ICTを活用した災害時のコミュニケーションをテーマにした「全国自治体ICTサミット2020」が、2020年1月31日に東京都内で開催された。パネルディスカッションでは、茨城県常総市、神奈川県鎌倉市、兵庫県西宮市、熊本市の4市長が、被災経験を通じたICTコミュニケーションの効用や課題について意見を交わした。

「全国自治体ICTサミット2020」の様子。民間企業や自治体の議員、職員、省庁・団体、大学関係者など約100人が参加した。(写真:柏崎吉一)
「全国自治体ICTサミット2020」の様子。民間企業や自治体の議員、職員、省庁・団体、大学関係者など約100人が参加した。(写真:柏崎吉一)

 サミットの主催は国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)のレジリエントシティ研究ラボ。同ラボでは「災害時コミュニケーションを促進するICT利活用に関する首長研究会」を立ち上げ(関連記事)、2019年5月から2020年1月まで6回にわたり、自治体職員が参加する「職員勉強会」を開催してきた。このリポートでは、4市(茨城県常総市、神奈川県鎌倉市、兵庫県西宮市、熊本市)の市長が登壇したパネルディスカッションから、それぞれの市長の発言のポイントをピックアップし、順不同で紹介する。

熊本市:新型コロナウイルスでも最悪の事態を想定

熊本市の大西一史市長(写真:柏崎吉一)
熊本市の大西一史市長(写真:柏崎吉一)

  熊本市の大西一史市長は、市民に現状を知らせて、冷静になってもらうことの大事さを訴えた。「熊本地震では、避難所に多くの人が逃げてきて支援物資が足りなくなる事態も起きた。現場の職員には、物資が足りないことを説明し、互いに分け合ってもらうようにお願いしてほしいと指示した。被災者にとってよいこと、パニックにならないことであれば、災害対応のマニュアル通りでなくてもやって構わない。私が全部責任を取るからと伝えた。各現場の職員からは、より落ち着いて対応できたと聞いている」(大西市長)。

 これまでの被災経験を踏まえて大西市長は次のように述べた。「市長としては常に最悪の事態を想定して行動しなければならない。重要なのは、空振りを恐れないということだ。2019年の台風はたまたま進路からそれることが多かったが、避難者を受け入れられるよう、避難所は開けた」。

 2019年12月に中国で発生した新型コロナウイルス感染症に対しても、先手を打った。対策本部会議を立ち上げたのは2020年1月27日。まだ国内で症例が出る前だ。

 「市のマニュアルでは本部会議を設置するのは国内で症例が出た場合だったが、症例が出る前に始めた。『周りから何か言われたらどうするのか』と心配する意見も庁内から出たが、感染症の医療設備を有する熊本市民病院の協力で対策訓練を実施して、メディアにも報じてもらった。市民に安心してもらうためだ。周りから何か言われた際には政治家である市長に説明する責任がある」(大西市長)。

 ただ、「台風も感染症もある程度のリードタイムがあるからできること。地震のようにいきなり襲う災害の場合は異なる備えが必要だ」と述べた。

 熊本県は2016年4月14日夜と16日未明の2回にわたり最大震度7の激しい揺れに見舞われた。74万人が暮らす政令指定都市の熊本市も甚大な被害を受けた。2014年12月に就任した大西市長は当時を振り返って、「14日の夜9時26分。経験したことのない規模の揺れだった。これが前震だった。市役所に戻り、まずは救命に関わる情報、そしてライフライン、家屋の損壊などに関する情報を集めた」と語った。

 熊本市は、災害対応と並行して、市内に設けた100以上の避難所との情報連携を行うクラウドシステム「くまもとRネット」を構築した。協力したのは日本マイクロソフト。「避難所の運営担当者や物資拠点の職員、市役所が情報を共有し、物資の調達、各避難所への物資の提供などを円滑に遂行するための支援ツールだ」(大西市長)。現在は庁内の情報共有にも同社のOffice 365と連動するグループチャットツールなどを活用し、ペーパーレス化を図っている。日ごろから職員が使い慣れているツールが災害対応時にも役立つという考えからだ。

常総市:ポータルサイトで市内外の住民と災害情報を共有

茨城県常総市の神達岳志市長(写真:柏崎吉一)
茨城県常総市の神達岳志市長(写真:柏崎吉一)

