記者会見する浜松市の鈴木市長。1月31日に上水道コンセッションの延期を発表した(写真:浜松市)
記者会見する浜松市の鈴木市長。1月31日に上水道コンセッションの延期を発表した(写真:浜松市)

 2019年1月、浜松市の鈴木康友市長は、上水道へのコンセッションの導入延期を表明した。同市は、国が推進する水道コンセッションのトップランナー的存在だっただけに、そのニュースは大きな話題となった。鈴木市長は「市民の皆さまのご理解が進んでいないと感じています。また、国民全体としても理解が進んでおらず、現時点では導入を進めていくのは困難な状況であると判断しました」とコメントを発表した。

 水道コンセッションに反対する根拠としてよく挙げられるのが、海外の「再公営化」のケースだ。「先行する海外では失敗しているではないか」というわけだ。そして、水道を「再公営化」した例としてよく言及されるのがフランス・パリ市の取り組みである。

 しかし、民間を全面排除したかのようにも受け取れる「再公営化」という言葉はミスリードを誘う――。そう警鐘を鳴らすのは、日本政策投資銀行地域企画部担当部長の足立慎一郎氏だ。2018年に現地でパリ市の水道事業の実態について調査した足立氏は、「パリ市の場合、再公営化後も市は民間企業の強みを活用しており、より進化した官民連携を模索しているのが実態だ」と語る。今回、パリ市の水道再公営化の実態と論点について、足立氏にQ&A形式で寄稿してもらった。(新・公民連携最前線)


 日本の水道は、給水人口・収益が減少するなか、老朽化の進む設備更新が急務となっているほか、職員高齢化による技術継承対応など課題が山積している。水道事業の基盤強化のため、昨年12月には自治体の水道事業の広域化や官民連携を促す改正水道法が成立した。しかし、利益に貪欲な民間企業の参入は料金高騰や水質低下につながるといった不安感も根強く聞かれるのが実態だ。

 よく例に挙がるのが、フランス・パリ市の水道事業の「再公営化」のケース。昨年、パリ市の水道事業の責任者である副市長にも会い現地調査を実施したこともあり、「再公営化」の実態についてQ&A方式でお伝えしたいと思う。


■【Q1】 フランスでは、水道の「再公営化」が大きなトレンドとなっているのか?

■【A1】 「海外では水道の民間委託は失敗例が多く、フランス・パリ市のようにむしろ再公営化が増えている」との主張もあるようだ。だが、少なくともフランスについては、データをみる限り「再公営化が増えている」とは言えないと考える。

 近年、フランスにおいて水道事業における民間委託契約の締結(更新など)は年間約800件ある。その中で、2010~15年の間に「民間委託」から「公共直営」に戻した例、つまり「再公営化」した例は68件(人口ベースで約60万人)だ。逆に、「公共直営」から「民間委託」への移行も68件(人口ベースで約100万人)。合算すると、プラスマイナス0件であり、「再公営化が増えている」とは言えない。しかも、人口ベースで見てみると、公共直営から民間委託へと移った地区の人口は、再公営化した地区よりも40万人ほど多いということになる。

 こうして数字を客観的に見て、フランス全体の動向を概観する限り、「再公営化」が大きなトレンドになっているとは言えない。



■【Q2】 そもそも「再公営化」の定義とは何か? 完全に公共直営に戻すことを言っているのか?

■【A2】 フランスでは、かねてより上下水道の料金収受(需要リスク)を民間に委ねる形の民間委託が盛んで、長い歴史がある。公民連携のスキームとしては、アフェルマージュという方式が最も一般的だ(下図「フランスにおける 公役務の委任(DSP)の類型」参照)

4類型いずれの方式も自治体が最終責任を負っている(資料:日本政策投資銀行、参考文献:EPEC(2012)「France PPP Units and Related Institutional Framework」、中村義孝〔2011〕「フランスの裁判制度(1)」立命館法学2011年1号〔335号〕)
4類型いずれの方式も自治体が最終責任を負っている(資料:日本政策投資銀行、参考文献:EPEC(2012)「France PPP Units and Related Institutional Framework」、中村義孝〔2011〕「フランスの裁判制度(1)」立命館法学2011年1号〔335号〕)
[画像のクリックで拡大表示]

