高速・大容量の通信規格「ローカル5G」など最先端技術を使って栽培したトマトが東京・調布市の若葉小学校の給食に提供された。東京都と東日本電信電話(NTT東日本)、NTTアグリテクノロジーの連携で開発する新しい農業技術をベースにし、調布市らが取り組むデジタル化に対応した食育の推進への新たな試みだ。巨大な食の消費市場を抱える東京で、デジタル技術を積極的に活用した新しい農業への挑戦が公民の連携で始まっている。

小学校でデジタルを活用した農業技術を学び、収穫されたトマトを食べる

 調布市の人口は増え続け、2028年に約24万1700人となってピークに達すると予想される(調布市の将来人口推計、平成30年3月)。そんな調布市の市立若葉小学校には約820人(2020年度)の児童が通う。

 11月半ばのある日、6年生の給食には「かしわパン、サーモンフライ。ミネストローネ、レモンドレッシングのサラダ、牛乳」のほかに、トマトが丸ごと1個提供された。

 給食を配り終えると、スクリーンにローカル5Gを使ったトマト栽培の紹介動画(NTT東日本提供)が3分ほど映し出され、デジタルと農業技術の関わりを学んだ。見終わると全員で「いただきます!」と声を合わせ、待ちわびた楽しい給食の時間だ。

ローカル5Gを活用してトマトが栽培されたことを動画で学ぶ(写真:長坂 邦宏)
ローカル5Gを活用してトマトが栽培されたことを動画で学ぶ(写真:長坂 邦宏)
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6年生の給食に初めてトマトが丸ごと1個提供された。「めっちゃうまい。甘みがあって、おいしいです」とトマトにかじりつく子供も(写真:2点とも長坂 邦宏)
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6年生の給食に初めてトマトが丸ごと1個提供された。「めっちゃうまい。甘みがあって、おいしいです」とトマトにかじりつく子供も(写真:2点とも長坂 邦宏)
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6年生の給食に初めてトマトが丸ごと1個提供された。「めっちゃうまい。甘みがあって、おいしいです」とトマトにかじりつく子供も(写真:2点とも長坂 邦宏)

 直径5cmほどの真っ赤なトマトにかじりつき、「めっちゃうまい。トマトは嫌いだから家では食べない。でもこれは甘みがあって、おいしいです」と話してくれた生徒も。給食でトマトを丸ごと食べるのは初めてという。

 農林水産省は2021年3月、国民の健全な食生活の実現と、環境や食文化を意識した持続可能な社会の実現のために、「第4次食育推進基本計画」を公表した。その中で3つの重点事項を挙げているが、そのひとつが「『新たな日常』やデジタル化に対応した食育の推進」だ。

調布市教育委員会学務課主査で栄養管理士の土谷喜美子氏(写真:長坂 邦宏)
調布市教育委員会学務課主査で栄養管理士の土谷喜美子氏(写真:長坂 邦宏)

 一方、調布市は市内の企業や大学などと共同で社会課題の解決や経済的価値の創出を目指す「調布スマートシティ協議会」を2021年6月に設立。調布市の市立学校では、市内農業経営者と連携し、農産物を活用した給食の提供を通じ、地産地消を進める「S&A(スクール&アグリカルチャー)」に取り組む。また、農水省の「第4次食育推進基本計画」で打ち出された「『新たな日常』やデジタル化に対応」するため、タブレットなどを活用した食育の推進を行っている。

 同協議会の会員であるNTT東日本はNTTアグリテクノロジーと共に、調布市と連携してデジタル化に対応した食育の推進を行い、調布スマートシティ協議会が掲げる「S&A」にも積極的に取り組む。「調布スマート協議会の取り組みともさらなる連携を築くことで、今、調布市が考えているスマートシティの推進につなげていきたいと考えています」と、調布市教育委員会学務課主幹の渡辺賢治氏は話す。

 調布市行政経営部企画経営課担当課長の伊藤宏氏は、今回の取り組みについて次のように説明する。

 「目的は大きく2つあります。ひとつは最先端農業ハウスで栽培される新鮮でおいしいトマトを給食食材として活用することで地産地消につなげていく。もうひとつは地域で行われている新しい農業技術の取り組みについて、タブレットなどで学ぶことで、デジタル化に対応した食育の推進を行うことです」

