2019年7月、福島県田村市にたむら市民病院が誕生した。32床と規模は決して大きくないが、人工透析や救急の患者を受け入れ、地域医療の中核を担っている。病床数が多い地域では病院の新設を認めないという県の医療計画と、医師の確保という2つの難題を民間病院との連携で乗り越えてのオープンだ。新築移転計画も動き出し、次なる展開も見えてきている。
昨年7月に市立病院として新たなスタートを切ったたむら市民病院(写真:井上俊明)
昨年7月に市立病院として新たなスタートを切ったたむら市民病院(写真:井上俊明)
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田村市(たむらし)
田村市(たむらし)
2005年3月に田村郡滝根町、大越町、都路村、常葉町、船引町の5町村の合併により発足。市名は坂上田村麻呂にちなみ、公募により決定した。福島県中通り地方の郡山市の東部に位置し、福島県沿岸エリアの浜通り地方との結節点となる地域でもある。阿武隈山系が南北に走り、ゆるやかな山地となだらかな丘陵地帯が広がる。人口は3万5387人(2020年8月1日時点)。面積458.33km2。地図中の濃い緑色のエリアが、田村市を含む「県中区域」となる。

 「5町村が合併して2005年に田村市が誕生した当初から、『総合病院が市内にあったらいい』という声はあった。市も誘致を行ってきたが、県の医療計画がネックになっていたうえ、医師をはじめとするスタッフの確保、さらに運営コストの問題もあって難航していた」。田村市保健福祉部・保健課課長の渡辺春信氏は、市立病院の開院まで十数年かかった経緯をこう説明する。

 田村市は福島県東部に位置し人口は約3万5000人。東北新幹線の駅がある郡山市から、車で30分ほどかかる場所だ。2019年6月までは、市内の病院は32床のベッドを持つ医療法人真仁会大方病院のみ。ほかに入院設備のある診療所などがいくつかあるが、医療提供体制は十分とはいえず、患者の市外への流出はもちろん、人口減少の要因にもなっていた。

 一方で郡山市には、高度先進医療やがん治療などで全国的に有名な民間病院をはじめ、大病院が軒を連ねている。ここ郡山市と田村市が、福島県が定める医療計画で同じ「県中区域」(地図中の濃い緑色の地区)とされたきたことが、田村市において市立病院の開院に時間がかかった最大の要因だった。

市内唯一の民間病院が存続の危機に

 第7次福島県医療計画(2018~2023年度)によれば、3市6町3村で構成される県中区域は、人口などから弾き出した一般および長期療養向けの基準病床数5207床に対し、既に5744床のベッドがあった。そのため原則として病院を新設したり病床を増やしたりすることはできない。同じ区域内の病院から病床を譲り受けるなどの方法を採らないと、たとえお金があっても自前の市立病院を開設することは難しいのだ。

 ところが数年前、市内でただ一つの病院である医療法人真仁会大方病院の院長が、急に亡くなるという出来事があった。真仁会の理事長も高齢のため経営を続けていく意欲をなくし、市へ病院の譲渡話が持ち込まれたのだ。大方病院は救急医療にも協力しており、専門的な検査・治療が必要かを判断し、必要な場合は郡山市などの大病院に転送していた。救急車による市外への搬送には場所によっては1時間かかり、大方病院のような機能を担う病院がなくなると、手遅れになる患者も出かねない。

 大方病院は23台の装置を抱え、人工透析も手掛けていた。その維持のためにも市が支援してでも存続を図る必要があった。「市域が広く、郡山への通院が1日がかりになる地域もある。地域包括ケアシステムを構築するためにも、それを支える病院が必要」(渡辺氏)と、市が自前の病院を持つことには様々なメリットが期待された。

表1●市立病院開設により期待される効果
「たむら市民病院経営改革プラン」(2020年3月)より。一部改編
  1. 遠方の医療機関を受診していた高齢者や子供、その家族の負担軽減
  2. 救急医療で直ちに専門的な医療機関に搬送する否かの判断が可能に
  3. 地域で不足している診療科や医療機能の設置可能性を模索できる
  4. 地域の診療所の医師やた介護事業者との連携により地域包括ケアシステムを構築できる
  5. 周産期や子育て世代が必要とする医療・保健・福祉の各サービスなどの一体的・効率的な提供
  6. 市民の健康教育の拠点となり、全世代の市民への啓発を通じ、無駄な医療費支出を抑制

 そこで田村市は大方病院の譲渡を受けることを決め、2018年12月には必要な条例を制定した。鉄筋コンクリート造5階建て、延べ床面積2651㎡の病院を真仁会から賃借し、職員の雇用を原則として継続することが条件。年6000万円を超える賃料のほか、医療機器の整備費用が田村市の主な負担となる。