 そして、今話題になっている「再公営化」という言葉についてだが、フランスで言う「再公営化」とは「料金収受(需要リスク)を公共へ移すこと」のみを言う。パリ市のケースも、下図のように「再公営化」とは言っても100%の直営ではなく、料金収受を公共に戻した上で、民間企業に一部業務委託がなされている(下図)。

(資料:日本政策投資銀行、2018年10月フランス現地ヒアリング、CLAIRパリ事務所資料をもとに作成)
(資料:日本政策投資銀行、2018年10月フランス現地ヒアリング、CLAIRパリ事務所資料をもとに作成)
[画像のクリックで拡大表示]

 そもそもフランスには、水道事業において、そのすべてを民間に委ねる「水道の完全な民営化」という概念はない。「再公営化」される前のパリ市のケースも、もちろん完全に民営化されていたわけではない。あくまでも市が最終責任を負った上での「民間委託」であった。また、フランスにおいては水道事業の「民間委託」と言っても、経営全般の委託は少ない。「投資は公共が担当、運営は民」や「川上は公共が担当、川下は民」など、民間にどの部分を委託するかについての形態は様々である。

 同様に、「再公営化」についても100%の直営化はまれで、民間に何らかの形で委託を実施しているのが一般的だ。 パリ市の再公営化もこのパターンであり、元々3者に分かれていた水道事業運営の民間担い手を市100%出資の1公社へと統合し(*注1)、そこから民間(世界的水メジャーのヴェオリアとスエズ)へ一部業務委託している。

*注1: 水道事業のうち、送配水業務(取水堰~配水場)については、1985年以降パリ市・Veolia(ヴェオリア)・Suez(スエズ)の資本が入った第3セクターのEau de Paris(オー・ド・パリ)社によるコンセッション形式で行われ、給水業務(配水管~料金徴収)については、セーヌ川を境としてCEP(Veoliaの子会社)とEFPE(Suezの子会社)によるアフェルマージュ方式で行われていた。2010年以降は、上記の2つの業務(取水~料金徴収)を統合し、パリ市100%出資の商工公社(Eau de Paris)が業務を実施している。

 これらを踏まえると、単に「料金収受のありか」をボーダーラインとして「民営」か「公営」かという短絡的議論をすることには意味がない。むしろ問題の本質の正確な理解を大きく妨げる。「再公営化」後のパリ市の水道事業も、実際には民間企業に一部業務委託しているのに、その部分は日本では知られていない。重要なのは、事例ごとの様々な官民の役割・リスク分担の実態を、正確に理解・評価することである。

 なお、既述のとおり、フランスにおける民間委託の形態として代表的なのは、上に掲載した図(フランスにおける 公役務の委任〈DSP〉の類型)中の上段の2つ(コンセッションとアフェルマージュ)であるが、フランスで言う「コンセッション」は、施設の整備・維持管理・運営・料金収受まですべて民間企業が担当する。一方、「アフェルマージュ」は、施設の整備は公共が担当し、維持管理・運営・料金収受を民間企業が担当する。このように、用語の使い方が日本と若干異なっていて、日本で言う「コンセッション」は、設備の更新投資を民間企業にどこまで担当させるかにもよるが、フランスのコンセッションとアフェルマージュの中間に位置する手法と言える。



■【Q3】 日本では、水道事業の民間委託により、水道料金が上がるという懸念の声も聞かれる。そもそもパリ市はなぜ「再公営化」(2010年~)したのか? やはり、それまでに民間が自分勝手な大幅値上げなどをしていたのか?

■【A3】 パリ市の水道事業の場合、内外関係者の話を客観的に要約すると再公営化の理由は2つある。

  1. 1985年からの民間委託期間中に料金が2倍以上となり、市民の不満が高まったこと
  2. 長年の民間委託の中で、水道事業に係る市の専門知識・分析能力やモニタリング・ノウハウが失われつつあったこと

である。こうした背景から、政治的決断として再公営化を実施したものと言える。計3者の担い手(民間および3セク。事業者構成はQ2の注1参照)を1つの公社に再編するとともに、料金の8%値下げを実施した。

 ただし、水道料金が2倍以上になっていたのは、民間企業が運営したためだとは言い切れない。パリ市の水道の場合、民間委託期間中の料金値上げは当然、勝手になされたものではない。当初の契約時に合意された計算式(期間中の設備投資や物価変動などを織り込んだもの)に基づいた予定通りの内容であった。同様の設備投資などを行えば、公営であっても当然値上げせざるを得なかった可能性が高い。実際、同時期においては、多くの地域でEUの環境規制への対応強化や更新投資対応から同様の値上げが行われている。

