オリンピック・パラリンピックの負の遺産と経済効果

 昨年の東京オリンピック・パラリンピックは、1896年に第1回アテネ大会が開かれてから125年の歴史上で初めて、無観客で開催されました。

 五輪といえば、開催後に必ず話題になるのは、負の遺産、特に整備したスポーツ施設の後利用の問題です。コロナ禍の中での開催の是非はさておき、東京大会でもやはり整備したスポーツ施設の後利用の問題が取り沙汰されています。

 1569億円の建設コストや年間24億円と試算されている維持管理コストの国立競技場は、これからコンセッション(公共施設等運営権)方式の導入を含む民間事業化が想定されていますが、それで黒字化できるか今のところ不透明です。また、東京都が総額約1400億円を投じて整備した6つの恒久施設のうち有明アリーナを除く5つの施設において年間収支が赤字にることがいくつものメディアで取り上げられています(「五輪後の会場、収支に課題 競技会の誘致難しく」日本経済新聞、2021年8月10日など)。

 一方、誘致段階や大会前には、いわゆる「経済効果」が話題となります。ちなみに、東京都が2017年3月に公表した招致決定から2030年までの経済波及効果は、東京都で約20兆円、全国で約32兆円となっています。

民間事業化予定の新国立競技場(写真:日経BP 総合研究所)
民間事業化予定の新国立競技場(写真:日経BP 総合研究所)
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経済波及効果=事業費のリターンではない

 このように、スポーツイベントやスポーツ施設に関する経済的な側面は、“支出側”の「建設費」や「運営費」、もしくは“収入側”の「経済効果」といった一方向からの数字によって語られることがほとんどです。ところが、「事業費の総額より経済波及効果が大きいから、やってよかったよね」と言われても、納得感のある人は少ないでしょう。

 国立競技場は国がつくった施設ですから出資者は国(国民)、有明アリーナは東京都がつくった施設ですから出資者は東京都(都民)です。もっと言うと、多くの仮設施設は組織委員会がつくりましたから、そこには民間資金も入っています。対して、経済波及効果は、出資元を区別しない効果です。また、直接効果に加えて、生産誘発額や消費効果が含まれ、また様々なみなし費用が入っていることから、経済波及効果を事業費のリターンとみなすことは論理的にもおかしいですし、感覚的にもおかしいことはすぐに分かります。

 だからといって、「スポーツ事業を“投資”と“リターン”という視点で評価しなくてよいのか?」というのが、本稿の問題提起です。

多くの自治体でも五輪レガシーと同様の状況に

 オリンピック・パラリンピックは、かなり大規模な事業の例ですが、多くの地方自治体で似たようなことが起きています。

 「B県A市は、新しいスポーツ施設の開業に沸いています。設計はデザイン性が売りのX設計事務所(本社:B県の県庁所在地C市)がコンペで指名され、施工は実績豊富な大手ゼネコンY社(本社:東京などの大都市部)が落札しました。また、運営も本社を東京などの大都市部に置くスポーツ施設の管理運営の大手企業Z社が指定管理者として担っています。スポーツ振興や健康増進に加えて、地域経済活性化への期待も高まっており、経済効果は×億円と試算されています」

 これは架空のエピソードですが、どこかで聞いたような話ですよね?

 この場合の出資者に当たるのは、建設費を負担したA市(民)です。一方、この例では、設計、施工、運営に関わったX社、Y社、Z社は、すべて市外の企業です。ということは、A市(民)が支払った建設費や指定管理料は、県庁所在地C市や大都市に住む従業員の給料の一部となり、またその従業員が納める住民税、企業が納める法人税なども、B県やC市、あるいは大都市の自治体に落ちます。もちろん、建設に関する業務の一部をA市の企業に下請けに出したり、運営スタッフを現地で雇用したりすることもありますが、税金から整備費、運営費を支出したA市と市民にとって、どの程度の経済的な恩恵があったのかは定かではありません。むしろ、多くのお金が市外に流れているようにも見えます。

 このようなケースでも五輪レガシーの場合と同様に、資者に当たるA市の市民は「建設費と運営費の総額より経済効果が大きいからよかったね」とは思えないし、検証もできません。

“地域の収益”を測る「地域付加価値創造分析」

 実は私は、以前、民間のシンクタンクに勤務しており、先述の有明アリーナの年間収支の試算に関わりました。他にも自治体のスポーツ事業の計画や評価に関わる中で、「建設費が多いか少ないか」「運営の単年度収支が赤字か黒字か」「経済波及効果が大きいか小さいか」といった一面的なエビデンスを基に様々な意思決定が行われることに対して、ずっと違和感を持っていました。整備費などを負担する自治体(住民)を出資者とみなし、事業を実施したことによるリターンを直接的に評価する方法はないのか?という漠然とした問題意識がずっとあったのです。

 そのモヤモヤを解決してくれたのが、「地域付加価値創造分析」です。地域付加価値創造分析は、主にドイツにおいて再生可能エネルギーの開発が地域にどの程度の経済効果を生むかを評価する手法として活用されています。地域付加価値創造分析では、地域にもたらされる経済的な付加価値は、生産によって地域内に「新たに創出された購買能力」と表現されており、売り上げから中間投入を除いた額、つまり「雇用者の可処分所得」「事業者の税引後利益」「地方税収」の3つの合計として定義されています(諸富、2019)。

