「Beyond Health」2021年3月5日付の記事より

 COI東北拠点は2021年2月9日、「未来社会のライフスタイルと“食”の健康イノベーション~ヘルスケアの未来に向けた取り組みと今後~」と銘打つシンポジウムをオンラインで開催した(関連記事:COI東北拠点が目指す、“食”を通じた健康イノベーション)。その第二部では、パネルディスカッション「各COI拠点の取り組みとポストCOIに向けて」が実施された。

 パネリストには、文部科学省が2013年度に開始した「革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM)」の中から健康イノベーションに関連した取り組みを進める拠点のリーダーらが集まった。具体的には、COI東北拠点プロジェクトリーダーの和賀巌氏、COI東北拠点研究リーダーの末永智一氏、北海道大学COIプロジェクトリーダーの吉野正則氏、弘前大学COI拠点長の中路重之氏、立命館大学COIプロジェクトリーダーの田中孝英氏、山梨大学大学院 総合研究部医学域 特任准教授の田中佑治氏が登壇。モデレータはフューチャーセッションズ 代表取締役社長の有福英幸氏が務めた。

パネルディスカッションの様子(写真:オンライン画面キャプチャー)
パネルディスカッションの様子(写真:オンライン画面キャプチャー)
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北大、弘前大、立命館大… 各拠点の現状とは

 まずは、4人のパネリストによる情報提供から始まった。吉野氏は、「北海道大学COIの取り組み」を紹介した。北海道大学COIは、「食と健康の達人」をキーワードに、「母子を中心に、家族が健康で安心して暮らせる社会(母子健康を基盤とした健康経営都市)」をビジョンに研究開発を進めている。吉野氏はその背景として、「日本は低出生体重児が10人に1人いる」「DOHaD(Developmental Origins of Health and Disease)は母の腸内環境が影響する」「“やせすぎ”を減らすための食・生活の改善」という3つを挙げる。

 一方で取り組みのゴールは、地元の力を中心に「新しい公共を自治体・企業・大学・市民でつくる」ことにある。その実現にあたっては、ミッションを「母子の健康(“げんきの源”を発見)」「げんきなまち(“げんきの素・コンテンツ”発見)」「行動が変わる(“げんきの共感”発見)」という3つに分けて進めている。

 具体的には、北海道岩見沢市と連携し、「健康経営都市 第1号の承認」を目指すさまざまな取り組みを進めてきた。そのなかで、大きな研究開発の1つとなるのが、世界に類を見ない本格型の母子コホート「母子健康調査」である。自治体の事業として構築したこの調査は、「すべての検体を30年間保存する」(吉野氏)という点が特徴だ。さらに、日本の自治体では初となる健康統合プラットフォームの活用や、腸に直接効果がある新しいサイエンスの提言などにも取り組んだことで、「2014年の低出生体重児がKPIで11.4%だったのに対して、2019年は6.3%まで低減された」(吉野氏)という。

 今後の取り組みとしては、「少子化の克服」を挙げた。これまでは妊産婦がメインだった調査対象をさらに広げ、「若者を元気にすることで、新しい社会を作ることにつなげる」と吉野氏は語った。これらの実現に向けて、北海道大学COIは岩見沢に新しいイノベーション拠点(北海道大学サテライト)を構築し、「最初から産学連携ができる場」を作っていく考えだ。

 次に中路氏が、「弘前大学COIが取り組む”食と健康”」について語った。青森県は「日本一の短命県」であることから、その改善こそが弘前大学COIのメインテーマとなる。その実現にはSDGsの達成も含めた「世の中全体の改善」が必要であり、中路氏は「産官学民がオープンイノベーションで手を組まなければならない」と訴える。

 青森県の短命返上活動(健康づくり)としては、「全40市町村で健康宣言」「約100の小中学校で健康授業」「健康経営認定制度」が挙げられる。さらに、青森県医師会に人材育成のための「健やか力推進センター」なども作っている。

 一方で、弘前大学COIの大きな取り組みとして挙げられるのが「岩木健康増進プロジェクト」である。毎年10日かけて約1000人の住民を健診するもので、2~3000項目のさまざまなデータを15年にわたって蓄積してきた。弘前大学COIはこのデータベースを「できる限りオープンにする」(中路氏)ことで、このプロジェクトを基軸とした学術的エビデンス構築体制のさらなる強化につなげている。