 問題は、行われる設備投資の内容・額やそれに伴う値上げ幅の妥当性を議会や市民などから問われた時、市が適切に説明できない状況になってしまっていたことだ。再公営化は、その状況を改善する第一歩であった。事後の8%値下げは、再公営化の正当性を印象づける「政治的なアピール」の側面が大きく、論理的根拠は少ない。



■【Q4】 パリ市の2010年の「再公営化」から少し時間が経った。現時点でこの成否や他地域へ与えた影響をどう評価すべきか?

■【A4】 「再公営化」した際に、元々3事業体でバラバラだった給与体系を高い水準で合わせたことや、事業者間で互換性のなかった情報処理システムを刷新したことなどにより、30Mユーロ(約37億4000万円)の移転コストがかかった。さらに、その後のコストアップ要因(薬剤費、労務単価など)も出てきているにもかかわらず、再公営化して値下げをアピールしてしまったことで、本来必要な値上げであっても、それをしにくい状況になっている。このため、「必要な投資もできず、相当苦しいはずだ」という見方が多い。今後の長期的な投資計画・料金計画なども現状はまだ検討中の段階である。

 一方、パリ市が説明するような再公営化の理由、つまり、

  1. 気候変動激しい中で、貴重な天然資源である水の政策を公共が主体的に計画し、投資内容も(単純拡張などは少ない中)環境配慮型の持続可能なものを公共主導で考える必要性がある
  2. 公共が主体となり本格的な広域化を考えていく必要性がある
──などについては、説得性が高いとも言える。

 また、パリ市再公営化の前例がきっかけとなり、その後の他地域での民間委託契約更新の際に大幅な値下げが実現したり、また他の自治体も、再公営化を含め最適な事業形態は何かを真剣に考えるようになったりするなど、パリ市の「再公営化」は良い活性化効果ももたらしたと言える。


■【Q5】 フランスでは、「民間委託」と「直営」をどのように使い分けているのか。また、どのように使い分けるべきなのか?

■【A5】 一般的に、近々それなりの大投資が必要になることが予見されている時には、民間委託が選ばれることが多い。民間に長期的計画を立ててもらい値上げを段階的とできる可能性が高いこと(=契約時の計算式により料金はガラス張りで決まる)などからだ。ただし、公共に適切なガバナンスのノウハウがないと、民が過剰な投資を計画したり、計算式が民に有利な形で設計されたり、実質的に「丸投げ」の契約になってしまう可能性もある。

 一方、近々さほど設備投資が必要ない場合や投資をセーブしたい場合、また料金値上げを当面避けたい場合などは、直営が選ばれることが多い。 この場合、投資が本当に必要になるギリギリまで待ってドカンと投資し、その度に値上げするという事態になりがちで、値上げ幅の根拠なども不明瞭になりがちである。公共に長期的な投資プランニング能力があれば良いが、ない場合には、計画性のないその場しのぎの行き当たりばったり的な運営となる。

 重要かつ難しいのは、両者のバランスを適切に見出すことである。



■【Q6】 近年のフランスにおける動向をふまえた教訓や、日本へのインプリケーション(示唆、影響)は?

■【A6】 最も重要なのは、直営であれ民間委託であれ、事業の透明性をしっかりと確保することであり、そのための体制を整備することである。つまり、公共の側に技術力の高いスタッフなどをはじめとする適切な体制がなければ、いずれにせよ水道の経営はうまくいかないということだ。

 民間委託は、民の強みを活かした効率性向上や新技術導入などに威力を発揮するが、これはあくまで公共サイドに適切なガバナンスやモニタリングの能力・体制があって機能する話だ。日本で今後、民間委託を進める場合は、民間企業の運営に対して、公共側のしっかりとした監視体制が不可欠である。

 フランス各地でも長年の経験の反省から、近年、ガバナンスやモニタリングの能力を取り戻してより適切な官民連携に進化させる工夫を実施中である。具体的には、モニタリングのための民間職員採用や、公共自身での基幹管路更新実施などによるノウハウ維持、民間へのKPI・ペナルティ設定、契約期間の短期化などを行っている。

