「記憶の継承」をコンセプトに刻まれた歴史を残す

 施設の設計は、エストニア国立博物館などを手がけたパリ在住の建築家、田根剛氏が担当した。元の建物は、明治・大正期に建設された酒造工場で、戦後の一時期は日本初の本格的シードル工場として活用されていた。築約100年の建物は市民にとって馴染み深く、歴史的価値も高い。そこで、田根氏が掲げた改修のコンセプトは「記憶の継承」。旧建物の素材をなるべく生かし、かつての姿を極力とどめておけるように、様々な工夫が施された。

 耐震性に問題があったレンガ壁は、長さ9mの鋼棒で上下に“串差し”にして強度を高めた。これにより外観の状態を損なわずに保存することが可能になった。エントランスなどの内壁は、表面の分厚い漆喰をはがし、あえて建設当初のレンガを剥き出しにした。

歴史を感じさせる美術館のレンガ壁。PC鋼棒を串刺しにして耐震性能を高めた(写真:村上 昭浩)
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 また、展示室の壁を覆っていたコールタールは、空間の味わいとして、そのまま残した。これによって、一般的な展示室に用いられる「ホワイト・キューブ」とは趣の異なる、重厚感のある黒い空間に仕上がった。旧建物に残されていた階段や貯水タンクなども館内に残し、往時を偲べるオブジェにしている。

コールタールをそのまま再利用した展示室の黒い壁面(写真:村上 昭浩)
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1階ホワイエにある鉄製の階段(左)と天井裏に設置された貯水タンク(右)。どちらも使用はできないが、昔のままの姿で残されている(写真:村上 昭浩)

 一方で、新しい工法も積極的に採り入れ、新旧の融合を図った。なかでも目を引くのは、アーチ形状をした入り口部分だ。新たに焼いたレンガを蛇腹状に積み上げるとともに、手前から奥へとすぼまっていくような形にして、意匠性を高めた。同時に、レンガの焼き方を工夫してムラを出したり、表面の一部に墨汁を塗って黒くしたりして、既存レンガとの違和感が出ないように工夫した。

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新しいレンガを互い違いに積んだ美術館の入口。田根氏が考案した独特の工法で、「弘前積み」と名付けられた(写真:村上 昭浩)
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 老朽化が著しかった屋根部分は、金色のチタン板に葺き替えた。レンガ壁に映える淡い金色を、田根氏はシードルの色に見立て「シードル・ゴールド」と名付けた。その色合いは、太陽光の当たり方によって、ときには銀色に、ときには青っぽく変化する。

チタン板の屋根は、シードルの色に見立てた淡い金色が特徴だ(写真:村上 昭浩)
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