そこで、この分散型ホテルがどの程度「地域の稼ぎ」を出しているのかを分析した。指標としては、「地域の稼ぎ(地域経済付加価値)」=「地域内企業の純利益」+「地域内居住従業員の可処分所得」+「地方税」を用いている。これは、ドイツの研究機関が開発した手法を応用したもので、ドイツではこの指標を用いて、自治体による事業の効果測定などが行われている。

 なお、この定義では、従業員可処分所得増に伴う消費拡大の連鎖効果(2次波及効果以降)を考慮していない。これを考慮すれば、「地域の稼ぎ」はさらに大きくなる。

 ちなみに、よく耳にする「経済効果(経済波及効果)」は、新規需要を満たすために連鎖的に誘発される生産額の合計を産業連関表を用いて算出するものであり、本分析での指標とは別物だ。「経済効果」は国などの広域的な範囲に派生する「生産額」に視点をあてているため、とても大きな数字が出るが、事業ごとの「地域の稼ぎ」を正確に算出することは難しいとされている。

 分析の結果、hanareによる「地域の稼ぎ」は、年間約500万円となった(地域を「谷中周辺」と定義しており、地方税は考慮していない。2017年度実績)。

 hanareは客室数5、売上規模約1900万円、従業員6人(うちアルバイト3人)と事業規模は決して大きくはないが、「地域の稼ぎ」に回る比率は高いといえる。事業形態による差を比較するため、一定の仮定を置いた一般的なチェーンホテルが同様の売上規模だった場合の「地域の稼ぎ」を試算すると、hanareの値の約5分の1である100万円となってしまうことが分かった。

「地域の稼ぎ」の内訳(資料:稲垣憲治)
「地域の稼ぎ」の内訳(資料:稲垣憲治)
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「分散型ホテル」は一般的なチェーンホテルと比べて5倍の「地域の稼ぎ」を生む(資料:稲垣憲治)
「分散型ホテル」は一般的なチェーンホテルと比べて5倍の「地域の稼ぎ」を生む(資料:稲垣憲治)
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左図中のhanare支払関連:hanareからの地域商店などへの支払分(例:クリーニング店への支払い、銭湯チケット購入費など)

 なお、「地域の稼ぎ」算出において設定した仮定・前提は以下の通り。

  • hanareや宿泊客が支払を行う地域事業者の従業員可処分所得及び純利益は、業種ごとに法人企業統計のデータを用いて推計
  • 地域を「谷中周辺」と定義しており、地方税は考慮していない
  • ヒアリングにより、hanare宿泊客は下記の割合で地域サービスを受けると推定
    レンタサイクル:25%、文化体験(尺八、着付け、人力車):5%、夕食・お酒:80%、おみやげ・飲料・雑貨など:80%
  • ホテル内にレストランもバーもおみやげ店も浴槽もある一般的なチェーンホテルの地域経済付加価値は、hanareと同じ売上・純利益だが、資本・従業員が地域外で、宿泊客の表の地域サービス利用が半減すると仮定して算出

 チェーンホテルは地域外出資であることがほとんどであり、従業員も地域雇用の割合が高いとは限らない。このため、ホテルの利益や従業員給与は地域外に出ていくことになる。一方、全てをホテルで抱え込むのではなく、地域でもてなす分散型ホテルは、必然的に地域の店舗にお金が落ちることになる。このことから、単に旅行者が地域を訪れさえすれば地域が豊かになるのではないことが分かる。

 こうした分散型ホテルの取り組みは、各地で進みつつある。2017年には、hanareを運営するHAGI STUDIO代表取締役を務める宮崎晃吉氏が代表理事となり、一般社団法人日本まちやど協会が発足。まちを1つの宿と見立て、まちぐるみで宿泊客をもてなすことで地域価値向上を目指している。現在、谷中のhanareのほか、高松市仏生山地域など計20地域の分散型ホテルが登録されている(平成31年2月19日時点)。

日本まちやど協会のウェブサイト
日本まちやど協会のウェブサイト

 昔から地元にある商店で買い物をし、地元の人が利用するレストランでの食事をして、地元住民とのふれあうといった滞在体験は、これまでのいわゆる「観光地」や一般的なホテルが提供してこなかったものだ。こうした体験の魅力を求める観光客が大きく増える可能性は、十分あるのではないか。そして、分散型ホテルのビジネスモデルは、既存ホテルがない集落など、これまで観光とは無縁だった土地も「観光地」となりうる可能性を秘めている。