路上での窃盗犯罪が前年度比17%減、バイク盗難が同40%減少。街頭犯罪・侵入犯罪は前年比で約21.2%減少。兵庫県伊丹市では街全体の見守り事業で、こんな成果を得ている。防犯カメラ、ビーコンといった仕組みを組み合わせた、ICT活用型の見守り事業である。小学生や高齢者にビーコン発信機を持たせ、市内1000カ所以上に設置された防犯カメラと受信機で安心・安全を見守る(写真1)。もちろん、24時間365日体制での見守りである。

写真1●電信柱に設置された防犯カメラとビーコン受信機のボックス
ボックス(上左)が設置された電信柱(上右)には、目に見える位置に防犯カメラが設置してあることが説明されている(下)。

防犯カメラだけの設置計画から、位置情報通知の併用に

 導入のきっかけは2014年に神戸市で起こった少女誘拐殺人事件。小学1年生の女児が誘拐、殺害された事件は、伊丹市の住民にも大きな衝撃を与えた。このとき、伊丹市長が事件の解決に防犯カメラの映像が役立ったことを知り、自ら、行政主体での見守り事業を提案した。

 まず、市内1000カ所に防犯カメラを設置し、2016年1月に稼働させた。同じ頃に市内の小学校に防犯カメラを設置した大阪府箕面市の例を参考にした。1小学校区当たりの設置カメラ台数は箕面市と同じ50台で、17小学校区を対象に設置。さらに中心市街地や河川など、事件・事故や災害のおそれのある箇所に150台のカメラを設置した。

 当初の計画では導入するのは防犯カメラだけだったが、見守り事業の計画を聞きつけた阪神電気鉄道が、防犯カメラとビーコンを組み合わせた仕組みを伊丹市に提案した。

 阪神電気鉄道では以前から、児童にICタグを持たせ、自分の子供が校門を通過したことを保護者にメールで知らせる「登下校ミマモルメ」や、GPS端末を持たせて位置情報を地図に表示する「ミマモルメ GPSサービス」といった見守りのサービスを提供していた。同社が伊丹市に提案したのは、児童にビーコン発信機を持たせ、ビーコン受信機の近辺を通過したという位置情報が保護者のスマートフォンで確認できる新たなシステムだ。これを使えば、単なる見守りではなく児童の位置情報取得も可能になる。

 一方で、伊丹市には、多額の税金を投入する見守りインフラを、できるだけ効率的かつ効果的に使いたいという考えがあった。阪神電気鉄道から提案を受けたシステムであれば、児童が誘拐される事件が起こったり、認知症の高齢者が行方不明なったりした時に、カメラの映像と位置情報を連携させれば早期解決につながるかもしれない。防犯カメラのために設置した電源と通信機器をビーコン受信機でも共用すれば、予算を有効活用できることになる。

 そこで伊丹市は2015年11月、阪急阪神ホールディングスと「安全・安心見守りネットワーク事業に関する協定」を締結。小学生だけでなく高齢者の安全確保にも役立つ市内全域での見守りシステム「まちなかミマモルメ」の導入に踏み切った。

専用アプリでスマホに子どもの位置情報を表示

 こうして2016年1月、ビーコン受信機とLTEルーターを内蔵した防犯カメラのボックスを設置し、3月に安全・安心見守りネットワーク事業の運用を始めた。防犯カメラとは別に、小学校の校門や公共施設など30カ所にもビーコン受信機を設置した。これらの受信機が、小学生が持つBLE(Bluetooth Low Energy)ビーコンからの信号を受信すると、その位置情報を保護者のスマートフォンアプリ上に表示し、さらに校門を通過する際にはプッシュ通知で知らせる(写真2、図1)。

 伊丹市では、肖像権やプライバシーを守るための防犯カメラの設置・管理に関する法律がないことから、カメラに関する条例を制定。カメラ映像はSDカード録画のスタンドアロン方式とし、時間がたつと映像が上書き消去される仕組みにした。係員がSDカードを取り出さない限り、映像が人の目に触れることはない。ネットワークに関してもセキュリティを確保するために、阪急阪神ホールディングスのグループ会社ベイ・コミュニケーションズが独自に構築した地域BWA(Broadband Wireless Access)によるLTE通信網を採用した。

写真2●児童が持つビーコン発信機
数秒に1回、半径数十メートルの範囲にBluetoothの信号を発信し、ボタン電池1つで1年間ほど動作する。
図1●保護者用のスマートフォンアプリの画面
子どもの現在地(左)や校門の通過情報が確認できる(右)。

 安全・安心見守りネットワークを利用するには、阪神電気鉄道との契約が必要になる。費用としては、初期登録料2572円と、月額利用料432円がかかる。小学生の保護者へのアンケートでは、有料だから利用していないという声と、実際に利用してみたら使い勝手がよくやめられないという声があった。そこで伊丹市としては、まずは保護者に利用してもらうことを考え、2017年4月に小学校に入学した新1年生に関しては、市が初期登録料と合わせて1年間全額を補助することにした。この補助は今後も数年は継続し、有料での利用者増につなげていく考えだ。

