給食献立表アプリ「4919(食育)for IKOMA」は、生駒市が公開している給食予定献立表のオープンデータを利用したアプリだ。アプリ誕生の背景には地域の活性化に前向きな市民と行政をつなぐ様々な取り組みがある。アプリを開発したねらい、オープンデータ推進のポイント、今後の展開に向けた思いなどを、開発者や自治体職員などキーパーソンに取材した。

「4919 for Ikoma」の画面例(資料:生駒市)

 「4919(食育) for Ikoma」は、奈良県生駒市内の小学校で提供される給食の献立、摂取カロリー、栄養バランスが一覧できるアプリだ。特徴は、イラストを活用して見やすいこと、そして、給食に含まれるアレルゲン(アレルギーの原因物質)を参考情報として閲覧できることである。

 iOS版は、2017年3月に開催された「IKOMA Civic Tech Award 2016 生駒の未来アプリ・アイデアコンテスト 最終審査会・表彰式」で、「アプリ部門最優秀賞」と「いこまの未来市民賞アプリ部門」のダブル受賞を獲得した作品だ。Android版は2017年9月にリリースされた。いずれも無償でインストールして利用することができる。

 このアプリを開発したのは、奈良先端科学技術大学院大学の学生だ。現在、情報科学研究科 ユビキタスコンピューティングシステム研究室 博士前期課程2年の河中祥吾氏がiOS版を、同研究室 博士後期課程2年の松田裕貴氏がAndroid版を作成した。

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「4919 for Ikoma」を開発した奈良先端科学技術大学院大学の河中氏(上)と松田氏(下)(写真:柏崎 吉一)

 河中氏は開発の経緯をこう振り返る。

 「生駒の地域課題の解決や魅力発掘・発信をテーマに行われたアプリコンテストで、子育てに適した街である生駒をアピールするため、子供の成長に重要な『食』に注目しました。また、学校給食でアレルギーによる事故を防ぐ社会的な意義を踏まえた上で、アプリ開発の方向性を決定しました」

 松田氏、河中氏の2人は同大学院大学の先輩後輩の関係で、センサーや機械学習などの情報技術を活用した人間の行動認識や、ユーザ参加型都市センシング、ウェアラブルコンピューティングなど、モバイル・ユビキタスコンピューティングに関する研究を専攻している。

 河中氏は、2016年12月に行われた生駒マッピングパーティーに参加し、地図(OpenStreetMap)に建物や道路などの地物を表示するアプリ(ParmoSense)のiOS版を作った。「この過程で身につけたiPhoneアプリの技術を別な領域でも活用してみたい」(河中氏)と思っていた折に、IKOMA Civic Tech Award 2016に個人として参加した。ここで開発されたのが4919 for Ikomaだった。2017年9月からは、松田氏を含めて、Androidアプリの開発やWebページの作成を行う上でチームとして活動している。

給食のアレルゲンや摂取カロリーもアプリで確認

 4919 for Ikomaでは、給食の献立に含まれるアレルゲンや摂取カロリー(kcal)も参考情報として確認できる。いずれも生徒に配布するプリントに記されていた情報だったが、手許のスマホアプリからも容易に見られるようにした。

 「日本では食べ物アレルギーをもつ子供は、20人に一人。思った以上に多くの子供や親が給食に心配を抱えていることを初めて知りました。ただ、(アプリ開発やデータ分析に適した機械判読しやすい)オープンデータとしてアレルゲンに関する情報が公開されている自治体は、調べた限りでは2017年3月当時、生駒市も含めて見つかりませんでした。これから4919 for Ikomaを通じて、私たちに身近なアレルギーについて多くの人に関心をもってもらえればと思います」(河中氏)

 デザイン面では、親しみやすさと直感的な操作性を心がけて開発した。

 「献立表の中にある代表的な文字列に基づいた条件分岐を作り、最も適切な画像が表示されるように決めています。ただ、まだ改良の余地はあります。メニューとのさらなるすり合わせは今後の課題です」(松田氏)

市のオープンデータとも連携

 4919 for Ikomaに掲載されている各種情報は、2017年10月分の献立表から生駒市が公開するオープンデータポータルサイトから、よりスピーディに抽出、自動的に最新の献立情報に更新できるようになった。それ以前は、市が公開するPDFデータや紙のプリントを見ながら手で情報を転記していたので、オープンデータ化によってデータ更新の手間や更新スピードもアップしたといえる。

小学校献立表2017年10月(生駒市オープンデータポータルサイトより)

