本稿では、東京・谷中エリア(東京都台東区)で開業した、まち全体をホテルに見立てた分散型ホテル「hanare(はなれ)」と、埼玉県志木市で行われている地域マーケット「Yanasegawa Market」の2事例をもとに、まちづくり事業の実施方法の違いが、「地域の稼ぎ」や地域への様々な効果に大きな差を生むことを紹介する。

 地方創生の掛け声のもと、全国で様々なまちづくり事業が展開されている。まちづくり事業の実施に当たっては、事業目的と実施手段が合致していることが重要である。地域にカネを落としてもらうことを大きな目的の1つとするなら、本当にそうなっているのか、検証が必要であろう。

ケース1 分散型ホテル「hanare」(東京・谷中エリア)
~地域の稼ぎはチェーンホテルの5倍~

 空き家をリノベーションして客室にし、まち全体を宿に見立てた分散型ホテルが、東京都台東区の谷中にある。HAGI STUDIO(東京都文京区)の運営する「hanare」は、従来のホテルには館内にあるフロント・客室・浴室・食堂がまちに「分散」しているのが特徴だ。

分散型ホテルイメージ図(資料:HAGI STUDIO)
分散型ホテルイメージ図(資料:HAGI STUDIO)
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 hanareのフロントにチェックインすると、谷中の町の散策マップと銭湯のチケットがもらえる。マップには、地域のレンタサイクル店や文化体験ができる施設などが分かりやすく示してあり、それを頼りに宿泊者はまちに出る。近くの自転車屋さんでレンタサイクルを借りて谷中を散策しつつおみやげを買い、お寺やお稽古教室で文化体験をして、まちの銭湯でひと風呂浴びて、商店街の定食屋や飲み屋へ。従来のホテルのように、レセプションもレストランもバスルームも、さらにみやげ店までホテル内に置いて宿泊客を囲い込むのではなく、まち全体で宿泊客をもてなすのが、「分散型ホテル」なのだ。

「hanare」レセプションは、カフェやギャラリーが入る複合施設「HAGISO」の一角にある。この建物は、もともと東京藝術大学の学生がアトリエなどに利用しており、老朽化で解体される予定だったものをリノベーションしたもの(写真:HAGI STUDIO)
「hanare」レセプションは、カフェやギャラリーが入る複合施設「HAGISO」の一角にある。この建物は、もともと東京藝術大学の学生がアトリエなどに利用しており、老朽化で解体される予定だったものをリノベーションしたもの(写真:HAGI STUDIO)
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空き家をリノベーションした宿泊棟(レセプションから徒歩1分)。この宿泊棟は、長年空き家だった建物を借り受けてリノベーションした。空き家のリノベーションや分散型ホテル運営に、行政からの補助金は全く入っておらず、完全な民間事業であることも注目だ(写真:HAGI STUDIO)
空き家をリノベーションした宿泊棟(レセプションから徒歩1分)。この宿泊棟は、長年空き家だった建物を借り受けてリノベーションした。空き家のリノベーションや分散型ホテル運営に、行政からの補助金は全く入っておらず、完全な民間事業であることも注目だ(写真:HAGI STUDIO)
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 このビジネスモデルにおけるお金の流れを見てみると、ホテルだけが儲けるのではなく、まち全体が儲かることに気づく。宿泊客が増えれば、まちの飲食店が儲かり、レンタサイクル店が儲かり、おみやげ店が儲かる。往時の半数(5軒)になってしまった銭湯を盛り上げることにもつながる。

 そこで、この分散型ホテルがどの程度「地域の稼ぎ」を出しているのかを分析した。指標としては、「地域の稼ぎ(地域経済付加価値)」=「地域内企業の純利益」+「地域内居住従業員の可処分所得」+「地方税」を用いている。これは、ドイツの研究機関が開発した手法を応用したもので、ドイツではこの指標を用いて、自治体による事業の効果測定などが行われている。