 運営は、利用料金制による指定管理者制度を導入。公募に手を挙げた複数の法人の中から、委員会による審査を経て郡山市で病院を経営する公益財団法人星総合病院が選ばれた。契約期間は2019年7月から2024年3月までの5年弱だ。「医師を採用するルートもなく、経営ノウハウも持ち合わせていない当市が、自前で病院を経営しても財政負担が大きくなるばかりなのは目に見えている。初めから指定管理で運営するしかないと考えていた」と渡辺氏は話す。

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 星総合病院に決まったのは、隣の三春町の町立病院を指定管理者として運営してきた実績が大きい。地域の開業医の先生方と一緒に地域医療を担っていこうという姿勢も、評価されたという。

 大方病院に在籍していた医師に、星総合病院から赴任してきた医師を加え、常勤医3人でスタート。非常勤医で整形外科や眼科の外来診療も始めた。救急患者の専門医療機関への搬送の見極めと円滑な紹介、急性期病院などを退院した患者が自宅・施設に戻る前の一時的な入院、がん末期や老衰など終末期で入院管理が必要な患者の受け入れなど、市内や郡山市などにある医療機関との役割分担・連携を重視した診療を提供するのが基本方針だ。

  地域包括ケアシステム構築のため、高齢者施設や薬局、介護事業者などとも積極的に連携していく。星総合病院から赴任してきた形成外科医の病院長が、床ずれができた患者の治療のために高齢者施設を回ったり、あるいは介護施設向けに講習会を開催するなどして、関係づくりを深めている。いずれは訪問看護に取り組むなど、在宅医療を中心とした展開も念頭にある。

田村市保健福祉部保健課課長の渡辺春信氏。「市内で唯一の病院をなくすわけにはいかない。最低限の医療提供体制の整備は、基礎自治体に欠かせない」と語る(写真:井上俊明)
田村市保健福祉部保健課課長の渡辺春信氏。「市内で唯一の病院をなくすわけにはいかない。最低限の医療提供体制の整備は、基礎自治体に欠かせない」と語る(写真:井上俊明)
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 昨年7月のオープン後、延べ外来患者数は前年同月比で月に100人ほど増えている。8月からは入院患者も本格的に受け入れ始めた。2019年度下半期(2019年10月~2020年3月)の外来患者数は、循環器内科の延べ3231人を筆頭に、人工透析内科が同2862人、整形外科が同2490人など。6カ月間の1日平均患者数は86人。期中で医師が1人病気で入院し、亡くなるというアクシデントに見舞われ、12月以降内科の外来患者が減少した影響もあり、目標とする1日平均92人にわずかに届かなった。

田村市病院事業業務状況説明書(2019年度下半期)をもとに作成
田村市病院事業業務状況説明書(2019年度下半期)をもとに作成
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 一方、この間の病床利用率は平均値で51.9%。目標の50%はなんとかクリアーした。「旧病院の最後の2年ほどは、入院患者の受け入れを見合わせており、体制が十分整ってはいなかった。スタッフの慣れを見ながら徐々に増やしていきたい」と渡辺氏は話す。

50床に拡大して新築移転へ

 県中地域の中で、田村市は三春町・小野町とともに田村地域としてひとくくりにされている。三春町には同じ星総合病院が指定管理者として運営している町立三春病院が、また小野町にはやはり公立の小野町地方綜合病院がある。国が進める公立病院の再編・ネットワーク化は、たむら市民病院を含むこれら3つの公立病院を対象に検討・協議がされており、統廃合ではなく郡山市内の病院を含めた役割分担と連携で進めていくことになっている。

 その中でたむら市民病院は、2024年度をめどに50床にベッドを増やし、新築移転する計画だ。32床という規模では採算を取るのが難しい――というのが主な理由。市のへき地診療所に休床している19床があるので、それを活用して50床の新病院を建設することになっている。市役所近くに用地は確保済みで、今年度から造成工事に着手する予定だ。

表3●田村地域の再編・ネットワーク化の検討・協議の方向性
出所:「たむら市民病院経営改革プラン」(2020年3月)
  1. 公立3病院(たむら市民、三春町立三春、小野町地方綜合の3病院)の機能と連携のあり方
  2. 郡山市内の医療機関との連携のあり方
  3. 地域のかかりつけ医と公立3病院との連携のあり方
  4. 在宅医療と地域包括ケアへの対応方策
  5. 医師など医療人材の確保対策

 40億円の建設費が見込まれるプロジェクトだけに、市議会でも資金面などの質問は出るが正面から反対する声は特に聞こえてこないという。「今の病院だと、コロナの疑いのある患者とそれ以外の患者の動線を分けるのも難しい。感染すると重症化しやすい透析患者もいれば、約50人のスタッフもいる。新築に当たっては感染症への配慮は必須ではないか。加えて、住民の一時的な避難先となるなど、災害時の拠点としての役割も必要だろう」と渡辺氏はみる。

 医療計画と医師確保という高い壁を、民間病院の譲り受けや指定管理者制度の活用といった「公民連携」でクリアーしたたむら市民病院。集患や経営面での課題はまだ残されているが、新たな展望も開けてきている。

この記事のURL https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/PPP/434167/091100162/