国際大学GLOCOM「災害時コミュニケーションを促進するICT利活用に関する首長研究会」(以下、災害ICT研究会)は、2020年度の活動成果として「災害支援・受援力向上に向けた災害時の情報共有参照データモデル」と「パーソナライズされた災害情報の発信と住民意識向上に向けたリソースリスト」を策定、基礎自治体向けにこれらのファイル(Excel形式のデータ)を無償公開している。この2つのデータの概要と具体的な自治体や企業での実装・活用方法についてまとめた。

 災害ICT研究会の2020年度の自治体メンバーは、室蘭市(北海道)、藤沢市、鎌倉市(いずれも神奈川県)、渋谷区、足立区、調布市(いずれも東京都)、西宮市(兵庫県)、玄海町(佐賀県)、熊本市(熊本県)。企業メンバーはKDDI、セールスフォース・ドットコム、日本マイクロソフトの3社だ。本稿はプロジェクトリーダーを務める国際大学GLOCOM准教授の櫻井美穂子氏と、研究会メンバーの藤沢市総務部情報システム課 課長補佐の大高利夫氏へのオンライン取材を基にまとめた。

国際大学GLOCOM准教授 櫻井美穂子氏
国際大学GLOCOM准教授 櫻井美穂子氏
藤沢市総務部情報システム課 課長補佐 大高利夫氏
藤沢市総務部情報システム課 課長補佐 大高利夫氏

準備、災害発生時、振り返りの積み重ねで災害時の対応力を高める

●「災害支援・受援力向上に向けた災害時の情報共有参照データモデル」とは?

 災害ICT研究会の分科会1では、「災害支援・受援力向上に向けた災害時の情報共有参照データモデルver1.0」(以下、参照モデル)を策定した。

 この参照モデルは、災害発生前後において災害対応を行う庁内の各部署、連携する庁外のボランティア組織など、防災や災害対応に関わるさまざまなステークホルダーの活動を支援するとともに、支援を受ける住民にも役立つものとしてつくられたものだ。情報の項目や記述内容はどの自治体でも情報を収集しやすいように設定。災害ICT研究会のウェブサイトでは、普及しているExcel形式で提供している。

 大項目は災害発生前後において必要となる情報が10項目に分類されている。「気象・河川情報」「被害状況」「インフラ復旧状況」「職員情報」「地域・各課対応」「避難所・施設情報」「市民提供情報」「マスコミ提供情報」「住民情報」「ICT-BCP」だ。

 これら大項目(シート名)の中に、中項目の表がそれぞれ格納されている。中項目は、「情報項目」「記述方法(記録項目)」「情報のソース」「備考」で主に構成されている。例として「被害状況」シートを掲載する(下図)。

Excelファイルとして公開されている「災害支援・受援力向上に向けた災害時の情報共有参照データモデルver1.0」(部分)(資料:国際大学GLOCOM「災害時コミュニケーションを促進するICT利活用に関する首長研究会」)
Excelファイルとして公開されている「災害支援・受援力向上に向けた災害時の情報共有参照データモデルver1.0」(部分)(資料:国際大学GLOCOM「災害時コミュニケーションを促進するICT利活用に関する首長研究会」)
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 被害状況シートは地震、水害、台風時の規模に関する情報について定義したシートだ。被害状況シートの「情報項目」には、市区町村の災害担当部署の観点で収集や共有が必要な情報(例えば、「人的被害」や「河川被害状況」など)を定義している。国や県が管理する河川の「河川被害状況」であれば、「日時」「件数」「場所」「氾濫状況」「対策状況」とある。このExcelシートをコピーし、上記「記述方法(記録項目)」欄に数値や文字を記入していくことで災害対応に必要とされる情報が整理され、速やかな対応に活用できる。避難指示の発令など首長が重要な意思決定を行う際にも役立つだろう。

 参照モデルを作成した背景について櫻井氏は、「自治体の担当部署ごとに収集する情報のフォーマット(項目や記述内容)にばらつきがあり、国や都道府県、住民が知りたい情報が手際よく集約できないという課題がある」と説明する。災害ICT研究会でも、基礎自治体における災害発生時の共通の悩みとして「庁内での情報収集を効率的に行えない」「情報共有が円滑にできない」「住民から寄せられる類似の問い合わせや回答に限られた職員の人手を割かれて一刻を争う災害対応が遅れてしまう」といった声が聞かれたという。

 「私たちが提案する参照モデルは、この課題の解決につながることを目指している」と、櫻井氏はそのねらいを説明する。藤沢市の大高氏は、基礎自治体の職員にとって参照モデルを利用するメリットについて次のように述べている。

 「災害対応時にデータを入力していくことで、『どこの部署・組織でどのような情報が不足しているのか』『あの現場にはどの職員が確認に向かったのか』といったことが関係者間で共有できるようになる。もちろん、災害時には予期しない停電が起きることもある。紙とペンで記録せざるをえない場面もある。そうした場面でも参照モデルを参考にしながら情報を整理することで現状を把握する作業の効率化につながるはずだ。また、蓄積された情報は、災害後に振り返りをする際にも役立つ。振り返りの積み重ねは次の災害に備える対応力の向上につながる」

災害対策の立案や災害対応アプリでも活用できる

 参照モデルは、災害発生後だけでなく災害対策立案の議論の際にも役立つ。参照モデルを用いることで、どのような情報を対策に盛り込めばよいかポイントが絞りやすくなる。その特徴を生かして、防災や災害対応のアプリ開発においても参照モデルは実際に活用されている。

