのデータの追加も考えているというが、まずは歩数への関心を高めて運動習慣の定着を高めることを優先した。自分がどれくらい歩いているかを知り、それが病気予防にどう貢献できているかを知る。利用者各自が病気の予防ラインを理解していく必要がある。「血圧や体重などの総合的な情報は、その先にあるものと考えた」(浜氏)というわけだ。

 スタンプカードによるインセンティブも用意した。登録した40歳以上の市民にはスタンプカードが発行され、月に1回、活動量計をかざしてスタンプカードを「こまがね健康ステーション」で提示すると、スタンプを押してもらえる。「こまがね健康ステーション」は市内33カ所(2018年7月1日現在)に設置されている。スタンプを6個集めると、行政・金融の地域組織と一体になった地元の商店街ICカード「つれてってカード」に貯まる「えがおポイント」500ポイントがもらえるようになっており、そのポイントは加盟店で使える。

 見える化によって、利用者の中には今まで車で行っていたところに歩いていくようになった、あるいは駐車場でも遠いところに停車するようになったなど、意識が変わってきているというアンケート結果も出ており、一定の効果は出ている。

 定期的に医療機関にかかっている人の中には、血圧の数値が改善するケースも出てきている。自治体主導で医療機関と連携しているため、発病リスクが高い人を抽出することにもつなげられているという。例えば、2カ月間健康ステーションで活動量計をかざしていない人に対して、市の保健師などが手紙を出したり、電話をしたりなどのアプローチができるようになったというわけだ。

 課題もある。現在のこまがね健康ステーションの利用者は、65歳以上が65%を占めている。もちろんこの層の利用者数の拡大も重要だが、できれば中高年層への拡大も進めたいと浜氏はいう。

 浜氏によれば、市内ではスマホを使っていない高齢者がまだまだ多く、これまでは使っていても万歩計くらいだったこともあって、市が提供する活動量計を入手することに積極的な面がある。しかし中高年層以下の世代はスマホ利用者が多く、スマホに連動したウエアラブル型の活動量計(スマートウオッチなど)を使っていることが多い。こうした中高年層以下の世代にとって、自治体の用意した活動量計を使うメリットを感じてもらうには一工夫が必要だ。

 「ここからの伸び(新規登録者数は月平均20件)は口コミが重要になる。貯まったポイントが有効に活用できる仕組みなどが広まっていけばと考えている。今後は地域の人と人とのつながりで広げていくというフェーズに入ったともいえる」(浜氏)。市としては、「こまがね健康ステーション」の設置場所をより若い層が接触しやすい場所に設け、広げていくようにしたいと考えている。

この記事のURL https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/PPP/434167/091000078/