(出所:横田ら、2020)
(出所:横田ら、2020)
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 可処分所得が増えれば、住民は好きなものを買うことができます。事業者の利益が増えれば、その事業者は事業を拡大したり、人を雇ったりすることもできるでしょう。税収が増えれば、自治体は地域課題の解決に予算を使うことができます。これはまさに、事業によって新たに生み出された“地域の収益”と言うべき概念です。

 また、再生可能エネルギーの普及・導入の先進国であるドイツでは、自治体が連邦政府を上回るレベルで気候変動対策目標を掲げ、それと同時に地域経済効果を狙った動きが出てきました。そこで、国家レベルや州レベルではなく、自治体レベルでの経済効果をどう測るかが課題となり、開発されたのが地域付加価値創造分析です(諸富、2019)。つまり、国レベルの事業ではなく、基礎自治体レベルの分析に適した手法でもあります。

長野県東御市のスポーツ施設を分析

 私たちは、長野県東御市の協力を得て、スポーツ施設の整備・運営を対象として地域付加価値創造分析を行いました(横田ら、2020)。論文でまとめた内容について、あらためて整理すると以下のようになります。

 長野県東御市は、湯の丸高原に高地トレーニング拠点「GMOアスリーツパーク湯の丸」を整備し、スポーツツーリズムを推進しています。GMOアスリーツパーク湯の丸は、標高1,735mの高地に日本唯一の高地トレーニング用屋内プール、国内最高地点の全天候型400mトラックがあり、スポーツ合宿者向けの宿泊施設やアスリートに食事を提供するレストランがエリア内に整備されています。また、高地にありながら、東京から3時間とアクセスも良く、競泳や陸上の多くのトップアスリートが合宿を行っています。東京オリンピック・パラリンピックの直前には、大橋悠依選手(200m個人メドレー・400m個人メドレー金メダル)や木村敬一選手(100mバタフライS11金メダル)もここで合宿を行いました。

GMOアスリーツパーク湯の丸(出所:東御市提供)
GMOアスリーツパーク湯の丸(出所:東御市提供)
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東御市(とうみし)
東御市(とうみし)
長野県の東部に位置し、北は浅間連山を背に、南は蓼科、八ヶ岳連峰の山なみを望む。2万9640人(2022年3月1日現在)、面積112.37km2。くるみ(シナノグルミ)、巨峰などの産地として知られる。市北部にかかる上信越高原国立公園の「湯の丸高原」は高山植物が豊富でフラワートレッキングが楽しめる。

 私たちの研究では、調査時点(2019年11月)で稼働しているエリア内のすべての施設を対象に分析を行いました。具体的には、市から事業者に発注された各施設の整備(測量,設計、施工監理、施工)に関する9事業、各施設の運営に関する3事業及び民間事業であるアスリート食堂の合計13事業です。

 分析は、直近1年間の運営実績が同水準で継続することを前提として、2028年までの概ね10年間の運営を想定して行いました。その結果、13事業から生じる経済付加価値は、約14億1000万円と推計されました。また、この14億1000万円のうち、市内で発生する経済付加価値は約5億円、市外で発生する経済付加価値は約9億円。65%近くが地域外であることも分かりました。

 施設別にみると、事業規模の大きいプールから生じた経済付加価値が最も大きくなっています(約6.8億円)。ところが、市内で発生した経済付加価値に目を向けると、高原荘とアスリート食堂がいずれも2億円弱であるのに対して、プールは約0.7億円にとどまっています。

(出所:横田ら、2020)
(出所:横田ら、2020)
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 なぜ、このようなことが起るのでしょうか?理由は簡単です。プールは、設計や施工、運営を市外の企業が受託しています。また、施工については、下請企業も多くが市外の企業でした。一方、高原荘やアスリート食堂は、市内の企業が事業主体として多くの業務を担っています。このことから、経済付加価値全体は事業規模に応じて大きくなるものの、地域内の企業や従業員の関与が少ない場合は、経済付加価値の多くが地域外で発生するため、地域経済への貢献は限定的であることが分かりました。

 また、整備時と運営時に分けてみると地域内経済付加価値の9割以上は運営時に生じていることも分かりました。運営時に地元企業への発注が増えるのは感覚としては理解できると思いますが、こうして数字で現れると、施設運営時の地域経済への影響の大きさを再認識できるでしょう。

(出所:横田ら、2020)
(出所:横田ら、2020)
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地域付加価値創造分析の自治体事業への活用

 事業に伴う業務を地域に内製化すれば、地域経済循環がおきて経済的な効果が高まる。これは、当たり前のことです。分析しなくても分かります。しかし、それを定量化することで、様々な活用可能性が見えてきます。また、地域付加価値創造分析は、事業着手前の実施判断、事業期間中の事業改善、事業終了後の評価など、事業の様々なフェーズにおいて活用することが可能です。