 研究会メンバーの佐賀県玄海町では、町の職員が参照モデルを参考にクラウドアプリを活用し、災害対策業務アプリケーションのプロトタイプを開発している。主な利用者は各部署の庁内職員だ。開発した災害対策業務アプリケーションを通じて災害情報を迅速に記録・共有し、住民への適切な対応策を講じられるようにすることを目指している。

 日本マイクロソフトも参照モデルを利用している。災害ICT研究会のメンバーでもある同社は、「リスクへの備えパッケージ」という仕組みを開発して2021年6月から無償提供している。そのパッケージの1つ「災害対応アプリケーション」において、参照モデルが利用されている。同アプリは、火災被害、人的被害、河川被害、倒木被害などの情報が一覧化されているダッシュボードだ。各項目に担当する職員が数値などを記録すると、自動的に集計される。これにより関係部署間で最新の状況を閲覧することができる。

日本マイクロソフトがGithubで無償公開している災害対応アプリケーションの画面例(資料提供:国際大学GLOCOM「災害時コミュニケーションを促進するICT利活用に関する首長研究会」)
日本マイクロソフトがGithubで無償公開している災害対応アプリケーションの画面例(資料提供:国際大学GLOCOM「災害時コミュニケーションを促進するICT利活用に関する首長研究会」)
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住民に求められる災害時の情報を読みこなす力

●「パーソナライズされた災害情報の発信と住民意識向上に役立つリソースリスト」とは?

 分科会2では、「パーソナライズされた災害情報の発信と住民意識向上に向けたリソースリスト」(以下、リソースリスト)を作成した。これは、防災や災害対応に役立つ各省庁からの情報、民間事業者が提供する情報サービスなどを利用対象者や目的に応じて整理したものだ。4つに分かれており、「住民向けリソース」「啓発計画を担当する市区町村担当者向けリソース」「啓発事例」「災害対応時リソース」に整理されている。「災害支援・受援力向上に向けた災害時の情報共有参照データモデルver1.0」と同じく、災害ICT研究会のウェブサイトで公開されている。

Excelファイルとして公開されている「パーソナライズされた災害情報の発信と住民意識向上に向けたリソースリスト」(部分)(資料:国際大学GLOCOM「災害時コミュニケーションを促進するICT利活用に関する首長研究会」)
Excelファイルとして公開されている「パーソナライズされた災害情報の発信と住民意識向上に向けたリソースリスト」(部分)(資料:国際大学GLOCOM「災害時コミュニケーションを促進するICT利活用に関する首長研究会」)
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 リソースリストは、災害が起きる前の住民の啓発活動や防災教育に活用することが大きな目的だ。

 災害発生時に自治体から情報が発信されたとき、「住民はなかなか自分ごととしてなかなか受け止めてくれない」「アクションを起こしてくれない」という悩みを多くの自治体が抱えている。「自分だけは大丈夫」という思い込み(正常性バイアス)が生じるためだ。この住民の正常性バイアスが、避難行動を阻害する要因となる。住民が正常性バイアスに陥らないようにするには、日頃からの防災教育が必要だ。災害時、情報を受け取る住民が理解する力を養うために、リソースリストを用いての防災教育が有効になる。

 藤沢市の大高氏は次のように話す。

 「行政からの避難指示で示される情報は町丁字の単位を対象として発令されるいわば面的な情報だ。ただし、同じ『字』に建つ建物でも、災害の種別や規模、そして立地状況、また『木造平屋か三階建てか』でも住民の危険度は異なり、避難の仕方も変わってくる。まずは住民の皆さん1人ひとりに自分の住んでいる地域についてリソースリストを活用しながら日頃確認し、よく知ってもらえるとありがたい」

 自治体側から情報を一方的に住民に発信するだけでは防災力は高まらない。普段の暮らしの中に防災教育を取り入れていくことが望ましい。住民一人ひとりのタイムライン(防災行動計画)=マイ・タイムラインを作成する上でも役立つだろう。たとえば、研究会メンバーの室蘭市では、リソースリストを活用した防災教育を、地元高校や大学と連携して行う取り組みを2021年11月から予定する*など、活用の動きも出てきた。

 櫻井氏はその先に「パーソナライズされた災害情報の発信」を見据える。

 「災害ICT研究会では『パーソナライズされた情報』と『正しくリスクを理解すること』の双方が行動変容には不可欠だと考えている。『自助』の行動ができるようにするには、自治体から受け取る情報を住民1人ひとりが理解し、周りで災害が起きた場合のリスクを考えて判断をする必要がある。そのためにも、災害時情報発信は、地域ごとではなく、個人の属性に合わせてパーソナライズされた情報発信が必要だ」――。櫻井氏は、個人情報保護法制とのすり合わせも必要であるという前提の上で、このように説明した。

◇       ◇       ◇

 災害ICT研究会では、毎年のように日本各地で起きている地震や風水害などさまざまな自然災害対応の経験や知見を共有することを目指している。ある地域での経験や教訓、ICT の活用の仕方を含めた知見を共有する場をつくることで被害軽減につながる可能性が高い。櫻井氏は次のように述べる。

 「平時の行政手続であれば、法律で定められた法定受託事務など自治体間である程度共通するものは少なくない。確かに、災害でも罹災証明書の発行など自治体間で共通する部分もあるが、臨機応変の判断や突発事項への対応が求められる場面が多い。災害の起きる時期や地理的な特性もあり災害の現場は同じものが一つとしてなく、刻一刻状況が変わるため、各自治体が自主的に進めざるをえないのが実情だ。ただ、過去の知見や教訓をお互いに共有できれば、いざというときに的を絞った対応がしやすくなる。今回の成果物は、分科会に参加する自治体や企業の声をもとにまとめた」

この記事のURL https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/PPP/434167/101100195/