 生駒市は2017年2月28日、市の保有する行政情報を誰でも活用できる形で公開する「オープンデータ」のポータルサイトを奈良県内で初めて開設した。「防災・安全」「子育て・教育」「福祉・健康」「観光・文化」など10 の分野やキーワード、データセットページなどから検索が可能で、ICTを活用した協働による地域課題の解決を目指している。

 学校給食献立表のオープンデータも、このポータルサイトに公開されている。

 市の情報政策課では、市役所のIT基盤整備や情報セキュリティ施策を進めている。また、2016年12月に施行された官民データ活用推進基本法に基づいて、市役所各課の保有する行政データのオープンデータ化を支援している。

 生駒市が主催したIKOMA Civic Tech Award 2016もこうしたオープンデータ化推進の取り組みの一環だった。

 「どのようなデータからオープンデータにしていくと良いかを検討する上で、市民が参加するイベントは、職員にとって市民の声に直に触れられる大切な機会です」と述べるのは、生駒市総務部情報政策課課長補佐の後藤裕子氏だ。

 オープンデータ化するにあたってはデータを作成・管理する関係部署との様々な調整が必要である。4919 for Ikomaで用いるアレルゲンなどの参考情報のオープンデータ化も同様だった。

 「給食の献立表に関するデータは、生駒市給食センターから給食の材料を発注する際に用いるシステムや、献立を考える栄養士の方が利用するシステムに登録されています。それらを誰がどのように市のオープンデータポータルサイトに公開するべきか。新たな試みということもあり、業務プロセスを検討するうえで、給食センターの担当者を含めた関係者の理解と協力が不可欠でした」(後藤氏)

 給食センターを交えた協議の場には、生駒市総務部情報政策課長の尾山隆啓氏やアプリを開発した河中氏も加わった。特に給食に含まれるアレルゲン情報を機械判読しやすいオープンデータとして公開するのは、他の自治体に先駆けた前例のない取り組みだったため、情報政策課が橋渡し役となり、慎重に協議を重ねたという。尾山氏はかつて給食関連を含む学校システムの情報化に携わった実績があり、どのようなデータをどの部署が所管し、運用管理しているかを十分心得ていたことが調整に役立った。

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情報政策課長の尾山氏(左)と課長補佐の後藤氏(右)(写真:柏崎 吉一)

 「もともとプリントアウトで配布していた給食情報を、あらためてオープンデータとして提供する必要性や、市民から問い合わせがあったときの対応の仕方などを確認しました。オープンデータとする必要性を検討する上で、市民参加のイベントやコンテストの場を通じて市民からの要望が上がっていることは、関係部署と合意を形成していく上でよい契機になっています」(尾山氏)

 生駒市では現在、献立、アレルゲンや摂取目安カロリーのデータはオープンデータとして二次利用しやすいCSV形式でシステムから出力する運用を行なっている。出力したデータは給食センターが毎月登録し、2017年10月分の献立から市のオープンデータポータルサイトで公開している。

 4919 for Ikomaの10月30日時点でのインストール数はiOS版が65、Androidが26だ。まだまだ多いとは言えないが、今後は市民への周知も拡大していく。2017年11月からは、配布用の献立のプリントに、4919 for IkomaをダウンロードするサイトにアクセスしやすくするQRコードが印刷されるようになり、アプリがよりダウンロードしやすくなる。

市民の活力を行政に反映させる

 「生駒市は、もともと市民の活動がさかんでした。市民の活力を行政に反映させる一助になればと考えて様々な活動を展開しています」と述べるのは、市民との窓口である生駒市地域活力創生部 市民活動推進センター「ららポート」所長の西野貴子氏だ。

 生駒市には、保健、医療または福祉の増進、また里山を守るなど環境の保全を図るといったボランティア活動を行う組織が約87団体あるという。IKOMA Civic Tech Award 2016の運営に携わったCode for Ikoma(代表:佐藤拓也氏)は、そうした登録活動団体の1つで、2014年1月に立ち上げられたシビックテックコミュニティだ。奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科 ユビキタスコンピューティングシステム研究室とも「オープンデータの収集やデータシティの実現」というテーマで連携している。

 「IT系の団体数はまだ少ないですが、様々な団体が生駒市では活動を展開しています。ららポートはそうした団体の活動を様々な形で支援をしています。市が直接運営している施設ですので、行政に声を反映しやすいなど、市と市民の距離が近いのが特徴です」と、 西野氏と同じくららポートに勤務する生駒市地域活力創生部市民活動推進センターの西田善宏氏はいう。

 西野氏も、ららポートに異動する以前の2015年3月、生駒市と共同開催した、子育てをテーマに地域に役に立つWEBアプリなどについて考え、プロトタイプをつくるイベント「iko mama papaアプリ開発提案プロジェクト」において、生駒市図書館司書(当時)の立場で子供におすすめの本を提案するアプリを開発するチームに参加した。