犯罪抑止で一定の効果

 子どもの見守りの対象は小中学生で、実際の利用者の大半は小学生。2017年9月時点では市内の小学生のうち16.7%が利用している。小中学生以外の利用については、ストーカー行為に悪用されないよう、特別な障がいを持っているケースや、認知症を患っていて徘徊する恐れがあるケースに限定し、30人くらいが利用している。障がい者(児)、認知症高齢者については、初期登録料・月額利用料とも市が負担し、無料で利用できる。

図2●ボランティア専用アプリの画面
保護者からの捜査協力に応じることができる

 安全・安心見守りネットワーク事業で採用したまちなかミマモルメには、家族が行方不明になった際に、保護者がアプリからボランティアに捜索協力を要請する機能もある。ボランティア希望者は各自のスマホにボランティア専用アプリをインストールし、アプリ上で「協力を開始する」スイッチを入れGPSやBluetooth機能をONにしておく。保護者から捜索協力要請があると、ボランティアのスマートフォンがビーコンの受信端末となる(図2)。これにより、もし捜索対象者が付近を通過し、スマートフォンがビーコン信号をキャッチすると、その情報がGPSの位置情報とともに家族に通知される。

 ボランティアには登録と一般があり、登録ボランティアには捜索対象者の写真や氏名が通知され、対象者を発見した際に声をかけたりできる。一方、一般ボランティアは所有するスマートフォンを臨時のビーコン受信機器として使えるようにするもので、個人情報は一切通知されない。

 2017年9月時点でボランティア専用アプリは1169人がダウンロードしているため、全員が協力要請に応じると防犯カメラと連動したものと合わせて、2200個ほどのビーコン受信機が伊丹市内にあるという状況が出来上がる。

 サービス開始から2017年9月までの間で、保護者から協力要請が発せられたことはないが、防犯カメラについては導入後すぐに効果が見られた。例えば2016年7月に伊丹市内のマンションで発生した女子中学生への強制わいせつ暴行事件で、防犯カメラの映像が有力な証拠となり、8月には伊丹警察署によって容疑者が逮捕された。

 冒頭で紹介したように、2016年度の路上犯罪認知件数、伊丹市の街頭犯罪・侵入犯罪も、前年よりも減少した。街頭犯罪・侵入犯罪については、兵庫県の平均である15.2%減を5ポイント近く上回った。こういったことから伊丹市では、安全・安心見守りネットワーク事業は「犯罪抑止効果について、一定の効果があった」とみている。

交付金と複数部門の兼務者の存在が成功のカギ

 「自治体がこういった大掛かりな事業を導入する際には、大きく分けて予算と組織についての課題がある」と、伊丹市安全・安心施策推進班主任の落久保宏朗氏は話す。予算に関していえば、「まちなかミマモルメ」の導入にはカメラやビーコンの機器代、設置工事費、サーバー代、ネットワーク代、ソフトウエア開発費などで約4億円のコストがかかっている。このうち、伊丹市では地方創生や地域再生戦略の交付金、交付税措置により国から約2億円を調達し、実際の支払いを半分程度に抑えた。一方、ランニングコストは光熱費や電柱占用料、ネットワーク、サーバー保守などで年間約2700万円。「当時のように交付金などで実費負担を抑えることができなければ、負担が大きすぎて導入は難しかった」(落久保氏)という。

 組織面でも、通常、このような事業の立ち上げは、福祉部門や教育委員会など複数の部門が関係するため、行政の縦割り組織では話が進みづらい。安全・安心見守りネットワーク事業の運用を担当する安全・安心施策推進班は、もともと防犯カメラを設置するためだけに組織された部隊だった。しかし、部長級の職員の下に福祉部門や教育委員会を兼務している職員がいたため、縦割り関係がスムーズにいったという。また、伊丹市長が見守り事業の導入に積極的であり、トップダウンでの指示があったことも大きい。「そういった仕組みがなかったら、防犯カメラを付けるだけで終わっていたかもしれない」(落久保氏)。

 今後の課題は、市民に周知を図り、さらに利用率を向上させること。そのためには、広報活動とともにビーコン受信機の数を増やす必要がある。1030台設置した受信機は、地図上で見れば隙間なく埋まっている印象があるが、市民からは家から学校まで受信機が2つしかないという声があるなど、どうしても住んでいる場所によって差が出てしまう(図3)。

図3●「まちなかミマモルメ」のビーコン検知箇所

 そこで、現在伊丹市が検討しているのが、飲料の自動販売機などに受信機を設置することである。例えば業者に市有地を提供する代わりに、業者の負担で自動販売機にビーコン受信機を組み込んでもらう。これによって、伊丹市と業者の双方に利益がある新たな見守り協定の締結を考えている。

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