 常総市では、2015年9月の集中豪雨(平成27年9月関東・東北豪雨)で鬼怒川の堤防が決壊し、市域の約3分の1が浸水した。災害対策本部があった市役所庁舎も浸水。情報の収集や発信が滞った。2016年8月に就任した神達岳志市長は、豪雨の当時は茨城県議会議員として被災地の支援や情報収集・発信にあたった。

 この時の教訓から、常総市は2018年4月に「常総市防災ポータルサイト」と「常総市防災アプリ」の運用を開始した。 「常総市防災ポータルサイト」では、災害情報の提供者が「常総市への連絡」欄から、撮影した写真や地名、被災状況などを常総市役所へ連絡できるようになっている。集約された情報の閲覧も可能であり、市内外の住民との間で災害情報を共有できるようにした。

茨城県常総市の神達岳志市長(写真:柏崎吉一)
茨城県常総市の神達岳志市長(写真:柏崎吉一)

 防災アプリには、防災行政無線と連動して、市民のスマートフォンに防災情報をプッシュ配信する機能がある。併せて、防災無線の放送内容をテレビ画面に自動表示する機器も開発した。テレビへの表示は、屋内で防災行政無線を聞くことができる戸別受信機の機能を拡張したものだ。一人暮らしの高齢者宅や要配慮者利用施設である市内の特別養護老人ホームなどに設置している。総務省の認可を得た実証事業の一環だ。

 「常総市の人口約6万3000人の1割弱は外国人で、約40カ国の方々が居住している」(神達市長)。そのため、防災アプリやテレビ画面の文字表示は、日本語だけでなく、英語、ポルトガル語、スペイン語に対応させた。さらに、LINEと協定を結び、普段からアプリとして使えて、災害時には市から情報をプッシュ配信できる仕組みの開発を検討しているという。 神達市長は、町内会による情報共有の取り組みも紹介した。

 常総市の根新田(ねしんでん)町内会では、2015年9月の関東・東北豪雨の際に、携帯電話のショートメール(SMS)を活用して住民同士が情報共有を行い、多くの住民が浸水前に避難できた。地区のほとんどが浸水したにもかかわらず、市内の他の地域と比べて救助されずに済んだ人の割合は非常に高かったという。平時から町内会の連絡をSMSでやりとりしていた住民は、災害時にも自発的にSMSを活用してコミュニケーションを取っていたことが理由だ。

 根新田町内会では、その後も防災活動を強化し、2017年には台風が接近する3日ほど前から自分や家族の防災行動を時系列で整理する「マイ・タイムライン」を導入し、防災意識を高めている。国土交通省と常総市も支援し、ワークショップを開催した。町内会で自主防災基本計画を作成し、地区の近くを流れる河川を24時間監視するライブカメラを設置して町内会のホームページで見られるようにしている。

 「災害時に命の7~8割は自助・共助によって守られると言われる。言い換えると、公助にできることは2割ほど。限界があることを知ってほしい」――。神達市長はこう呼びかけた。

鎌倉市:市民から寄せられる情報を人海戦術で整理

神奈川県鎌倉市の松尾崇市長(写真:柏崎吉一)
神奈川県鎌倉市の松尾崇市長(写真:柏崎吉一)

 鎌倉市では2019年9月、台風15号により市内各所で崖崩れや倒木が相次いだ。孤立した住居もあり、市として初めて自衛隊の派遣を要請した。「市の災害コールセンターでは当時、1153件の連絡を受け付けた。多い時には20人ほどの職員が対応に当たったが追いつかなかった」と、松尾崇市長は振り返った。

 市民から電話やメールを通じて寄せられる問い合わせや救助要請のなかには、災害の全体像の把握につながる情報が含まれる。ただ、次々と入る情報には重複などがある。鎌倉市では職員6人からなる情報整理班を編成し、分担して情報をPCに入力。一覧化して災害対策本部に提供し、対応策の検討に活用した。

 庁内での情報共有には、ビジネス用のグループウエア「LINE WORKS」を使った。職員が市内各所を巡回した際に、現場の写真を撮影してアップロードすると関係者間で即座に閲覧・共有できる。日ごろLINEの操作に慣れていれば使いやすい。現在は、同市の幹部職員を中心に約150人が利用している。「情報の集約は基本的に人海戦術だった。ほかの方法も模索したが、当時はそれが精いっぱい。より効率的な方法があれば、もっと迅速な状況の把握、対応につながった可能性もあるので、他自治体の優れた取り組みを学びたい」と松尾市長は語った。