 これに加えて、健康教育・啓発を目的とした「QOL(啓発型)健診」にも取り組んでいる。単なる病気の判定ではなく、その後の健康意識・行動変容につなげることが目的で、「包括性」「即時性」「啓発性」の3つが大きな特徴だ。弘前大学COIは将来的に、岩木健康増進プロジェクトのビッグデータを中心に医療・介護・福祉のデータやQOL(啓発型)健診などによる健康づくり関連データを組み合わせることで、「産官学民のすべてが目を向けるプラットフォーム」(中路氏)として構築したいと考える。

 最後に中路氏は、健康において「運動と食事が大きな歯車になる」ことを指摘し、それを「学校でしっかり教えることが重要だ」と語った。また、食事だけで健康は作れないことから、「全体のリテラシーをトータルで教える必要がある」と補足した。

「世界最速健康百寿トライアル構想」を進める

 田中孝英氏は「立命館大学COIの取り組み」を紹介した。立命館大学COIは、「Active for All」をビジョンに「運動の生活カルチャー化による活力ある社会の実現」を目指している。立命館大学とともに順天堂大学も一緒になって活動しており、従来のフィジカル空間に加えて「コロナ禍の影響を踏まえたサイバー空間への拡大」(田中氏)も進めている。

 運動の習慣化にあたって問題となるのが、「動機づけのハードル」と「継続のハードル」である。このハードルを越えるために、立命館大学COIでは「スマート教材」「ピンスポットオーディオ」「スマートフィットネス」「バイオシグナルアート」の4つを事業化し、世代ごとに位置づけすることでその実現にチャレンジしている。

 事業化にあたって田中氏が着目したのは、アカデミアからのアウトプットである「コア技術(知的財産)」を事業化するためには「バリューチェーン全体のマネジメントが必要になる」という点だ。そこで立命館大学COIは、その役割を担う「スマートアール推進協議会」を2019年4月に設立し、パートナー連携や仕様設計、人材育成、新規事業創出などをサポートしている。

 そういったなかで、最終的な目標の1つとなるのが「スマートアール推進協議会のサポートによって生まれた事業収益の一部を、コア技術開発に再投資する」(田中氏)というエコシステムの構築である。また、ポストCOIに向けた取り組みとしては、スマートアール推進協議会に続く仕組みとして、大学内に「スマートイノベーション基盤構築センター(仮)」を設立する予定だ。

 この2つが一緒になって「社会実装(=技術を価値に変える活動)をサポートする」(田中氏)ような役目を果たすイメージである。田中氏は、これまでのCOIでの活動を通じて「アカデミアの研究では、常に伴走する形で価値と社会実装を検討すべき」と痛感したそうだ。それゆえに、「そのようなチームが大学内にもあるべき」と提案した。

 最後に田中佑治氏が、「山梨大学・長寿コホート COIとの連携への期待」を語った。田中氏によれば、日本の健康寿命が世界トップレベルであるなか、山梨県の健康寿命は男女とも日本1位とのこと。そこで、その要因を調べるにあたって、山梨大学の山縣然太朗教授が2003年から現在に至るまで続けている「健康寿命実態調査(Y-HALEコホート研究)」に注目。スタートから1年後と8年後の中間解析を調べると、山梨県の文化の1つである独特の飲み会「無尽」を楽しみに感じる高齢者は「1年後のADL(身体機能、認知機能)が維持される確率が高い」や、郷土料理「ほうとう」を高頻度で食べる人も「ADLが高い」ということがわかったそうだ。

 しかし現代は、コロナ禍や仲間の死去、若者の地元離れから「無尽ができない」、共働きや核家族化、1人暮らしの増加によって「ほうとうが作れない」という課題が出ている。そのため、いま求められるのは「多様化した個人生活に適した健康長寿ライフを自在にデザインできる社会」であり、その実現には「より多くの健康長寿要因が必要になる」と田中氏は説明する。

 このような背景から、田中氏は改めてY-HALEコホート研究を見直し、まだ解析されていない多くのデータがあることや「スーパー健康長寿な高齢者がいる」ことに着目。そこで、スーパー健康長寿な高齢者に対して岩木健康増進プロジェクトと同様の手法で幅広いデータ取得を行い、他事業のバイオリソースと比較する「山梨健康長寿バイオバンク構想」を立ち上げ、研究プロジェクトをスタートした。さらに山梨大学は、大阪大学との連携によって「Society 5.0のサテライト研究拠点」に追加されたことで、集めたパーソナルデータの共有も進めている。