 今回、使用したトマトはミネストローネに入れた調理用トマト50個に加えて、丸ごと提供された小玉トマト150個。価格にして3000円ほど。これは学校給食運営費として学校長の責任の下で執行される予算に含まれ、保護者が負担することになる。今回の食育事業で調布市としての予算措置はゼロ円ということになる。

 「食育にはいろんな試みがありますが、生産や流通の理解を深めることも学校給食法で定められています。給食で手に取るまでに食べ物はどんな工夫があってできたのか。その過程を知ることは食への感謝の気持ちを育むことにつながります」―― 調布市教育委員会学務課主査で管理栄養士の土谷喜美子氏は、食育の意義についてこう説明する。

農業の担い手不足、指導者不足をデジタルでカバーする

若葉小学校校長の生田目将氏(写真:長坂 邦宏)
若葉小学校校長の生田目将氏(写真:長坂 邦宏)
デジタル農業について感想を述べる6年生たち(写真:長坂 邦宏)
デジタル農業について感想を述べる6年生たち(写真:長坂 邦宏)
NTTアグリテクノロジー代表取締役社長、酒井大雅氏(写真:長坂 邦宏)
NTTアグリテクノロジー代表取締役社長、酒井大雅氏(写真:長坂 邦宏)

 「地産地消であったり、先端技術を使った農業であったり、これまで断片的に学んできたことが今日の取り組みでつながったというイメージが生徒の間では生まれたと思います。今回、丸ごとトマトを提供していただいたのは6年生だけでしたが、後日、5年生もいただけるということなので楽しみにしています」

 若葉小学校校長の生田目将(なまため・まさる)氏がそう語るように、タブレットを用いて机の上で学んだことが実際に目にし口にして、生徒たちは初めて確かな知識として身に付いたはずだ。

 実際、6年生の生徒からはこんな言葉を聞くことができた。

 「今、農業に携わる人が減っていると聞いていたので、日本の技術が生かされていて、すごいなと思いました」「おいしく新鮮なトマトを食べられました。農家の人が減っていっても誰でも栽培できる技術だと思いました」

 生徒たちの言葉には、デジタル技術の実現する力と可能性がうまく要約されている。今回、生徒たちの社会課題やデジタル技術、食育に関する知識は十分に伝わったと言えそうだ。

 ローカル5Gを活用したトマト栽培を行うNTTアグリテクノロジー(東京・新宿)の代表取締役社長、酒井大雅氏は次のように話す。

 「ローカル5Gを活用した新しい農業技術の実証実験は、東京都との取り組みがベースになっています。農業分野の課題は、農業の担い手が不足していることと、それを支援するために技術指導する人も不足していることです。東京というと農業のイメージはあまりないかもしれませんが、大きな消費地であることは間違いありません。東京で農業をやりたい人を支援し、地産地消する。そういう取り組みをいろんなところで広げていきたいと考えています」

 東京都の政策連携団体である公益財団法人東京都農林水産振興財団(東京・立川市)、NTT東日本、NTTアグリテクノロジーの3者は2020年4月、ローカル5Gを活用した最先端農業の実装に向けた連携協定を締結している。連携期間は2020年度から22年度までの3年間。初年度は基礎調査やプロジェクトの立ち上げ準備を行い、2年目の21年度からトマト栽培における遠隔での管理や指導を本格化させた。

 東京都は都政の新しい羅針盤となる「『未来の東京』戦略」を2021年3月に策定した。その中で、「戦略12 稼ぐ東京・イノベーション戦略『東京スマート農林水産業プロジェクト』」を定め、「ローカル5Gを活用した農業技術の開発」を先端的事業のひとつに位置付けている。同プロジェクトのうち「東京型スマート農業プロジェクト」の2021年度予算は2億4900万円となっている。

調布市(ちょうふし)
調布市(ちょうふし)
東京都のほぼ中央に位置し、7市区と隣接する。人口238,087人(2021年4月1日)、21.58km2。新宿まで約20分と交通アクセスがよく、自然豊かな公園も多いことから住宅地としての人気が高い。都心に程近い立地だが面積の約7%は農地となっている。