 なお、この定義では、従業員可処分所得増に伴う消費拡大の連鎖効果(2次波及効果以降)を考慮していない。これを考慮すれば、「地域の稼ぎ」はさらに大きくなる。

 ちなみに、よく耳にする「経済効果(経済波及効果)」は、新規需要を満たすために連鎖的に誘発される生産額の合計を産業連関表を用いて算出するものであり、本分析での指標とは別物だ。「経済効果」は国などの広域的な範囲に派生する「生産額」に視点をあてているため、とても大きな数字が出るが、事業ごとの「地域の稼ぎ」を正確に算出することは難しいとされている。

 分析の結果、hanareによる「地域の稼ぎ」は、年間約500万円となった(地域を「谷中周辺」と定義しており、地方税は考慮していない。2017年度実績)。

 hanareは客室数5、売上規模約1900万円、従業員6人(うちアルバイト3人)と事業規模は決して大きくはないが、「地域の稼ぎ」に回る比率は高いといえる。事業形態による差を比較するため、一定の仮定を置いた一般的なチェーンホテルが同様の売上規模だった場合の「地域の稼ぎ」を試算すると、hanareの値の約5分の1である100万円となってしまうことが分かった。

「地域の稼ぎ」の内訳(資料:稲垣憲治)
「地域の稼ぎ」の内訳(資料:稲垣憲治)
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「分散型ホテル」は一般的なチェーンホテルと比べて5倍の「地域の稼ぎ」を生む(資料:稲垣憲治)
「分散型ホテル」は一般的なチェーンホテルと比べて5倍の「地域の稼ぎ」を生む(資料:稲垣憲治)
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左図中のhanare支払関連:hanareからの地域商店などへの支払分(例:クリーニング店への支払い、銭湯チケット購入費など)

 なお、「地域の稼ぎ」算出において設定した仮定・前提は以下の通り。

  • hanareや宿泊客が支払を行う地域事業者の従業員可処分所得及び純利益は、業種ごとに法人企業統計のデータを用いて推計
  • 地域を「谷中周辺」と定義しており、地方税は考慮していない
  • ヒアリングにより、hanare宿泊客は下記の割合で地域サービスを受けると推定
    レンタサイクル:25%、文化体験(尺八、着付け、人力車):5%、夕食・お酒:80%、おみやげ・飲料・雑貨など:80%
  • ホテル内にレストランもバーもおみやげ店も浴槽もある一般的なチェーンホテルの地域経済付加価値は、hanareと同じ売上・純利益だが、資本・従業員が地域外で、宿泊客の表の地域サービス利用が半減すると仮定して算出

 チェーンホテルは地域外出資であることがほとんどであり、従業員も地域雇用の割合が高いとは限らない。このため、ホテルの利益や従業員給与は地域外に出ていくことになる。一方、全てをホテルで抱え込むのではなく、地域でもてなす分散型ホテルは、必然的に地域の店舗にお金が落ちることになる。このことから、単に旅行者が地域を訪れさえすれば地域が豊かになるのではないことが分かる。

 こうした分散型ホテルの取り組みは、各地で進みつつある。2017年には、hanareを運営するHAGI STUDIO代表取締役を務める宮崎晃吉氏が代表理事となり、一般社団法人日本まちやど協会が発足。まちを1つの宿と見立て、まちぐるみで宿泊客をもてなすことで地域価値向上を目指している。現在、谷中のhanareのほか、高松市仏生山地域など計20地域の分散型ホテルが登録されている(平成31年2月19日時点)。

日本まちやど協会のウェブサイト
日本まちやど協会のウェブサイト

 昔から地元にある商店で買い物をし、地元の人が利用するレストランでの食事をして、地元住民とのふれあうといった滞在体験は、これまでのいわゆる「観光地」や一般的なホテルが提供してこなかったものだ。こうした体験の魅力を求める観光客が大きく増える可能性は、十分あるのではないか。そして、分散型ホテルのビジネスモデルは、既存ホテルがない集落など、これまで観光とは無縁だった土地も「観光地」となりうる可能性を秘めている。