 市民向けの情報提供の手段としては、スマートスピーカー(AIスピーカー)を配布する取り組みを行った。「防災無線が聞こえないときも、『いま防災無線で何を言っていたの』と声で尋ねればよく、PCやスマホの操作が苦手な人でも使いやすいと考えた」(松尾市長)。高齢者宅を中心に無料で配布したところ反響は上々という。数千円のスマートスピーカーがあればサービスを利用できるため、利用者が広がっている。

 鎌倉市は、同市も参画するAI防災協議会で開発された「AIチャットボット」も導入した。市民から問い合わせの多いよくある質問(FAQ)をあらかじめ登録しておくことで、市民がLINEのトーク画面で質問するとAIが適切な回答を選択して表示する仕組みだ。2019年10月の台風19号で運用した。

市民からの問い合わせ対応と災害情報収集の一環として鎌倉市が導入したAIチャットボットのイメージ(出所:鎌倉市)
市民からの問い合わせ対応と災害情報収集の一環として鎌倉市が導入したAIチャットボットのイメージ(出所:鎌倉市)

 海水浴や初詣を含め国内外からの観光客が多い鎌倉市は、地元の商店街と協力し、オレンジフラッグ(旗)も市内各店舗に配っている。旗には「避難誘導(EVACUATION GUIDE)」の文字が記されている。「市民には逃げる際にオレンジフラッグを掲げて、土地勘のない観光客など一時滞在者にもどちらに逃げればよいのか、方向を示すように協力を呼びかけている」(松尾市長)。

 そのほか、鎌倉市では見守りあいの仕組みを平時から構築している。「おじいちゃんの姿が見えないので心当たりがあれば教えてほしい」といった近所での声かけを、スマホで支援する仕組みだ。「日ごろのつながり、ツールの普段使いが災害時にも生きてくる。住民が互いに助け合えるまちづくりを目指したい」と、松尾市長はツールだけに頼らない防災の仕組みの重要性を強調した。

鎌倉市が取り組む「みまもりあいプロジェクト」のイメージ(出所:鎌倉市)
鎌倉市が取り組む「みまもりあいプロジェクト」のイメージ(出所:鎌倉市)

西宮市:市民を安心させる情報発信は市長の役割

兵庫県西宮市の石井登志郎市長(写真:柏崎吉一)
兵庫県西宮市の石井登志郎市長(写真:柏崎吉一)

 人口49万人の中核市である西宮市の石井登志郎市長は、「市民への情報発信は、決められた手順やマニュアルがある場合は、職員だけでも対応できるようになっている。市長の仕事は、市民に寄り添う発信をすること、不安を和らげること」と述べた。

 石井市長は日ごろ投稿しているTwitterを活用して、自ら災害の情報や行政の対応状況を伝えるメッセージを発信する取り組みを行っているという。他の3市長の発言からも、市民にとって身近なSNS(交流サイト)を災害時の情報発信手段としても重視していることがうかがえた。

 石井市長が就任してまもなく、西宮市は2018年7月の集中豪雨(平成30年7月豪雨)、8月の台風20号、9月の台風21号により立て続けに被災した。台風21号では、関西電力による近畿各地への電力供給がストップし、西宮市内も8万戸が停電。日常生活にも支障が出た。

 西宮市にも市内外から問い合わせが殺到した。「当時、市でも関西電力とは連絡が取れなくなり、停電に関する情報を迅速に把握できなかった。このような想定外の事態では、マニュアル通りの対応では進まない。限られた情報の中で、市民への物資の手配などに関する判断を迫られた」(石井市長)。

 西宮市は、2021年4月に第二庁舎(危機管理センター)の運用を始める。目指すのは、庁内組織間、市民、市職員、防災関係機関との情報共有だ。災害対策本部室、オペレーションルーム、通信受付室などを配置して、多様な情報の収集の効率化、情報の一元管理とGIS(地理情報システム)の活用、効果的な情報発信などを行い、市民の自助・共助を支援する。

共通課題は庁内の情報共有、住民への発信、ツール使いこなし

 パネルディスカッションでは、AIの導入、ボランティアとの連携や広域連携についての意見交換も行われた。

パネルディスカッションの様子(写真:柏崎吉一)
パネルディスカッションの様子(写真:柏崎吉一)

