大型商業施設の撤退でさびれてきていた長野県佐久市のJR中込駅前に、昨年4月、地元の社会医療法人恵仁会くろさわ病院が新築移転した。「まちづくりに貢献したい」という理事長の熱意に佐久市や地元の商工団体も協力。公民館の併設や院内のレストラン・売店の運営などで、連携して中込地区を活性化しようとしている。民間病院に自治体の公民館が入居する例は全国初だという。

2017年4月にJR小海線中込駅前に新築移転した「くろさわ病院」。高齢者施設や公民館を併設している(写真:井上俊明・特記以外すべて)
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 まだ新しい、くろさわ病院の建物には3つの入り口がある。同病院は83床のベッドを持つ病院と、入所定員82人の介護老人保健施設「安寿苑」との合築。それぞれ入り口がある。さらにもう1つの入り口は、この建物に併設されている公民館、中込会館の入り口だ。

 中込会館は、佐久市内に7施設ある地区公民館の1つで、6階建ての病院の建物の2階にある。延べ面積は1435m2。5つの会議室のほか料理講習室、作業用の部屋などを備え、様々なイベントに活用されている。最も大きい大会議室はステージやグランドピアノがあり、間仕切りをはずせば200人を超える住民を収容できる。

 「公民館は生涯学習の機会を提供し、地域住民の集う場所として大きな意味を持っている。利便性のいいところにあれば、その効果も高くなる。利用者の年齢層が上がってきており、次世代の住民に使ってもらえるようにする必要もある」。佐久市教育委員会社会教育部・佐久市中央公民館事務長の佐々木和弘氏はこう話す。

中込会館は佐久市に7カ所ある地区公民館の1つ。単体で約90人を収容できる大会議室ほか4会議室、創作室、料理講習室がある
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住民の要望が公民館併設を後押し

恵仁会理事長でくろさわ病院院長の黒澤一也氏は、地域再生も念頭において事業経営を進めている
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 民間病院では全国初といわれる建物内の公民館の併設は、くろさわ病院と、地元住民や商工会議所、佐久市などが、地域の再生・活性化を図るという思いで一致した結果、実現したものだ。

 恵仁会理事長でくろさわ病院院長の黒澤一也氏は、2000年に地元に戻ってから、患者数が減少傾向にあった病院の立て直しに取り組んできた。その過程で、地域の住民や開業医と接触したり、空き店舗が目につく商店街を見たりするにつけ、「中込のまちには元気がない。同じ佐久市でも、長野新幹線の駅ができた佐久平とは対照的だ」と感じたという。

 そこで老朽化が目立ち始めた病院の新築に当たり、中込駅から400mほど場所から、同駅前の民有地に移転することを決めた。「旧病院の場所では土地の確保が難しいこともあったが、撤退した大型商業施設の跡地をどうするか市も困っていた。商工会議所のメンバーの一人として、地域振興にも強い思い入れがあった」(黒澤氏)ためだ。土地の購入は恵仁会が独自に行ったが、建物の建設については市の地域総合整備資金貸付事業を活用し、4億円(2015年度予算額)の無利子貸し付けを受けた。

 一方で、中込地区では公民館も老朽化し、地元住民からは駅前商店街近くに新設する要望が出ていた。商工会議所や商店街からも、中込地区の再生を求める声が上がっていたのだという。

 そこでくろさわ病院と住民が協議し、新病院の建物内に公民館を設置することで合意した。黒澤氏が市長と同級生であった縁もあって話は急ピッチで進み、市議会の同意も得ることができた。「前例がない新しい試みだから、担当者は条例などの整備に苦労したようだが、恵仁会が地域に信用があったのが大きかった。地元の合意がないと行政は動けない」と佐久市教委の佐々木氏は話す。

 現在は、恵仁会が所有する建物の一部を、佐久市に賃貸する形で中込会館を運営している。市は賃借料として毎年約5500万円を恵仁会に支払う。39年間の契約期間にわたる賃借料を、15年間で払うという契約のためこの金額になった。施設の管理は両者で行い、くろさわ病院は中込会館で行われるイベントにも積極的に関わっている。

 下の表は、中込会館におけるこの11~12月開催の主なイベントだ。くろさわ病院は、「カラダいきいき健康講座」を合計3回担当することになっている。佐々木氏は、「病院に隣接しているため、ほかの公民館より健康関係の催しを頻回に開催できる。これは集客の目玉の1つになり得る」と話す。ほかに30近い学習グループがあり、中込会館を活用して様々な活動を繰り広げている。

中込公民館における2018年11、12月開催の学習講座
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 健康講座の貢献もあってか、移転前の2016年度には1万人に届かなかった中込会館の年間利用者数は、2017年度には約2万1200人を数えるまでに増えた。2018年度もさらに伸びそうな状況だという。佐久市が病院と道路を挟んだ反対側に3階建ての立体駐車場を整備し、中込会館利用者も無料で利用できるようにしたことも利用者数の伸びに貢献していそうだ。佐々木氏は、「佐久市は会議室の1つを高校生などのための学習用のスペースとして開放したりして、若い世代にも親しみの持てる公民館づくりに努めている。くろさわ病院をはじめ、民間の知恵を大いに借りて、若い人を公民館活動に巻き込んでいきたい」と期待する。

