今春から3年間、姫路城の管理運営業務を、旅行業大手、KNT-CTホールディングスグループの近畿日本ツーリスト関西が担っている。委託した姫路市が期待するのは、外国人観光客を見据えた集客の強化と、場内のきめ細やかな案内業務だ。同社は、多国言語による案内業務の充実などを図るだけでなく、イベントとからめて周辺地域を巻き込む魅力づくりにも挑む。

 世界遺産でもある国宝・姫路城に2018年7月、バーチャル・リアリティ(VR)を用いた観光者向けのサービスが登場した。紙製でゴーグル型の「姫路城VRスコープ」の販売(税込み800円)だ。

 スマートフォンに専用アプリをインストールして、VRスコープの説明書に記載されたQRコードを読み込む。紙製のVRスコープにスマホを差し込んで覗くと、再生される立体動画を楽しめる。今年度は、桜の季節の風景やドローン撮影した天空からの見下ろし、通常は非公開の空間を360度カメラでとらえた映像などを用意している。

姫路城VRスコープの看板が置かれた姫路城の入場口(写真:守山 久子)
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姫路城VRスコープの画像。上空からの見下ろした姫路城(資料:近畿日本ツーリスト関西)
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姫路城VRスコープの画像。左は満開の桜に囲まれた姫路城、右は360度カメラで撮影した室内(資料:近畿日本ツーリスト関西)

 サービスを提供する近畿日本ツーリスト関西(KNT関西)は、2018年3月1日から2021年2月28日まで3年間にわたる姫路城の管理運営業務を受託した。VRスコープは姫路市が事業者募集のプロポーザル時に求めた自主事業の目玉となる取り組みで、凸版印刷が開発したストリートミュージアムアプリを利用した。「観光客が知らない姫路城の本来の魅力を伝えていきたい」と、近畿日本ツーリスト関西の細川比呂志・関西地域交流部長は意気込む。

インバウンド対応などを重視し指定管理者を選定

 白い優美な天守閣で知られる姫路城は、国内の城のなかでも特別な存在の1つだ。天守が現存する12城の1つで、松本城、犬山城、彦根城、松江城とともに天守や櫓が国宝に指定されている。1993年12月には、奈良県の「法隆寺地域の仏教建造物」と同時に国内で初めてユネスコ世界遺産(文化遺産)として登録された。2009年10月から2015年3月にかけて平成の大修理を行い、より白くなった姿が話題を呼んだことは記憶に新しい。

姫路城の天守。城の中心部が有料ゾーン。JR姫路駅側の大手門から三の丸広場まわりの城の外周部は24時間無料で開放している(写真:守山 久子)
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 姫路市は、修理後の「グランドオープン」を機に、見学客に対する管理運営業務の委託方法を変更した。以前は、入場チケットの改札や事務補助といった業務別に委託していたが、事業者によって休みが異なるなど管理が複雑だった。そこでグランドオープン後は改札、場内の案内・誘導、管理事務所での電話対応、これらの業務を担う約50人のスタッフの雇用と配置、教育をまとめて委託することにした。

 姫路城は国の所有で、姫路市は国から管理を委託された立場にある。そのため、指定管理者制度は活用できず、一部の業務を民間に委ねる形を取っている。市自身が城を所有などし、指定管理者制度を導入している松江城や大阪城との違いだ。

 グランドオープン直後の3年間、管理運営業務を担ったのは商業施設、PR施設などの空間プロデュース、ディスプレー大手の乃村工藝社。大修理中に作業見学施設の企画運営を手掛け、グランドオープン後は現存しない建物の復元CGなどを見られるAR(拡張現実)サービス「姫路城大発見」を導入した。ウェブサイト「姫路城大入り実況」では、ライブカメラを用いて入り口の待ち時間や駐車場の空き状況を中継する仕組みを取り入れた。

 続く3年の委託者を決める2017年12月の公募型プロポーザルに際し、姫路市は、集客とインバウンド対応を新たな目標に据えた。背景にあるのは、入場者数の変化だ。大修理を終えてグランドオープンした2015年は大きな話題となり、入場者は過去最多の286万人を記録。大修理直前の駆け込みで入場者が急増した2009年の156万人と比べても1.8倍もの人数が姫路城を訪れた。その後は大修理前のピークである2009年より多い入場者数は保ちつつ16年211万人、17年182万人へ漸減している。

 「入場者数の減少傾向に伴い、管理運営上のテーマをグランドオープン当初の『混雑対策』から『集客』へと移した。鍵を握るのは、増えている外国人観光客への対応強化だ。外国人の比率は、2016年に全体の17%だったのが直近の3カ月(2018年6月~8月)には23.6%までに増えている」と、姫路城管理事務所の春井浩和副所長は現状を話す。そこでプロポーザルでは、来場者を楽しませ、リピーターを増やすための自主事業や外国人客への対応強化への提案を求めた。業務には、来城予定者用のウェブサイト刷新も含む。

