「健康長寿社会実現に向けた産官学連携におけるデータ活用―その展望と課題―」をテーマに「日本老年学的評価研究機構設立1周年記念シンポジウム」(東京大学山上会館、2019年1月11日)が開催された。データを活用した健康・医療施策の現状と今後を展望する発表が行われた。

累計で50万人を超える高齢者のデータを蓄積――JAGES機構

日本老年学的評価研究機構代表理事の近藤克則氏(写真:小口正貴)
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 最初に登壇した日本老年学的評価研究機構(以下、JAGES機構)代表理事の近藤克則氏は、まず機構の設立経緯について語った。

 機構の前身である「JAGES(Japan Gerontological Evaluation Study:日本老年学的評価研究)プロジェクト」は、Well-being(幸福・健康)格差の実態・形成プロセス解明や緩和策の探求をする基礎研究と、政策や実践への応用を見据えた応用研究を20年にわたって実施してきた。2010年、2013年、2016年には、高齢者を対象とした大規模調査を実施。40以上の自治体から累計で50万人を超える高齢者の回答データを蓄積している。

 ただし、JAGESプロジェクトは研究者の任意の集まりだったため「契約主体になれない」「研究費がなくなればデータ散逸の恐れがある」「雇用継続ができないとノウハウの蓄積が困難」といった懸念もあった。今回、一般社団法人としてJAGES機構を設立したのは、この研究を持続可能な取り組みとするためだと近藤氏は説明した。

 JAGES機構は現在、厚生労働省から老人保健健康増進等事業、社会福祉推進事業など合計3本の研究調査事業を受託して取り組んでいるほか、NHKの番組への協力やWHO(世界保健機構)との共同研究なども手掛ける。また、JST(科学技術振興機構)の「産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム」(略称OPERA)にも参画し、産学連携でのまちづくりにおける、健康についての長期的な追跡研究やコホート研究(ある要因にさらされた集団と、さらされていない集団を追跡観察する研究)にも携わっている。

JAGES機構のウェブサイト

 これらの経験を踏まえ、近藤氏は「個人データ利用への理解を深めることが必要だ」と強調する。追跡研究やコホート研究の活用においては、本人の同意が必要になるが、同意者が減ってしまうと正しく分析できないからだ。

 今後、AIやビッグデータによってさらに研究の可能性は広がる。ただし、その際には国民感情にも十分配慮し、事前に「何ができるのかを社会に問いかけたい」と締めくくった。

「行動変容に働きかける取り組み」を加速させる――内閣府

内閣府 政策統括官(経済システム担当)付参事官(統括担当)補佐の中村明恵氏(写真:小口正貴)
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 次に登壇したのは、内閣府政策統括官(経済システム担当)付参事官(統括担当)補佐の中村明恵氏。「内閣府における自治体保有データの活用と今後の方針」をテーマに語った。

 中村氏は、政府の経済財政諮問会議による改革工程表(2018年12月20日発表)について、特に注目すべきポイントとして「行動変容に働きかける取り組みの加速・拡大」を挙げた。

 改革工程表では、加速・拡大のために「予算の重点配分を推進」し、「歳出効率化や経済効果の高いモデル事業の戦略的な全国的展開」や「地域差や取組状況等の見える化と改革努力の目標としての活用」がキーコンセプトとして明示されている。さらに、行動変容につながる取り組みの具体例として「インセンティブ改革」「見える化」「先進・有料事例の横展開」「公的サービスの産業化」「技術革新を活用した業務イノベーション」を挙げている。

 中村氏は、行動変容に働きかける取り組みを実施するうえで最も重要なのが「見える化」の推進だと強調する。地方自治体や住民が自ら課題を発見して、質の高い対策を講じるには、地域間や保険者間での比較や差異の要因分析を行い、そのデータを改革努力の目標として活用することが求められる。内閣府としても「見える化」を推進するために、情報提供のためのポータルサイト(経済・財政と暮らしの指標「見える化」ポータルサイト)を作成した。また、運用横断的な観点からデータを横比較できるような仕組みも準備しているという。

経済・財政と暮らしの指標「見える化」ポータルサイト

他産業との融合による新たなビジネスの創出へ――スポーツ庁

スポーツ庁 参事官(民間スポーツ担当)付参事官補佐の悴田康征氏(写真:小口正貴)
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 次に登壇したのは、スポーツ庁 参事官(民間スポーツ担当)付参事官補佐の悴田康征氏だ。「SOIP(Sports Open Innovation Platform)をはじめとするスポーツ庁におけるデータ活用の方向性について」と題し、データ活用によるスポーツビジネスの拡大や、健康を含むスポーツの価値向上のための施策を紹介した。

 政府はこれまで、競技力の強化や教育の観点からスポーツを振興してきた。しかし、2015年のスポーツ庁誕生を機に、他省庁にまたがっていたスポーツ施策を統合。さらに、スポーツを成長産業化して「ビジネス面でも大きくしていこう」という政策転換があった――。悴田氏はこのように最近のスポーツ政策の変遷を概観した。