食堂や売店は地元業者が運営

佐久市教育委員会社会教育部で佐久市中央公民館の事務長を務める佐々木和弘氏(写真左)と、佐久市役所市民健康部健康づくり推進課課長の渡辺孝治氏
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 では、佐久市の衛生行政の担当者は、医療施設によるまちづくりをどうみているのか。佐久市役所市民健康部健康づくり推進課課長の渡辺孝治氏は、「病院は人が集まるランドマーク的な存在になり、地域の活性化にもつながる。佐久市はもともと高齢者の就業割合が高い地域。ロコモティブシンドロームや転倒の予防を図って健康寿命を延ばし、併せて生きがいづくりを行っていけば、医療費抑制にもつながる」と歓迎する。

 くろさわ病院は移転前にも独自に夏祭りを開催するなど、地域活性化に取り組んでいたが、移転後は、地元との連携をより重視している。病院の1階には食堂と売店を設け、地元のスーパーに運営を依頼。全国チェーンのコンビニやカフェの出店が実現しなかったからでもあるが、地域との連携を深める契機となった。

 夏祭りは地元開催の七夕祭りに参加し、そこで骨密度や体組成の測定ができる健康チェックのブースを出展。さらに、商店街の若手店主の活動に恵仁会のスタッフも参加して意見を出し合った結果、「中込マルシェ」という地域イベントの開催にもこぎ着けた。手芸品などの販売や健康関係の催しなどを行うこの活動は、翌月開催された地元高校生による別のイベント企画を後押しすることにつながるなどの広がりを見せている。

院内のレストランと売店を地元スーパーが運営するなど、くろさわ病院は地域とも連携を図っている
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 医療機能の面では、新築移転を機に地域包括ケアシステムの構築へさらに踏み出した。移転前の2017年3月は、全83床のうち40床が慢性期の患者が長期間入院するための「療養」病棟。体調が悪化した在宅で暮らす高齢者や、他の病院で治療を終えて状態が安定した患者を主に受け入れ、適切な治療やリハビリテーションで在宅に戻れるようにする機能を持つ「地域包括ケア」病棟は6床にとどまっていた。

 しかし移転後、療養病棟の患者を介護施設に紹介したり、看護師の増員、MSW(メディカルソーシャルワーカー)による退院調整などに力を入れた結果、2017年10月には 地域包括ケア病棟の条件を満たす病床を大幅に増やすことができた。現在は全病床の半数を超える46床が地域包括ケア病棟となっている。

くろさわ病院の病床構成
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病院間での役割分担と連携も

 さらに恵仁会では、旧病院の跡地で介護老人保健施設(老健施設)を開設済み。これは佐久市の市立病院に併設されていた老健施設が廃止されるのを受けてのこと。デイサービスやヘルパーステーションなど在宅サービス機能も集約し、地域包括ケアの拠点としていく考えだ。また、8月には総合的な相談・支援や包括的・継続的なケアマネジメント支援などを行う地域包括支援センターの公募型プロポーザルに手を挙げた。事業者に選定され、2019年4月以降も5年間、引き続き中込地区の地域包括支援センターの運営を担うこととなった。

 元信用金庫の建物を活用し、障がい者向けのデイサービスや生活介護の事業所も立ち上げている。数年先には、運営している健康運動センターをリニューアルしてフィットネス施設や体育館を造り、公民連携でアクティブシニアや障がい者の健康増進に力を入れ、さらには雇用の創出も図ることを視野に入れている。

恵仁会が運営する障害者向けの事業所。就労の支援にも取り組んでいる
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 黒澤氏は、「医療機関には地域活性化のためにやれることがたくさんある。そのためには行政との連携が必要。以前は自分たちだけでできたが、今は役割分担と連携が欠かせない。それが地域の活性化つながってくればいい」と話す。佐久市には、農村医療で著名な佐久総合病院グループもあり、屋上にヘリポートを設けるなどして救急・急性期の医療に取り組んでいる。また、佐久市立国保浅間総合病院では糖尿病を中心とする治療や介護サービスの提供を行い、それぞれ地域包括ケアの一翼を担っている。

 人口約10万人の佐久市は、東京駅から長野新幹線で1時間少しという距離と、雪がほとんど降らず晴天率が高いという気候もセールスポイントに、都市部からの移住者を積極的に受け入れ、人口の社会増を実現している県内有数の自治体だ。充実した医療・介護で安心して暮らすことができ、さらに生きがいを持てるまちづくりの一環として、市と民間病院との連携の今後に注目していきたい。

■訂正履歴
初出時、2ページ目に「恵仁会が病院と道路を挟んだ反対側に3階建ての立体駐車場を整備し」とありましたが、正しくは「佐久市が病院と……を整備し」でした。また、「この活動には高校生も参加して、その輪が広がっている」とありましたが、正しくは「この活動は、翌月開催された地元高校生による別のイベント企画を後押しすることにつながるなどの広がりを見せている。」でした。3ページ目に「就労支援事業所」とあったのは、正しくは「生活介護の事業所」でした。お詫びして訂正します。 [2018/12/15 13:50]

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