ケース2 Yanasegawa Market(埼玉県志木市・館近隣公園)
~公園活用のマーケットから生まれる多様な効果~

 埼玉県志木市の館近隣公園では、数カ月に1度、地域マーケット「Yanasegawa Market」が開催される。普段は何の変哲もない公園が、マーケットがある日は大勢の人が集い活気づく。

Yanasegawa Marketの様子。親子連れなどで賑わい、活気にあふれている
Yanasegawa Marketの様子。親子連れなどで賑わい、活気にあふれている
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公園内での開催のため、子供たちが自由に遊べる(写真:左右2点とも稲垣憲治)
公園内での開催のため、子供たちが自由に遊べる(写真:左右2点とも稲垣憲治)
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 このYanasegawa Market は、主に地域の店舗・個人で構成された約30店舗が出店し、10時~14時までの4時間の開催で来場者数は約1400人になる。主催しているのは、書籍『マーケットでまちを変える』の著者で、マーケットの企画や運営、研究に携わる鈴木美央氏だ。

 販売されているものは、パン・野菜などの食料品、ハンドメイド雑貨、ミニ盆栽、絵本など多岐にわたる。サービスでは、マッサージや似顔絵などもある。一方、本マーケットが、地域性や公園本来の魅力を活かしたデザインを重視しており、お祭りなどで良く見るコテコテの屋台は1つもないことに気づく。

 出店者のほぼすべてが、この地域に居住しているか店舗を構えており、地元主体の構成になっている。販売者は若い人が多く、本業の人、副業でやっている人、趣味的に出店する人など、バックグランドも様々なようだ。

 訪れた日の全店舗の延べ購入者数は約1500人、総売上金額は約112万円であった(各店舗へのアンケートにより集計)。30店舗4時間の開催での売り上げとしては少なくない。

 分析の結果、この日のマーケットによる売り上げのうち、およそ半分の約60万円が「地域の稼ぎ」として地域で回っていることが分かった。地域外出資の郊外ショッピングモールなどと比べて、その割合は極めて高い。

 試算のために設定した仮定・前提は以下の通り。

  • 2018年10月28日開催回について分析している。各店舗の利益・仕入の支出先などについては各店舗へのアンケートにより集計
  • 地域を「朝霞地区4市(朝霞市、志木市、和光氏、新座市)周辺」と定義したため、地方税は考慮していない

 地域にとって、地域マーケットのメリットは、直接的な経済面のみにとどまらない。地域コミュニティの形成、地域の魅力向上なども見込める。

 この日一番感じたことは、出店者が皆、楽しそうであるということだった。実際に、Yanasegawa Market出店者へのアンケートでは、出店目的の第1位が「楽しい・雰囲気が好き」(30店舗中22店舗)、そして第2位が、「地域の賑わい創出に貢献」(30店舗中17店舗)であった。地域マーケットが、町への愛着・シビックプライドを醸成していることが分かる。

 また、この日のYanasegawa Marketでは、志木市商工会青年部のイベントが同時開催されていた。こうした地域の連携により、その効果はより高まるだろう。

 もう1つ印象的だったのが、親子連れがマーケットで買い物をし、公園でくつろいでいる姿を多く見かけたことだ。マーケットという場による効果で、公園空間の本来の魅力が引き出され、出店者、来場者どちらにとっても心地よい空間が形成されたようだ。近年の公共空間の活用への関心の高まりもあり、こうした公共空間における地域マーケット事業のニーズはさらに拡大していくのではないか。

Yanasegawa Marketのインスタグラム。マーケットの様子がたくさんの写真で紹介されている。
Yanasegawa Marketのインスタグラム。マーケットの様子がたくさんの写真で紹介されている。

 出店者にとってのメリットも売り上げだけではない。マーケットでは顧客と直接会話ができるため、市場ニーズや自分の商品への顧客の反応を見られること、少ない初期投資で商売を開始できるためスタートアップの場としても活用可能なことなどが挙げられる。