 ただし田中氏は、「山梨大学の真の目的はデータの取得や共有ではない」とし、真の目的は「住民との信頼関係を構築する」ことや「地元の高齢者がより健康に長生きする」ことにあると補足。さらに今後は、さまざまなヘルスケア事業の住民介入研究を行い、効果が出たものは地域に定着させていく「世界最速健康百寿トライアル構想」を進めていく考えだ。

COI事業があと5年続いたら、どんな未来を描けるか

 4人の情報提供に続き、後半のパネルディスカッションでは、有福氏から「COIの社会的な意義や役割」というテーマが出された。田中孝英氏は、COIの意義について「アカデミアで研究されたシーズをいかにして人々の役に立つ価値に変え、それを社会実装していくかが問われている」と回答。吉野氏は、若手の連携や育成に注目し、「自治体や企業の30~40代をつなげられることが、COIの大きな社会的価値ではないか」と答えた。和賀氏もこのような意見に共感しつつ、「若手が元気になる必要があるし、それは大学だけでなく企業や自治体にも求められる」とした。

 中路氏は、COIで企業と組むようになったことで「意識が大きく変わった。弘前大学にとっても青森県にとっても、画期的な変化をもたらしたと感じている」と、自身の体験を踏まえて語った。一方で、COI拠点ではない立場から田中佑治氏は、弘前大学COIの取り組みに触れるなかで「産官学が上手く融合している」という点に驚きと感じたことから、「山梨大学としてはさまざまな教えを請いながら、自身の研究を発展させていきたい」との考えを示した。

 次に有福氏は、これまでのCOIの活動で「何が実現できたのか」と「何が足りなかったのか」を聞いた。中路氏は、「現実的に足りないことばかりだが、プラットフォームのような土台はできたと感じる。その意味で、今後はより多くのデータを集めることが必要」と訴えるとともに、それぞれのCOIがもっと結びつき「互いの足りない点を出し合うことが大切」と付け加えた。吉野氏も中路氏の意見に賛同しつつ、「拠点長同士でお互いの悩みを共有できた」と苦笑。また、これまでは大学間を越えた交流はなかなか難しかったが、「その交流をするためのベースを作れたのではないか」と述べた。

 田中孝英氏は、実現できたこととして「ポストCOIに向けたプラットフォームの形が見えてきた」ことを挙げ、これが「次の人材育成やイノベーションにつながるはず」と期待する。その一方で、「社会実装のスピード感が足りなかった」ことを自身の反省点とした。末永氏は、横断的な組織を構築できたことを挙げ、「とくにCOIは文系の組織が絶対に必要。経済や法律、心理などの先生にも参加してもらい、分野横断的に物事を考える素地ができた」が評価した。ただし、それが「全学的な大きい流れになっていない」ことにも触れ、「まだ時間が必要」と語った。

 最後に有福氏は、視聴者からの「COI事業があと5年続いたら、どんな未来を描けるか」という質問を取り上げ、「新しい枠組みである『COI NEXT』に引き継ぎながら、どんな構想を考えているか」を聞いた。

 田中孝英氏は、「今後上手く回せれば、大学は公的資金がなくても研究を進められるだけのリソースを作れる」との考えから、「そこを目指すべき」と指摘する。立命館大学COIとしては、前出の「エコシステムの構築」によってその実現を目指しており、アカデミアの先生がお金の動きを把握するのではなく「スマートアール推進協議会などが担当すべきだ」との意見を述べた。

 一方で和賀氏は、日常の健康にまつわるさまざまなデータが外国企業によって収集されていることを不安視し、デンマークやエストニア、中国などのように「国中心でヘルスケアデータを集める仕組みを構築すべきではないか」と提案。例えば「大学を中心にデータを保管し、健康になるためのデータ活用を企業と一緒に考えていく」という案とともに、そのためには「大学のあり方として、実現のキーとなる自治体との対話が求められる」と説明した。

 吉野氏は、日本がいまだに達成できていない「少子化へのチャレンジ」を研究目標として挙げるとともに、次世代のためにさまざな教育を行うために「学校をつくる」という構想を示した。中路氏は、可能な限り「PHR(Personal Health Record)」に近いものの実現について言及。その実現には「もちろん、利用者のリテラシーも必要」だが、自分の身体に対するモチベーションが上がることで「健康づくりにも役立つ」と考え、リアルワールドデータのさらなる利活用を進めたい考えだ。

 パネルディスカッションの締めにあたって、末永氏はCOIの活動期間が残り1年余りであることを踏まえ、「後継組織を含めた全国レベルでの連携を行い、日本の強みをさらに打ち出して世界に発信すべき」と指摘。それによって「新しい産業が生まれていく」としてパネルディスカッションを終えた。

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