石川県加賀市は、NPO法人みんなのコードと連携し、子供たちがプログラミングなどを体験できる「コンピュータクラブハウス加賀」を2019年5月に開所した。同市は以前からプログラミング教育を推進してきたが、学校外の常設施設は初めて。その狙いや現在までの手ごたえ、ふるさと納税(クラウドファンディング)を利用した資金集めについて、市と事業者に聞いた。

 石川県加賀市とNPO法人みんなのコードは、2019年5月に子供たちがプログラミングなどを体験できる「コンピュータクラブハウス加賀」を開設した。10~18歳前後の子供たちを対象に、毎週金曜から日曜に午前10時から午後5時まで施設を開放。利用料は無料で、市内外の小中学生らが動画編集やゲーム作りなどを楽しんでいる。

 「コンピュータクラブハウス」とは、「10代の子供たちが、先端のデジタル技術を使って好きなことに取り組む場を設ける」という米国発のコミュニティ様式。世界19カ国に約100カ所の施設が存在し、国内ではコンピュータクラブハウス加賀が第1号だ。宮元陸市長の主導の下、「子供たちがテクノロジーに触れられるような“地域の居場所”を作りたい」との理念で始めたという。

コンピュータクラブハウス加賀で、子供たちの活動を見守る加賀市の宮元陸市長(写真:加賀市)
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 日本における学校外の無料のプログラミング教育は、総務省が推進する地域ICTクラブ(2019年度は全国17事業を採択)や、一般社団法人CoderDojo Japanが展開するボランティア主体の「コーダー道場」(全国190カ所以上)などの講座が中心だ。

みんなのコード代表理事の利根川裕太氏。みんなのコードは、プログラミング教材や、プログラミングの授業を担当する教員向けの研修などを提供するNPO法人だ(写真:赤坂麻実)
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 スキルの習得に役立つこれらの講座と、コンピュータクラブハウスとでは性格がやや異なる。好きなことをする、気が向いたときに立ち寄る、人が少ないタイミングを選んで(不登校の児童などが)訪ねることも可能、といった性質は、常設のコンピュータクラブハウスならではのものだ。

 コンピュータクラブハウス加賀の運営を担当するみんなのコード代表理事の利根川裕太氏は、次のように説明する。

 「コンピュータという非常にパワフルなツールの恩恵を、家庭の経済状況にかかわらず、全ての子供たちに享受してもらいたい。そのために、子供たちにとってのサードプレイス(学校、家庭に次ぐ第3の居場所)を提供する場が、コンピュータクラブハウスだ。子供たちがテクノロジーに親しむうちにスキルが身につくことは結果としてあり得るが、それを目的として特定のカリキュラムで教え込むことはしていない」と説明する。

コンピュータクラブハウス加賀の様子。子供たちは好きなことをしながら先端技術に親しむ(写真:赤坂麻実)
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 なお、みんなのコードの自治体との連携は、現在は学校教育(教員研修や教材提供、指導案の共同開発など)が中心だ。2019年度は米グーグルの社会貢献部門である「Google.org」の支援を受け、25の自治体で、のべ1400人を超える指導教員を育成している。

IT関係者の共感呼び、ふるさと納税で1000万円調達

 コンピュータクラブハウスの設置が決まり、施設は、加賀市の多目的施設「かが交流プラザさくら」3階にある「加賀市イノベーションセンター」の一部スペースを利用することになった。加賀市イノベーションセンターの所管部署はイノベーション推進課で、コンピュータクラブハウス事業を担当するのは生涯学習課。運営を、みんなのコードに業務委託している。。

 施設以外で必要な年間費用は約1000万円。特筆すべきは、この資金の全額を、市がふるさと納税のスキームを用いてクラウドファンディングで集めたことだろう。

 市とみんなのコードは2018年10月に連携協定を締結し、2018年12月~2019年3月にクラウドファンディングを実施。129人から1013万5000円の寄付を集めることに成功した。

「ふるさとチョイス」のシステムを活用し、ふるさと納税を用いたクラウドファンディングで運営資金を集めた。メルカリ取締役社長兼COOの小泉文明氏やマサチューセッツ工科大学メディアラボ博士研究員の村井裕実子氏らが応援のコメントを寄せている
2020年度もふるさと納税を用いたクラウドファンディングで運営資金を集める計画だ

 もちろん、ただ寄付を待っているだけではこれだけの額は集まらない。みんなのコードの利根川代表は「都内を中心に、IT企業の経営者や社員など、理念に共感が得られそうな人に話を聞いてもらった。Webでの情報発信や説明会に加えて、いわゆる“営業”活動も積極的に行った」という。自身が幼少期にコンピュータに触れ、現在もテクノロジー企業で活躍している人々からは特に強い共感が集まり、クラウドファンディングに資金と応援メッセージが寄せられた。