 日本でも、こうした体制づくりに学び、公共の適切なモニタリング機能の構築、そのために公共に残すべき機能の戦略的検討、官民の責務や強みをふまえた適切な役割・リスク分担設定などが肝要である。また、人材やコストなどの面で、小規模自治体は委託した民間企業の運営を単独でモニタリングするのが難しいのが現実だ。これを補う「第三者機関」を、国レベルで設置検討することも課題となるのではないか。

■まとめ

●フランス・パリの場合、「再公営化」の前でも、後でも、いずれにせよ水道事業の最終責任は公共が負っている。そもそもフランスには、水道事業のすべてを民間企業に委ねる水道の「完全な民営化」という概念はなく、フランスの水道事業で行われているのは(一部)事業の「民間委託」である。

●「コンセッション」という形態にこだわる必要はないが、水道事業の課題解決や効率化を進めるうえで、民間の力は重要だ。とりわけ、長期的な投資のプランニング/マネジメント、効率性向上や新技術導入などの面で、民間企業は強みを発揮する。

●公共の側で、民間に委託した水道事業の運営をしっかりと監視するスキルを持つ職員の継承などの体制整備が不可欠である。パリをはじめフランス各地では、委託した事業に対する「監視力」の劣化がないように、公共の適切なガバナンス・モニタリング力の再構築を進めている。

足立 慎一郎(あだち・しんいちろう)
日本政策投資銀行 地域企画部担当部長
足立 慎一郎(あだち・しんいちろう) 1992年一橋大学経済学部卒。日本開発銀行(現・日本政策投資銀行)入行。内閣官房派遣などを経て現職。同行地域企画部編著「水道事業の経営改革」の一部執筆と編集を担当。官民連携に関する国や地域の取り組み支援に携わる。


補足:フランスの水道事業について

 まず前提知識として、フランス・パリ市による水道事業の「再公営化」を考えるうえで、同国の水道事業を概観しておこう。フランスにおいては官民連携の土壌がかねてからあり、19世紀以降、水道はじめ鉄道分野などでも運営の民間委託が実施されてきた。水道事業においても、1853年にリヨン市がジェネラル・デ・ゾー社(現在の世界的“水メジャー”の1社、ヴェオリア)に委託したことが始まりと言われる。フランスは自治体の数が約3万6000と多く行政基盤がぜい弱のため、必然的に民間委託の力を借りてきたという背景がある。2013年の段階で、約66%の地方自治体(人口ベース)が民間委託を活用している。

(資料:日本政策投資銀行、各社ホームページを基に作成、ヴェオリア、スエズは2015会計年度、サウルは2011会計年度)
(資料:日本政策投資銀行、各社ホームページを基に作成、ヴェオリア、スエズは2015会計年度、サウルは2011会計年度)
[画像のクリックで拡大表示]

 パリ市においても、水道事業で100年以上にわたり、ヴェオリアやスエズといった民間企業に委託がされてきたが、2010年1月に、水道事業の再公営化を公約に掲げていたデラノエ市長の下で再公営化(実際には「公社化」)された。

(資料:日本政策投資銀行、【仏の人口・コミューン数】<a href="http://www.mlit.go.jp/kokudokeikaku/international/spw/" target="_blank">国土交通省国土政策局ホームページ「各国の国土政策の概要」</a>、【市町村数】<a href="http://www.soumu.go.jp/kouiki/kouiki.html" target="_blank">総務省「広域行政・市町村合併」</a>、 BIPE “Public water supply and sanitation services in France”〔Fifth edition March 2012〕pp.60‐61を参考に作成)
(資料:日本政策投資銀行、【仏の人口・コミューン数】国土交通省国土政策局ホームページ「各国の国土政策の概要」、【市町村数】総務省「広域行政・市町村合併」、 BIPE “Public water supply and sanitation services in France”〔Fifth edition March 2012〕pp.60‐61を参考に作成)
[画像のクリックで拡大表示]
(資料:内閣府・日本政策投資銀行・日経研「フランス・英国の水道分野における官民連携制度と事例の最新動向について」2016年8月)
(資料:内閣府・日本政策投資銀行・日経研「フランス・英国の水道分野における官民連携制度と事例の最新動向について」2016年8月)
[画像のクリックで拡大表示]


この記事のURL https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/PPP/report/022600172/