 モデレーターの国領二郎氏は、「AI技術などを活用して、個人に合った避難情報を個別に提供する時代が来るか」と尋ねた。既にAIを使ったシステムを導入している鎌倉市の松尾市長は、可能だろうという見解を示しつつも「市民が使いこなせるツールでなければいざというときに役に立たない」と指摘した。また、西宮市の石井市長は、AI導入などの前に、日ごろから市民一人ひとりの防災意識を高めることの大切さを強調した。「大雨の際に『うちは大丈夫か』という問い合わせが多数寄せられる。今後、土砂災害特別警戒区域に指定された山などにセンサー設置が進めば、『この山は危険性が高いので避難してください』といった、エリアを絞り込んだ情報発信も可能になるかもしれない。ただ、普段からハザードマップなどを見て、自宅が危険かどうかあらかじめ把握・判断できることが多いはずだ。日ごろから誰もが災害に対する意識、『相場観』を養うことがいざという時に身を助ける」(石井市長)。

 ボランティア活動については、各市長とも災害時にはボランティアによる支援に非常に助けられたと振り返り、NPO団体や社会福祉協議会との情報の共有や連携を今後さらに進めていくと語った。熊本地震の際に市内の国際交流会館を拠点に多言語での情報発信を行った熊本市では、「日ごろからNPO、ボランティア団体の皆さんといっしょに、外国人と積極的に語る機会を設けるコミュニティ活動を続けている」(大西市長)と実践経験を披露した。

 災害の激甚化・広域化が進む中で、県と市町村が行う従来型の垂直連携だけでなく、市町村の水平連携の取り組みも動き始めている。鎌倉市は、隣接する逗子市と連携し、広域ハザードマップの作成を進めている。熊本市は、18の市町村が連携して160万人規模の連携中枢都市圏を形成した。常総市は、2019年5月に鬼怒川・小貝川流域の13自治体で広域避難協定を結んだ。「2019年の台風19号の際には、常総市から避難した住民を近隣の市町村に受け入れていただいた」(神達市長)という。

慶応義塾大学 総合政策学部教授/GLOCOM上席客員研究員 国領二郎氏(写真:柏崎吉一)
慶応義塾大学 総合政策学部教授/GLOCOM上席客員研究員 国領二郎氏(写真:柏崎吉一)
国際大学GLOCOMレジリエントシティ研究ラボ代表 櫻井美穂子氏(写真:柏崎吉一)
国際大学GLOCOMレジリエントシティ研究ラボ代表 櫻井美穂子氏(写真:柏崎吉一)

 モデレーターの国領氏は、パネルディスカッションを総括して、「昨今、災害対応という面で、市民と行政の関係性が書き換わっている。自助、共助、地域との連携を、情報技術がどう支えていけるのか、また自治体が切り開ける可能性と限界は何か、市民一人ひとりが考えるきっかけにしてほしい」と述べた。

 今回のパネルディスカッションにおける議論のベースとなった職員勉強会は、自治体会員と賛助会員で構成される。自治体会員は、北海道室蘭市、仙台市、宮城県登米市、千葉市、神奈川県藤沢市、新潟県南魚沼市、岐阜県東白川村、神戸市、兵庫県西宮市、高知市、佐賀県玄海町、熊本市、茨城県常総市、兵庫県丹波市の14団体。賛助会員は、グーグル、KDDI、セールスフォース・ドットコム、日本マイクロソフト、ヤフー、ascent(東京・千代田)の6社である。

 「職員勉強会では、過去に災害に見舞われた自治体が、当時の対応で苦労したこと、得た教訓や課題に関する講演、意見交換がなされた。また、賛助会員である企業による導入事例の発表などを行った」(国際大学GLOCOMレジリエントシティ研究ラボ代表を務める櫻井美穂子氏)。

 職員勉強会での研究活動を通じて、災害発生前および発生後72時間以内のコミュニケーションについて基礎自治体の視点から今後解決が必要な共通課題を整理したところ、主に3つのカテゴリーに分類できた。まず、災害対策本部や庁内の首長・職員間における情報の収集・共有である。次に、役所から住民(日本人および外国人、また出張や観光客などの一時的な滞在者を含む)への情報発信。3つめが、職員や住民が利用するITツールの選定や使いこなしに関する課題だ。なお、職員勉強会の資料(PDF)は、ウェブサイト上で公表されている。

  災害時コミュニケーションを促進するICT利活用に関する首長研究会は、今後も活動を継続していく。2020年度は、「災害支援・受援のための情報共有リファレンス/参照モデル(仮称)」および「パーソナル情報とローカル情報の組み合わせによる住民意識の向上と危険エリアへの個別情報伝達」に関する共通ガイドライン(仮称)の作成を計画している。

この記事のURL https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/PPP/report/022800228/