350株のトマト栽培を3人で受け持ち、年間25トンの収穫を目指す

 具体的にはどんな農業技術の開発が行われているのか。それが分かるのがNTT東日本中央研修センタ(調布市)の敷地の一角に設けられた試験圃場、すなわちトマト栽培専用ハウスだ。500平方mほどのハウス内で350株のトマトが栽培されている。目指す収穫量は年間25トン。ハウスの温度、二酸化炭素濃度、湿度、日射量をセンシングし、コンピューターが最適な生育条件を判断してカーテンの開け締めなどを全自動で行う。ハウスとはいえ、太陽光利用型の「植物工場」と呼んでもよい。

フルコントールされたハウス内でトマトが栽培されている(写真:長坂 邦宏)
フルコントールされたハウス内でトマトが栽培されている(写真:長坂 邦宏)
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 栽培していたのは大玉トマト。ヤシガラを敷き詰めたところに栄養素を配合した養液を流して栽培する。養液で常に必要な養分が補給されるため、栄養が偏って生じる連作障害は起きない。これはトマト栽培で大きなメリットだ。

 ハウス内にはローカル5Gのアンテナが1台置かれ、ほかに4Kカメラ、360度カメラ、走行型カメラがある。トマト栽培の世話をするのはNTTアグリテクノロジー栽培スタッフの服部三平氏をはじめ計3人だけ。

ローカル5Gの基地局(左)と高解像度の4Kカメラ(右)。4Kカメラはハウス内に6台設置されている。大量の映像データをアップロードするにはローカル5Gが必要だった(写真:2点とも長坂 邦宏)
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ローカル5Gの基地局(左)と高解像度の4Kカメラ(右)。4Kカメラはハウス内に6台設置されている。大量の映像データをアップロードするにはローカル5Gが必要だった(写真:2点とも長坂 邦宏)
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ローカル5Gの基地局(左)と高解像度の4Kカメラ(右)。4Kカメラはハウス内に6台設置されている。大量の映像データをアップロードするにはローカル5Gが必要だった(写真:2点とも長坂 邦宏)
走行型カメラ。約20km離れた立川市の東京都農林総合研究センター内の研究所から遠隔操作して近づき、トマトの生育状況を見る。ローカル5Gの活用により、事故の原因になりうる動作の遅延をなくした(写真:長坂 邦宏)
走行型カメラ。約20km離れた立川市の東京都農林総合研究センター内の研究所から遠隔操作して近づき、トマトの生育状況を見る。ローカル5Gの活用により、事故の原因になりうる動作の遅延をなくした(写真:長坂 邦宏)
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 服部氏はIT関係の会社に勤務していた経験があるものの、農業は家庭菜園を楽しむ程度。専門的な知識があるわけではない。「スマート農業という言葉に引かれた」といい、2020年12月からここで働き始めた。

 「これだけの規模のハウスを3人で面倒見るのは普通だったらできません。全コントロール型の設備だからできること。葉っぱの色がおかしいとか、株の成長が遅いなどと感じた時は、スマートグラスを使って専門家に意見を聞けるので、農業を全然やったことがない人でもできます」と服部氏はデジタル技術の威力について話す。

NTTアグリテクノロジー栽培スタッフの服部三平氏。スマートグラスを通して見る映像は立川の研究所に伝送され、音声コミュニケーションも取れるため、リアルタイムで技術指導を受けられる(写真:長坂 邦宏)
NTTアグリテクノロジー栽培スタッフの服部三平氏。スマートグラスを通して見る映像は立川の研究所に伝送され、音声コミュニケーションも取れるため、リアルタイムで技術指導を受けられる(写真:長坂 邦宏)
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 このハウスでは高解像度の4Kカメラとウエアラブル端末「スマートグラス」がキーデバイスだ。天井近くに設置された6台の4Kカメラで全体の生育状況を把握し、細かいところは走行型カメラでトマトに近づいて確認する。葉の下やトマトの裏側は走行型カメラでは分からないので、スマートグラスを装着した服部氏らがチェックする。スマートグラスの利点は両手が空くこと。トマトの裏側を見たり、葉をよけたりできる。スマートグラスでは、見たままの映像と音声を伝送できるのも特徴だ。

 カメラやスマートグラスで得た映像は高速・大容量のローカル5Gによってアップロードされ、約20km離れた立川市の東京都農林総合研究センター内の研究所に送られる。そこには4Kモニターが設置され、映し出されたハウス内の映像を見ながらリアルタイムで専門家が技術指導する。効率的に技術指導を行って生産性を高めたり、指導を高品質化できたりするほか、1人の指導員によって複数の生産者の農業支援ができるようになった。