 マーケットで自作の商品を売り始めたことがきっかけで、出店者の才能が開花するケースもある。この日のYanasegawa Marketにおいて、4時間で10数万円(!)を売り上げた店舗(ハンドメイド雑貨)の店主は、趣味が発展して作家としてマーケットでの販売を始めた地域の住民だ。今後、常設店舗やオンラインショップなどのビジネスとして発展していく可能性を秘めている。

 こうしたマーケットの地域に対する効果を、主催者の鈴木氏は「15の効果」として以下のように整理している。

マーケットがまちに生み出す15の効果(『マーケットでまちを変える』〔鈴木美央、学芸出版社〕より)
マーケットがまちに生み出す15の効果(『マーケットでまちを変える』〔鈴木美央、学芸出版社〕より)
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地域内のプレーヤーによる実践が「地域の稼ぎ」を増やす

 本稿では、分散型ホテル事業と地域マーケット事業という2つの事業について、地域の稼ぎに主眼を置いて紹介してきた。これら2事例の分析から言えることは、地域のプレーヤーによる実践が「地域の稼ぎ」を増やすということだ。また、実践にあたっては、自らのノウハウのもと、地域の資源が十分に活用されていることが分かる。分散型ホテル事業は、地域の魅力がそのままホテルの魅力になるため、地域の魅力をいかに発掘して発信するかが重要となる。私自身、谷中は見知った地域だったが、文化体験できる施設など、hanareを通じて知ることができた場所も多く、谷中という地域をさらに魅力的に感じるようになった。

 地域マーケット事業についても、地域の中核となる公園を洗い出し、地域店舗などから魅力ある出店者を募ることが重要になる。Yanasegawa Marketにおける出店者募集においても、マーケット全体の魅力を高めることのできる魅力ある地域の出店者(地域の魅力を伝えられる出店者)に対して、主催者は直接出店交渉を行っている。

地域の資源を活用し、「低リスク」で事業化

 このような地域の既存資源が活用された取り組みは、従来型の大型開発と比べて極めて「低リスク」であるという点も付け加えたい。

 従来型のホテルもショッピングモールも、ニーズを読み間違えればオーバースペックになってしまうし、開設当初は賑わっても建設後に人口減少や競争相手の出現などで顧客数が減れば事業の存続は危うくなる。一方、空き家を活用した分散型ホテルは、そもそも宿泊室となる施設が地域にあるため大規模な整備を必要としないし、顧客数を踏まえた客室増設(空き家のリノベーション)ができ、スモールスタートも可能だ。

 地域マーケットについても、マーケットは仮設であり場所の変更も可能なため、規模やニーズに応じてその姿を柔軟に変えることができる。

 今後の人口減少社会における地域活性化には、このように地域主体で、柔軟で、そして「地域の稼ぎ」はしっかりある事業の開発が重要になるのではないか。

稲垣憲治(いながき・けんじ)
京都大学 プロジェクト研究員
文部科学省を経て、現在東京都庁職員。環境・エネルギーやまちづくりへの思いが高じ、業務時間外に京都大学プロジェクト研究員としても活動中。2018年3月、新・公民連携最前線に「設立相次ぐ『自治体新電力』、本当に地域にお金が回るのか」を寄稿。
* 本コラムの作成にあたって、hanareについては宮崎晃吉氏(HAGI STUDIO代表取締役、日本まちやど協会代表理事)、Yanasegawa Marketについては鈴木美央氏(同マーケット主催者、『マーケットでまちを変える』著者)にご協力いただきました。ありがとうございました。
* 本稿は、京都大学における研究活動の過程で調査・考察した個人的見解であり、所属する団体の見解を示すものではありません。ご意見・コメントなどは、inagaki_energy@yahoo.co.jpまで。
* 本稿で紹介した2事例の「地域の稼ぎ」などはいずれも速報値であり、今後のさらなる調査により変更になる可能性があります。
* まちづくり事業(空き家対策、公園活用など)における「地域の稼ぎ」算出を検討しています。まちづくり事業に関する各種データを提供いただける方、アドバイスいただける方、上記メールアドレスまでご連絡いただけますと幸いです。

この記事のURL https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/PPP/report/021800169/