2005年以降の姫路城の来城者数の推移。大修理に入って46万人まで落ち込んだ後は少しずつ盛り返し、グランドオープンで一気に286万人へと増加。その後の2年間は減少しているが、外国人観光客はこの3年間30万人以上をキープ(資料:姫路市の資料をもとに作成)
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姫路城管理事務所の春井浩和副所長(写真:日経BP総研)
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 プロポーザルには3社の応募を得て、KNT関西を選定した。KNT関西は前述のVRスコープのほか、多言語に対応するコンシェルジュの場内への配置、多言語対応ガイドによる外国人対象ガイドツアーの定期的な実施などのインバウンド対策を提案した。「企画力を高く評価した。さらに、旅行会社が持つ集客のアイデアにも期待している」(春井副所長)。姫路市は、1年の来城者150万人という想定に応じた年間委託費約1億7000万円でKNT関西と3年契約した。

案内サインの少なさを「人」と「事前情報」でカバー

 KNT関西はこれまでに、大阪府内の和泉市や堺市の観光案内所、レンタサイクル所の運営管理で行政と連携した経験を持つ。姫路市では、2014年1月から2015年1月にかけて姫路城南に設置された「ひめじの黒田官兵衛 大河ドラマ館」の運営に携わった。

 とはいえ、姫路城のように大規模な歴史資産の管理運営は初めてだ。また、アルバイトを含めて40人から60人というスタッフの人件費負担は少なくない。自主事業で収入を見込めるものの、国有の文化財であるため制約が厳しい。大きな収益は得にくいと考えられた。

 「自社の強みを生かせる業務なのか、当初は応募を躊躇する気持ちもあった。でも事前に姫路城を見学し、来場者が喜ぶ仕組みづくりやリピーターの確保に向けて自分たちだからこそできる取り組みがあると確信した」と細川部長は振り返る。

近畿日本ツーリスト関西の細川比呂志・関西地域交流部長(右)とプロジェクトを担当する関西地域交流部の諏訪芳美氏(左)(写真:日経BP総研)
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 旅行会社である同社の強みは、訪日客のニーズや動向を把握していることだ。来場者を満足させてリピーターへとつなげていく集客の仕組みを構築するには何が大切か。まず注目したのが、城まわりのきめ細やかな案内の強化だった。

 国有の文化財である姫路城は、そもそも観光客に親切なつくりにはなっていない。建物内外のあちこちに段差があり、案内サインも少ない。もちろん、天守にエレベーターはない。「文化庁が管轄しており、管理運営では建物の保護や景観の保持が最優先される。現状の建物に穴を開けたり釘を打ったりすることはできず、看板を置くような現状変更にも国の許可が必要」(春井副所長)という厳しい条件が課せられている。自主事業でも、造形物やサイン看板などは原則許可しない。

 こうした条件の下、KNT関西が試みているのは人手を使った案内の充実だ。見学動線が分かりにくい場所へ案内スタッフを配置し、迷っている人をできるだけ円滑に案内誘導していく。以前からある姫路市シルバー人材センターの観光ガイドに加え、ピンク色のコスチュームを着た多言語対応のコンシェルジュを配置した。外国語による従来のツアーガイドはボランティアによる不定期対応だったが、1日3回予定の定期ツアーも年度中に開始する予定だ。

 情報発信も強化する。方向性は2つある。「基本情報を事前に伝えることと、天守が現存している本物の城ならではの奥深い良さを伝えること。この2つを満たせば、多少不便なところがあっても来場者の満足度を高め、リピーターの確保へと結び付けられる」と、プロジェクトを担当する近畿日本ツーリスト関西・関西地域交流部の諏訪芳美氏は指摘する。

 姫路城は新幹線が停車するJR姫路駅から徒歩15分ほどの距離に位置し、全体を見学するには2~3時間かかる。ところが、数十分後に発車する新幹線のチケットを持って訪れたり、天守にエレベーターがあると思っていたりする観光客は少なくないという。「あらかじめ城の状況を知っていれば、実際に訪れたときの不満や物足りなさを感じずに済む」(諏訪氏)。