 「お母さん達の思いやアイデアに触れることができて、とても良い機会でした。出てきたアイデアを受け取って形にしてくれる技術者やデザイナーなど、生駒市に暮らす人々の優秀さや知見の広さもあらためて感じました」と西野氏は振り返る。この時のアイデアワークショップには、小紫雅史副市長(現・生駒市長)も参加するなど、自治体トップのリーダーシップもオープンデータの活用を後押しした。

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市民活動推進センター「ららポート」所長の西野氏(左)と同所勤務の西田氏(写真:柏崎 吉一)

 河中氏は「イベントでは実際にアプリを利用した人から便利だね、と感謝されるのが嬉しかった」と述べる。松田氏は「こういうイベントは、学生の声を行政に聞いてもらえる良い機会の一つです」という。学生にとっても得がたい貴重な社会経験になったことがうかがえる。

全国で使えるプラットフォームを目指す

 松田氏と河中氏は、「給食の献立に関する情報を手軽に見たいというニーズは、どの地域に住んでいる方でも共通の課題です。4919 for Ikomaをゆくゆくは全国各地の自治体で使えるプラットフォームにできれば」と口をそろえる。参考にしているのは、ごみの収集品目や曜日を検索できるアプリ「5374.jp」だ。「4919」(食育)というネーミングも「5374」(ごみなし)の語呂を意識している。

 「ただ、調べてみると、一筋縄でいかなそうです。というのも自治体ごと、また、同じ自治体の中でも学区によって開示される給食データの種類や、書式、ファイル形式はさまざまです。使われる食材や調理法にも地域性があるほか、給食ではなく、お弁当で提供する地域もあります。それぞれの地域性を生かしながらどう統合していくか、仲間と検討しているところです」(河中氏)。こうした多様なデータの記述様式をいかにうまく取り込むかという課題も、5374.jpと共通している。

 自治体がオープンデータとして公開する給食データを活用するアプリには、オガルコ(北海道茅部郡森町)がある。オガルコは検診データや保育園情報も見られるほか、行政情報システムの相互運用性を高める共通語彙基盤に対応しているという特徴がある。

 「4919 for Ikomaの開発でも、オガルコの事例を参考にしました。森町で開発に取り組まれているコミュニティの方々から、データの公開形式などについていろいろ教えてもらいました」と、河中氏は、地域を超えて、お互いの知見を尊重しながら“give & take”で活用していることを述べる。

 4919 for Ikomaのプログラムは、GitHubというオープンなデータリポジトリ―に公開され、誰でも閲覧できるほか、ソースコードの改良にも参加することができる。

 松田氏、河中氏も参加する2017年9月23日に発足した有志の会Code for Youthには、神戸大学、北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)、学習院大学、京都女子大学、名古屋大学など各地の学生などが参加している。今後の活動では、4919 for Ikomaをツールの一つとして、自治体の枠を超えたさらなる改良やバージョンアップ、アプリケーションのメンテナンスの体制を含めて検討を重ねていく考えだ。各自治体と市民がどのように役割を分担し・業務の流れを作っていくか、など持続的な仕組みづくりも問われている。

 活動のモチベーションは何か。松田氏はいう。「日本ではシビックテックやボランティア活動がビジネスより一段下に見られる側面もありますが、自分たちの活動が世の中に少しでも役立てば嬉しいし、さまざまな人を巻き込んで社会が良くなっていくことに関われる活動が面白いです」(松田氏)

 行政データのオープンデータ化は、うまく活用できれば、市民サービスが向上するだけでなく自治体職員にも大きなメリットをもたらす。アプリが普及すれば、市民からの問い合わせなどが減ることが期待できる。例えば、「今日の給食にはどのような食材が用いられ、含まれているアレルギー物質は何か」という疑問も、市民自ら”セルフサービス”の形でオープンデータを活用したアプリで調べれば、市に問い合わせずに解決できるかもしれない。問い合わせが減れば、自治体職員はその分、より付加価値の高い仕事に注力できるようになる。

 給食情報のように既に公開しているデータであっても、その公開の仕方をオープンにすることで、市民と行政のかかわり方が大きく変わる可能性もあるのだ。

 官民データ活用推進基本法のもと基本計画の策定が義務付けられたが(市町村は努力義務)、オープンデータと言ってもどこから手をつけて良いかわからない、との悩みを行政サイドからしばしば耳にする。そんな時は、生駒市の取り組みのように、協働参画に前向きな市民の声をフランクなイベントなどを通じて聞いてみることが、その第一歩となりそうだ。

この記事のURL https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/PPP/434167/110800043/