 資金は米ザ・クラブハウス・ネットワークへの加盟登録料やコミュニティ・マネジャー(運営スタッフ)の人件費などに当てられている。ふるさと納税の返礼品などは用意せず、2019年12月に加賀と東京で活動報告会を開く予定だ。

  2020年度も事業原資はクラウドファンディングで賄う考えで、既に募集を始めている。目標額を2000万円とし、2020年2月17日まで寄付を募っている。目標額の内訳は、ハードウエアの拡充に1000万円、IT企業で活躍する社会人を招いてのセミナー開催などの費用に850万円、米国ボストンにあるザ・クラブハウス・ネットワーク本部で行われる「Teens Summit」に子供たちが参加するための費用150万円とした。拡充を検討しているハードウエアは、高性能なパソコンやVRヘッドセット、レコーディング設備、液晶タブレット、ペンタブレット、教育用ロボットなどだ。

加賀市が注力するプログラミング教育、背景に人口減少問題

 加賀市はコンピュータクラブハウスの開所以前から、プログラミング教育にいち早く取り組んできた。2015年には、市内の小学校へロボット140台とノートパソコン100台を配布。2016年から、小中学校の教員向けの研修を実施してきた。2017年4月から「総合的な学習」の時間を使って、小学校4年生から中学3年生へのプログラミング教育を行っている。

 また、学校外でも「加賀ロボレーブ国際大会」を2015年から毎年開催している。さらに2018年には総務省が推進する「地域ICTクラブ」の実証事業に採択され、みんなのコードと共同で、市内3カ所でプログラミングの講座を行った。小学生から80代まで、3カ所合計で30人程度が参加した。

 コンピュータクラブハウス加賀は、こうした学校外のプログラミング普及活動の一環で設置された。学校の授業(年間5回)などをきっかけに意欲がわいて、「もっとコンピュータに触れたい」という子供たちのために企画されたものだ。

  加賀市とみんなのコードの出会いは2016年5月。市長がみんなのコードの活動を知り、市からの働きかけで協働が始まった。同年7月には総務省の「若年層に対するプログラミング教育の普及推進事業」に共同で応募し、採択された。この事業では、小学校の教員の研修や、児童有志への講座などを行った。その後も両者でプログラミング教育に取り組んだ経緯から、コンピュータクラブハウス加賀の事業者は、公募を行わずにみんなのコードが選ばれた。

 加賀市がプログラミング教育に力を入れてきた理由について、宮元市長はコンピュータクラブハウス加賀の開所式において、「人口の急激な減少で自治体運営が難しくなるという危機感が根底にあり、原点に戻って人材育成にこそ力を入れなければという強い意識がある」と語った。

 加賀市教育委員会事務局生涯学習課課長の宮下和也氏は、人材育成に期待する効果を次のように説明する。

 「子供が減っていくことは止められないので、一人ひとりの能力を高めて、地域の生産性を維持しようという考え方だ。また、サードプレイスで楽しい体験ができ、成長期に地域への愛着が芽生えれば、大人になって定住やUターンを考える人が増えるかもしれない。加賀市で起業する人が出てくれば、その会社がまた新たに人を呼び込む可能性もある」

左からみんなのコード学校教育支援部の田中沙弥果氏、加賀市教育委員会事務局生涯学習課の宮下和也課長、同じく生涯学習課の吉本竜也主事、加賀市役所政策戦略部イノベーション推進課の松谷俊宏主査(写真:赤坂麻実)

子供たちが自由に活用できる施設に

 コンピュータクラブハウス加賀の利用者数は、2019年11月17日現在でのべ約820人。オープンした5月25日から約6カ月間での実績だ。加賀市ではこれをどう評価するのか。

 宮下氏は「不定期で開催するイベントの参加者数も含め、手ごたえを感じている。(施設の広さなど)物理的な限界もあるので、今後はわずかでも増加傾向なら問題なしとみる」と見解を述べる。

 続けて宮下氏は「人材育成の本当の効果が見えるのは何年も先のことになる。今は一喜一憂せずに施設を維持し、しっかり種をまいていきたい」と、成果は長い目で見て評価していく方針であることを説明した。

ホワイトボードには工作案やイベント予定などが貼りだされている。コミュニティ・マネジャーが金曜・土曜は1人、日曜は2人常駐し、子供たちの活動をサポートする(写真:赤坂麻実)
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3Dプリンターでの工作はなかなかの人気コンテンツだ(写真:赤坂麻実)
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コンピューターミシンや3Dプリンター、レーザー加工機などの工作機械が用意されている。子供たちは最初のうちこそ使い方が分からなくても、少し教わるとすぐに使いこなすという(写真:赤坂麻実)
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 みんなのコード学校教育支援部の田中沙弥果氏によれば、子供たちはそれぞれが自分なりの方法で施設を活用しているという。