立川市の東京都農林総合研究センター内の研究所では、スマートグラスや4Kカメラ、走行型カメラなどからの高精細な映像でトマトの生育状況を確認できる(モニターに映し出された映像を撮影)。それらを見ながら技術指導を毎日適切に行える(写真:長坂 邦宏)
立川市の東京都農林総合研究センター内の研究所では、スマートグラスや4Kカメラ、走行型カメラなどからの高精細な映像でトマトの生育状況を確認できる(モニターに映し出された映像を撮影)。それらを見ながら技術指導を毎日適切に行える(写真:長坂 邦宏)
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高精細な映像と走行型カメラの遠隔操作をローカル5Gで実現

 一般にローカル5Gは4Gと比べて通信速度が10倍以上、遅延は10分の1、同時接続台数は10倍と、高速・大容量の通信ができる。農地などの敷地、工場や病院の建物に限定したローカル5Gは今後、利用地域の拡大が期待されている。

研究所のモニターに映し出されたトマトの様子(モニター映像を撮影)(写真:長坂 邦宏)
研究所のモニターに映し出されたトマトの様子(モニター映像を撮影)(写真:長坂 邦宏)
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 「高精細な映像をトマト栽培の現場から送ることと、遅延なく走行型カメラを操作すること。この2点がローカル5Gを活用しなければ実現できませんでした」とNTTアグリテクノロジー社長の酒井氏は話す。

 今回のトマト収穫は2シーズン目。現在の株は8月半ばに植えたもので、約3カ月で収穫したトマトを若葉小学校に提供した。1シーズン目から順調に収穫を行い、地元のJAに卸したり、NTT東日本本社ビル内の無人型スマートストア(実証試験中)で販売したり、地域のこども食堂へ提供したりしてきた。

 トマト栽培スタッフの服部氏は、「JAさんから『あれ、おいしかったよ』と言われた時は『よし、やった』と思いました。今回のように生徒さんたちが食べてくださるのは『うれしい』の一言に尽きます」と感慨深げに話す。

 NTT東日本の経営企画部営業戦略推進室主査、川嶋光氏によれば、「施設園芸(ハウス栽培)としてはパプリカやナスなどもターゲットに入ってきます。このハウスはトマト栽培用に最適設定されていますが、他の栽培にも対応できます」とのこと。NTT東日本は山梨県中央市にある大規模なファーム「ベジアイシティ山梨中央」でもリーフレタスの本格栽培を行っている。

 酒井氏は日本の農業に危機感を募らせている。

 「日本の農業の担い手は2015年から2030年までの間に40%減ると言われています。担い手が加速度的に減少していく産業なんですね。すでに待ったなしの状況。地域全体でどうするか、新しい農業技術を実装するための仕組みを地域につくっていかなければいけません。私たちは自分たちの手で栽培し、自治体の指導を受けながら自らチャレンジしていこうと考えています」

 NTTアグリテクノロジーは、現在進める実証実験の成果を見て、栽培現場を調布市内の別の場所に広げたり、野菜の種類を増やしたすることなどにより、収益事業として育てていきたいと考えている。

 今後はさらに新技術を導入する計画もある。遠隔操縦ドローンによる全体の生育状況の効率的な把握、人工知能(AI)を活用した着花促進剤噴霧の効率化などを計画しているという。ロボットやドローンを使えば省人化でき、少ないスタッフでも対応できる。

 問題は新技術の導入でコスト高になる点だが、各種機器やロボティクスをシェアリングするモデルをつくり上げるなどしてのコストダウンも考えられそうだという。

 農業の厳しい現実を克服しようとすれば、ブレイクスルーとなるイノベーションは不可欠だ。それを支えるのはデジタル技術やロボット技術、新しいモビリティだが、生産現場に密着してこそ斬新な課題解決力が見いだされるはずだ。

訂正履歴
取材時に調布市立若葉小学校に個人名掲載の許諾を得ていましたが、個人情報保護の観点から一部記事中の個人情報を非掲載としました。[2022/1/5 16:30]

この記事のURL https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/PPP/434167/121400200/