少子高齢化と人口減少に直面している大阪府河内長野市の南花台(なんかだい)団地では、健康寿命の延伸と持続的なまちづくりを目指した「咲っく南花台プロジェクト」が進行中だ。スーパーの2階に住民の拠点を開設してイベントを行う、小学校跡地に看護専門学校を誘致する、買い物など高齢者の生活を応援する……。市、大学、住民、企業、医療機関など地域の様々な関係者が幅広く連携して取り組んでいる。

コノミヤテラスの1日は朝10時のラジオで始まる。毎日20人前後が参加し、これをきっかけに外出するようになった住民もいる
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 朝10時、南花台団地の中心部にあるスーパーコノミヤ2階で、ラジオ体操第一のメロディーが流れる。すると売り場に隣接したエスカレーター前の一角で、20人ほどの男女が体を動かし始めた。リーダーの後ろの黒板には「コノミヤテラス」と書かれ、様々なイベントを告知するポスターが貼られている。

 ここは地域住民が集う場所として2015年10月に開設された「コノミヤテラス」。スーパー側が空き店舗を無償で貸与してくれたスペースで、南花台のまちづくりの課題を抽出し、解決策を探る拠点。「咲っく(Smart Aging City)南花台プロジェクト」の中心となる場所だ。

 南花台は1982年に街開きされたニュータウン。南海高野線の三日市町駅から車で10分ほどの丘を造成し、戸建て、UR都市機構の賃貸住宅、マンションなど様々なタイプの住居が整備された。「地域完結で家庭生活が営めるまちが生まれ、それまで河内長野に縁のなかった人が住むようになった」(南花台自治会会長の髙橋勇司氏)という。ピーク時の人口は約1万1400人を数えたが、現在は約3500世帯、7900人前後とピーク時の3分の2近くにまで落ち込んでいる。また、65歳以上の高齢化率は35.1%に達している。

人口が3倍になった反動

河内長野市役所・総合政策部政策企画課の二宮達治氏(写真左)と槌野貴公氏(写真右)。市が果たすべき役割として、他の地域の情報収集や大阪府との調整、参加している事業者のまとめ役、住民全体への啓発や周知を挙げる
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 このまちで団地再生の取り組みが動き出した背景には、まず河内長野市の危機感があった。同市は1965年ごろから急激に団地開発を進め、約4万人だった人口は、2000年度までの35年間で約3倍の約12万3000人まで増加した。しかしその後、急激な高齢化の進展と人口減少に見舞われ、2018年6月末時点の人口は約10万6400人。多くの住民が住む団地再生のモデルづくりが求められていた。

 加えて南花台では、2013年に閉校した小学校跡地の有効利用が急務となっていた。市では地域コミュニティー施設としての活用や大学の誘致も検討したが、実現に至っていなかった。「2000年ごろから人口が減少し始め、空き家も目立つようになった。子供の数も減ってきたので、5年前に小学校を統合することになった。今こそまち全体の再生に取り組まないと大変なことになるという意識があった」と、河内長野市総合政策部政策企画課の二宮達治氏は話す。その後、小学校跡地には看護学校が進出している(後述)。

 この頃、関西大学は南花台のURの団地をフィールドにして、団地再生の仕組みの研究に着手し始めた。また大阪府の「大阪府市医療戦略会議」が提言したまちづくりに関する7つの戦略案のうち、「スマート・エイジング・シティ」の郊外型開発団地のモデル地区として、南花台が選定された。

 つまり、河内長野市、大阪府、関西大学、URそれぞれのタイミングが合ったことで、2014年10月に「咲っく南花台プロジェクト」が立ち上がったわけだ。翌年4月には国から「地方創生先行型交付金」を受けて具体的な事業に着手。「健康寿命の延伸」と「元気な住民の活躍の場づくり」を柱に、総合的なまちづくりを図り、「健康仲間づくり」「生きがいづくり」「みんなの拠点づくり」「まちの情報発信」「子育て・子育ち環境づくり」「ストック活用」の6つのプロジェクトを同時に進めてきた。

 組織面では、自治体、大学、企業、住民といったプロジェクト全体の関係者が集まる「総合研究会」があり、そこで情報の共有が図られ全体の方向性が検討される。一方、日常的な活動については、住民、市、大学で構成する「コノミヤテラス運営研究会」が話し合いの場。さらに個別プロジェクトごとにワーキンググループを作って、お互いに連携しつつ活動を展開している。