 「子供たちは多様な目的を持ってクラブハウスを訪れている。Javaが好きでコーディングをしに来る子。Macを使って動画を編集したい女の子。学ぶというより、自宅のパソコンには入っていないソフトを使いたいといった気軽な感覚で遊びに来る子も多い。利用者が少ない金曜日に不登校の子が訪れることもある。アイデアソンやゲーム開発イベントなどには、定員以上の参加希望が寄せられ、やむなく参加を断ったこともあった」(田中氏)

課題は利用者のキャリア形成につなげる仕組み作り

 今後の課題は大きく分けて2つ。施設やコンテンツの拡充と利用者のキャリア形成への貢献だ。

 コンピュータクラブハウス加賀は、かが交流プラザさくら3階の「加賀市イノベーションセンター」内の一室を使っている。同センターは、IoTなどの新産業を集積することを目的とし、関連の企業や人材をサポートする市営の施設だ。スタートアップなどが入居できるオフィス「インキュベーションルーム」や工作機械などを設置した「ものづくりルーム」、交流やイベントに使える「コワーキングスペース」、パソコンを常設した「セミナールーム」などを備えている。

コンピュータクラブハウス加賀は、「加賀市イノベーションセンター」内にある(写真:赤坂麻実)
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 クラブハウスは、加賀イノベーションセンターの一室を利用しているため、場所や設備に初期コストがほぼかからなかった。「そのかわり、利用者が増えれば手狭になってしまう。また、市内であっても子供の居住地域によってはアクセスしづらい」(宮下氏)という課題が当初から存在している。

 コンテンツにも拡充の余地がある。新たな機材を導入すれば、例えば音楽制作なども可能になり、「子供たちが好きなことに取り組む場」としての活動の充実が見込める。第2回のクラウドファンディングではその点を強く訴えている。

 さらに、「“明日の加賀市”を支える人材が誕生してほしいという思いはある」と語るのは、加賀市教育委員会事務局 生涯学習課 主事の吉本竜也氏だ。「利用する子供たちと(コンピュータ技術が生かせるような)企業の間にコネクションを作って、キャリア形成につなげることも考える必要がある」(吉本氏)と、次の展開を構想している。

 現在は、「加賀市イノベーションセンターでは毎週金曜と土曜に工作などが楽しめる『KAGAものづくりラボ』を開いており、大人から子供まで幅広い世代が参加している。インキュベーションルームに入居するIT関連企業の関係者とクラブハウスに通う子供が自然と顔を合わせる機会になっている」(加賀市役所政策戦略部イノベーション推進課 主査の松谷俊宏氏)。今後は一歩進んだ働きかけを進めていきたい考えだ。この点も、次年度は企業で活躍する現役のIT人材を招いて講演会を開くなどして、子供たちがキャリア形成を意識できるような機会を設けるとしている。

コンピュータクラブハウス、全国へ広がる可能性は?

 コンピュータクラブハウスの取り組みは、人口減少など加賀市と同様の課題を抱える地方都市でも可能なのか。利根川氏は「予算と人材のハードルをクリアできれば可能だと考える」という。ただし、容易ではない。

 「利用料を徴収しないのがコンピュータクラブハウスの考え方。図書館や児童館と同様に、地域の子供たちのための(見返りを求めない)投資が必要になる。コンピュータクラブハウスに常駐して活動を盛り上げる人材の確保も簡単ではない」(利根川氏)。また、資金集めや自治体内での部署横断的な取り組みも求められることから、利根川氏は「実現には自治体の情熱が必要である」と見る。

 とはいえ、「東京近郊なら(経済的な)体力のある大手IT企業なども多く、企業がCSRの一環でこうした活動に取り組むこともある。地方ではそうした自然発生には期待しにくい。行政がやらなければ始まらない」(利根川氏)というのもまた事実だろう。「コンピュータクラブハウスは、地方でこそ行政に取り組んでもらいたい事業だ」と、利根川氏は強調する。

加賀市(かがし)
石川県の西南部に位置し、福井県と接する。人口6万7207人(2019年1月1日現在)、面積305.87km2。伝統工芸(九谷焼、山中漆器)、温泉(山代温泉、片山津温泉、山中温泉の3温泉)などが良く知られる
訂正履歴
初出時、2ページ目のコンピュータクラブハウスの設置場所について、「かが交流プラザさくら」の一部スペースとしていましたが、「かが交流プラザさくら」3階にある「加賀市イノベーションセンター」の一部スペースと修正しました。また、イノベーション推進課はかが交流プラザではなく加賀市イノベーションセンターの所管部署でした。同じく2ページ目、クラウドファンディングで集めた金額は1035万5000円ではなく1013万5000円でした。お詫び申し上げます。記事は修正済みです。 [2019/11/27 13:13]

この記事のURL https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/PPP/434167/111900127/