 魅力発信の深化のために導入した仕掛けが、7月から販売する姫路城VRスコープと、9月から開始した日本語を含む5カ国語によるスマホの音声ガイドだ。

 ウェブサイトも刷新した。新サイト「姫路城便覧」では、従来の来場者用情報に加え、VRスコープと音声ガイドの案内窓口を設置。さらに、英語・中国語・韓国語・フランス語に対応したチャットボットを導入した。KNT関西が提供している旅館用のシステムを活用した、AIによる自動回答システムだ。日本語の想定問答や必要に応じてオペレーターが行う対応を参照しつつ、AIが質問者への回答を学習していく。電子決済できるかどうか、ホテル案内の場所はあるかといった質問の内容を集約し、来場者の潜在的なニーズや不満を把握する狙いもある。これらの情報は、姫路城だけでなく姫路市全体の観光政策にも反映させていく。

 現状分析の面では、外国人客の計測方法も改善の余地がある。従来はパンフレットを持ち去る数で国や人数を推量していたのに対し、入城客のスマホが対応している言語でカウントするシステムを提案している。

夜間イベントやMICEで街との連携目指す

 KNT関西が属するKNT-CTホールディングスグループは現在、地域密着型の観光サービスを推し進めている。2017年10月以降に実施した分社化は、その一環になる。「旅行会社にとって、既成の観光ツアーを中心に販売していればよい時代は終わった。行政や地元の商工会、JAなどと組んで地域の観光資源の開発やイベントの商品化を進め、発信していくことが求められている」と細川部長は話す。

 姫路城でもKNT関西は、3年契約となる管理運営の業務範囲にとどまらず、集客を盛り上げる試みに積極的に関与している。世界文化遺産25周年を記念した夜間のイルミネーションイベント「姫路城光の庭(CASTLE OF LIGHT)」 はその1つだ。企画と実施業務の事業者を公募したプロポーザルが2月に行われ、KNT関西が選ばれた。

 同イベントは、2018年11月16日から12月2日までの17日間開かれる。15mを超える高さのキューブを三の丸広場に設け、映像作家の三谷正氏が手掛ける光と音のインスタレーションで城の建築美や歴史を表現。西の丸庭園と百間廊下ではLED提灯を貸し出し、来城者が放つ幻想的な光の動きを楽しんでもらう。

 「単に夜間イベントに人を集めるのではなく、訪れた人が夜の街も合わせて楽しめるようにしていくことが大切。イベントをきっかけにして商店街との連携を探っていきたい」と諏訪氏は話す。単体のイベントだけでなく、来年度の姫路城VRスコープのテーマを城下町とし、来城者に街巡りを促すコンテンツづくりも計画中だ。

「姫路城光の庭(CASTLE OF LIGHT)」のポスター(写真:近畿日本ツーリスト関西)
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 KNT関西の取り組みの背景には、姫路城と周辺の街の動きが必ずしも連動していない現状がある。

 JR姫路駅北側の駅前広場と駅前道路こそ2015年の姫路城グランドオープンに合わせて再整備され、城を正面から眺望できるデッキなどが誕生した。しかし駅から城に通じる大手前通りの一帯は中層のビルが建ち並び、観光客向きの店があまりない。市の担当部署も、姫路城、市立動物園などの姫路城周辺施設、商店街ではそれぞれ異なり、運営管理面で連携しにくい面もあるようだ。実際、市の「姫路市観光戦略プラン」では、観光客の来訪が市内での飲食や買い物、宿泊といった消費行動に反映されていない点を課題に挙げている。

JR姫路駅の眺望デッキから姫路城を見る。正面に延びる大手前通りの右へ一区画入った通りが商店街になっている(写真:守山 久子)
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JR姫路駅北側の広場まわり。木で覆われた眺望デッキ(中央)や水辺のある地下広場(左手)を設けている(写真:守山 久子)
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 こうしたなか、滞在型観光の強化に向けて姫路市が掲げる施策の1つがMICEの誘致拡大だ。2021年度の完成を目指してJR姫路駅の東側に文化コンベンションセンターの計画が進み、ホテルの建設が相次ぐ。これらを念頭に今年7月、市は「ユニークベニューHIMEJIプラン」を開始した。姫路城をはじめとする市内の文化施設9カ所をレセプションパーティーや展示会などに開放する。

 実施内容の計画や申し込みといった利用の手続きは、市が認定するコーディネーターを通して行う。2018年10月現在、コーディネーターとして認定しているのはJTとKNT関西の2社。姫路城では7月に、各国の青年会議所が集まる「第31回国際アカデミーin姫路」がJTBのコーディネートで開催された。

 街の活性化とからめて姫路城を活用する仕組みは、少しずつ整ってきている。「2020年には来城者200万人を達成したい」(細川部長)という姫路城のポテンシャルを、いかに街の活力へと結び付けるか。KNT関西は、そんなソフト面での知恵が期待されていることを自認している。

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