 スポーツ庁は2016年6月、スポーツ未来開拓会議の中間報告を行った。このうち、データ活用や産学連携に大きく関係してくるのが「他産業との融合による新たなビジネスの創出」である。例えば、スポーツ観戦は公共交通機関や宿泊施設、飲食店なども大きく関連する「総合産業」の側面も持ち合わせている。そのため、スポーツだけを考えても産業としての拡大にはつながらないことから、「他産業との連携やデータ活用が重要になる」と悴田氏は説明する。

 取り組みを推進するため、スポーツ庁はスポーツ団体や企業、関係省庁、大学などが連携する場として「Sports Open Innovation Platform(SOIP)」を設立。スポーツの場におけるオープンイノベーションを促進し、スポーツへの投資促進やスポーツの価値高度化をはかるとともに、スポーツの場から他産業の価値高度化や社会課題の解決につながる新たな財・サービスが創出される社会の実現を目指す。

SOIPの概念(資料:スポーツ庁)
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 スポーツ庁がSOIPで推進するオープンイノベーションは3つある。1つ目は、ITやAIなど他産業のノウハウを活用した「スポーツの価値高度化」。2つ目は、スポーツの健康・コンディショニング管理ノウハウを一般ユーザーのライフレコーディングサービスとして発展させるなど「他産業の価値高度化」。そして最後は、スポーツが持っているノウハウを健康増進やイノベーション実証の場として利用して持続可能な社会に役立てる「社会課題の解決」である。

 SOIPではこれまでに推進会議を開催したほか、今後はネットワーキングやピッチ、アワードなども実施していく予定。スタートアップなどが開発した材・サービスの実証や事業化を後押ししたり、国際的な相互関係も構築したりしていく考えだ。

 また、データ活用の取り組みでは、スポーツチームが地域にもたらす価値に注目し、経済的価値だけでなく社会的価値についても検討している。様々なデータを見える化して相関関係などを分析するほか、蓄積したデータのオープン化なども進め、「企業や学術機関との連携や横展開につなげていきたい」(悴田氏)との方向性を示した。

高齢者の社会参加を模索――横浜市

横浜市 健康福祉局 地域包括ケア推進課 介護予防担当係長の見村めぐみ氏(写真:小口正貴)
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 自治体の立場からは、横浜市健康福祉局地域包括ケア推進課介護予防担当係長の見村めぐみ氏が登壇。「JAGESデータを活用した横浜市の取組」を説明した。

 2018年3月末現在、横浜市の人口は約374万人。そのうち高齢者は90万人を超えており、高齢化率は24.1%、要介護認定率は全国平均をやや下回る17.5%となる。しかし、高齢化は急速に進展しており、6年後の2025年には後期高齢者が58万人になる見込み。さらに、この高齢化にともなって、介護が必要な高齢者も増加すると予想されている。一方、総人口は2019年度をピークに減少を続け、2025年には3万人以上減少して約371万人になるという推計もある。

横浜市の高齢者保健福祉計画・介護保険事業計画のページ

 こうした背景から、横浜市は「第7期 横浜市高齢者保健福祉計画・介護保険事業計画」で「横浜型地域包括ケアシステム」の構築・推進を掲げた。地域で支援が必要な人々を包括的に支える「地域ケアプラザ」を拠点に、活発な市民活動との協働、健康寿命の延伸に向けた「介護予防・健康づくり」「社会参加」「生活支援」を一体的に推進し、特徴ある地域づくりを目指すというものだ。

 横浜型地域包括ケアシステムにおける介護予防については、地域の課題を整理し、関係者などのネットワークを形成しながら、課題解決に向けた活動を関係者全員と築いていくことを基本とした「地域づくり型介護予防事業」を、2012年度から進めている。「住民が、地域が、健康になる」ことを目指した介護予防である。

 これを進めるためには「地域の課題や地域が目指す目標を、市が住民や関係者と一緒に共有する必要がある」(見村氏)。そこで横浜市は2013年からJAGES調査に参加し、その調査結果を職員研修や住民説明会などに生かしている。調査結果のデータは、第7期 横浜市高齢者保健福祉計画・介護保険事業計画にも反映している。

  また、2018年に実施したJAGES調査では、新たな人材発掘の観点から、記名式の別紙アンケートを同封したところ、「高齢になっても社会貢献したい」との前向きな意見が多く届いたという。横浜市としては、そうした高齢者は生活支援の担い手として期待できるとともに、これが社会参加につながり「結果的に介護予防にもなる好循環が生まれるのではないか」(見村氏)と期待している。

 ただし、スキルある高齢者が力を発揮できる場の確保や、活動へのマッチングなどの課題もある。この課題解決は行政だけでは限界があることから、見村氏は「NPO法人や民間企業などと連携し、協働しながら進めていく」として公演を終えた。

この記事のURL https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/PPP/report/031100173/