①事業着手前に実施判断に活用する
 事業実施前の段階において、事業期間を通じた“地域の収益”を試算することができます。スポーツ施設であれば、設計、施工、運営の全期間が対象となります。地域付加価値創造分析によって算出する経済付加価値は、その地域に確実に帰着するキャッシュですから、極めて現実的で、適切な実施可否の判断材料となるでしょう。幅広い波及的な効果やみなし費用を含む「経済効果」は、どちらかというと事業を前に進めることを前提としたエクスキューズとして用いられることが多かったと思いますが、地域付加価値創造分析を活用することによって、「投資」という視点からの現実的な実施判断が可能になります。

 また、スポーツ施設の指定管理者の選定時にも活用が可能です。都市部に本社があり実績豊富なA社と実績ではA社に劣る地元企業のB社の競争になった場合、技術点ではA社が優位となるでしょう。一方で、B社が指定管理者になることによって地域経済循環が高まることは何となく想像はできますが、地域付加価値創造分析を活用すれば、「B社が指定管理者になることによって増加する“地域の収益”」を定量的に示すことができます。つまり、“地元企業をどの程度優遇すべきか”について、経験論や感情論ではなく、「地域にもたらす収益」という極めて客観的な物差しを提供することができるのです。

 ただし、事業着手前の分析については、事業計画のデータがベースになりますので、実態と若干の乖離が生じることは念頭に置く必要があるでしょう。

②事業の途中段階で事業改善に活用する
 地域付加価値創造分析が優れているのは、事業の途中段階でも活用が可能なところです。例えば、すでに運営が開始されているスポーツ施設を対象に、市外在住の運営スタッフのうち2名を市内在住者に変更した場合、あるいは、運営事業者を市外企業から市内企業に切り替えた場合などの条件を設定し、事業期間中を通じて生じる地域の収益を可視化することができます。さらに、その増加分を下回る範囲の助成金・補助金を使って地域内でスタッフを育成したり、将来的に運営を担う市内組織を育成したりすれば、支出した助成金・補助金以上のリターンを生み出すことが予め想定できます。これは、助成・補助ではなく、立派な、しかもかなり確実な「投資」と言えるでしょう。このように、地域付加価値創造分析を活用することによって、既存の事業に対する適切な投資と事業改善を行い、地域にもたらす経済的な付加価値を中長期的に高めることができるのです。

 また、事業途中段階での分析は、それまでの実績値がベースとなりますので、事業着手前の分析と比較するとかなり精度が高まります。

③事業終了後の評価に活用する
 もちろん、自治体の事業には欠かせない事後の事業評価にも活用は可能です。この場合は、事業期間を通じた実績をベースに分析を行うので、地域に確実に帰着した収益をかなりの精度で算出することができます。また、単なる評価だけではなく、類似事業に対して、事業計画レベルでかなり具体的な示唆を与えることができるでしょう。

(出所:筆者作成)
(出所:筆者作成)
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投資効果から目をそむけない

 これまで、地域付加価値創造分析の優れた点について述べてきました。地域付加価値創造分析は、「雇用者の可処分所得」、「事業者の税引後利益」、「地方税収」の合計であり、地域の収益を直接的に算出することができます。一方で、分析の必然として、産業連関分析で算出するいわゆる「経済効果」よりもかなり小さな数値が出ます。このことが、地域付加価値創造分析の最大の欠点であると言えるでしょう。「経済効果」を主な指標としてきた自治体からすれば、見た目の数字(効果)が小さく出てしまう地域付加価値創造分析は、非常に使いにくい分析なのです。

 しかしながら、これからの自治体の事業において、「投資に対するリターン」という直接的でシンプルな視点を持つことは極めて重要です。その視点から目をそむけずに向き合うことによって初めて、「助成・補助」を「投資」に変えることができるからです。

 これからの人口減少社会では、自治体の財政が飛躍的に良くなることはないでしょう。限られた予算を効率的・効果的に活用して地域を活性化するためには、「投資」の視点を持ち、戦略的に事業を展開することが不可欠になるのです。

■引用文献
・諸富徹(2019)『入門地域付加価値創造分析』,日本評論社.
・横田匡俊・稲垣憲治・庄子博人・岡田真平・佐藤照友旭・荒井宗武(2020)「スポーツ施設の整備及び運営に伴う経済効果の検証:スポーツ関連事業への地域付加価値創造分析の適用」『スポーツ産業学研究』第30巻第4号, pp.357-367.
横田 匡俊(よこた・まさとし)
日本体育大学スポーツマネジメント学部准教授
横田 匡俊(よこた・まさとし) 主な研究テーマは、「まちづくりとスポーツ」、「地域経済循環」。1975年栃木県生まれ。三菱総合研究所(スポーツ事業リーダー)を経て現職。三菱総合研究所では、スポーツを通した地域活性化、スタジアム・アリーナの収支試算等、スポーツビジネス、スポーツ政策に関する多岐に渡る業務を担当。連絡先メールアドレス:m-yokota(アットマーク)nittai.ac.jp

この記事のURL https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/PPP/report/033100320/