横浜市中区にある港湾施設「象の鼻テラス」は、アートを取り入れた公共空間の新たな活用方法を提案するイベント「象の鼻パブリックサーカス」を2019年1月19日に開催した。街なかで新たなコミュニケーションを手軽に生成する「パーソナル屋台」を提唱・実践する田中元子氏を講師に迎え、レクチャーとワークショップを実施した。

「フューチャースケープ・プロジェクト」のイメージ図(資料:ワコールアートセンター)
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 横浜港の大さん橋と赤レンガ倉庫の中間に位置する「象の鼻パーク」の一角に、横浜市が設置した休憩施設「象の鼻テラス」がある。この施設を市から業務委託を受けて運営するワコールアートセンター(東京都港区)は現在、「フューチャースケープ・プロジェクト」を進行中だ。

 同プロジェクトは、100 年先を想像し、象の鼻テラスやその周辺一帯をさらに居心地のいい快適な場所にするためのアイデアを市民から集め、「みんなの夢のつまった公共空間」を未来の風景として提示するというものだ。2019年6月7日から6月16日に開催する「象の鼻テラス開館10周年記念展覧会」(仮称)で成果を公開する(市民からのアイデア募集は既に終了している)。

 このプロジェクトの一環として1月19日に行われたイベントが、「象の鼻パブリックサーカス ―自分が「楽しい」を人にふるまってみませんか―」である。移動式屋台「パーソナル屋台」を象の鼻テラスなどに出現させ、屋台主と道行く人との間にコミュニケーションを生む場を提供するイベントだ。

 「パーソナル屋台」の屋台主は、「何かを無料で振る舞いたい個人」だ。振る舞うものは何でもよい。コーヒーやパンなどの飲食物でもいいし、屋台主の得意な「こと」、例えば、手品や占い、似顔絵描きなどを振る舞ってもかまわない。自分が楽しいことを他人に振る舞うことで、相手も楽しい気分にすることを主旨とする。

 講師には、パーソナル屋台の提唱者であり、グランドレベル(東京都墨田区)代表の田中元子氏を迎えた。当日は、田中氏が提唱する「パーソナル屋台」の見本市や、実践方法のレクチャーと参加者によるアイデア提案をワークショップ形式で行った。

グランドレベル(東京都墨田区)代表の田中元子氏。提唱する「パーソナル屋台」を象の鼻テラスで実践した(写真:小林直子)
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田中元子氏によるレクチャーの様子(写真:小林直子)
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 屋台主は、布を掛けた屋根付きの移動式屋台に立ち、道ゆく人とコミュニケーションを図る。するとそこには、親密な空気感を持つ場が立ち現れる。田中氏は、「パーソナル屋台」によって生まれる、個人が不特定の人々と交流する開かれた場を「マイパブリック」と名付け、これにより「(個人の)能動性を発露させるきっかけをつくる」と説明する。

 なお、「パーソナル屋台」を実際に街なかで運用しようとすると、状況によって道路使用許可、公園管理者の許可、食品衛生法上の許可、屋台営業の許可などが求められる。今回の場合は、象の鼻テラス内では主催者が施設管理者であることから許可や申請手続きを行っていない。だが、施設外の象の鼻パークにおいては公園使用規則に準じる必要があり、設置物や設置場所、運営対策などを企画内容の資料とともに横浜市へ提出して実施した。

「手話」や「折り紙」を振る舞う

 当日は、館内に数台と野外に1台のパーソナル屋台を出店した。手話コミュニケーションや折り紙など、参加者がそれぞれ自分の得意なことを自由に振る舞った。関心を示して集まった来館者とコミュニケーションを取るという「マイパブリック」の光景が各所で見られた。この日、展示された屋台のおおよそのサイズは、幅1.3m、奥行き70cm、高さ2m。屋台のサイズに決まりはないそうで、見た目の寄りやすさがデザインの鍵となる。

 出店したパーソナル屋台のうち、ユニークな取り組みを紹介する。

 「手話振る舞います」を実践した南雲麻衣氏は、自身も聴覚に障がいを持っている。手元にメッセージボードを用意し、屋台の説明書きを読み関心をもって集まって来た人々に手話を教えていた。「海辺の折り紙」を振る舞った森順子氏は、さまざまな色の折り紙を用意し、来店者へ折り方を伝えていた。

 野外の屋台では、松田能文氏が「円、円、円と数学」を振る舞った。さまざまな道具を使って数字や図形などの法則についてパフォーマンスを交えて解説していた。

象の鼻テラスで開催されたワークショップの様子。出店者が「パーソナル屋台」で自分の得意なことを振る舞った(写真:小林直子)
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「手話振る舞います」を実践した南雲麻衣氏の屋台(写真:小林直子)
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「海辺の折り紙」を振る舞った森順子氏の屋台(写真:小林直子)
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野外の屋台「円、円、円と数学」では、松田能文氏が数字や図形の法則をパフォーマンスと共に振る舞った(写真:小林直子)
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「パーソナル屋台」で能動的なまちを

 象の鼻パークやテラスのような公共空間に、「パーソナル屋台」を創出することで、まちはどのように変化するのか――。田中氏は「個人の力を引き出すことを後押しするまちとなり、やがてそのまちは能動的な『意志あるまち』として市民に選ばれる」と説明する。

 さらに田中氏は「行政は明文化したルールに基づいて場を管理する見守り役から、さらに一歩踏み出して、その場にいる人間同士のコミュニケーション自体に関わるようになる。そんな『意志ある行政』の出現を期待したいし、そんな時代が来ている」と、新たな行政の役割についての期待を語った。

 イベントのメーン会場となった現在の「象の鼻テラス」は、平日はビジネスマンがお昼にお弁当を持ち寄る休憩場所として、休日はカップルや家族連れの憩いの場所として多くの市民が来訪している。「象の鼻テラス活動記録集」によると年間来館者数は、オープン初年度の2010年度の25万830人から、2017年度は45万3434人と、約1.8倍に増えている。

「象の鼻テラス」は、横浜三塔などのランドマークへの景観に溶け込み、ランドスケープと一体化した設計となっている。港に向いた壁には大きなガラスが使われており、室内から港や海を一望できる。周囲の丘面に敷き詰められた芝生に埋もれたように建つ。平屋建てで延べ床面積は約600m2(写真:小林直子)
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写真左の建物が象の鼻テラス。奥には横浜港の観光名所、横浜赤レンガ倉庫も見える(写真:日経BP総研)
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 象の鼻テラスを運営するワコールアートセンターの大越晴子氏は、パーソナル屋台のイベントを開催した理由を次のように語る。「今回のフューチャースケープ・プロジェクトは、アートによって、象の鼻パークやテラスの利用者にとってのよりよい環境づくりを模索する実験。パーソナル屋台を実践することで、市民自身が公共空間のあり方について考え、話し合う機会を生み出すことが狙いだ」。

 さらに大越氏は、フューチャースケープ・プロジェクトの実施に向けて「エリア一帯と共同したイベント開催などを想定し、安全管理を確保した上で、柔軟な対応による調整が可能な体制づくりに努めたい」と語った。

この記事のURL https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/PPP/report/020600168/